衝突
「あ、兄貴……あのオリジンズに乗ったお方はお知り合いで……?」
ネームレスの声と目線を追っかけ、振り返った先にいた予想外の存在にシンスケは戸惑い、どうやら何か知っているような兄貴分に尋ねる。
戸惑っているのは、本当だが、内心それ以上に自分にとって不都合な話題が打ち切られたことで、ほっとしている。その表情は恐怖半分、喜び半分でひきつった笑顔を形成した。
「まぁ……ちょっとな……」
弟分の質問に歯切れの悪い答えしか返せないネームレス。別にそうしたい訳じゃないし、ネクロ事変の後ろめたさから話さない訳でもない。蓮雲について何か言える情報を持ってないだけだ。
実際のところ、同じ組織にいたとしてもネームレスと蓮雲はお互いに顔を知っている程度、まともに話をしたこともない薄く、細い繋がりしかない関係なのだ。
「……兄貴の知り合いなら…別に敵ってことじゃないんですよね……?いきなり襲ってきたりしませんよね……?」
日常的に命のやり取りが行われているこの街で育った者達は、見知らぬ人と出会った時、相手が自分にとって敵なのか味方なのか、危険なのかそうじゃないのかを真っ先に考える悲しい癖を持っている。殊更、戦闘能力の低いシンスケのような者には、その見極めは何よりも大切だった。
「……かつては味方だった……だが、今はなんとも言えん……」
「そんな……」
これまた歯切れの悪いことしか言えなかった。味方と言っても、あの大統領誘拐事件に参戦した理由は人それぞれ。同じ目的、大義の下に集いし勇士達ではなく、お互いの利害がたまたま一致したから集まった烏合の衆……。
とてもじゃないが胸を張って、仲間と呼べる間柄ではなかった。
「シンスケ、とりあえずお前は下がっていろ……仲間とは言えないが、敵と言うこともない……話せばわかるはずだ……」
そう言って、ネームレスはシンスケの肩に手を置き、自分の後ろへ追いやる。蓮雲と話し合うために……。
けれど、彼は何もわかっていなかった……いや、本来の彼ならきっと理解していたはずだ、相対する蓮雲と自分の今現在の関係に。
全ては彼の思考すら蝕む罪悪感と、それを旧友には味わわせたくない使命感のせい。
そして、それ以上に蓮雲という男の思考回路をまったくわかっていない。そのことを彼はこの後すぐに理解させられる……。
「……蓮雲だな!俺はネームレスだ!覚えているか!!」
遠くにいる相手へ届くように大声で自身のことを相手が正確に認識しているか問いただす。
「あぁ!!もちろん!!覚えているさ!!ネームレス!!!」
遠目でわかりずらかったが、蓮雲がコクリと頷いた。そして直ぐ様、返事をする。その声はネームレスに対抗心からか、とても大きく、寂れた工場中に響き渡った。
「そうか!先ほどは名前を間違えてしまって申し訳なかった!」
「それはもういい!!!何か言いたいことがあるなら、とっとと言え!!!」
まずは様子見とばかりに先の非礼を詫びてみたが、むしろ相手を苛立たせてしまった。元々せっかちな気がある蓮雲だが、そんな彼が何を思ってか、ネームレスとシンスケが話している間、ずっと静観していたのだが……もう我慢の限界。
彼の心は新しい玩具を手にいれた子供、ご馳走を前にした獣のように今にも爆発しそうだった。
「……そうだな!では、こちらの要求を言おう!ここで君と俺は出会わなかったことにして欲しい!黙ってここから立ち去って……いや!俺達が立ち去ろう!それを何もせず、見送ってくれればいい!」
苛立つ顔見知りに自身の望みを端的に告げる。ただ何もしないで別れようという願いとも言えないような要求。
それを受けた蓮雲は口角を上げ、今までで一番の大きな声で答える!
「断る!!!」
「なっ!?」
呆気にとられるネームレス。その後ろのシンスケも心配そうな顔で、自分を守ろうとしている彼の背中を見つめる。恐怖に怯えた視線を感じたのか、ネームレスは気を取り直して、蓮雲に拒絶の理由を聞く。
「何故だ!お前がここに……壊浜にいるのは何か理由があるのだろう!?それに俺やこいつが関係あるのか!?」
「ない!!!」
質問に蓮雲もまた端的に答える!身体中がウズウズして仕方ないといった様子で、少しでも早くこの話を終わらせたいみたいだ。それでもネームレスの言葉をおとなしく聞いているのは、彼なりに一時的とは言え、手を組んだ相手に対して敬意を表しているのだろう。
だが、だとしたら尚更こちらの些細な願いを受け入れて欲しかった。ましてやここに自分とは関係ない目的のために来たのならと、今度はネームレスの方が苛立った。
その気持ちに必死に蓋をして、再度質問をする。
「目的が他にあるのなら、どうして俺に構うんだ!その理由も答えろ!!」
先ほどよりも少し乱暴になった物言いで問い詰めるが、蓮雲はまったく気にしていない。ただゆっくりと人差し指と中指を立てた手を前に突き出した。
「お前に構う理由?それは二つある!!!」
「二つだと?」
「そう二つだ!!!まず一つ目は……」
言葉を発する度に蓮雲の身体に力が込もっていく。それを彼を乗せた背で感じ、黒嵐も地面を踏みしめる足に力が入る。
「一つ目は……」
埃っぽい工場の空気が、ぴりぴりと張り詰めていく……。
「一つ目は……?」
爆発する瞬間を待っているのだ……。
「一つ目は!!!」
そしてその時が訪れる!
「おれが!お前と!戦いたいからだ!!!」
「ヒヒィン!!!」
「「!!?」」
溜め込んでいた感情と力を一気に解放して、戸惑うネームレス達に猛然と突進してくる蓮雲と黒嵐!正に人馬一体!いや、彼らの真骨頂は三位一体だ!
「項燕!!!」
蓮雲の耳、正確にはそこに付いているピアスが輝きを放ち、ボロボロの工場を隅々まで照らす!その輝きが収まった後に現れるのは、銀と紫の上級ピースプレイヤー項燕!
その右手に握られているのは、数多の強敵を屠ってきた槍!それを思い切り!引く!力を溜めているのだ。それが解放される先は!ターゲットは!かつて同じように攻撃し、激闘の果てに自分に土をつけた紅き竜、その兄弟機、黒き竜を持つ男!ネームレス!
目の前にまで迫ったかつての仲間でもあったその男を抉るように切っ先を突き出す!
「シャアッ!!!」
「シンスケェ!!!」
ドン!!!
「ぐふっ!?」
咄嗟に後ろにいたシンスケを突き飛ばし、自身もギリギリで回避……否、避けきれず刃がかすった頬から真っ赤な血が流れる。
けれども、まだ第一撃が終わっただけ……第二撃を放つために項燕が黒嵐の手綱を操り、Uターンさせる。
「ネェームレスゥ!!!」
「ちいっ!?」
放たれる第二撃!しかし、今回はシンスケがいなかったおかげで完全に回避できた!だが、またまた項燕達は折り返し、攻撃態勢に入る!
「ま、待て!」
「待たん!!!ハァッ!!!」
「くっ!?」
第三撃は地面に転がりながら回避した。ネームレスらしくない無様な方法だ。それに思うところがあったのか項燕は手綱を引き黒嵐の脚を止めた。
その隙にネームレスは立ち上がり、自身を狙う敵との間合いを測るため、そして弟分のシンスケを危険から離すためにゆっくりと歩き出す……。
「何故だ……?」
静寂を打ち破り、声を出したのは蓮雲。その声色には失望と怒りが滲んでいた。
「何故!ピースプレイヤーを!ガリュウを装着しない!おれには弱者をいたぶる趣味はないんだよ!!!今すぐ黒き竜を纏って全力で……お前の全身全霊をもっておれと戦え!!!」
一向にガリュウを装着しないネームレスへの苛立ち、それが溢れ出した。
あくまで蓮雲の望みは自らを高みへ導いてくれる強者との命と意地を削り合うような極限の戦闘。ネクロ事変に参加したメンバーの中でもリーダーのネクロに次ぐ実力者であり、そのネクロを倒した双竜の片割れの本気の姿と戦いたいのだ。
「勝手なことを!俺は別にお前と戦いたくない!それこそ理由がない!!」
ネームレスもネームレスで胸の中が怒りで満ちている。しかし、蓮雲とは違い、それでもなんとか穏便に納めようと無理やり抑えつける。
「ふん!見損なったぞ!理由がない?目の前に強い奴がいる!それだけで十分理由になるだろうが!!!」
だが、そんなことは相手はお構い無しだ。戦闘バカはネームレスの発言を無視するどころか、独自の理論を押し付けてくる。
「バカげている!そんなことで戦うなんて……」
「バカげているだと?大統領の誘拐なんてバカげたことしでかした貴様には言われたくないわ!!!」
「おッ!?」
お前も共犯だろ!と言ってやりたがったが、ネームレスはぐっと口を接ぐんだ……。それこそ自分が言っていい言葉じゃない。
まさしく無駄に白熱する議論に付き合ってもしょうがないと、ネームレスはふぅーと深呼吸して一度、仕切り直す。
「ならば……ならば!せめて、俺と戦う二つ目の理由とやらを教えろ!まだ、話の途中だっただろうが!!」
「ん?……そういえば言ってなかったな……」
まずは攻撃を避けている間も実はずっと気になって仕方なかった蓮雲がこんな凶行に走る二つ目の理由を問いただす。当の蓮雲はそんなこと忘れていたようで、気の抜けた返しをしてくる。それがまたネームレスを苛立たせたのは言うまでもない。
彼の心など知らずに、狂戦士はマイペースにその胸の内を語り出す。
「ネームレス!お前はおれが今、ナナシ・タイランの下にいることは知っているか!?」
「……あぁ……話には聞いている……」
あれから、ネクロ事変からネームレスもただ豪華ホテルでレイラの報告を待ちながら、悠々自適に暮らしていたわけではない。表立って動けなくともやれることはある。情報収集の一環でネクサスの存在も掴んでいた。正直、この時点でネームレスは気付くべきだ。
「皮肉な話だろう?まさか敵として戦ったあの男と轡を並べることになるとは……」
確かに皮肉だが、健全だ。その力をテロになんかに使うよりは……。ネームレスは黙ってその言葉を咀嚼する。
複雑な感情渦巻く彼を蓮雲は先ほどまでと打って変わって、仮面越しに鋭い眼光で睨み付けた!
「だったら、今は政府側の人間であるおれが、ハザマ前大統領誘拐・殺害事件の主犯格であり、最新鋭機ガリュウを盗んだままの超危険人物であるお前を見逃せると思うか!?」
「あっ……」
まさかのド正論!至極真っ当な意見!膝を打つと言うのは正にこのことだろう!
ネームレスは絶句、今度は黙らされた。よくよく考えてみれば当然である。自身の持っている情報から十分推察できたはずだと。自分の愚かさに嫌気がさす。
そんなメンタルボロボロの彼に蓮雲が追い討ちをかける!
「ましてやおれはお前と同じくあのテロに加わった身!仮釈放、執行猶予中と呼べる状況!ここでかつての仲間であるお前に対して何もしなければ、要らぬ嫌疑をかけられる!!」
「くうぅ!?……そうだ……な……」
そう、ネームレスは大きな勘違いをしていた!蓮雲とはかつての仲間であるから、話し合えると思っていた。しかし実際は逆だったのだ!かつての仲間だからこそ蓮雲はネームレスと戦わなければいけなかった!
そのことにあろうことか蓮雲なんかに指摘されてようやく気付く。自分のバカさ加減にも……。
(……なんだかんだ……生まれてから一番とも言える平穏なホテル暮らしで、平和ボケに陥っていたか……まさか俺がな……けど!)
蓮雲の奇抜にも思えた行動には納得がいった。むしろ自分の方が間抜けだったこともわかった。だが!ネームレスにはどうしても言いたいことがあった!それを全力で叫ぶ!
「それ!先に言えよ!!!どう考えてもそっちがメインだろ!一つ目だろ!!!」
あえて、今回蓮雲に非があるとしたら、そこだろう。遠くでシンスケも、蓮雲の下の黒嵐もウンウンと頷いた。
けれど、そんなことお構い無しに蓮雲は再び身体が疼き出す。
「知るか!優先順位など自分の主観の問題だろうが!おれはおれの話したいことを話す!そして……戦いたい奴と戦う!!!」
手綱で命令し、黒嵐をネームレスに向かわせる!
「話すことはもう何もない!ここからは剣で語り合う時間だ!!!」
猛スピードで突進してくる項燕!それをネームレスがさっきまでと違い闘志を燃やした瞳で睨む!彼も覚悟を決めたのだ!
「確かに……お前の言う通りだ……俺を何もせず見逃せば、立場が悪くなるのだな……ならば!!」
ネームレスが左腕を顔の前にかざす!手首には黒い勾玉が紐によってくくりつけられていた!もちろんそれはただのアクセサリーじゃない!彼の愛機だ!
「痛い目を見れば、言い訳もつくだろう!!なぁ!ガリュウ!!!」
勾玉から光が放たれたと思ったら、その光が漆黒の装甲に吸収されていく……。
現れたのは黒い竜、人呼んでネームレスガリュウ!ついに目の前に現れた恋い焦がれる相手に蓮雲の心も高鳴る!
そして、その衝動を容赦なくぶつける!
「ネエェェムレェス!!!」
「来い!お前の願い!叶えてやる!!!」




