捨てられた街
神凪の首都、鈴都から車で少しの距離……しかし、そこは別世界だった。ボロボロの街並み、そこを歩く人々は、武装している者も多い。
ここは『壊浜』、かつては『貝浜』と呼ばれた美しく、活気の溢れる街だったが、数十年前、強大なオリジンズが突如襲来、壊滅的打撃を受けることになる。さらに、その後の戦争、スラムと化したこの街に価値を見出したハザマ前大統領のせいで現在まで復興と呼ばれるようなことが行われず、ギャングやアウトロー達の巣窟になってしまった。
そんな国家から見捨てられた街に奇妙な来訪者が。大きなトレーラー、その後にサーフボードに乗った男とオリジンズに跨がった男が続いている。
強盗犯との戦闘から三日後、新たな任務のためにネクサスはこの街にやって来たのだ。
「確認のため、繰り返します。今回の任務は、この壊浜で力を増している『カズヤ』という人物の動向を探ることです」
マインが手元のタブレットをいじりながら、トレーラー内にいるメンバーを見回す。
「あくまで、“調査”です。神凪に対してテロ行為を行うという噂が真実か、どうか……それを調べるだけです」
マインが強い口調で“調査”であることを強調する。比較的……いや、かなり血の気が多いメンバーなので念には念を押しておかないと心配で仕方ないのだ。
「わかってるよ……俺はな。注意するなら、外のバカに言え」
ナナシはめんどくさそうに、トレーラーの外、黒嵐に乗り、ついてくる蓮雲を親指で指す。その横でアイムとリンダが腕を組みながら、うんうんと力強く頷いた。
「だけど、本当にそんなテロなんてするのか?ネクロ事変の混乱がまだ残っているとは言え、たかだかギャングが徒党を組んだぐらいで、どうにかなるもんでもないだろう。そもそも何のために……」
ランボはどうやら今回の任務に疑問を持っているらしく、納得いってない。ともすれば命令の方に不信感を抱いている様子だ。大柄な人間の多いネクサスの中でも特にガタイの大きい彼が太い腕を組んで、眉間にシワを寄せていると迫力がある。
「ふん、所詮ただのギャング、理由なんてないんじゃないか……?」
アイムの意見は辛辣だった。けれど、悲しいかなある意味、その言葉は神凪国民のこの街に住む人々へのイメージを代弁していた。
「アイム!よくないぞ!そういう偏見は!お前達だって色々あって、あんなことをしたんだろ?」
「うっ!?……それは……そうだが……確かに……言い過ぎたな……済まない……」
「よし!素直に謝れるのはとてもいいことだぞ!」
そんなありふれた偏見を口にしたアイムを叱ったのはリンダだった。
実際にテロの手伝いをした彼女にそう言われるのはギャング達も心外だろう。さすがに口が過ぎた、自分のことを棚に上げ過ぎたとアイム自身も反省する。
それを何故かリンダが満足そうにその行為を褒める。どうやら、彼女はネクサスの古株として、仮釈放中とも言えるアイム達の保護者になった気分でいるようだ。
「あの、話を戻していいですか……?」
アイム達のやり取りにマインが割って入って、話を戻そうとする。彼女達も異存はなく、どうぞどうぞと手のひらをマインに突き出す。マインはコホンと一回咳払いしてから、再び話を始める。
「そのこと……テロを行う理由ですが、二年ほど前にこの壊浜を治めていた……といってもいいんでしょうか……とにかく、この街で強大な力を持っていた『ドン・ラザク』が亡くなったことが原因だと思われます」
放置されていたランボの疑問を解消するためにマインが自分の持っている情報を提示していく。先ほどまでの騒々しさが嘘のように静まりかえり、みんな、マインの言葉に集中している。
「ドン・ラザクという人物は元々壊浜に存在した数あるギャング団の中の下っ端でしたが、その組織を乗っ取り、さらには対抗組織も壊滅、または吸収してこの街の盟主と呼ばれるようになりました」
「すげぇな。映画にしたら面白そう」
リンダは場違いだが、素直な感想を述べる。確かにラザクなる人物の人生には、興味をそそられる。それはこの話を聞いた人全員の総意だった。
「組織のトップとして優秀なのはもちろんのこと、戦士としても四つのピースプレイヤーを使い分ける凄腕だったようです」
「四つもか!?」
「そんなに強かったのか!?」
この話に食いついたのは、ナナシとアイムだった。ナナシは現在の自分の状況と重ねて、アイムは格闘家として、そして新米のピースプレイヤー装着者としてもっとその話を詳しく聞いていたかったが、そんな暇はない。
マインは完全に二人を無視して話を続けた。
「そんな偉大なるドン・ラザクが亡くなったことによって、現在はこの街に敷かれていた独自の、そして暗黙のルールが崩壊、ラザク台頭以前の群雄割拠状態に戻ってしまったようです」
『なるほど。つまり、そのラザクって奴の後継者になるために、カズヤって奴はお上に喧嘩売って箔をつけようってことね』
マインの話は続いていたがそれに割って入ったのはトレーラーの外にいるアツヒトだった。トレーラーに備え付けられているスピーカーから、アツヒトの見解が淡々と述べられる。
言った本人には見えないだろうが、車内のナナシ、マイン、ランボ、そして運転席のケニーが頷いた。リンダとアイムはいまいちピンと来てないようだ。
「私もアツヒトさんと同意見です。今回のターゲットとも呼べるカズヤなる人物はラザクの下でずっと働いていたようですし、自身が次の盟主としてこの街を治めるのが、妥当だと思っているのかもしれません」
「確かに……そう考えるのが、普通だな……あくまでカズヤがテロをするのが、本当だとしたらな」
マインと疑問を抱いていたランボもアツヒトの意見に同意し、とりあえず今回の任務の必要性を皆が理解したところで、今まで黙っていたバカ息子がとんでもないことを言い出す。
「……むしろ、ネクサスはそのカズヤって奴に協力した方がいいんじゃね……?」
「はい?」
「ナナシ……お前……」
「あたしでもわかる。それはない」
「…………」
ナナシの発言に車内のメンバーが各々リアクションを取る。ただし、どれも否定的なニュアンスが含まれている。唯一アイムだけが、先ほどリンダに言われたことを気にしてか、黙っている。
「いや!違うっての!別にテロを手伝おうって言ってる訳じゃない!」
ナナシは自分の言葉足らずを理解したのか、両手を顔の前でブンブンと交差しながら否定する。
「俺が言いたいのは、壊浜を復興するんなら、誰か顔役がいた方がスムーズに進むんじゃないかってことだよ!」
ナナシの意見は突拍子もないように聞こえたが、彼なりの考えがあってのことだった。
ここの出身であるネームレスと相対し、全身でその願いと怒りをぶつけられた彼はこの歪な場所をどうにかしたいと思っているのだ。
「一理あると思いますが……さすがに……それは……」
ナナシの考えには筋は通っているが、やはり常識的には受け入れ難い。マインもランボも渋い顔をしている。不利な状況に陥ったナナシに助け船を出したのは、意外な人物、無言を貫いていたアイムだった。
「この任務は“調査”なんだろう?なら、そのカズヤの人となりを調べて、信頼できそうなら協力体制を築くってのもありなんじゃないか?」
このアイムの発言はさっきのリンダに言われたことを反省したからであろう。アイムを見て、うんうんとリンダが満足そうに頷く。
『まぁ、なんにせよ、そのカズヤって奴に会って見るのが早いな』
再びアツヒトが割り込み、話をまとめる。こうやって要所要所で顔を出し、スムーズにことを運ぶというのが、ネクサス内での彼の役割なのだろう。
「だな。とりあえず、まずは会って話してみようぜ。こそこそ調べるなんてこのチームの柄じゃない」
一応、リーダーということになってるナナシが最終決定を下す。なんだかんだ、みんなもそれに従う。
たった一人を除いて……。
『ふん!よくわからんが、戦ってみればどんな奴かわかる!そのまま倒してしまえばテロも起こらん!つまり、おれに任せろ!』
そう勝手に宣言すると、蓮雲が黒嵐に命じてスピードを上げ、トレーラーを抜き、彼方へと走り去って行く!
「おい!蓮雲!待つんだ!」
ランボが制止しようと大声を上げるが、もうすでにそれが聞こえる範囲外に離れてしまっている。
『しゃあねぇな……俺が連れ戻す!』
「アツヒト!ちょっと待っ……」
見かねたアツヒトが蓮雲の後を追おうと、猛スピードでトレーラーを追い抜いて行った!
これまたランボの言葉を聞かずに……。
「……蓮雲だけじゃなく、アツヒトまで……どうして、こうなるんだ……」
ランボがあまりの身勝手さ、まとまりのなさにさらに険しい顔で項垂れる。確かにそうなるのも頷けるほどの身勝手な蓮雲の行動……。
しかし、意外にも今回はナナシはあまり怒っている様子はない。
「まぁ……アツヒトが行ったんなら大丈夫だろ。いきなり戦闘!……みたいなことにはならんさ」
そう言うと、ナナシはあくびをした。楽観的を通り越して、ただ適当なだけもするがある意味この強烈なチームのリーダーとしては、これぐらいのんきな方がいいのかもしれない。
片やランボはそんなリーダーに反応を示さず、未だに下を向いたまんまだ。
「でもよ、向こうから仕掛けて来たらどうするんだよ?二人だけでやれんのか?」
リンダは仮に戦闘になった時を心配している。彼女の立場……怪我人の治療という役割を思うと、当然そういう考えに至るのだろう。
「それこそ心配いらない。言いたくないが、このネクサスで、単純な戦闘能力……つまり“頭”は含めなかったら蓮雲が一番だ。そして“頭”を含めた総合的な能力では、アツヒトが一番……つまり、このチームのツートップ……簡単には負けねぇよ」
ナナシの発言に、アイムがムッとする。最強を目指しているプロ格闘家としてのプライドがその評価を受け入れられないのだろう。
一方で短期間とは言え、彼らの戦いを見て来て、その実力を理解できる冷静さも持ち合わせている。だから、黙っているのだ。
「そう言やぁ、そうだな。あいつらの相手できる奴なんて、そうそういないわな」
「そうそう、その通り。カズヤ?だっけか?倒しちまったら、それはそれで任務完了ってことで」
「お前、味方にしようとか、話し合おうとか言ってなかったか?」
「だから、どっちに転んでもOKってことよ」
一応の納得をしたリンダに、またしても適当な相槌を打つ我らがリーダー、それに呆れ変えるアイム、そんな彼らを余所に、未だにランボは顔を上げられずにいた。
「……ランボ、真面目で、慎重なところはお前の長所だと思うが、あんまり気にし過ぎも良くないぞ」
ナナシが元気づけようとするが、ランボは下を向いたまま、首を振った。ナナシ達は勘違いしているのだ。ランボが蓮雲を制止した理由を……。
「……違うんだよ」
ランボの小さな呟きに、わいわいやっていたナナシが黙りこみ、一斉に彼の方に目を向ける。
「……何が違うんだ……?」
恐る恐るナナシがみんなを代表して、ランボに質問する。リンダとアイムは何か怒らせるようなことをしてしまったんじゃないかと、びくびくしている。
みんなの視線を一身に集めながらランボがついにその重い口を開く。
「……目的地だ……」
「……?目的地……?」
ナナシ達はそれだけでは、まだ理解できなかったようで、お互いに顔を見合わせ、首を傾げる。
すると、見かねたランボが指を指す。その先には、タブレットをこちらに向けるマインが……。
「ランボさんが言った通り、目的地が違うんですよ……ターゲットのカズヤがいるとされる場所は、蓮雲さん達が向かった方向には、ありません。簡単に言うと……多分迷子になってます蓮雲さん……」
一瞬の間が開き、その後、各々タブレットで地図を確認する。そして、全てを理解し終わると、一気に怒りが吹き出した!
「あのバカ!今からでも遅くねぇ!牢屋にぶち込んどけッ!!!」
「あぁ!バカ罪違反だ!無期懲役だ!シャバに出していい人間じゃねぇ!!!」
「あいつよりわたしが弱いだと!?冗談!帰って来たら、ぼこぼこにしてやる!!!」
堰を切ったように怒りをぶちまける三人!そんな三人とは対照的に、ランボとマインが冷静に話し合う。
「アツヒトさんなら、きっと連れ戻してくれますよ」
「とにかく、問題を起こさないことを祈るだけだな……」
残念ながらその祈りは届かなかった。この後、蓮雲は予想外の場所で、予想外の人物と遭遇、そして予想外の戦闘を始めてしまうのだった。
いきなりトラブル続きのネクサスのメンバーそれぞれの怒りや不安を乗せて、トレーラーは道を曲がった。




