復活の紅き竜
(一体、どうなってるんだよ!?あれだけのスクラップに押し潰されてピンピンしているなんて……?それに新しいピースプレイヤー……二体目を隠し持っていたの……?いや、でも今……“復活”って……使えなかったものが……まさか!突然、使えるようになったのか……?)
少年の頭の中で様々な考えが飛び交うが、いまいちまとまらない。それだけ目の前の光景は衝撃的で彼の予想を遥かに凌駕していた。
(落ち着け!僕!動揺していると悟られたらダメだ!そうだ……落ち着くんだ……!)
少年がこの壊浜で数多くの修羅場を潜って身に着けた悲しき処世術。想定外の出来事を前にしても、即座に精神を落ち着け、ポーカーフェイスを保ち、冷静に今持っている情報を精査する。
(どうやってあのスクラップの雪崩から助かったのか、そしてあの新しいピースプレイヤーのスペックはわからない……けど、確かなのはあいつが……)
「怪我してるから、まだ自分が有利だとか、思ってるんだろ?」
「!?」
「図星か……顔に出さない方がいいぜ?」
心の内を言い当てられ、少年の表情が崩れる。ナナシは相手を動揺させたことよりも、少年が初めて年相応の顔を見せてくれたことの方が嬉しかった。
「今、俺は機嫌がいいから教えてやる……ほれ」
「なっ!?」
ナナシは先ほどまで力なく垂れ下がっていた左腕をブンブンと勢い良く回して見せた。もしかしたらと少年が視線を下に移すと、足の方も小刻みな震えが収まり、力強く大地を踏みしめている。
「そんな!?まさか!?怪我が治っている!!?」
「そのまさかだ。今の俺はお前と戦う前の状態に戻っている……いや、正確には別物だ…ガリュウがあるからな……!」
戸惑う少年とは対照的にナナシは淡々と自身の状態を語る……語るが、そう言われても少年には信じられない。当然だ、特級ピースプレイヤーとの完全適合……それに伴うガリュウの固有能力の発現、装着者を含めた超再生など普通の感覚では理解できるはずがない。
「で、どうする?続けるかい?俺は降参することを勧めるけど」
ナナシがさっき言われた降参要求をそのまま少年に返してやる。仮面で見えないがそう言ったナナシの顔はほくそ笑んでいる気がして、少年の顔が強張り、身体が怒りで震える。
こうなるともう答えは一つ……察したナナシはめんどくさそうにため息をついた。
「続けるさ!続けて!今度こそ、再起不能にしてやる!」
「まぁ……そうなるか……」
両者、臨戦態勢に移行!これで全ての手札を見せた正真正銘の本気モード!先手を取ったのは……。
「あいつが何をしたのかわからない、何をしてくるのかもわからない!なら!何かする前に叩き潰すだけだ!食らえ!!」
宝石のついたグローブを振ると、その動きに合わせてトランスタンクの巨大な砲身がナナシに向かって飛んで来た!
さっきまでエーラットを装着していたナナシは回避に専念するしかなかった。しかし、ガリュウを装着している今は……。
「ふん」
ドゴッ!
「えっ……!?」
自分に向かって来る砲身を、ナナシガリュウはその場で動かずに、治りたての左腕で軽く払いのける!砲身はスクラップの山に勢い良く突き刺さる!
少年は再び愕然とする。あれだけの質量のものを、あれだけのスピードでぶつけたのに、まさか片手で雑に処理されるなんて思いもしなかった。
「うん……いい感じだ……!」
片やナナシは左手を握っては、開いてを繰り返し感触を確かめる。折れていた骨も完全に治り、ガリュウとのフィット感もバッチリだ!
「まだだ!!」
そんなのんきに自分の左手を見つめる紅き竜へ少年はもう一つの砲身を向かわせる!しかし……。
「ほいっと」
グシャぁッ!!!
猛スピードで襲いかかる砲身を紅竜は軽く跳躍して避け、さらに少年に見せつけるように彼に折られた左足で踏みつける!
砲身はVの字の形に折れ曲がり、その後、力なく横たわる。
「これで終わり……じゃねぇか……そりゃ……」
「当たり前だぁ!!!」
少年は今度は数で勝負と言わんばかりに、自身の周りに無数のスクラップを浮かせている!それを目の前のムカつくおじさんに一斉にけしかける!
「これぐらい……ナナシガリュウなら!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「なっ!?」
けれども、スクラップの暴風雨を紅き竜は、回避したり、拳や蹴りで叩き落としたり、これまた軽く、まるで自分のコンディションを確かめるようにあっさりと対処する。
「うん、身体が軽い……もうちょっとスピード上げられそうだな……!」
少年のことなど最早眼中になく、完全にリハビリかなんかだと思っている様子。
だが、さすがに油断し過ぎだ!
「バカが!」
「あっ!?」
ザクッ!!!
少年は大きなスクラップを目隠しし、その後ろに隠していた小さなスクラップで奇襲することを思いつき、実行。その作戦は見事に成功し、ナナシガリュウの肩の装甲に小さな傷をつけた!小さなとは言え、敵が新しいピースプレイヤーになってから初めて攻撃がヒットした。作戦自体は成功したと言っていい。
成功したのだが、少年の顔は晴れない。だってその傷が……。
シュウゥゥゥゥゥゥ……
「なっ!?何で傷が!?」
蒸気のような白い煙を出しながらみるみる塞がっていくのを目にしたから……。
「ピースプレイヤーは待機状態じゃないと修復しないはずじゃ……」
「あっ、本当だ直ってる……」
少年が驚くのはわかるが、当のナナシも同じように驚いた。この修復は彼の意図したものではない。ガリュウが勝手にやったことだ。
(なるほど……これぐらいの傷なら瞬時にオートで直してくれるってわけね……つーか、ガリュウ……お前、もしかして……)
ナナシは再び感触を確かめるように、手を開き、その手を胸に当てた。
(ネクロ事変の時は、一回フルリペアを使っただけで心が疲れ果てていたけど……今はそうでもない)
かつての戦いを思い起こし、今の状態が以前とは異なっていることを確認する。そして、そのまま独自の分析を始めた。
(傭兵はフルリペアは一日一回が限界って言ってたけど、多分この感じなら後、二回……さっきのと合わせて一日三回はいけそうだ……!そうか、ガリュウ……お前、俺が使いやすいように適合、アップデートしてくれたんだな。そのための休眠期間だったんだ……)
そう、ナナシがガリュウに適合したように、ガリュウもナナシに適合しようとしていたのだ!見た目は以前と変わらないが、フルリペアや完全適合による能力アップに対する精神力の消費量の減少……つまり燃費が劇的に良くなっていた。
(のんきなところまで、俺に似てなくてもいいんだけどな……まぁ、似てるから完全適合できたのかもしれないけど……)
しみじみと自分のために尽くしてくれる愛機を思う。そんなことしている場合じゃないのに……。
「呆けているんじゃないよ!!!」
ビュン!ビュン!ビュン!ビュゥン!!!
ナナシが考え事をしている間に相手も気持ちを立て直し、攻撃を再開する!……といっても、打開策は思いつかず先ほどと同じことを繰り返しているだけ。
なら、当然……。
「同じミスは犯さない……もう、油断はしないぜ」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「くそっ!!?」
先ほどと同じように……いや、先ほどよりも軽やかにスクラップの嵐を紅き竜が捌いている。いとも簡単に避け、いとも簡単に迎撃する。まるで、攻撃を予知しているように……。いや、そうじゃない!予知と言ってもいいことをナナシ本人も気づかず行っているのだ!
その不可思議な現象にナナシも違和感を覚え始める。
(……なんか……攻撃の来る方向とか、タイミングがわかる気がするな……ガリュウの新しい力……いや!これは!)
ナナシの頭に思い浮かんだのは祖父の顔、自称神凪最強のストーンソーサラー、イツキ・タイランのことが思い出された。
(そうだ!爺さんが確か言ってた!コアストーンを使うのと、特級ピースプレイヤーの完全適合はやっていることは一緒だって……だから、完全適合できた奴の中にはストーンソーサラーの攻撃の“起こり”が感知できるようになる奴が……なら……俺とガリュウも……)
祖父の言葉を思い出し、神経を研ぎ澄ます……。ナナシの肌がガリュウと溶け合うように馴染んでいく……。より深く適合するために……。
「これなら!どうだぁッ!!!」
タイミング良くと言っていいのかわからないが、少年が紅き竜に向かって今まで一番多くのスクラップを念動力で投げつける!
「……見える!!」
少年の攻撃を……いや、攻撃しようと考えた瞬間を感知し、ナナシガリュウは少年の渾身の攻撃を全て回避する!
「何で!?何でだよ!!?」
取り乱す少年。ナナシの方は完全にこの勝負が終わったことを理解し、それを淡々と告げる。
「もう終わりだ……お前じゃ……ストーンソーサラーじゃ、俺には、ナナシガリュウには勝てない」
相手がどう攻撃するのかがわかって、仮にその攻撃が当たったとしても即座に再生して、ダメージはなかったことにされる。ナナシはもちろん、少年も頭では理解している、もう“詰み”だと……。
けれども、心がそれを否定する!
「いやまだだ!!!数が駄目なら!質……質量だぁッ!!!」
取り乱したように咆哮すると、少年は残る力を全て使い、トランスタンクの巨大な本体を持ち上げる!これを眼前の敵、ナナシガリュウにぶつける気だ!
「いいぜ……受けて立ってやる……」
ナナシはそれに怯まず、あろうことか受けて立つと言ってのける。無論、それが少年を苛立たせたのは言うまでもない!
「だったら!受けて見ろよ!!!」
ドォン!!!
少年の最後の攻撃によってナナシの視界一面がトランスタンクによって覆われる!しかし、ナナシはまったく微動だにせず、その場を動かない……。
自身の言葉を守るため、そして少年の心を完全にへし折るため、そのためにナナシは決着の一撃を放つために動かないのだ!
「ガリュウマグナム……」
数々の激闘を共にしてきた最も愛する武器の名を呼ぶと、それが右手に現れる。それを襲いかかる鋼の塊に向け、グリップを力強く、かつ優しく両手で握る。すると心から腕へ、腕から銃へ力が伝わっていく……。
そして、最後の仕上げに、お久しぶりの必殺技の名前をそっと呟く。
「太陽の弾丸」
ドシュウゥゥゥゥゥッ!!!
「なっ!?」
今度は逆に少年の視界を眩い光が覆う。最後にして最高の一撃として放った巨大なトランスタンクは瞬く間にその光に溶かされ、跡形もなく消えていった。
「そ、そんな……」
この短時間で信じられない光景を畳み掛けられるように見せられたが、少年にとっては今見た映像が一番の衝撃だった。あまりのショックでぺたんとへたり込むほどに……。
ザッ………
「!?」
腰が抜けて動けない少年に紅き竜がゆっくりと近づいて来た。
鋭く黄色い二つの眼が獲物を狙う捕食者のように少年を睨み付けつけている。背筋が凍るとはこういうことを言うのだろう。
少年は自分の命の終わりを確信する。
スッ……
「お前の言葉を借りれば……チェックメイトだ……」
紅き竜が銃を持っている右手を上げると、少年の心に走馬灯のように思い出が流れていった……。
(我ながら、ろくな思い出がないな……)
この壊浜での生活はひどいものだった。恐怖に震えて眠れない夜がいくつもあった。特にドン・ラザクが亡くなってからはなおさら……。
(それでも……もう少し生きたかったなぁ……)
少年は目を瞑り、最後の時を待つ……。
(……死ぬのって痛いのかなぁ……できるだけ痛くないようにして欲しいんだけど………)
少年は目を瞑り、最後の時を待つ……。
(……カズヤさん、すいません……あなたの敵を排除できなかった……)
少年は目を瞑り、最後の時を……。
(……こんな愚かな僕を許してください……)
少年は目を瞑り、最後の……。
(……きっと僕は天国行けないだろうなぁ……)
少年は目を瞑り……。
(…………………遅くないか……?)
少年はいつまでもとどめを刺さない紅竜に痺れを切らし、恐る恐るその目を開いた……。
「……なにしてんだよ、ほれ」
そこに広がっていた光景はある意味、今日見た中で一番予想外のものだった。
少年の目に映ったのは先ほどまで銃を握っていたナナシガリュウの手のひら……敵だった男が自分に手を差しのべる姿であった。
「な、なんで……?」
「なんでって……腰抜かしたんだろ?情けねぇな」
「ち、違う!」
ナナシの少年を小バカ……というより、からかうようなセリフを否定するために少年は立ち上がろうとするが、どうにもできない……。
「無理すんなって、ほら」
ナナシは手を少年の顔に近づける。少年はその行為に不思議と不快感や嫌悪感はなかった。
先ほどまで恐ろしく見えていたナナシガリュウの二つの黄色い眼も今見ると、優しい春の木漏れ日のように感じる。
「なんで……なんで、僕を殺さないんだ……?」
「さっきから、なんでばっかりだな少年。つーか、最初に言ったよな?俺達は戦いに来たんじゃないって」
ここにきて、振り出しに戻る……いや、戻した。もとよりナナシ達ネクサスがここに来たのは戦うためじゃない。多分、そのことをさっきまでのナナシはすっかり忘れていたけど……。
そんな間抜けなナナシの言葉に少年は困惑しながら重い口を開く。
「……でも、カズヤさんが政府の人間が僕達……壊浜の人に濡れ衣着せて粛清しようとしているって……しかも、ネクロ事変で活躍した凄腕のチームがやって来るって……」
「何……?」
仮面の下のナナシの眉間にシワが寄る。もちろん自分達はそんなことはしないし、神凪政府も考えていない。
「そんな情報どこで……?カズヤって奴が言ってるのか……?」
「僕が聞いたのはカズヤさんからだけど、カズヤさんも誰か……名前は忘れたけど信用できる人から聞いたって言ってたよ」
敵であるはずのナナシの質問に少年が素直に答えた。ナナシにわずかだが心を許したというのもあるが、彼自身食い違う話をきちんと精査しないと、自分やこの壊浜が取り返しのつかないことになる気がしたからだ。
「俺達はカズヤが神凪へのテロを計画しているって聞いて、話を聞きに来たんだ」
「カ、カズヤさんがテロなんてするわけないだろ!それに今はドンがいなくなって壊浜が荒れているからそれを少しでも治めようと……それで、手一杯だよ!」
ナナシ自身も胸のざわめきを感じ、自分たちの掴んだ情報を少年に提示する。それを聞いた少年は全力で否定する。少なくとも彼は本当にカズヤがテロを起こすなんてことは初耳だったようだ。
二人の頭がお互いの情報を取り込みフル回転する。そして、両者ほぼ同時に同じ答えを導き出す。
「もしかして……僕達……」
「あぁ、はめられたかもしれない……」
両者の意見は一致した。もし、お互いが得た情報の出所が同じだったら、自分たちを潰し合わせようとしているかも……と。
「こんなところでのんびりしている暇はないな……早くカズヤのところに行かねぇと……!」
「ぼ、僕も!」
カズヤの元へ急ごうとするナナシ。そんな彼を少年が呼び止める。
「言われなくても、お前には来てもらう。俺だけ行ってもまた揉めるだけだ。ほれ」
ナナシの方もこれ以上余計な衝突を防ぐために少年を連れていくつもりだったようで、再び少年に手のひらを差し出して早く起き上がらせようとする。
「あ、ありがと……」
少年は照れながらナナシの手を握った。彼のその顔を見て、ナナシの駄目なところが出てしまう。
「そういやぁ、俺が勝ったら名前教えてくれるって言ったよな?で、この勝負、俺の勝ちでいいよな?まさか、この期に及んで負けてないとか言わないよな?」
「ぐっ!?」
さっきまでの真面目で聡明に見えたネクサスのリーダーの姿は鳴りを潜め、年下相手でも容赦しない意地悪なおじさんに成り下がる。
少年はこんな奴に負けたのかと情けなくなったが、負けを認める潔さと約束を守る誠実さも持っている。
だから、悔しさを抑え込んで、口を開く。
「『ユウ』だ……」
「ユウか……いい名前だ!俺はナナシ・タイランだ」
名乗られたら、名乗り返す、それが礼儀。ナナシは自らの名を口にしながら、ユウを立ち上がらせた。




