後継者
「……ここか……」
ランボは深緑のピースプレイヤーのカメラ越しにそれを見上げた。
スクラップ場の最奥、見るからにボロボロで、みすぼらしい三階立ての建造物。
元々はここでの仕事を取り仕切る活気に溢れた事務所の成れの果て。そして、現在は神凪へのテロを企てるカズヤの根城になっている建物である。
「さてと……どうするかな……さすがにカーズヤ君!遊びましょう!……ってな訳にもいかないよな……」
一人寂しく、柄にもない冗談なんて言ってみたりする。勿論、リアクションを取ってくれる仲間はいないので、これまた一人寂しく肩を落とす。
「はぁ~……何やってんだろう、オレ……ナナシ達が敵を足止めして、送り出してくれたのに……そもそも、ターゲットは本当にここにいるのか?」
勝手にカズヤがいる前提で行動してきたが、冷静に考えると確証など何もないのだ。
「あの刺客自体がオレ達を欺くフェイクという可能性も………いや、やめよう……ネガティブになったって仕方ない!」
ランボは首をブンブンと振った後、気合を入れ直すために両頬を手でパンパンと……実際はプロトベアーを装着しているのでマスクをガンガンと叩いた。
「よしッ!行くか!」
威勢のいい言葉とは裏腹に慎重にキョロキョロと周りを警戒しながら、建物の入口に向かって歩いていく。
「罠は……なさそうだな……お邪魔しま~す……」
入口のドアを調べ、罠などがないことを確認すると真面目なランボらしく律儀にコンコンとノックしてから建物内へ侵入する。
(……一階は……ずいぶん…と使われてない……みたいだな……埃まみれだ……)
事務所らしく机が並べられた一階には長期間、人の手が加えられていない様子だ。しかし……。
(だが、階段までの道は他よりきれいだ……定期的に……少なくとも、ここ最近、人が通ってないとこうはならない……!)
何者かが、上の階を利用していると周囲の状況から推察し、その不自然に小綺麗な道を辿っていく。
(……このプレッシャー……いる……!)
階段に近づくにつれ、ランボの軍人として修羅場をくぐり抜けて来て、培ったセンサーが奇妙な威圧感を感知する。とりあえず、誰もいないということはなさそうだ。問題は……。
(……カズヤか……はたまた第三の刺客か……鬼が出るか蛇が出るかだな……)
より一層警戒心を強め、階段を一段一段登っていく。
特に何のトラブルもなくたどり着いた二階は一階とは違い、何の物も置いていないだだっ広い部屋。そこに男がたった一人が佇んでいた。
「……カズヤ……だな……?」
ランボの問いかけに男は振り返り、その顔を見せる。
「あぁ……そうだが……何の用だ……?」
その顔はトレーラー内で見た資料通り……ではない。
(……オレが見た写真よりも……なんと言うか……鋭い……まるで、自分以外を拒絶しているかのようだ……)
確かに目の前の人物はカズヤで間違いないが、その顔は資料よりも鬼気迫る。妙な迫力、狂気を纏ったものに変貌していた。
その変化にランボは気圧されそうになるが、情けない素振りを見せては舐められると、心の中で自分に喝を入れ、自分達が敵意がないことを告げる。
「オレは……ワタシ達はあなたと話し合いの場を持ちたいと思い、ここを訪ねました。まずは、あなたの仲間を止めていただきたい。その後、みんなで話し合いましょう」
丁寧な口調で、出来る限り穏便に事を進めようとするが、若干気を使い過ぎて、むしろバカにしているようにも聞こえる。
そんな空回りするランボの提案に対し、カズヤの返答は……。
「……話し合いか……ドンが亡くなった後、そう言って俺に近づいて来る奴が後を絶たなかった……そして、その全てが、最後には俺に銃を向けた!」
「――!?」
カズヤの変貌の理由……それはドン・ラザク亡き後の激しい争いによるものだった。その戦いで彼は完全に疑心暗鬼に陥っていたのだ!
「違う!オレ達はそんなこと!本当に君と話がしたいだけだ!!」
ランボは必死に否定するが、むしろ彼にとってはそういう奴ほど信用できない!
「政府の奴だってそうだ!助けになるなんて言いながら、実際は新しい武器の実験台や、汚れ仕事をさせるのにちょうどいい存在としか、俺達を……壊浜の人間を見ていない!!」
ランボにぶつけられたのは、長年の神凪政府に対する不満と怨嗟だった。自分たちと彼らとの間にある深い溝を嫌というほど実感させられる。
「いや!本当に違うんだ!オレ達は戦う気なんて更々ない!!」
「ピースプレイヤー着込んでるような奴が言ったって!!」
「――ッ!?」
ランボは自身が痛恨のミスを犯していたことに気づかされる。
本当に自分たちに戦闘の意志がないことを理解してもらうためには、武装を解除するべきだった!……といっても、すでに二回の襲撃を受けている彼の警戒心を攻めるのも酷というものだろう。
「話は終わりだ!お前には退場してもらう!この世からなぁ!」
カズヤが左手を突き出す!その指にはリングが嵌められている。当然、ただの指輪なんかじゃない。待機状態のピースプレイヤーだ!
「くっ……!?二度あることは三度あるってことか……三度目の正直じゃ駄目だったのかよ!!?」
ランボは行き場のない怒りを吐き出しながら、戦闘態勢に移行する!
「行くぞ!ノーム!!」
その言葉に反応して、カズヤの指輪が輝きを放つ!その光が収まった後に出現したのは、プロトベアーに負けず劣らずの大きな体躯を持ったブラウンのピースプレイヤーだった。
「な、なんだ!それは!?」
ランボが思わず声を上げた!彼の目の前に現れたもの、それは彼の全く想定していないものだったからである。
「フッ、やはり知らなかったようだな……俺がドン・ラザクが使用していた四つの特級ピースプレイヤーの内の一つ!『ノーム』を手に入れたことを!!」
カズヤは自慢するようにそのピースプレイヤーはかつてドン・ラザクが使用していたものとわざわざ説明してくれたが、ランボにはそんなことはどうでもいい。
今、重要なのは彼らが立てたプランが脆くも崩れ去ったということだ。
「これが、カズヤが使用するピースプレイヤー『ホムラスカル』です」
トレーラーの中、マインが手に持ったタブレットに表示されたそれを周りに見せた。
両手にマシンガンを持った鮮やかなオレンジ色のマシン。ランボ達はそれとよく似たピースプレイヤー……というか戦闘スタイルを持った人物を知っている。なので、自然とその人物に視線が集まる。
当の本人も自覚があるようで、その意見に同意する。
「ミドルレンジでの銃撃戦……確かに俺と似ているな……そのカズヤって奴の戦い方……」
トレーラー内の視線を一点に集めるナナシ・タイランは顎に手を当てながら、画面のホムラスカルをじっと見つめた。
(ネクロと戦った時、初めてタッグを組んで戦うのに、ネームレスと妙に息が合うのは、俺が奴と似たような戦い方をするケイと組んだことがあるからだと思ってたけど……もしかして、あいつも俺と似たこのカズヤって奴と……まさかな)
そのまさかである。この時の彼らは当然知る由もないが、ネームレスとカズヤは友人同士であった。そして、そのおかげで双竜はぶっつけ本番で見事に連携できたのである。そういう意味じゃ、対ネクロ戦勝利の立役者とまではいかないが、間違いなくカズヤなる人物はナナシの恩人とも言えなくもない。
この後すぐに、そんな恩人とかつての敵、今は仲間のランボが戦うことになるとはなんとも人生とは皮肉に満ち溢れている。
「……どうした?そんなまじまじと……」
ナナシがやたら熱心にホムラスカルなるものを眺めているのを不思議に思い、リンダが話しかけてきた。
「いや……まぁ……あれだ!もしかして、こいつ俺の爺さんの隠し子かなんかだったりして」
「笑えねぇぞ!その冗談!!!」
「うっ!?確かに……」
別にごまかす必要などないのだが、ナナシは下らない冗談で自分の考えを悟られないようにごまかした。すかさず、運転中のケニーが突っ込む。確かに、笑えない。
奔放な個人主義者の家系であるタイラン家の中でも、ナナシの祖父イツキのそれは、凄まじいものであった。冗談じゃなく、隠し子の一人や二人いてもおかしくないのだ。
「……いいですか……?話、続けても……?」
「……どうぞ」
また自分の心の世界に閉じこもりそうになったナナシを、真面目な話の腰を折られて不機嫌になったマインが引き戻す。ナナシはぺこぺこ頭を下げながら、手を前に出し、彼女に話の主導権を返す。
マインは他のメンバーの顔を見て、自身に注目が集まっていることを確認してから再び話し始めた。
「では、このピースプレイヤーともしも、戦闘になった時は……」
「俺は戦わない方がいいな」
マインの話に性懲りもなく割り込んで来たナナシ、しかしその顔は先ほどまでとは打って変わり、真剣そのものだ。それを察したマインが再度話の主役を譲る。
「戦闘スタイルが同じならお互いの長所を潰し合って泥試合……単純な地力の差が勝負を分ける……そうなると、今のエーラットしか使えない俺じゃ、かなり分が悪い」
そう言って、ナナシは首にかけてあるタグを持ち上げ、みんなに見せびらかした。
「じゃあ、ランボとアイムが戦った方がいいってことか?」
ナナシはリンダの質問に首を縦に振り、肯定すると、名前の上がった二人に視線を移した。
「オレのプロトベアーなら、そのホムラスカルの射程の外、アウトレンジから一方的に攻撃できるだろうな」
「逆にわたしのジャガンなら相手の懐、クロスレンジの殴り合いで有利に立てると思う」
ランボとアイムもナナシの考えに同意して、力強い眼差しで見つめ返す。それを見てナナシは満足げにもう一度頷くいた。
「まぁ、言っても戦いに行く訳じゃないし、こちとら三人だからそんなことにゃならないだろうけど」
(なってんじゃねぇか!!!)
心の中で、楽観的な予想を立てていたナナシ、そしてそれに乗っかった自分にツッコミを入れる。
(そもそも!あいつが!蓮雲のバカが暴走してから、全ておかしくなったんだ!)
ついには蓮雲に八つ当たりを始める!さすがにスクラップ場での出来事まで彼のせいにするのはあれだが、蓮雲は反省した方がいい。
「呆けてる場合か……?ずいぶんと余裕があるんだな、政府の人間って奴は……」
ランボとは対照的にカズヤは目の前の敵が戸惑い苦しんでいる様を、余裕綽々かつ闘争心全開で眺めている。
「……もう一度だけ言う……オレ達は戦いに来た訳じゃない」
最後の望みをかけて、ランボは再び停戦を、話し合いを求める。
その祈りにも似た要求をカズヤは腕を組み、指でノームの装甲をコンコンと叩きながら、首を軽く回して聞いていた。仮面で見えないが、どうやら笑いをこらえているようだ。
「……戦いに来た訳じゃない……そうだよなぁ……ノームの実験台に!俺に殺されに!来たんだよなぁッ!!!」
「そんな訳ないだろ!!!」
組んでいた腕をファイティングポーズに変更して、突進してくるノーム!
それを不本意ながら迎撃しようとこちらも構えを取るプロトベアー!
ついに最悪の予想が現実のものとなる!
「少し、痛い目を見てもらうぞ!!」
ドォンッ!ドォンッ!!!
プロトベアーの背中から伸びたキャノン砲をノームに対して放つ!着弾した瞬間、ノームの全身を熱と煙が包み込む!
「やったか!?」
ネクサスの中でもトップクラスの破壊力が直撃!当然、勝利ないし、大ダメージでボロボロになった敵の姿を夢想する!
しかし、煙から出て来たのは……。
「はッ!すごいぞ!このノーム!なんともないじゃないかぁッ!!!」
「な!?」
無傷のノーム!装着者のカズヤも大満足!テンション爆アゲである!
その気持ちを追い風に更に勢いを増してプロトベアーの懐に潜り込む!
「ウオラァッ!!!」
ドゴオッ!!!
「ぐぅッ!?」
ノームの大きな拳がプロトベアーの脇腹に突き刺さった!分厚い深緑の装甲にひびが入る!
「お前を倒して、俺がドン・ラザクの後継者にふさわしい存在だということを!この壊浜に轟かせてやる!!」




