人間とAI
アイムは人生二度目のカルチャーショックを受けていた。
一度目は先ほど戦車が人型に変わったのを見たこと。そして今、再び人型のマシンが目の前で獣の姿へと変形した。こうも立て続けに変形ロボとでも言うべきものを見せられると、むしろ自分が世間知らず、他の人はみんな知っている常識なのではないかと疑いたくなる。
無論、そんなことはなく、トランスタンクはともかく、相対しているシルバーウイングのように人間と見間違えるほど会話能力を持つドロイドに関してはほとんどの人間は見たこともなければ、存在していることも知らない。偉そうに講釈垂れていたランボも、花山重工で商品開発の手伝いをしていたナナシも、初代ネクサスのメカニックであり、二代目ネクサスでも引き続きメンバーのサポートをしているケニーも知らないのである。
彼女は運良く、若しくは悪くエンカウントしてしまった珍しいにも程がある激レアな敵をただ愕然と眺めるしかなかった。
「フフッ……この雄々しくも美しい我の姿に見とれる気持ちもわかるが、一応今は戦闘中だぞ」
アイムの視線を浴びて、嬉しくてたまらないといった様子のシルバーウイング。相も変わらず感情豊かだ。注意をしてみたが、その実、このままずっと自分を見続けて欲しいなんてことを思っている。
「別に見とれてない……わたしはメカやロボなんかには興味がないからな……ナナシやランボなら目を輝かせてただろうが……残念だったな」
片やアイムはドライだ。しかし、口では挑発的なことを言ったり、仲間の名前を出して冷静なふりをしているが、頭の中は得体のしれない敵への警戒心とどう対抗するかを考えるのでいっぱいだ。
「そうか……確かに残念だ……この素晴らしさがわからない貴様の感性がな！！」
アイムに失望したシルバーウイングは急加速し、ジャガンに一直線に向かって来る！
「徹底的に叩きのめしてやれば、我の価値を認めざるを得ないだろう！！」
ババババババババッ！ビュウ！ビュウ！
「ちぃっ！？こんな豆鉄砲……！いや、今は慎重に……」
低空飛行しながら、銃を乱射する！まだ情報を処理し切れてないジャガンはむやみに反撃を試みるべきではないと判断し、身体を激しく動かしながら、後退した。
けれども、そのバックステップよりも変形したシルバーウイングの方が遥かに速い！
「そぉれっ！！」
ザシュッ！！
「……ッ！？」
高速のシルバーウイングはジャガンの横を通り抜けると同時にその名の由来となった自慢の銀色の翼で彼女の二の腕を切りつける！
「ほう……腕を切り落とすつもりだったが……やはり動体視力と反射神経は人間の中でもトップクラスのようだ……だが！下等な人間の中で優秀だとしても、我には敵わないがなッ！！」
銀翼の推察は正しい。動体視力と反射神経はアイムの最大の長所であり、彼女の格闘家としての肝である。きっと彼女以外だったら、銀翼の言葉通りに腕を切り落とされているだろう。
逆に言えば、そんな彼女の最大の武器を持ってしても避け切れない攻撃を敵はしてきたとも言える……。
つまりは絶望的な状況だ。
「第二撃……行くぞ！」
銀翼は宙返り、ジャガンの方へ再び向かって来る！銃を乱射しながら、猛スピードでの突進。先ほどと変わらない、いや、変える必要のない攻撃！だけども、ターゲットであるジャガンは当然同じ轍を踏む気はない！
(メカに疎いわたしが分析したところでどうにかなるもんでもないか……だったら！)
銃弾の嵐を日々の鍛練の成果、軽快な足さばきで避けながらも、こちらへやって来る銀色の鳥から目を離さない。
虎視眈々とその時を待つ……そして！
「これならぁ！！」
ザシュッ！
「……ッ！？」
ジャガンの拳によるカウンターは虚しく空を切った。逆に肩口をさっきよりも深く切り裂かれる！
「愚かな人間のやることなどお見通しさ！ましてや貴様のような蛮族じみた戦いしかできない者の考えなど！全知全能の我には手に取るようにわかるわ！！」
アイムの決死のカウンターを、シルバーウイングは完全に読んでいたと高らかに宣言。さらには、簡単に読みきれる単純な策しか取れないアイムをバカにする！
それがアイムに火を点けてしまうことも知らずに……。
(あいつ……また蛮族じみたなんて……！)
アイムの心は怒りの感情で満たされていく。決して自分がバカにされたから怒っているのではない。彼女が怒りを覚えているのは……。
(また格闘技のことを！バカにするなんて！！)
彼女が憤る理由、それは自身の愛する格闘技をバカにされたから。そして……。
(いや！あいつもムカつくが……そう言われても仕方がない戦いしかできていないわたしが！わたし自身が許せない！！)
不甲斐ない自分への怒り！自分の弱さが格闘技を貶めていることに耐えられないのだ！
(やってやる！あいつは必ずこの拳で！蹴りで！あいつがバカにした格闘技で倒してやる！！)
今、アイムの胸の内は怒りと覚悟と格闘技への愛が複雑に絡み合い、激しく渦巻いている！
そしてその強い感情が特級ピースプレイヤー、ジャガンに伝わり、力を与える！
そんなことになっているとは露知らず、シルバーウイングは空中を悠々とUターンし、彼女を二度傷つけた攻撃の体勢に入る！
「さぁ！第三撃の……いや、貴様のデータは全て把握した！これは、これが！ラストアタックだ！！」
ババババババババババババババッ！！
これまでで一番激しい銃撃！一番のスピード！データ通りなら避けられることも、反撃を食らうことも絶対にない！間違いなく、とどめの一撃になる！……はずだった。
「フィナーレだぁッ！！」
ガギンッ！！！
「！？！？！？」
「残念……まだ終わらないよ」
ドォオオオオン！
「――ッ！？」
攻撃が当たる瞬間、シルバーウイングの視界から突然ジャガンが消え、その直後、横から声と凄まじい衝撃が襲って来る！目にも、正確にはカメラも止まらぬスピードで回り込み、強烈な蹴りをお見舞いしてやったのだ。
何が起きたか理解できないまま、本人曰く全知全能のAIはその美しい銀色のボディーをスクラップの山へ叩きつけられる！
(何が……まさか……我が攻撃を……！？愚かな人間の……あんな蛮族の攻撃を……！！)
スクラップに抱かれながら、自慢の電子頭脳を整理する。整理すると耐え難い事実が！許せない事実が！浮かび上がって来る！
「くっ！このぉ！！」
崩れたスクラップから、自称最新最高のマシンが飛び出す！その姿は完全に怒りで我を見失っている。人間よりも人間らしいAIがそこにはいた！
「どうした？怒っているのか？蛮族の攻撃を食らったから？いい気味だな！！」
一方のアイムもぶちギレモード継続中と言った様子で、その言動はヒール役のレスラーを彷彿とさせる。
「貴様！？……いいだろう！もう形振り構わん！！」
アイムの煽りをもろに受けたシルバーウイングは覚悟を決める！どんな手段を使っても勝つことを！
「あんたが何しようが……何するつもりだろうが！勝つのはわたしだ！」
アイムもそれを真っ向から受けて立つつもりで構える！
しかし、彼女の目に映るAIは、機械とは思えないほど感情的である一方で、機械らしくとても合理的であった。
「では！行くぞ！！！」
「よし！来……い？」
シルバーウイングは先ほどまでと違い、ジャガンに向かって来るのではなく、そのまま上へ……遥か上空へと飛んで行く！
「なんだよ……それ……」
「言ったはずだ！形振り構わんと！貴様のさっきの攻撃……我の優秀なAIが弾き出したスペックを超えた動きをしていた……ならば！不本意だが……不恰好だが！もっとも安全で、効果的な方法を取らせてもらう！！！」
シルバーウイングはジャガンのジャンプ力……先ほどの反省を踏まえて、自身の弾き出したデータよりも上だと想定して、彼女の攻撃の範囲外の上空まで飛び上がり……。
「食らえ！！！」
ババババババババッ！ビュウ！ビュウ！
光の弾丸をジャガンに容赦なく放つ！
「くぅ！？」
先ほどまでと同様の動きで攻撃を避けようとするが、慣れない上からの攻撃だからかちょいちょい装甲を掠める。
「くそッ！？卑怯だぞ！」
「卑怯？勘違いするなよ、人間！我らが行っているのはカメラに囲まれたリングの上でやるルール有りのショーではない！お互いの命とプライドをかけた実戦……決闘だ！！」
「！！？」
手の届かないところからの一方的な攻撃……。それを卑怯と断じるアイムは生粋のプロ格闘家なのだろう。
けれど、そんなきれいごとを言う彼女を肉体も精神も徹底的に痛めつけて、彼女の甘さを指摘した人物がいた。
そして、今、また自分の愚かさを敵に教えられる。
(……ナナシと戦った時から成長してないのか……あれから自分なりにピースプレイヤーのことなんか勉強したつもりなのに……心根はまったく変わってない！)
ネクロ事変以来、彼女は真摯に戦いというものに向き合って来た。しかし、いい意味でも、悪い意味でも彼女はプロの格闘家の範疇を超えられなかったのである。
「悪いが、このまま一方的に蹂躙させてもらう！！」
ババババババババッ！ビュウ！ビュウ！
「この……！？」
さらに激化するシルバーウイングの攻撃、アイムに過去を振り返る暇も与えない。
(このままじゃジャガンのエネルギー……いや、その前にわたしのスタミナが尽きる……だが、どうすれば……くそ！相性が悪過ぎるんだよ！！)
打開策を考えようにも、何も思いつかない。ついさっきランボと戦いの相性の話をしたが、遠距離武器を持たないジャガンと空を飛べるシルバーウイングの相性は最悪と言うしかない。
それでもなんとかしようとアイムが出した答えは……。
「ええい！ままよ！！」
後退していたジャガンは突然反対方向……つまり前方の銀翼に向かって走り出す！
「恐怖と屈辱でイカれたか？」
銀翼は構わず攻撃を続ける！ジャガンの装甲を弾丸が掠めるが、お構い無しに突っ込んでいく！そして！
「てやぁあぁぁっ！！！」
「何！？」
跳んだ！身体中の力を脚に集約して、跳躍した！凄まじいスピードで、凄まじい高さへ到達！手を伸ばし、間近に迫ったシルバーウイングに手を伸ばす！しかし……。
「……念のためにデータを上乗せしておいて良かったな……」
「こ……の！？」
ちょうど人間一人分……ジャガン一体分、シルバーウイングには届かなかった。
「くそ……！？」
ジャガンは必死に手を伸ばすが、どんどん相手が遠ざかっていく。正確にはジャガンが墜ちているのだが……惨めな人間を遥か高みから満足そうにAIが見下ろす。
ドスン！
「無様だな！人間！」
ババババババババッ！ビュウ！ビュウ！
「ちっ！」
再び地に足がつくジャガン。その着地際を狙われる！持ち前の反射神経で回避するが、今必要なのはそれじゃない！
「降参するなら許してやるぞ！」
勝利を確信した銀翼が降伏勧告をする。それだけ、事態は、現実はジャガンの圧倒的不利ということだ。。
だが、彼女の心は折れていない！むしろ、さっきよりもずっと燃えている！
「認めよう！わたしはあんたが言う通り、愚かな人間だ！いつだってそうだ！壁にぶつかったら、いい策なんて思いつかなくて、ただ力任せにチャレンジし続けることしかできなかった！！」
アイムが幼少の頃から今までの人生を振り返る。そう、彼女はいつも正面から自身に振りかかる苦難に向かって行った！
「何度、失敗しても諦めずに、より強く！より速く！より高く！そうやって修練を重ねて乗り越えて来たんだ！！」
アイムの想いが再びジャガンに伝わっていく。
「だから！今回も！届くまで、跳び続けるまでだぁッ！！！」
先ほどと同じように前方にダッシュ！銀翼の攻撃なんて気にしない！そして、再度！
「おりゃあッ！！！」
跳躍！ぐんぐんと空中にとどまるシルバーウイングに接近する……が！
「さっきは初回サービスで何もしないでいてやったが……二度目はない！」
銀翼がエネルギーを集約し、最大パワーのビームを放つ！
「！？」
ドゴオォォォォォォォンッ！！！
空中で避ける術のないジャガンには当然、命中！大きな爆炎が空に出現する。
「ふん……人間にしては中々強かったぞ」
客観的に考えても間違いなくとどめの一撃と呼べるものだった。当のアイムも自身の命運が尽きたと感じていた……いたが！
(な、なんだ……！？)
彼女は何故か、彼女自身どうしてそうなったか、わからないがシルバーウイングの上にいた！ただ理由はわからなくてもチャンスには変わりない！それを見逃すアイムでもない！
「だが……これで終わり……」
「……だから！勝手に終わらせんなって！！」
「！？」
ガギィンッ！！！
「ぐおぉっ！？」
何故か自分の上から聞こえたのは、倒したはずの敵の声……。反射的にそちらを向くと、視界の一面がジャガンの踵に覆われた！その直後、強烈な衝撃が銀翼を襲う！まるで、先ほどのカウンターのデジャヴ。
そんなことをAIは思いながらスクラップ場に墜ちて行った。太陽を反射して煌めくその姿はまるで流星のように見えた。
ドシャアァァァァン！！！
「……なんだ……なんで、わたし…あいつより高く……っていうか、勝ったのか……いや相手は人間じゃないからな……」
まさかの逆転をしたアイムだが、どうしてそうなったのかまったくわからない……。
わからないまま着地して、シルバーウイングを見る。案の定というか、機械人形は人型に戻りながら、立ち上がった。
「……この！……愚かな人間風情が！よくも！！」
恨み言を口にしながらゆっくりとこちらへ歩いて来る。ダメージは深刻なようだ。
一方のアイムも……。
「はぁ……はぁ……なんだ……急に身体が……」
突如として襲いかかる凄まじい疲労感。このまま倒れてしまいたいが、彼女のプライドはそれを決して許さない。
「このぉ……！！」
「いいぞ……来な！決着を着けよう！！」
「下等な人間が……上から目線でッ！！」
自分のことを棚に上げてアイムの態度を非難するシルバーウイング。さっきまで高速で飛び回っていたとは信じられないほど、弱々しく、ゆっくりと、一歩一歩地面を踏み締めて歩いて来る。
「貴様も限界なのだろう……？優秀な我には愚劣な人間のことなどお見通しだ！！」
「愚かとか……下等とか……そんなことばっか言って！！」
威勢良く吠えるアイム！その言葉と相反するように身体は衰弱し、その場を動けない。せっかくここまで追い詰めたのに、このままじゃ……。ネガティブな思いが彼女の心を支配する。
「そもそもあんた！そのバカにしている人間を守るために戦ってるんだろ！意味わかんないんだよ！！」
それは不安を振り払うための半ばやけくその言葉だった。しかし、それが事態を急変させる。
「フッ……何を言うかと言えば…………確かにそうだな……」
「…………はぁ～！？」
アイムの発言で自分自身の行動への疑問が生まれた全知全能のスーパーAI。何故、こんなことをしているのか過去を振り返りながら、自問自答を始める。
「……研究所でバカな人間の相手をするのに嫌気がさして逃亡した先で、カズヤと出会い、彼の強さに感服……どうしたら、そんな強くなれるのかと尋ねたら、強い奴と戦うこと……ちょうどいい相手がここにやって来ると……だから、そいつらと戦うといいって………」
ぶつぶつとシルバーウイングが呟いているのを聞いて、アイムはあることに気づく。というより当の本人であるシルバーウイング以外はよっぽどのバカじゃない限り気づくだろう。
「あんた、それ……体よく利用されているだけじゃないか……？」
「な、何ぃッ！！？」
シルバーウイングの自称最新最高のAIに電気が走る！元々、走ってるけど……。
「……確かに……そうかも……？そうだ！……あいつ！我を騙したな！」
「いや、これに関しちゃ騙される方が悪いって……」
アイムの突っ込みなど、右のセンサーから左のセンサーへ受け流して、カズヤへの怒りを沸々と沸き上がらせる。
「よし！文句を言いに行こう！そうしよう！」
完全にアイムとの激闘のことなど忘れ、カズヤの元へ向かう決意を固める勝手なAI。
けれど、そんな自分勝手を、誇り高き格闘家であるアイムは許さない！
「待て！？まだわたしとの決着が……」
「待たん！我はカズヤの元に行くと決めた！貴様も付いてこい！」
「なんで！そうなる！」
どんどん話が明後日の方向へ進んでいく。アイムはなんとか、それに歯止めをかけようとするが、シルバーウイングのスピードと飛びっぷりはここでも発揮される。
「貴様のことが気に入ったからだ！我が弾き出したスペックを超える力……実に興味深い！愚かで、下等な人間にも学ぶことがあると認識した！これからは貴様らの元でそれを学ばせてもらおう！！」
「ちょっと待て！？まさか、ネクサスに入る気か！？」
「そういうことになるな」
「なるな……じゃないよ！！！」
勝手な理論で敵から仲間へ鞍替えするAI、納得なんてできるわけもなくアイムが叫び続ける！
しかし、そんな彼女をAIは一撃で黙らせる。
「そもそも貴様ら、ここに来たのはカズヤに会いに来たからだろう？」
「うっ！？」
「最初に戦いに来た訳じゃないって言ってたよな？」
「ぐぅ～……」
至極真っ当な正論……アイム達、ネクサスの目的から考えたら、ここでこのAIと戦い、ましてや決着などつける必要など全くないのだ。
「という訳でとっとと行くぞ！レディ！」
「この……はぁ～…もういいや……めんどくさい……」
意気揚々と歩き出すシルバーウイングに、渋々付いて行くアイム……。
いまいち締まりが悪いが、これにて人間VS人工知能、決着である。
