鬼竜血戦 決着
「ならば……今度は俺から行かせてもらう!」
赤と黒の双竜と鬼の第二ラウンド、先攻は黒竜!シュテンの傷がある左側に素早く回り込む!
「くっ!?」
いとも簡単に左を取れた。これで自分達の推察が正しいことを確信する!
(気づいて見れば、確かに左に対する反応が遅い……!先ほどのダメージも回復しきっていない……これなら!)
ガキィン!
「猪口才なぁッ!」
「ちっ!?」
それでもなんとか黒き竜の刃を防ぐのは、さすがネクロと言ったところか。
しかし、先ほどまでだったら確実にネームレスを襲っていた追撃が、今回は来なかった。
(くそッ!この程度の傷で!これさえなければ、はじめの一撃で終わっていたものを……!?)
完全な状態のネクロなら最初の攻防で双竜の命を間違いなく絶っていた。けれど、そうはならなかった。だから、今こんな不甲斐ない状況に陥ってる。悔やんでも悔やみ切れない。悔やんでる余裕もない!
(怪我は負っている……だが、手負いの獣ほど恐ろしいものはない……不愉快だが、あいつの策に乗ろう……)
スッ……
「――!?小細工を……!」
ネームレスガリュウの姿が燃え盛る景色に溶け込み、消えていく。彼の一番得意なパターンに入ったのだ。
だが、ネクロは動じない。狙いがわかっているなら怖がるものでもない。
「どこか………!?」
ドゴォォォォン!!!
「ナナシ・タイラン!?」
「俺を忘れるなって、言ったでしょうがぁ!!」
突然の砲撃!自身の存在を主張するようにナナシガリュウがバズーカで攻撃してきた!けれど、これまたシュテンは防ぐ!
「まだまだぁッ!!」
そんなこと気にせず、紅竜は更に勢いを増し、バズーカを連射しながら突っ込んで行く!
「芸がないなぁッ!!」
ドゴォォォォン!!!
最初の攻防同様に火球で迎撃、相殺した!となれば、白煙の中から出てくるのは……。
「ガリュウ!ハルバー……」
ブォン!!!
「がッ!?」
紅き竜が鬼に仕掛けようとした瞬間、飛んで来た回転する金棒によって阻止された!
金棒をぶつけられ、紅き竜の身体が“く”の字に曲がり、そのまま倒れる。その状況を冷静に観察し隙を伺う竜がもう一匹……。
「だから、芸がないと言ってるだろう……お前もな!ネームレス!」
「――ッ!?」
ザシュウ!!!
これまた最初の時と同じように背後から急襲する黒き竜、それを前と同じように背部の鬼の角で迎撃!……できなかった。
「それはもう見たぞ!!」
勿論、ネームレスも承知の上、角を避けて鬼の泣き所、左脇腹を狙う!
「なら、これはどうだ?」
「!?」
ドゴォォォォン!!!
背部の鬼の口からも火球を吐き出し、黒き竜を吹っ飛ばす!これで決着……とはいかない。
「うおらぁッ!!」
ガキィン!
いつの間にか立ち上がっていたナナシガリュウがシュテンに接近、そしてお互いに正面から両手を掴み合い、目線が交差する!
「こ……の……野郎!!」
紅き竜の身体が熱を帯びていく。それと比例するように力も増していった。けれども、シュテンはびくともしない。
「完全適合か……パワーの上昇率も中々だ……が!相手が悪かったなぁ!!」
「ぐおっ!?」
紅き竜に覆い被さるように鬼が力を込めていく。力にはさらに強い力で押し潰す!まさにストロングスタイルだ!
「バカな奴だ!目的を、父親を助け出したんだから、とっとと尻尾を巻いて逃げれば良かったものを!!」
「くっ!?」
シュテンがさらに力を込める!竜の身体が仰け反っていく……かに思われたが、
「ね、ネームレスの……バカにも言ったが……俺は親父を助けに来たんじゃねぇよ!!」
「……何を言っている?じゃあ、何のために……?スタジアムで“助け出してやる”って言ってなかったか……?」
ナナシの言葉がネクロにはまったく理解できない。彼の頭の中で、記憶の中で、初めて会ったスタジアムの光景が思い浮かぶ。あの時の言葉は嘘だったのだろうか……いや、違う!
ナナシガリュウはあの時の言葉通り助けに来たのだ!目の前にいる相手を!
「俺が助けに来たのは……あんただよ!ネクロ!!」
「なっ!?」
「オラァッ!!」
「ぐっ!?」
予想外の答えにネクロの身体から力が抜ける!その隙を見逃さず、ナナシが少しだけだが押し返した!
「……俺を助けにだと!?ふざけるなぁ!」
「ふざけてねぇよ!あんたの目を見た時にわかった!こいつ、迷っているってなぁ!」
さらに押し返していく。
「俺が迷っている……?そんなこと!」
「なら!何で、松葉港のことを教えた!」
「!?」
そう、本当にこの計画を成就させたいなら、ネクロはナナシに教えるべきではなかった。それでも教えた……何故?
「止めて欲しかったんだろ!?だから、俺に行き先を教えた!」
「違う!」
「違わねぇ!!」
口で否定しても、敵の言葉が自分自身気づかないようにしていた核心を突いてくる!
「つーか!アツヒトに!ランボ!そして、アイム!あんたの仲間みんないい奴じゃねぇか!?あいつらも本当は自分の手助けしてもらうためじゃなくて、自分を止めてもらうために集めたんだろ!!」
「ぐぅぅっ!?」
もはや、反論もできない。無理やり理解させられる自分の本心を!目の前の紅き竜の言葉で!
「俺がここに来たのも!ネームレスが裏切ったのも!本当はてめえ、嬉しかったんだろ!?」
「だ、黙れぇ!!!」
ナナシの言う通りだとしても認めるわけにはいかない。だが、その決意とは裏腹に力が抜けていく。
「これ以上の憎しみはあんた自身を焼き尽くすだけだ!だから、おとなしく助けられやがれ!ネクロ!いや!ノブユキ・セガワ!!」
「ぐ、ぐうぅ……!!」
完全に押し返し、竜と鬼、拮抗した状態に!今こそ策を実行する時!
「ネームレス!今だぁ!!」
「おう!!」
紅き竜の後ろに黒き竜が出現する!彼もまた死んだふりをしていたのだ!
「くっ!?セコいまねを!だが、しくじったな!そこからではナナシ・タイランが邪魔で攻撃できまい!!」
そう、ネームレスの位置からはナナシが盾となって、シュテンへの攻撃は不可能……ネクロがそう思うのが二人の作戦だ!
「やれ!躊躇するな!!」
「しないわぁッ!!!」
ザシュウン!!!
「な、何ぃッ!?」
「――くっ……!?痛いな……くそ!」
ネームレスガリュウのブレードがシュテンを貫く!ナナシガリュウごと……。
「お前ごと攻撃しろだと!?」
ネームレスはまさかのナナシの策に思わず声を上げた。
「あぁ、あいつならお前が味方ごと攻撃するなんて思わんだろ」
片やナナシは淡々とこの作戦の利点を述べる。
「だが………」
ネームレスの頭の中では、船上でナナシの命を奪った瞬間がフラッシュバックした。もう二度とあんな思いはしたくない。
下を向き、後悔の念に蝕まれる好敵手を見かねてナナシがフォローする。
「忘れてねぇか?俺には完全適合、フルリペアがある。問題ない」
嘘だ。ダブル・フェイスの推測が正しければ、フルリペアは一日一回。それはネームレスとの戦いで使った。そして、リンダの力で心の力を回復して使えるようになった追加の一回も先ほど使ってしまった。つまり、もう使えないはずだ。それでも、それしか方法が思いつかない。
だからナナシはネームレスに、言い方がおかしいが安心して自分を攻撃してもらうための嘘を言ったのだ。
「……わかった……俺自身がここまで戸惑う策……これならネクロの裏をかけるかもしれん……!」
ネームレスも迷いながらも了承する。作戦というにはめちゃくちゃすぎるが、だからこそネクロも対応できないはずだと考えたからだ。
「よし!決まりだ!」
その直後、眼前の瓦礫が跡形もなく、吹っ飛んだ!
「まさか……お前が味方ごと……ぐふっ!?」
黒き竜の刃の切っ先が鬼の弱点、左脇腹の傷についに届いた!それでもシュテンは倒れず、ナナシガリュウからも手を離さない。
「……いいぞ……そのまま……!」
「……あ、あぁ……」
ネクロのダメージは大きいが、ナナシはさらに深刻だ。その姿がネームレスの力を緩めさせ、その隙を覚悟を決めたネクロが突く!
「お前がぁ!自らを顧みないというなら!俺もォォ!!」
「「!?」」
ドゴォォォォン!!!
シュテンが火球を放つ!こんな至近距離では自分もダメージを食らうが、そんなことは気にしない!気にしていたら勝てない相手だと認めた!
「ぐうっ……」
火球に吹き飛ばされた紅き竜がうずくまっている。味方の攻撃と、敵の自爆特攻で、もはや瀕死といってもいい。
「よくも……よくも!やってくれたなぁッ!!!」
そんな紅竜に容赦なく鬼が襲いかかる!竜の背後に大きな、そして強靭な拳が振り下ろされる!
バァン!!!
「がぁ!?」
「……痛い……んだよ……本当に!」
鬼の左脇腹に再び衝撃が走る!一瞬、何が起きたかわからなかった……だが、すぐにその狂気的な真実に気づく。
「お前……!?まさか自分の傷口に……!?」
シュテンが受けたのは銃撃。そして、弾丸が飛び出してきたのは紅き竜の傷口。
ナナシは自らの傷口に、先ほどネームレスに開けられた身体の穴にガリュウマグナムを押し当て、引き金を引いたのだ!
「イカれてるのか!?」
「……お前にだけは……言われたくねぇんだよ!!」
ドゴッ!
「くっ!?」
ナナシガリュウは力を振り絞り、シュテンに蹴りを放つ!距離ができたところで、最後の賭けに出る!
「……フル……リペアッ!!」
紅き竜の傷が徐々に治っていく。いつもよりは大分遅い。しかし、致命傷になりかねない腹部の穴を塞ぐことに成功する!
「もう……これで空っぽ……いや!最後に!」
全てを出し尽くした身体と心にさらに鞭を打つ!最後に一撃を放つため……当然、あれだ!
「お前も“PeacePrayer”だっていうなら、根性見せろよ、ナナシガリュウ……!」
マグナムをシュテンに向け、感情を、心を、ネクロへの想いを腕を通してグリップに、銃身に届ける!
そして、トリガーを引く!
「平和への祈り!父から受け継いだ誇り!そして俺の意志!全てをこの一発にかける!太陽の弾丸!!」
バシュウゥゥゥゥン!!!
「ぐおォォォ!!?」
シュテンは両手を前に出し、光の奔流を受け止めた!こちらも残った身体と心の力をその両腕に集める。けれど、押し込まれ、後退りする。それでも諦めない!彼を支えているのはただの意地!その意地が……。
「オラァッ!!!」
ドゴォォォォン!!!
勝った!力任せに光の弾丸を彼方に弾き飛ばす!
「マジかよ……」
ナナシはその規格外の光景に呆れる。万全の状態で撃ったわけじゃないから、多少威力が落ちていたかもしれない。それでも、まさかここまでやった手負いの敵に防がれるとは……。
「まぁ……やるだけやったからな……」
しかし、ナナシは満足そうだった。最善を尽くしたから……なんて青臭い感情ではない。最高のアシストをした自負があるからだ!
「あとはお前が……思い切りやっちまえよ……ネームレス……!!」
「言われなくても!!」
紅き竜の後方、壁にいつの間にか黒き竜が張り付いていた!
「ネクロ……終わりにしよう……!!」
ネームレスガリュウの周囲の熱が奪われていく。熱を解き放つ紅竜とは逆に、黒竜は熱を取り込み、身体の中に凝縮していった!
そして、極限まで高まった力を一気に解放する!
「はぁっ!!!」
壁を力の限り蹴り、両腕のブレードを前方に突き出しながら、きりもみ回転でシュテンに向かって突撃する!
光の弾丸を放つのがナナシガリュウの必殺技ならば、自ら漆黒の弾丸になるのが、ネームレスガリュウの必殺技だ!
「ネェームレェスッ!!」
ギャリッギャリッギャリッギャリッ!!!
シュテンが右手で、巨大な黒いドリルを受け止める!装甲がガリガリと削られていく!このままでは持たない!しかし、鬼はどうすることもできなかった!
(ぐっ!?……くそッ!左腕が上がらない!?さっきのナナシ・タイランの攻撃かぁ……!?)
片腕しか使わないんじゃない、片腕しか使えないのだ!太陽の弾丸を防いだことでシュテンの左腕は感覚を一時的に失っていた!
「ぐおォォォッ!!!」
それでも、シュテンは残る全ての力を右腕に集め、必死に耐える!
だが、必死なのはネームレスも同じ!
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ギャリッギャリッギャリッギャリッ!!!
黒竜も持ちうる全ての力と心を使い、さらに回転を速めていく!そして、ついに!
「ラァッ!!!」
ギャガキィン!!!
「ぐああぁっ!!?」
黒竜の刃が鬼の右腕を跡形もなく吹き飛ばした!だが、それで力を完全に使い果たしたのか、黒竜は鬼を通りすぎ、少し直進すると突然、回転を止め床に落ちていった。紅竜の方も同じく精根尽き果てて、床にバタリと倒れこむ。
結果として、立っているのはただ一人……右腕を失ったシュテン、ネクロであった。
「……ここまでやって……勝てないのか……!」
ネームレスが悔しさで拳を握りしめるが、できるのはそれだけ。頭が命じても身体が従ってくれず、立ち上がることはできなかった。
「まぁ……こんなもんか……」
ナナシは妙に達観して、この結果を素直に受け入れる。なるようにしかならなかったということだろう。
けれど、自身の敗北を認めた彼らとネクロも同じことを思っていた。
「……俺の負けだ……ネームレス、ナナシ・タイラン……」
倒れる二人を見下ろしながらの敗北宣言。当然、勝者とされた二人は納得いかない。
「……この状況で、俺達の勝ちだと言うのか!?」
最後の最後で戦士としてのプライドまで傷つけられたネームレスが床に這いつくばりながら吠えた!
それをネクロは、首を横に振って否定する。
「俺も限界だ……身体も……そして、心も……もうこれ以上戦えない……」
「……心も?」
ネクロの発言に引っ掛かったナナシが思わず声を出すと、ネクロはそちらを向いて語り始めた。
「……お前の言う通りだ……ナナシ・タイラン…俺は迷っていたんだ……いや、最初から自分のやろうとすることが間違っているとわかっていたんだ……」
ネクロはゆっくりとボロボロになっている天井を仰ぐ……。
「でも……認めたくなかった……ハザマの言葉にあったように……俺のせいで部下達の命が……」
マスクの下で目を瞑り、部下達の顔を思い出す……。
「名前を捨てたのも……きっと否定したかったんだ……自分自身を……」
一言一言、自分に言い聞かせるように言葉を紡いでいく……。
「……俺が本当に求めていたのは……」
死に場所だった……とは口に出さなかった。その言葉はこんな自分を助けたいと言ってくれたナナシに対して失礼だと思ったから……。
「だから……俺の負けだ……」
そう言って、再び勝者である二人に目を向ける。ネクロの独白を聞き、双竜も戦意を失っていた。
「ネクロ……そうだ……終わりにしよう……俺達は間違っていたんだ……」
ネームレスが、優しく仲間に呼びかける。彼の中でも踏ん切りがついたようだ。
「だから、ここから脱出したら……」
ドゴォォォォン!!!
「!?」
ネームレスの言葉の途中で爆発音!しかも、そのネームレスの真上だ!巨大な瓦礫が黒竜を押し潰そうと降ってくる!しかし……。
ガキィン!!!
「ぐうっ!?」
「ネクロ!?」
シュテンがネームレスに覆い被さるようにして、彼を守った!瓦礫を背に、尽きたはずの力を絞り出す。
「何故……俺を……?」
「知るかッ!気づいたら、こうしていたんだ!い、いいから早く……逃げろ!」
そう、ネクロの身体は考えるよりも早く動いた……その身を顧みず。
右腕を失い、立っているのが、やっとの満身創痍の状態……ここから、二人とも助かる方法は彼には、いや、誰にも思いつかなかった。
「駄目だ!あなたも一緒に……!」
「くどいぞ!ネームレス!お前ならわかっているだろう!」
わかっているが、わかりたくなかった……。そんな駄々を捏ねるネームレスに人影が近づいて来た。
「ネームレス……ネクロの……ノブユキさんの言う通りにするんだ……」
ナナシガリュウが無念さがにじみ出る声をネームレスにかけながら、彼の身体を支え移動させようとする。
「離せ!ナナシ・タイラン!!!」
強い言葉とは裏腹に、身体には全く力が入っていない。ギリギリの状態のナナシを拒絶できないほどにネームレスは弱っていた。
「……ネームレス……脱出するんだ……そして、今度こそ……」
最後の力を振り絞って、ネクロがネームレスに言葉をかけようとするが、途中で止まってしまう。自分なんかが偉そうに講釈垂れるべきではないと感じたからだ。
それでも、伝えたいことそれは……。
「ネームレス生きろ!お前は……お前ならやり直せるはずだ!」
「ネクロォォ!!!」
ネクロの、いやノブユキ・セガワの言葉を聞きながら、黒き竜は紅き竜とともに真っ赤な炎と黒煙に包まれた部屋を後にした……。
「ナナシ・タイラン……こんな俺を助けに来てくれて……ありがとう……!ネームレス……俺を裏切ってくれて…ありがとう……!お前達と出会えて………」
ドゴォォォォン!!!
神凪を恐怖で包み込んだ“鬼”は、最後は“人”として炎の中に消えていった……。




