巨星
……………………………
巨大な空中要塞オノゴロの巨大な部屋に、政治家が二人、テロリストが二人、傭兵が一人、その仲間が一人、そして、バカ息子が一人。その誰もが、この場にふさわしい言葉を探すが見つからず、沈黙が続いていた。
痺れを切らしたのはテロリストの首魁、彼の口から予想外の言葉が発せられる。
「……ネームレス、ムツミ殿を離してやれ……」
「あぁん!?」
ネクロの発言に声を上げたのは、この中で最も緊張感を持っていた紅き竜、ナナシであった。完全に臨戦態勢、やる気満々だったのに、出鼻を挫かれた。
「……わかった……ムツミさん……あなたは……あなたの家族の元へ戻るんだ」
一方のネームレスは、冷静にネクロの指示に従う。そもそもビューティフル・レイラ号でナナシに宣言したように、最初からこうするつもりだった。ただ、あの時と違い、心に何か引っ掛かりを感じるのは、自身のコンプレックスを自覚してしまったせいか、船上の戦いでナナシに言われたことを未だに消化できていないからか……寂しげな眼でムツミを見送る。
「ナナシ!……と初めまして、こいつの親父のムツミ・タイランです」
「あっ!どうも、コマチです」
「ダブル・フェイスだ。さすがに肝が座ってらぁ」
「そういうのは、今はいいから!」
ナナシ達の元へたどり着いたムツミがしたのは、まさかの傭兵とコマチへの挨拶、自己紹介であった。英雄と呼ばれたり、大統領になろうとする人物の感覚はやはり常人とはかけ離れていると、この部屋にいる人間全てが再認識した。
「これで、目的は果たしただろう。ここから去れ」
ネクロの口調は丁寧で落ち着いたものだが、同時に強い威圧感も感じる。もし、言う通りにしないならばと……そういう言葉の裏を察しろと、強要してくる。
「悪いが、あんたの頼みは聞けないな」
ナナシも淡々と拒絶する。テロリストと交渉はしない……なんて概念はこの男にはない。ただ、気になるのだ、この事件の顛末が。
「この男を……大統領にふさわしくないこの男も助けようというのか?」
ハザマの方を一瞬だけ見たネクロが吐き捨てるように言った。
「そいつは、どうでもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「「なっ!?」」
先ほどとは逆にナナシの発言がネクロ、ついでにハザマに声を上げさせる。まさかの仇敵同士でハモってしまった。
「ハザマのやったことは聞いた。法律とか倫理的には知らんが、俺自身はお前には復讐の権利があると思う……あえて言うなら、やるんだったら動けない相手を一方的になぶるんじゃなく、正々堂々、決闘しろ、だが殺すのは勘弁してやれ……ぐらいだな」
最終的に頭よりも心、感情、直感を優先するナナシ・タイラン、最大の長所であり最大の短所がここにきて出た。
白か黒ではない、自分にとって居心地いい、他人には理解し難いグレーゾーンが彼にはあるのだ。
「ま、待て!わしは……」
「お前は黙ってろ」
「ぐぅ!?」
まさかの展開に戸惑うハザマ……いや、ネクロに一喝され、戸惑うことさえ許されなかった。
ネクロはハザマを黙らせると再びナナシに顔を向ける。
「では、何故、お前は、ここに残る?目的はなんだ?」
「はっ!」
ネクロの質問にナナシは爪先で床を“トントン”と叩いた。それが彼の答えた。
「……オノゴロか……」
「正解。逆に聞くが、あんたはこんなもん手に入れて何するつもりさ?目的を達したのはあんたもだろ?」
ナナシはまた爪先で床、オノゴロを叩きながら質問し返した。
そう、ネクロの目的はすでに達成されていると言っていいし、そもそも、その目的とこの巨大な古代兵器オノゴロは結びつかない。ビューティフル・レイラ号でケンゴに話を聞いた時からずっとナナシは疑問、違和感を感じていた。
ネクロはふぅーと息を吐き、多くの苦難を乗り越え、ここまでたどり着いた勇者への褒美としてその恐るべき真意を語る。
「……このオノゴロで、帝を……そして、『イザナギ』を倒し、神凪の頂点として俺が君臨する!この国を根本から変えるために!!」
「な、何を言っているんだ!ネクロ!話が違うぞ!!」
真っ先にネクロに食って掛かったのは仲間であるネームレスだった。ネクロの答えはナナシ達にとってはある程度予想したものだったが、ネームレスはまったくそんなこと考えもしなかった……いや、考えたくなかったし、気づかないようにしていた。
「あくまで、ハザマの悪行を日の元に晒し、断罪するだけだって!だが、今あなたが言ったことを実行したら、多くの人間が……市民には、犠牲を出さないというから俺はあなたに協力してきたんだ!なのに!!」
感情が溢れ出る。ネームレスは信じていた。これは悪逆無道なテロではなく、大義ある行いだと……。それが、今目の前で否定された。
船上でナナシに言われた通り、多くの罪無き子供たちに傷つける行為の片棒を担がされていたのだと、ようやく理解する。
「ハハハハハハハハハハハハッ!」
空気を一変させる笑い声……その主は未だ囚われのゲンジロウ・ハザマであった。
その場にいる皆が時が止まったように呆然とする。ナナシは自分が見捨てたからおかしくなってしまったんじゃないかと心配になった。しかし、違った!
ここでハザマは大統領としての覚悟と矜持を見せる。
「いや、悪い、悪い。あまりにも下らなくて、こんなしょうもない男だったとは知らなかったぞ、ノブユキ・セガワ……!」
「何……!?」
ネクロ、いやノブユキの表情が強ばる。
さっきまでのハザマならそれで怯んでいただろう。けれど、今のハザマは違う。怯むどころかさらに続ける。
「だって、そうだろう?わしのことを自分のために国民を犠牲にしてきたと非難してた癖に、やろうとしていること変わらないじゃないか。同じ穴の狢って奴だろう?」
「黙れ……」
ハザマの意見は正しい……だから、ノブユキもまともに反論できない。その怒りに震える顔を満足そうに眺めながら、さらに彼の心の痛いところを突く。
「というか、お前がわしを恨むのは筋違い……いや、勘違いだ」
「なん……だと?」
「お前はわしがお前の部下を無理やりブラッドビーストの実験に使って殺したと思っているんだろ?違う!あいつらが自ら望んだんだよ!!」
「なっ!?」
まさかの言葉に驚愕するノブユキ、それを見てさらに笑顔になるハザマ。
「リスクもしっかり伝えたぞ!死ぬかもしれないと!それでも、彼らは実験に参加すると言った!何故かわかるか!?」
ネクロはわからない。仮にわかったら彼はきっと自暴自棄になる。だからわざわざ教えてやるのだ!
「あいつらはこう言ったんだ!“セガワ隊長とまた戦いたい!だから、実験を受けさせてくれ!”ってなぁ!!!」
「!!?」
ノブユキは声も出なかった。今までの行為が全て否定されたような……むしろ、その話が本当なら彼らを殺したのは……。
「あいつらを殺したのはお前だよ!……ノブユキ・セガワ!!!」
「………黙れ……」
その強靭な体躯からは想像できないほどのか細い声……ノブユキの心は再び壊れようとしていた。だが、ハザマは口撃の手を緩めない!
「なのに、お前は自分の罪をわしに擦り付けようとした挙げ句、それを棚に上げ、この国の民を傷つけようなど、それでも神凪軍人か!!!」
「……黙れ……」
「おい!もうやめろ!言いたいこと言っただろ!?」
見かねたナナシが止めに入る!これ以上はまずいと彼の本能が言っている!
しかし、ハザマは止まらない!なぜなら、そうなることが望みだから……。
「いいや!言わせてもらう!彼らの死の責任はお前にある!ノブユキ・セガワ!お前が強ければ彼らが負傷することもなかった!!」
「黙れ」
「お前が慕われてなければ彼らが死ぬこともなかった!全てはお前のせ……」
「黙れぇッ!!!」
ドゴッ!!!
「ガフッ!?」
「くっ!?」
シュテンの拳がハザマに炸裂した!吹っ飛んだハザマをルシファーがキャッチする。
しかし、もう結果はわかっている……。生身の、しかも老人がピースプレイヤーの拳をもろに受けたんだ……致命傷だ。
殴ったネクロの方も茫然自失、立ち尽くしている。
「ハザマ大統領!」
ムツミがハザマに駆け寄る。大統領の椅子を争うライバルだが、こんな決着は望んでない。
「こ、後悔はして……いない……」
「しゃべるな!おとなしく………」
「親父、話を聞いてやれ……」
瀕死の状態で何かを話そうとするハザマ、心配でそれを止めようとしたムツミだったが、ナナシに諭される。今渡の言葉なんだからと……。
「……汚いこと……も……やった…しかし、それも……この国の……神凪のため……」
ハザマのやってきたことは手放しで誉められたことじゃない。だが、一方でそのおかげでこの国が発展してきたのも事実だ。そして、彼は全てわかった上で、覚悟の上でそうしてきたのである。
「……ムツミ・タイラン……」
「……はい」
忌々しいライバルの名を呼ぶ、いやもうライバルじゃない。彼らの戦いは終わったのだから……。
「……きれいごと……だけ…じゃ…国を……導けない……」
「はい……でも、私は私のやり方でこの国を、神凪を導く」
「それで……いい……結局……自分の道を作るしか……ない……人間…誰しもが……」
バトンを渡す。こんな形になるとは思わなかった。けれど、受け取ったのがこの男で良かった。この男なら自ら道を切り開いていくだろう。自分がそうしたように……。
ハザマの顔に笑みがこぼれる。
「……二十……年……いや……十年前なら……こんな……ことに……なら……なかった…だ、が…せめて……大統領としての…最後の…責務……………………」
「ハザマ大統領!?」
「………………………………」
「ハザマ……さん」
神凪の巨星、ゲンジロウ・ハザマ、ここに永眠……。
「………………………………」
部屋の中が再び沈黙に包まれる。しかし、すぐにその静寂は破られる。今しがた死んだハザマによって……。
ドゴオォォォン!!!
「なんだ!?」
突然の爆発音!しかも、一回で終わりじゃない!
ドゴオォォォン!ドゴオォォォン!!!
爆発音がどんどんこちらに近づいてくる!そして……。
ドッゴオォォォォォン!!!
「く!?親父!?」
「俺は大丈夫だ……!」
部屋の天井が爆発する!ナナシは父の安全を確認するが、ムツミは比較的冷静だ。もしかしたらまだハザマのことを引きずって状況を正確に把握できていないのかもしれないが……。
「ネームレス!?」
「俺じゃ……俺達じゃない!!」
ナナシは咄嗟にネームレスの方を見る。この爆発が彼らの仕業だと推測したのだ。 しかし、視界に入ってきたネームレスの顔はいつものポーカーフェイスが完全に崩れ、恐慌状態に陥っているように見える。
視線をさらに動かし、ネクロを見ると、シュテンを装着しているので顔こそ見えなかったが、それでも混乱しているのが感じ取れた。
「じゃあ……」
「ハザマさんだ……」
「はぁ!?どういうことだ!?」
ナナシの疑問にムツミが答えるが、まったく理解できない。もうすでに死んだ人間が一体何を……。
「――!?……まさか……」
「そうだ……ハザマさんは自分が死んだら、このオノゴロを破壊されるように準備していたんだろう……悪用されないために……」
「今渡の際に言ってた大統領の“責務”ってこれのことか……」
ハザマが本当に大統領として神凪の脅威を排除したかったのか、それともただ自分以外がオノゴロを利用するのが許せなかったのか、真実はもう永遠にわからない。
確かなのは、自らの命を犠牲にしてまでそうしたかったことと、彼の挑発にまんまと引っ掛かり、その手伝いをしてしまったネクロが敗北したということである。
「ハザマァッ!!!」
ネクロが吠える!けれど、呼ばれた相手は応えない。自身の勝利を確信した笑顔のまま、ただ静かに永久に覚めない眠りについている。
ネクロの無念の叫びはまさに彼への最高のレクイエムだ!
「ネクロ!もう終わりだ!ハザマも死んだ!オノゴロも墜ちる!お前の復讐と革命はもう終わったんだ!!」
ナナシが狂気に飲み込まれようとするネクロを必死に呼び戻そうとする!しかし……。
「いや!終わってなどいない!このままオノゴロで帝の……イザナギの元へ!」
ネクロはすでに狂乱の渦の中にいた。その姿は最早、気高き復讐者でも、国の行く末を憂う改革者でも何でもない。
「バカを言うな!そこまで持たない!鈴都に……多くの人間の上に墜ちることになる!」
ネームレスもなんとかネクロを止めようとする。もう彼のやろうとすることが理解できない。もしかしなくても端から見れば、自分のやって来たことも同じようなことだったのかもしれない。そんな自分が彼を止める資格があるのか……いや、無いのだろう!それでも仲間だった身、彼をただの虐殺者にするわけにはいかない!
「いや!俺は!この国を!!」
「ネクロ……」
だが、その魂の言葉も届かない。だとすれば、もう彼を止める方法は一つだ!
「……コマチ、傭兵……親父とハザマ大統領の遺体を持って脱出しろ……」
「ナナシ!?」
傭兵達に父を託し、自身はここに残る覚悟を決める。全てはあの狂った鬼を止めるため、この戦いを自らの手で幕を引くために。
「だったら、ぼくも残るよ!あいつは……」
「やめろ!コマチ!この国のことはこの国の奴が落とし前をつけるのが、筋ってもんだ!傭兵が依頼人の言葉に従うのもな!」
「くっ!?」
ナナシとともに残ろうとするコマチをダブル・フェイスが制止する。傭兵の言葉は正論だ。しかし、納得ができない。
「……コマチ、頼む……お前じゃないと親父を託せない……」
「……ズルいよ……ナナシ……」
コマチの心を察したナナシが彼への信頼を口にする。そう言われると彼は断ることができない。まさにズルすぎる一言だった。
「ナナシ!」
「親父……」
勝手に自分の身柄を託されたムツミだが、それには文句はない。今の自分にこの場でできることはないし、自身も何よりハザマからバトンを託された。
それでも、最後に息子に伝えたいことがあった。
「お前は俺が完璧な人間だと思っているかもしれないが、違うぞ!俺も優秀な父親と比べられコンプレックスを感じていた!」
自分の過去の心境を赤裸々に語る。当然、こんな恥ずかしい話、息子にはしたことはない。
「色々迷ったが、結局俺は自分の心に従うことしかできなかった!やりたいようにやって来ただけ!だから!お前がそうしたいなら何も言わん!」
ナナシは父に背を向けたままその言葉を一言一言噛み締める。
「ただ……ただ生きて帰って来い!命と引き換えにこの国を救った悲劇の英雄なんて俺は絶対許さんぞ!そんなことをしたら、絶縁だからな!!」
言葉は若干乱暴だが、内容はただ子供を心配する父の素直な心。それを声にしているだけだ。ナナシは振り向かない。振り返ったら決意が揺らぎそうだから……。
「コマチ、早く行け……」
コマチを急かす。これ以上、父の声を聞いているときっと泣いてしまう。
コマチと傭兵は無言でムツミとハザマの遺体を持って部屋から出て行った。
(結局……俺はあいつの言った通り嫉妬に狂って、八つ当たりしたかっただけなのかもな……)
親子のやり取りを見て、ネームレスは自身を省みた。正確な答えは彼自身にもわからない……けど、今この状況で自分が何をすればいいかはわかる!
「……ガリュウ」
黒い勾玉から光が放たれ黒竜が顕現する。何のために?紅き竜と同じ理由でだ!
「……お前も逃げていいんだぜ?」
「自分のやった事の尻拭いぐらい自分でする……」
黒竜が紅竜の隣に並ぶ。すると自分の邪魔をしようと手を取り合った双竜を鬼の眼が捉えた。
「ネームレス……貴様!」
「あなたのためにも、この国への贖罪のためにも、俺が必ずあなたを止める!」
「……だとよ……ってことで二人まとめてよろしく頼むぜ……!」
二匹の竜は元々、一匹のオリジンズだった。その亡骸が人間の手によって二つに分かれ、何の因果か、敵として戦うことになった。
しかし、今また同じものを見ている!相対し、にらみ合っていた黄色い眼が、同じ色の眼が同じ方向を見ている!
そう、それは神凪の未来だ!
「やれるか?ナナシ・タイラン……?」
「まぁ……なるようになるだろ……ネームレス……!」
双竜、共闘す!!!




