プロローグ:Nostalgia
ウーウーウーウーウーウー
『そこの車!止まりなさい!』
サイレンの音と、スピーカーから命令を発しながら、パトカーが前方の車を追っている。
けれども、その車が凄まじい改造されているのか、運転手の腕がいいのか、はたまた両方か、どんどんと距離が離れていった。
「止まれって言われて、素直に止まるかってんだよ!」
「ましてや、強盗犯がポリ公の言うことなんか聞くわけねぇわな!!」
そう、パトカーは宝石店から、宝石を盗んだ強盗犯を追跡しているのだ。
しかし奮闘空しく、強盗犯を乗せた車はついに見えなくなってしまった。
「ハハッ!だらしねぇな!神凪の警察も!」
「あぁ、まったくだ!そんなんだから、前の大統領が誘拐された挙げ句、殺されちまうんだ!」
完全に撒いたと思っている二人の強盗犯は、情けない警察、もといこの国、神凪自体をバカにする。
少し前に起きた、ネクロ事変と呼ばれる前大統領、ゲンジロウ・ハザマの誘拐・殺害事件を引き合いに出して……。
けれど、彼らは勘違いしている。パトカーは撒かれたのではなく、別の部隊に追跡を引き継いだことを……。
そして、彼らは知らない。偶然にもその部隊というのは今、話していたネクロ事変の当事者達であることを……。
パカラッ!パカラッ!パカラッ!
「ん?なんか変な音……聞こえねぇか……?」
強盗犯の一人の耳に何かの音が聞こえてきた。疑問に思った強盗犯はもう一人に確認を取る。
「変な音……?確かになんか……」
パカラッ! ドスン!!!
「な!?」
「にぃぃぃ!!?」
突然、道路の側面の壁から黒いオリジンズとそれに跨がっている銀と紫の鎧を纏った戦士……ピースプレイヤーが目の前に降ってきた!
「な、なんだ、あいつ!?」
「新しい追手か!?」
「ど、どうする!?」
「どうするも何もねぇよ!!!このまま突っ込め!!!轢いちまえッ!!!」
強盗犯は最初は戸惑ったが、すぐに悪党らしい結論に至る!アクセルを思い切り踏み、眼前の謎の存在に向かって加速していく!
「ヒヒン……」
「あぁ……バカな奴らだな…黒嵐……」
強盗犯の車の前に立った謎の獣と謎の戦士はまったく動じず、むしろ彼らの愚かさに呆れている。
「少し、下がっていろ」
戦士がそう言うと、獣から下り、剣を構えながら猛スピードで向かって来る車を真っ直ぐ見据える。
「あいつ!?まさか!!?」
そのまさかだ。
「できる訳ねぇ!そのまま行けぇ!!!」
できるんだな、これが。
「はあッ!!!」
ザンッ!!!
「ま、ま……」
「マジかよォォォ!?」
剣を振り下ろすと、車は真ん中で二つに分けられた!そのピースプレイヤーはたった一太刀で車を真っ二つに両断してしまったのだ!
今さっきまで車だったものは、戦士の横を通り過ぎ、しばらく走った後、ガシャンと大きな音と、ボディーとアスファルトを擦って火花を散らしながら横転した。
「てめえ!よくもやってくれたな!」
「俺達、『アントニー&アンソニー』を怒らせてただで済むと思うなよ!!!」
強盗犯は車だったものから、出てくると戦闘のためにピースプレイヤーを装着する。違法改造された工事用かなんかのようだ。
だが、戦士はそんな彼らを無視……文字通り見向きもしない。
「悪いが、おれはお前達のような雑魚の名前を覚える気もないし、戦う気もない……」
「なんだと!!?」
「この……おい!何か来るぞ!!?」
完全に強盗犯達を見下した戦士の発言に、激昂するが、すぐに視界に入ってきた奇妙なものに興味が移る。
「……サーフィン……?」
青いピースプレイヤーと、その後ろにもう一人、黄色いピースプレイヤーがサーフボード?に乗って、こちらに向かって来る。
「あいつの仲間か!?」
「くそッ!三対二かよ!!? 」
強盗犯達は数的不利を感じ、動揺する。しかし、問題はそこじゃない。
今、彼らの目の前にいる人物は全員、宝石店を襲って、いきがる小悪党ぐらいなら束になっても一人であしらえるほどの実力者なのだ。
「んじゃ、よろしくアイムちゃん」
「ちゃんはいらないと言っているだろ、アツヒト……!」
最早勝負は決したと余裕な青いピースプレイヤーのからかいを黄色い方があしらいながら、サーフボードを蹴り、天高く舞い上がる!そして、そのまま……。
「でやぁッ!!」
バキッ!!!
「グフォッ!?」
飛び蹴りを食らわす!あっさりと一人目撃破!
「相棒!?てめえ!よ……く…」
ドゴォ!!!
「ガフッ!?」
仲間をやられたもう一人が仇討ちをしようと黄色いピースプレイヤーを視界に捉えたが、それはすぐに膝のドアップになった。強烈な膝蹴りが顔面に炸裂したのだ!
二人目撃破!つまり、事件解決である。
「この程度であたし達を使わないで欲しいな」
「まったくだ」
黄色いピースプレイヤー、ジャガンの装着者アイム・イラブが手応えのない相手に辟易していると、銀と紫の項燕の装着者、蓮雲が同意した。強さを求める武人然とした二人にはもの足りないのだろう。
「つーか、車こんな真っ二つにしちまって……」
青いサイゾウの装着者アツヒト・サンゼンは残念そうに二つになった車を見つめていた。そうしていると、大きなトレーラーがやって来て、中から緑と赤、二人のピースプレイヤーが下りてきた。
「……ランボ……どう思う……?」
赤い方が、緑のピースプレイヤー、プロトベアーの装着者ランボ・ウカタに一縷の望みを込めて問いかける。
「……駄目だ……これなら新車買った方が安い……」
ランボはこれまた残念そうに首を横に振った。その答えを聞き終えると、赤いのが、蓮雲に近づいていく……怒りながら。
「蓮雲!てめえ!話聞いてたのかよ!?」
「話?もちろん!言う通り、真っ二つにしたぞ!」
「切断じゃなくて、接収だ!どういう聞き間違いだ!せっかくだからこの車いただいちまおうって話ただろうが!」
蓮雲以外のメンバーはこの車を手に入れるために動いていた。しかし、その夢は一人のバカのせいで儚く消えた。
「てめえは戦闘のこと以外となると知能が落ちるのか!?」
「違う!おれは戦闘の時だけ、知能が上がるんだ!!」
「違わねぇよ!一緒じゃねぇか!」
「まーた、やってるよ」
トレーラーから、エヴォリストの少女リンダが下りて来て、呆れかえる。
「でも、あれは蓮雲さんが悪いです……まぁ、ナナシさんもあんなに怒らなくても……って感じですが」
リンダの後からマインも下りて来て、同じように呆れながら、ナナシ達を見つめる。
「あれはあれで、コミュニケーションだからオレはいいと思うが、問題は戦闘中の連携が未だに上手くいってないことだな……」
呆れる二人のレディに、深緑の鎧を着込んだランボが愚痴りながら寄って来た。
ネクサス発足以来、色々な任務をこなしてきたが正直なところチームとして上手く機能しているとは言い難い。
「そこは、今回みたいな小悪党相手ばっかりだったからじゃねぇ?いざとなったら、みんなちゃんと協力するって!……多分」
「多分なのか……」
リンダがランボを元気付けようとするが、最後の最後で本音が出てしまった。
「……小悪党相手なら、もっとスマートにやって欲しいですね……こんな派手に……はぁ……」
マインは道路に散らばった機械の部品を見ながら、ため息をついた。
ネクサスはこれまで、ちょいちょい派手にやり過ぎて怒られることも多々あった。きっと今回もそうなるだろう。そのことを憂いているのだ。
「今回は暴走する車を止めなきゃいけなかったんだ……仕方ないってきっと上も大目に見てくれるさ……多分」
「多分ですか……」
ランボがフォローするが、やはり心の底ではやり過ぎだと思っているようだ。
「「「はぁ……」」」
結局、ネクサスというチームの現状と未来への不安は払拭できず、三人揃ってため息をついた。
「だけど……一番、心配なのは……」
下を向いていたマインが顔を上げ、赤いピースプレイヤーを見つめる。それにつられて、リンダとランボも視線を向ける。
「まだ……目覚めないんだよな……ガリュウ……」
「はい……あれ以来、ネクロ事変以来、一度も装着できてません……」
そう、赤いピースプレイヤーはネクロとの戦いで活躍したガリュウ一号ではなく、ヘイラットの指揮官用強化バージョン、『エーラット』。それを装着者ナナシ・タイランに合わせて赤色に塗ったものだ。
ガリュウはリンダ達の言葉通りあれ以来、まったく何にも反応しない。
「……特級の負の面が出たな……下手に弄ると、逆に状況を悪化させそうで無闇に手出しできない……」
ランボもこれまでずっと、このことについて考えているが、一向に打開策が思いつかず天を仰いだ。
「でも、まぁ……あれ以来、ガリュウが必要になるような事件もないし、気楽に待ってればいいんじゃねぇ?」
暗い雰囲気が嫌になったのか、それを打ち破るようにリンダが前向きなコメントを述べると、マインの顔が少しだけ緩まる。
「そう……ですね。ナナシさんがよく言う“なるようになる”の精神ですね!」
気を取り直したマインの姿を見て、ランボの心も軽くなっていく。
(確かに……なんだかんだ仕事はこなしているし、そのうち連携も自然と良くなっていくだろう……)
しかし、そんな彼らの思惑とは裏腹に運命は急速に、そして、すでに動き出していた。
「おい!お前ら!そろそろみんな戻れ!」
ケニーがトレーラーの窓から身を乗り出し、ネクサスのメンバーを呼び戻す。
「新しい任務だ!」
トントン
「ご機嫌いかがかな?ネームレス?」
豪勢なホテルの一室にドアをノックする音が響く。
そのノックをした人物は、この部屋に住んでいる人物、ネームレスの返事も聞かずに、遠慮なしにずかずかと入って来る。
「……ノックすれば、勝手に入っていいという訳じゃないぞ、レイラ・キリサキ」
ネームレスは窓から外を眺めていたが、振り返り部屋に入って来たレイラの方を向き、そして、至極真っ当な常識を、礼儀知らずの訪問者に浴びせる。
だが、レイラは怯まない。ひとえに彼女の方が立場が上だからだ。
「まぁ、確かに常識や礼儀の話的には、そうなのだろうが、私はこのホテルのオーナーで、お前はそこに匿ってもらっているテロリスト……私達の関係からしたら、些細なことじゃないか?」
「ぬっ!?」
逆に反撃を受け、ネームレスは黙ってしまう。困り果てるそんな彼を見て、レイラの口角が上がる。普段はポーカーフェイスの彼の顔を崩すのが、彼女の密かな楽しみだった。
「そ、それで何のようだ!」
なんとか話を戻そうとするが、未だに動揺を抑えられていない。さらにレイラの口角が上がるが、さすがに可哀想になったのか、それともこの後用事があるのか、さっさと本題に入ることにした。
「お前に手紙が届いた」
「――ッ!?……まさかネジレか……?」
場の空気が一気に重くなる。経営者として数多の修羅場をくぐり抜けて来たレイラの背筋が凍るほどに……。それだけネームレスの発する威圧感は凄まじいものだった。
けれど、彼の推測……いや、願いはどうやら叶わないようだ。視界の中のレイラが首を横に振った。
「残念だが……」
そう言って、ネームレスに手に持っていた紙を渡す。
ネームレスはそこに書いてある名前に驚愕する。彼が捨てたはずの過去、それが自分を追って来たと……。
「シンスケ……何故、お前が……?」




