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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nostalgia
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捨てられた者

 壊浜にある寂れた工場跡……ここはかつては壊浜に住む……住むしかなかった若者達が集まり、この命が軽い街で生き残るために、情報交換や鍛練を積んだ場所である。そして、ここに集まった多くの者が後にこの街の盟主と呼ばれたドン・ラザクの下で働くことになった。

 しかし、そのドン・ラザクが死んでからは、その者達もそれぞれの道を歩んで行った。

 ラザクの後を継ごうとする者、この街をこんな風にした前の大統領に復讐しようとする者……。

 そんなこんなで今は誰も寄りつかなくなった寂れた工場跡に人を待っている男が一人……。

「遅いなぁ……いや、遅くはないか……まだ、待ち合わせの時間前だ……でも、遅いなぁ……」

 文字通り、右往左往と工場跡を歩き回っている落ち着きのない男……といっても、まだどこかあどけなさを残している顔つきから、年齢で言えば成人していないと思われる。

 男は、ある人物をこの場に呼び出していた。けれど、あくまで一方的に来て欲しいと頼んだだけなので、本当に来てくれるか不安でしょうがないのだ。

「遅い……遅くないけど……遅……」

「相変わらず、落ち着きがないな」

 突然、男の背後から声が聞こえた!男はその声に聞き覚えがあった。

 静かで、とても優しい声……ただし、この声が聞けるのは声の主が仲間と認めた者だけ!敵と見なした者には容赦なく、その強さは壊浜中に知れ渡っていた!その者の名は!……いや、そいつに名前はない!どうしてもそいつのことを呼びたいなら、こう呼べ!

「ネームレス!の兄貴ィ!!!」

「久しぶりだな。『シンスケ』……!」

 落ち着きがない男、シンスケは振り返り待ち人の顔を確認すると、今にも泣きそうな顔で彼の名を叫ぶ!来てくれたことが嬉しくて仕方ないといった様子だ。

「ネームレスの兄貴!本当に来てくれたんすね!!」

「あ、あぁ……」

 未だ興奮覚めやらないシンスケに若干引いてしまうネームレス。そんなネームレスの兄貴を尻目にシンスケは身体全体を動かして、喜びを表現する。

「やった!本当に来てくれた!いや、おれは信じてましたよ!ネームレスの兄貴なら絶対来てくれるって!でもね!やっぱり、実際こうやって来てくれると嬉しいというか!めちゃくちゃ嬉しいって感じで!だから、おれ!今、すごく嬉……」

「シンスケ!!」

「!?」

 テンションが最高潮に達したシンスケは凄まじい勢いでしゃべり出す……けれど、その内容はというと、ただ同じことを繰り返しているだけ。

 さすがにめんどくさくなったのかネームレスがシンスケの顔の前に人差し指を立てて、突き出す。“静かにしろ”という合図である。その穏やかだが、迫力あるジェスチャーにシンスケも一瞬で黙り込む。

 しばしの沈黙の後、ネームレスが口を開いた。

「落ち着いたか、シンスケ?」

「ウ、ウス!」

 シンスケも反省したのか、先ほどまで打って変わって短い言葉で返事をする。その素直な姿を見ると、ネームレスの顔も少し綻んだ。

 しかし、すぐにその顔に鋭さが戻っていく。ようやく本題に入るのだ。

「……手紙に書いてあったこと……カズヤがテロを起こそうとしているという話は……本当なのか……?」

 言葉の端々に、嘘であって欲しいという気持ちが漏れでている。間違いであることを確認したくて、わざわざここまで足を運んだのだから。

 だけど、その思いは通じなかった。あれだけやかましかったシンスケが無言で首を縦に動かした。

 ネームレスはぎゅっと目を瞑り、それ以上に胸の中が締め付けられた。

(何故だ!カズヤ!お前まで、俺と同じ過ちを……)

 心に広がる後悔と罪悪感……かつての仲間が自分と同じ間違った道を歩み始めている。それを止めるためにネームレスは再び、この憎たらしくも、嫌いになれない故郷に足を踏み入れたのだ。

 再び目を開き、弟分の顔を見ると、さっきまでのはしゃぎようが嘘のように弱々しかった。不安に心が押し潰されそうなのだ。そして、押し潰されないために兄貴分にその不安をぶつけていく。

「ネームレスの兄貴……もしカズヤの兄貴が本当にテロなんて起こしたら……壊浜は……この街に住む人は!一体どうなるんですか?」

 シンスケの声が震えていた。頭ではなく、心で理解しているのだ。それがもたらす恐ろしい結末を……。

「……もし、また壊浜出身者がテロを起こしたら、きっと神凪国民の怒りの矛先はこの街とそこで暮らす人々に向くだろう……そして、誰からともなく粛清や追放という話が出てくる……」

「そんな……」

 シンスケの顔から血の気が引いていく。実際に言葉にされると、なお恐ろしい。ましてや、敬愛する人の口から語られるのだからたまらない。だが、残念ながらそれでは終わらない。

「もし……もしもそんなことになったらシンスケ……お前はどうする……?」

「……おれは……おれは戦います!ずっと、手も差し伸べずに目の敵にされてきたのに……いきなり、出てけなんて………兄貴!まさか!」

 何かに気づいたシンスケに、ネームレスは黙って頷くことで肯定した。肯定して欲しくなかったし、肯定したくなかった。

 だが、今までの話から導き出される答えは残酷なただ一つだった……。

「そうだ……戦争……いや、正確に言うなら内戦だな……」

「壊浜の人達と神凪の軍隊が殺し合うってことですか!?」

「あぁ……きっとそうなる……そして、そうなったら、両者の関係は修復不可能……復興どころの話ではない……」

 予想通りであり、予想以上の絶望的な結末……。二人の間に重い空気と沈黙が流れる。

 実際には大した時間は経っていないが、この工場跡だけ世界から切り離され、時間が止まってしまったようだった。そんな中、しばらく絶句していたシンスケが口を開く。

「ドンが亡くなってから……ネームレスの兄貴がいなくなってから、カズヤの兄貴はおかしくなっちまったんです!もし……もし、兄貴がいてくれたら、こんなことには……」

「……そうだな……俺が悪かった……済まない……」

「あ、兄貴!おれはそんなつもりじゃ……!?」

 今まで抑え込んできた感情が、最悪の未来を聞いた不安からか、もしくは目の前にいる男の不満からか溢れ出してしまう。それをぶつけられたネームレスはただただ受け止める……受け止めなくてはいけない。

 シンスケの言葉が止まるのを見届けると、頭を下げて謝罪した。

「兄貴!顔を上げてください!あ……にき?」

 その姿を見て、我に返ったシンスケが頭を上げさせようとするが、ネームレスの身体はびくともしない……びくともしないが、その身体はかすかに震えていた……。

 力を込めているからではない、自分のいたらなさに、愚かさに対して怒りで震えているのだ!

(そうだ……シンスケの言う通りだ……俺がやるべきだったのは、カズヤとともにドン亡き後のこの街を……この街に住む子供たちの命を守ることだったんだ……!それなのに俺は……目を背け、復讐などに酔って……壊浜のためと言いながら、見捨てたんだ!この街を!友を!俺なんかを慕ってくれたこいつを!……俺はなんて……)

 ネームレスは頭を下げたまま、心の中で自己嫌悪に陥っていった。



「ネームレスの兄貴、落ち着きましたか……?」

「あぁ、情けない姿を見せた」

 しばらく経って、ネームレスはすっかり平静を取り戻していた……そう見えるが、実際は心の中で未だに罪悪感が燻っている。だけど、それを必死に旧友カズヤを止めるという決意の炎で上書きしようとしているのだ。

「お前に落ち着け、なんて言われるとは、俺も焼きが回ったな……」

「そりゃないっすよ~兄貴ぃ~」

 そんな胸の内を悟られないように、らしくない冗談を飛ばす。シンスケも即座に反論するが、その表情は明るい。

 二人の間にかつてこの街にいた時のような和やかな雰囲気が蘇る。

「……こうしてネームレスの兄貴と話していると、昔に戻ったみたいだ……これで……」

「あぁ、カズヤがいれば完璧だな……」

 明るかったシンスケの頭にまた不意に不安がよぎった。それを察したネームレスが微笑みかける。

「大丈夫だ……俺が必ず止めてやる……」

 その言葉は自分に言い聞かせているようにも聞こえた。いや、言い聞かせているのだ。

(……カズヤ……お前を……俺のような愚かな罪人にはしない……!)

 ネームレスは覚悟を決めたのだ。どんな手段を使っても、旧友を止めるという覚悟を。

「じゃあ行きますか?ネームレスの兄貴?」

 ネームレスの決意表明とも言える言葉で元気を取り戻したシンスケが出口を親指で指した。

「そうだな……ここにいてもどうにもならん。だが、知っているのか……カズヤの居場所?」

 ネームレスの疑問にシンスケは出口を指していた親指を前に突き出して、満面の笑みを浮かべる。

「そりゃ、もうバッチリですよ!情報収集はおれの十八番ですからね!」

「確かに、お前の情報には何度も助けられ助けられた……その分、喧嘩はからっきしだったがな。俺とカズヤが何度助けてやったことか」

「兄貴~それは言わないでくださいよ~」

 昔を思い出しながら、弟分をからかう。そして、いつかここにはいないカズヤともこうやって再び笑い合うために二人は歩き出した……が。

「あっ、そういえばシンスケ……」

「なんすか?」

 唐突に、何かを思い出したネームレスが足を止める。先行していたシンスケも止まって彼の方へ振り返る。

「お前、どうやって俺の居場所がわかったんだ?神凪の警察や軍にも見つけられなかったのに……よく手紙なんて送ってこれたな?」

「そ、それは……」

 シンスケの顔色がみるみる変わっていく……。

 親に隠し事をする子供のように、ネームレスから目を逸らし、ばつが悪そうに自分の顔や後頭部を触りまくる。

「なんだ……?俺にも言えないことなのか……?」

 その反応を見て、ネームレスの顔も険しくなっていく。シンスケはその自分を見つめる真っ直ぐな眼を一瞬だけ見つめ返してみたが、すぐにまた逸らしてしまった……。

 そして斜め下を見ながら、なんとか兄貴分の疑問に答える。

「あっ!あれっすよ!情報の出所は秘密にしとかないと!おれの信用に関わるんですよ!だから、ちょっと勘弁してくれませんか……?」

 シンスケの言葉は一応の筋が通っている。だが、それを話している口調、顔つきはとてもじゃないが本当のことを言っているようには見えなかった。なにより古くからの付き合いであるネームレスの勘が大きな違和感を感じている。

 ならばと、このまま問い詰めるはずだった。

 しかし、それは予期せぬ来訪者によって阻止される。


パカラッ!


 シンスケの後方、つまりさっきまで二人で向かっていた出口の方から、奇妙な音がした。

 シンスケの背後ということは、ネームレスにとっては前方、もうすでに彼の視界は音の正体を捉えている。

「……なんで……お前がここに……」

 彼の目に映ったのは、自身の愛機と同じ色の黒いオリジンズ、そしてその上に跨がる偉丈夫。

 その男の顔には見覚えがあった。シンスケのように壊浜で出会ったのではない。この街を出て行ってから出会った男。後にネクロ事変と呼ばれる事件の当事者から共犯者として紹介されたことを、よく覚えている。なぜなら身体中から強者の風格を漂わせていたから……。

 その男の名は!

「……ちんうん……」


「蓮雲だぁ!!!」


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