黒竜、故郷に立つ
項燕は腕に力を溜めて、槍を引く……少し前の再放送だ。けれど、今回は相手がピースプレイヤーを装備した万全の状態……だから先ほどよりも強く!速く!躊躇なく!その心の臓に向けて突く!
ガキン!
「ぐぅ!?」
ネームレスガリュウは一番の得意武器ブレードで防いだが、あまりの威力にガードが崩される!しかし、それは予定通り、相手の実力を測るためにあえて受けたのだ。
(俺の二号のパワーはナナシの一号より低いとは言え、ここまでとは………やるな、蓮雲!)
ネームレスの心が昂る!自分と戦いたいと言う蓮雲のことをバカにしていたが、実のところ彼も心のどこかで望んでいた……強者との、蓮雲との痺れるような戦いを!
「ふん!これで満足したか?ネームレス!次は本気を出せ!!」
Uターンして、第二撃の準備にかかる蓮雲。先の攻撃をわざと受けたことをこちらも察している。だが、そんな戦いを自分は望んでいるんじゃないと、発破をかける。
「あぁ……わかっているさ……」
黒竜はその腕に装備された刃を消す。もちろん降参の合図ではない、策のために消したのだ。
「何を考えているかは知らんが、おれには……いや、おれ達には関係ない!そうだろ!黒嵐!!!」
「ヒヒン!!!」
手綱から伝わる主人の感情を受け、黒嵐はさらに加速する!
「食らえッ!!!」
その勢いも乗せた槍の鋭い切っ先が風を切り裂き、黒竜に迫る!
「食らうかよ」
「!?」
まるでそよ風に飛ばされた薄い紙のように、黒き竜はひらりと剛槍をかわし、そのまま宙に舞う!もちろんそれだけで終わるネームレスじゃない!
「ガリュウウィップ……!」
ガシッ!………グイッ!
「ぐおっ!?」
「落ちろ!!」
ドスン!!!
項燕の上を取ったネームレスガリュウはその手に呼び出した鞭で項燕の首に巻き付け、引っ張った!すると、項燕の身体も宙に浮く!当然、黒嵐は猛スピードで走っているから、止まることはできずに、主人を置いて走り去っていく!
そして最後は項燕は無様に地面に転がる。
「ヒヒィン!?」
黒嵐は一瞬で軽くなった背中に少し遅れて気付き、急旋回して主人の元へ戻ろうとする……が。
「来るな!黒嵐!!!」
「ヒヒッ!?」
その主人が制止する。黒嵐はそれにすぐ反応して今度は急停止した!
「こいつなら……ネームレスとなら正面から殴りあった方がいい!!」
首に絡まった鞭を掴みながら、立ち上がり、高揚した声で相棒に語りかける。その相棒も主人の心を察したのか、近づくどころか、距離をとって主人の勇姿を黙って見守り始める。
「なぁ!お前もそう思うだろ!ネームレス!」
さらにテンションを上げて、今度は眼前の敵に話しかけ、自分の意見に同意を求める。
「……そう……だなぁッ!!」
黒き竜は敵の意見を肯定しながら、鞭を引っ張り、敵をこちらに引き寄せる!……前に。
「そんなことをしなくても!こちらから行ってやるわ!!」
突進を開始する項燕!相手に主導権を握られるのを嫌がったのか、それとも一刻も早くやり合いたかったのか、黒嵐に負けず劣らずの推進力を見せる!
「オリジンズから降りても、やることが変わらんな……!」
黒竜は最早、無意味と判断した手に持っていた鞭を離し、新たな武器を呼び出す。
「ガリュウショットガン!」
バァン!!!
放たれる散弾!猛スピードでそれに向かっていく項燕!避ける術は見当たらない……そもそも避けるつもりがない!
「その程度ぉ!!」
左腕に装備された円形の盾で無数の弾丸を弾きながら、構わず前進する!図らずも、かつてネームレスと相対したナナシと同じ戦法だった。いまいちこの二人がウマが合わないのは、同族嫌悪というやつだろうか……。
なんにせよ、槍の射程内に黒竜を捉える!
「らあっ!!!」
「その程度か……そっくりそのまま返すよ……」
ヒュン……
「消えた!?」
ネームレスはネームレスで、以前にナナシにされたことをそのままされただけなので、驚きもしないし、対応できる。槍をかわすと同時にマントの光学迷彩で姿を消す。
蓮雲も話には聞いていたが、実際に目にすると面を食らう。だが、いつまでも驚いている場合じゃない、話の通りなら、この後すぐに反撃が来る!
「どこだ……?」
「ここだ!ガリュウロッド!!」
シュッ!
「ちっ!?」
項燕の左側、盾のある方に声とともに漆黒の影が現れる!ネームレスガリュウの放ったロッドの突きは項燕のマスクをかすめ、自身がネームレスにつけたように頬に傷をつけた!
けれど、その程度では項燕は怯まず、盾を黒き竜に叩きつける!……はずだった。
「このぉ!!!」
「遅い!」
項燕のカウンターに直ぐ様反応して、後方に飛んで回避する……が。
「だろうなぁ!!!」
項燕はネームレスなら避けると信じていた!力一杯振るった左腕を更なる力で逆方向へ!何でそんなことするかって?盾を投げるためだ!
「デヤァッ!!!」
凄まじい勢いで射出される円形の盾!高速回転し、大気を切り裂きながら、ネームレスガリュウに迫る。いまだ空中にいる黒竜には今度こそ回避できないと思われた。
「甘い!」
ガシャアァァァァン!!
黒き竜は手にしていた棒を地面に思い切り突き立て、その力でさらに高みへと飛んでいく!結果、盾は空しく工場の壁を破壊しただけだ。
ネームレスは勝ち誇ったように項燕の姿を見下ろす。しかし、視界に入ってきたのは意外な姿だった。
「なにッ!?」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅッ……!!」
槍を逆手に持ち替え、それを頭の横に掲げている……槍投げの姿勢だ!もちろんその槍が投擲される先は空中の黒竜!すでに力も溜め終わり、あとは解き放つだけ……。
「せいやッ!!!」
空気の壁を貫く、豪速の槍!今度こそ竜を仕留められるはず……。
「このぉ!!」
ガギンッ!!!
上手いこと身体を動かし、さらに受け止めるのではなく、ロッドで槍を反らす!が、その威力は殺し切れず……。
ドスン!!!
「ぐはっ!?」
体勢を崩されたネームレスガリュウは無様に背中から地面に墜落する!衝撃で肺から酸素が飛び出し、意識を持っていかれそうになる。
それでも、なんとか繋ぎ止めた意識がまず最初に認識したものは、上から剣を掲げて、自分に向かって落ちてくる項燕の影だった!
「ハァッ!!!」
「くっ!?」
ズンッ!
「ちっ!」
剣の切っ先が触れたのは、地面……。
ネームレスは埃にまみれながら、転がり回避する。しばらくそのまま転がり、距離ができたことと追撃が来ないことを確認した後、立ち上がった。
「すげえ……」
遠くでその戦いを観戦していたシンスケが思わず感嘆の声を上げる。最も二人が行った攻防の大半は理解できていないが……。
「ふん!」
項燕が地面に刺さった剣を抜き、マントから土埃を払っている黒き竜に視線を向ける。
「やるな……思っていた通り……いや、思っていた以上だ……」
蓮雲は敵に賛辞の言葉を送る……とは言え、あれだけの連続攻撃を全て回避されたのである。言葉とは裏腹に仮面の下では下唇を噛みしめ悔しがる。
ただ、その悔しさの理由はそれだけではないのだが……。
「……その言葉もそっくりそのまま返すよ……」
先ほどの戦闘中で交わした会話の中で発した言葉と同じように返すネームレス。しかし、意味は真逆、彼も蓮雲の力に感心していた。それこそ目の前の男の実力は想定を遥かに越えていた。
「ネームレス……」
蓮雲は剣を構え直しながら、相対する敵に問いかける。彼にはどうしても納得いっていないことが一つあった。それは……。
「…お前……棒術が得意だったのか……?」
それはネームレスが使っている武器のことだった。ナナシの話じゃ両手に装備したブレードを巧みに使って、彼をそしてあのネクロを苦しめたと聞いていた。
だが、今持っているのは、ロッド……実は棒術が得意ということでなければ……。
「まさか……貴様……このおれ相手に手加減なぞしているわけではなかろうな……?」
だとしたら手を抜いているということになる。蓮雲が悔しがったのは攻撃を防がれたことはもちろんだが、それ以上に相手が本気を出していないと思えたから……。こと戦いについてはプライドが高い蓮雲にはそれが許せなかった。
そんな戦闘狂を煽るように……煽っているつもりは本人にはないが、ネームレスはいまだマントをパンパンと叩き、まだ埃を落としていた。
「手加減……というのは……少し違うな。最初から言っているが、俺はお前と戦う理由がない……形はどうあれ、同じ目的を持って戦ったかつての仲間でもある……できれば極力傷つけずに無力化したいと思っただけだ……」
古き仲間に対しての彼なりの誠意として淡々と自分の素直な胸の内を明かすネームレス。そこに一片の嘘偽りもない……それがまた誇り高き蓮雲には許せない!
「そう……か。お気遣いありがとう……なんて!言われると!思っていたのかぁッ!!!」
怒りが脚に伝わり、それがさらに地面へと……蹴りあげられた土埃を背に、何度目かわからない敵への突進!
「ならば!出さざるを得ない状況に追い込んでやろう!本気を!!!」
蓮雲のプライドのように高く掲げられた剣が、黒き竜の頭部に振り下ろされる!
「ふん!」
だが、黒竜はその剛剣をひらりと、最小限の動きで躱し、これまた最小限の動きで巧みにロッドを操り……。
「ハァッ!!!」
最大限の力を込めた突きを放つ!狙いは項燕の胴体部、その衝撃で相手は身悶える……はずだった。
ガシッ!
「――ッ!?」
「捕まえたぞ!ネームレス!!」
ゴンッ!!!
「ッ!?」
自身に向かって放たれたロッドをネームレスのお株を奪うように、コンパクトな動作で回避し、さらにそのロッドを腕と胴体で挟み、黒き竜の動きを一瞬だが封じた!
その隙に剣を持っていた腕を器用に動かし、肘を竜の顔面に食らわしてやる!さらに、さらにはね上がったネームレスガリュウの頭に、今度こそとばかりに剣の柄頭を……。
「ウラァ!!!」
ガン!!!
叩き込む!
「ぐぅ!?」
黒き竜の仮面に小さなヒビが入り、思わずネームレスはロッドから手を離し、後退する。次の展開のための後退ではない……。ただ、どうしようもなくなって後退せざるを得なかった。
しかし、項燕は屈辱を感じる暇さえ与えてくれない!
「まだまだぁッ!!!」
剣を引き、切っ先をネームレスの方に向ける……突きの態勢!空気を抉るように、ひねりを加えて繰り出す!
(速い!だが、俺なら………脚が!!?さっきの攻撃か!?)
ネームレスは視界に捉えた突きをいつもの通り、回避しようとしたが肘鉄と剣の柄頭による頭部への連続攻撃によって脚が上手く動かないことに気付く!
蓮雲もそれを予想してか、これまでのネームレスの戦い方を見て学習したのか、上半身の動きだけではかわせないコースで突きを放っていた!
このままでは敗北必死!そこでネームレスの取った行動とは……。
ガギンッ!
「くっ!?」
「そうだ……それでいい!!!」
項燕の放った突きをネームレスガリュウが受け止める……二本のブレードで!歯を食いしばっているのは、それだけ力を込めないと受けられないほどの強烈な一撃だったからか、それとも相手を小バカにしたような物言いをしながら、あっさりとその言葉を翻すことになったことへの情けなさに耐えているのか……。どちらにせよネームレスの端正な顔は大きく歪んでいた。
片や蓮雲は一矢報いて満足したのか、自然と口角が上がる。
お互い仮面の下の表情はわからないはずだが、つばぜり合いしている武器から感情が流れ込むみたいに、相手がどんな顔をしてこちらを見ているのかが手に取るようにわかった。
「できるだけ傷つけたくない……なんて!言ってられなくなったなぁッ!!!」
剣の柄を両手で握り、力を込める……。このままブレードを砕いて、漆黒の装甲を切り裂くつもりだ!もちろん、ネームレスとて敵の思惑通りになる気はない!
「このぉ!!」
ゴスッ!
「がっ!?」
渾身の力で剣を弾き、回復した足で眼前の敵の腹に蹴りを入れる!結果、項燕はさっきまでいた位置に強制的に戻された。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
息も絶え絶えのネームレス。それに対して……。
「ようやく……ようやく!盛り上がってきたなぁッ!!!」
蓮雲は高揚して痛みや疲れも忘れているようだった。
「さぁ!今度こそ、お前の全力!本気を見せてみろ!!!」
凄まじい勢いで切りかかる項燕!
「……こうなったら……致し方無い!!」
ネームレスガリュウもその言葉と行動に応えるように、前に出る!
「デヤァぁぁぁッ!!!」
「ハァぁぁぁぁッ!!!」
両者の剣が再びぶつかり合おうとした……その時!
「ストーーーップ!!!」
「「!!?」」
突然、寂れた工場跡に響き渡る大声!その声の指示に従ったわけではないが、両者が衝突直前で攻撃を停止し、どこか聞き覚えのある声のした方向を見ると……。
「あ、兄貴ィ………」
「シンスケ!!?」
そこには首筋に刀を当てられたシンスケの姿が!そして、その刀を当てている者とは……。
「こんなことしたくないんだけど……こうでもしなきゃ止まらないだろう?お前は?
っていうかお前達は」
「「アツヒト・サンゼン!!?」」
シンスケの隣には、青い忍者のようなピースプレイヤー、サイゾウが立っていた。
今さっきまで戦っていたネームレスと蓮雲が仲良く声を揃えて、その装着者の名を呼ぶ!
「アツヒト・サンゼン!どういうつもりだ!!!」
「そうだ!何でそんなことしている!?」
これまた両者仲良く、予期せぬ乱入者を責め立てる!二人がかりで責められるアツヒトは、ハァーと呆れたようにため息をつき、逆に二人を問いただす。
「こっちのセリフだ!蓮雲を追っかけて来たら、何故かネームレスがいて!何故か二人が戦っている!何でだよ!!」
「「ぐぅ!?」」
今度は二人仲良く口ごもる。
ネームレスとしてはアツヒトの指摘した通り、何で戦っているのかわからない。
蓮雲は蓮雲で任務を無視した行動をしていると、一応の自覚があるのか、ばつが悪そうだ。
そんな二人を見てアツヒトは再度ため息をつく。
「まぁ、蓮雲の方は偶然ネームレスと遭遇して、捕らえようとしたんだろ?立場的にはそこまで間違った行動じゃない」
アツヒトは蓮雲に一定の理解を示し、蓮雲は胸を撫で下ろす。
対照的にネームレスは警戒を強める。理解を示したということは、蓮雲と同じこと……二人がかりで自分を捕らえようとする可能性があるからだ。
神経を研ぎ澄まし、隙を見せないようにしている黒き竜に忍者が顔を向ける。
「ネームレス……お前は……多分だけど……俺達と同じ目的でここに来たんじゃないか?」
「――ッ!?まさかお前らも!?」
アツヒトの言葉にネームレスはハッとする。大統領直属の部隊がこの壊浜に来るなんて、それなりの理由があるはずだと。そして自分の持っている情報で考えるとカズヤのこと以外考えられないと。そのことにここに来てようやく気付く自分に腹が立つ!
「あぁ……カズヤとか言う奴の調査に来た」
アツヒトはそんなネームレスに頷きながら、肯定する。黒竜はアツヒトの意思を確認すると、次に蓮雲の方を見ると、彼はぷいっとそっぽを向いた。
蓮雲自身、戦いを止められた苛立ちと、アツヒトもといネクサスのメンバーへの申し訳なさから、どうしたらいいのかわからないのだ。
「で!一つ提案があるんだが……」
アツヒトがネームレスに呼び掛け、自分に注目を戻す。ネームレスは無言でアツヒトと人質になっているシンスケを見つめる。この状態では提案とやらを聞くしか選択肢はない。
「良かったら、一時休戦……協力してカズヤのことに当たらないか……?」
「アツヒト!?」
アツヒトの提案とはネームレスと協力関係を結ぶこと。蓮雲が非難の声を上げるが、アツヒトは手のひらを向け、制止する。
「蓮雲、お前の言いたいことはわかるし、正しい。けど、俺はこいつがもうむやみやたらに人を傷つけるようなことはしないと思っている……だよな?」
「あぁ……」
蓮雲のことも肯定しながら、ネームレスへの信頼を口にすると、ネームレスは短い言葉でそれに応える。正直、今の自分にはもったいない言葉だと……。
そんな黒竜を見たアツヒトは満足したように軽く首を軽く縦に動かしてから話を続けた。
「それよりも得体の知れないカズヤとか言う奴のことを重視した方がいいと思う。そのためには、この街に詳しい奴がいた方が色々と便利だろ?」
「……………そうだな………」
蓮雲の方を向き、自分の意見へ同意を求める。蓮雲もその意見には一理あると思い、自身の闘争本能を抑えながら、渋々同意する。
そして、蓮雲の意志を確認すると、アツヒトは再びネームレスに視線を戻す。
「お前はどうだ……?」
「今のままだと選択肢がないように思えるが……?」
「ん?……あぁ!そうだな!」
ネームレスの指摘にアツヒトは自分の隣にいるシンなんちゃらのことを思い出す。
「これが、こちらの誠意だと思って欲しいな……行け」
「は、はい……!」
アツヒトは刀を下ろし、シンなんちゃらの背中を押し、ネームレスの元へと離す。
そのまま、解放された人質は兄貴分へと駆け寄る。
「シンスケ……!」
「兄貴……すいません……」
「いや、いい……むしろ不毛な戦いをやめられて助かった……」
謝るシンスケにネームレスがフォロー……というか本音を告げる。
それを聞いた蓮雲は不愉快そうに腕を組んだ。彼からしたら今の戦いは不毛どころか、どんなものより有意義極まりない。
「で?返答は?」
アツヒトがネームレスを急かした。今、こうしている間にもナナシ達が任務を進めているかもしれない。順調なら別にいいが、何か危険なことに巻き込まれているかもと考えると、のんびりしているわけにもいかない。
「イエスだ。ただし、カズヤとはまず俺が話をさせてくれ」
「了解」
ネームレスもアツヒトと同じでカズヤとナナシ達が衝突するのは避けたい。言葉短く了承し、最低限の自身の願いを伝える。アツヒトもそれを受け入れた。
「よし!じゃあ、善は急げだ!蓮雲!黒嵐!ネームレス!行くぞ!」
話がまとまったとなれば、ここにいつまでもいてもしょうがない!アツヒトはサイゾウを脱いで、出口に向かって歩き出す。
ネームレスと蓮雲もピースプレイヤーを待機状態に戻し、先行するアツヒトについていく。
「勝負はお預けだな……」
蓮雲が隣に来たネームレスに話しかける。彼としてはやはり不完全燃焼で、続きをしたいようだ。
「俺にはもうお前と戦う気も、理由もない」
ネームレスは前を向いたまま、蓮雲の言葉を拒絶する。蓮雲は明らかに不機嫌になるが、アツヒトの手前、噛みついたりしない……しないが。
「ふん!お前になくてもおれにはある。だから、次は体調を万全に整えておけよ」
「……?どういうことだ……?」
蓮雲の言葉にネームレスが引っかかる。ネクロ事変から時が経ち、怪我も治っている……体調は万全のはずだ。
不思議がるネームレスの顔を見て、蓮雲が続ける。
「今日、戦ってみて……お前は強かった……だが、ネクロ事変の頃のような迫力は感じない。ましてや今日の出来なら、ナナシとのタッグでもあのネクロに勝てるとは思えん」
「…………」
ネームレスは何も答えない、答えられない。彼の心は蓮雲の発言で思考の迷宮に迷い込んでいた。
(怪我は完全に治っている……ガリュウにもトラブルはない……俺自身はあの時から自分が何か変わったとは思えない……だが、蓮雲の言葉が正しいとしたら……俺は……弱くなっているのか……?)
「何やってんだ!とろとろすんな!」
ネームレスがさらに思考の深淵に堕ちそうになった時、アツヒトが大声で、のんびり歩く彼らを急かした。
(そうだ……今はそんなことを考えている場合ではない……カズヤ……待ってろ……!)
気を取り直して、かつての自分と同じ過ちを犯そうとしているかもしれない旧友へと意識を戻した。彼を止めるのが、今自分が何よりすべきことだ。
決意を新たにネームレスは歩みを早めた。




