再会
「……大変だとは思うけど、手、離さないでおくれよ……」
“へ”の字に身体を曲げた情けない格好で夜空を漂うナナシガリュウが、さらに情けない言葉を命の恩人であるコマチにかける。
「まぁ……オノゴロは目と鼻の先だから、ぼくの握力も持つと思うよ……多分」
コマチはビューティフル・レイラ号でのテイクオフ直前のやり取りを思い出し、できるだけポジティブな返事をしようとしたが、最後の最後で本音が出た。
竜の尻尾を両手でしっかりと掴み、本体を吊るしながら、空を飛び続けて来たが、結構キツイ。目的地にも大分近づいているから、持つかどうかは本当にギリギリのところだろう。
「そ、そうか……」
ナナシは何も言えない。助けられた身としては、叱咤激励するなんておこがましいし、よくよく考えてみれば、ダブル・フェイスが報酬を受け取った時点で彼の仲間であるコマチも自分に協力してくれる理由はもうない。さらに言えばコマチがやるとは思えないが、やろうと思えばその手の力を少し抜くだけでナナシの人生を終わらせることもできる。まさしく、生殺与奪の権利をその手に握っているのだ。
だからナナシは、戸惑いと恐怖心を隠しきれない震えた声で返事をすることしか、コマチの手にできるだけ負担をかけないように情けない“へ”の字を大人しく維持することしかできないのだった。
「つーか……そのルシファーの飛行能力って、完全適合の力か……?こんだけ長時間、俺を掴んで飛行できて、本体の基本スペックも高い……デカさも普通だし、特級ピースプレイヤーじゃないとあり得ないと思うんだが……」
恐怖心と自身の惨めさを紛らわすためか、はたまたピースプレイヤー好きの血が騒いだのか、ナナシは唐突にコマチにルシファーのことを質問した。
ナナシの記憶では、飛行できるピースプレイヤーは、航続距離を稼ぐために大型化するか、サイズそのままに短距離飛行に特化させるか、どちらにしてもエネルギーの大部分を飛ぶことに使うため本体の戦闘力は低くなる傾向にある。
だけど、彼を吊るしているルシファーにはそのような様子は見られない。
「うーん……完全適合の力とも言えるけど、そうじゃないとも言える……かな?」
「……なんだ、そりゃ?」
ぐらっ……
「うおっ!?」
「ナナシ!動かないで!」
歯切れの悪いコマチの説明に、ナナシがつい顔を見ようと上を向いてしまい、その結果、体勢が崩れ、危うく夜の海にダイブしそうになる。
「すまん」
素直にナナシは謝る。今のは間違いなく自分が悪い。しょんぼりと“へ”の字の体勢に戻りながら反省する。
「まぁ、ぼくも説明が足りなかったから、おあいこだよ」
コマチはそんなナナシの情けない……むしろ滑稽な姿を見かねて、自分も悪かったとフォローする。
「……で、どういうことなの?」
ナナシは今度は波打つ海の表面を見つめながら、説明を再度要求する。やはり、ただのピースプレイヤー好きとしての好奇心が疼いているようだ。
「あぁ、完全適合で基本的な能力やエネルギー量が上がるでしょう?あれを利用して飛んでるんだよ。そっちにソースを割いてるってことかな?ナナシガリュウのフルリペアのように素材から引き出されたイレギュラーな固有能力ってわけじゃない。ぼくは君ほどピースプレイヤーに詳しくないから、それ以上は……」
「なるほどな……」
コマチはできるだけ、少ない知識を総動員してナナシに説明する。幸いにもナナシも今回は納得したようだ。しかし……。
「なぁ……お前はその……」
「なんだい?」
「……いや、何でもない」
「……?」
ナナシの興味はそんなただでさえ貴重な特級、しかも、かなりの高性能なピースプレイヤーをコマチがどうやって手に入れたのかに向いていった。
そのことを率直に本人に質問しようとしたが……やめた。
(人の過去をむやみに詮索するのは……趣味が良くないよな)
ましてや、必要性も義務もないのに、ここまで自分に付き合ってくれたコマチに対してあまりに失礼過ぎると、ナナシは感じたのだ。本心ではめちゃくちゃ気になるが、必死に彼?への“義”で無理やり押さえつける。
だが、図らずもナナシはこの後すぐコマチの過去に触れることになる。彼の思いやりを裏切るように……。
そんなこととは露知らず、コマチは再び、しょんぼりするナナシガリュウの後頭部を見つめながら、首を傾けた。
「………ナナシ!」
「ん?……おぉ!いつの間に!」
コマチがいつまでも紅竜の後頭部を見ていても仕方ないと顔を上げると、オノゴロが目の前にまで迫っていた。正確には、二人がおしゃべりに意識を持っていかれて、自分たちが、ここまで近づいていることに気付かなかったのだ。
「やったな」
「うん……ところで、これ、どこから入るの……?」
「……さぁ?」
オノゴロにたどり着いたのはいいが、どう潜入するのかはノープランだということに、ここに来てようやく気づく。
ナナシ、コマチともに困り果てながら必死に打開策を見つけようと、四つの眼をキョロキョロと忙しなく動かし、巨大な空中要塞を観察する。
「……ん?ナナシ!あれってもしかして扉じゃない?」
右へ左へと動いていたコマチの眼がある一点で止まる。コマチの言葉通り、そこには扉のようなものが存在していた。ただし、扉といっても巨大なオノゴロに比例するように、かなりの大きさを誇っていて、門と形容した方が適切かもしれないが。
「……カタパルトかなんかか?まぁ、何でもいい、あそこから入ろう」
ナナシもその扉らしきものを確認し、独自の見解を述べる。どうやら兵器や乗り物の発進口だと解釈したようだ。そして、そこから逆に侵入することを提案する。
「入るって言っても……インターホンでも鳴らすかい?」
「仮に鳴らしても、素直に開けてくんねぇだろ」
冗談を交わしながら、脳内では真面目に策を練る。二人の戦士が自身の経験、知識をフル活用して、導き出した答えとは……。
「……壊そうか」
「だな」
ただの力押しだった。もとより、ハザマが秘密裏に発掘していた古代の遺物、そして現在は国を脅かすテロリストのアジトと化しているものなど、破壊しても心は痛まない。
「コマチ……あそこに俺を投げろ」
「えっ!?」
ナナシの新たな提案にコマチが戸惑いの声を上げる。色々と考えを巡らせていたが、彼?の中にその発想はなかった。
「投げられた勢いを利用して、攻撃……そのまま扉をぶち破って侵入する」
「でも……」
「破壊に失敗して、まっ逆さまに俺が落っこちることを心配してんのか?まぁ、壊せなくても、どっかしらに引っ付くぐらいはできるだろ。最悪、落ちても“太陽の弾丸”で落下の衝撃を抑えるなり、フルリペア使うなりするさ」
ナナシのことを心配するコマチ。その心配を解消するため、ナナシはもしもの時のための対応策を提示する。
前向きな姿を見せられて、全ての懸念が解消されたわけではないが、コマチも覚悟を決める。
「……わかった……行くよ!」
「おう!」
「いっせいの………」
タイミングを合わせるための言葉を呟きながら、ルシファーは吊るされたナナシガリュウを振り子のように揺らしていく!正直なところ、もう両手の握力は限界に近い。それでも、必死に残った力を身体中からかき集めながら、振る!
そして、振り幅が最大、つまり勢いが最大になったところで……離した!
「せ!!!」
「しゃあッ!!」
紅き竜が凄まじいスピードでオノゴロに……そこに設置されている扉のようなものに突撃していく!
「ガリュウグローブ!」
拳が一回り大きくなる!さらに、ナナシの感情が熱となってガリュウの装甲に伝わっていく!
燃え盛る魂を解放し、現実の力に変換しながら、紅竜の渾身の拳骨が炸裂………。
ウィーン……
「へ!?」
ガラガラ!ガシャーン!!!
しなかった。破壊するつもりだった扉は客人を招き入れるように、勝手に開き、虚をつかれたナナシはオノゴロの内部に文字通り転がるようにダイナミックに入場した。
「……ッ!?なんだ!?」
思っていたのとはかなり違うし、とても不恰好だが、とにもかくにも敵の本拠地に侵入することには成功した。
ナナシは混乱しながらも、すぐさま立ち上がり、周りを警戒する。
「……一体……何が……」
「ナナシ!」
ナナシの間抜け……ダイナミックな入場を見て、心穏やかじゃないコマチが慌てて後を追ってやって来た。
「大丈夫かい!?」
「俺は……なんともないよ……心臓バクバクだけど……」
心配するコマチの言葉に、ナナシが素直な心境を答える。あまりにも想定外のことで、未だに理解が追い付いてない。
「ハハハハハハッ!すげぇ侵入の仕方だなお坊ちゃん!動画撮っとけば良かったぜ!」
ルシファーの後ろから声が……聞き覚えのある軽薄な声が聞こえて来た。当然、その声を発しているのは、金に汚く、適当で、その癖めちゃくちゃ強いあの男。
笑い過ぎて出た涙を拭いながら、流浪の傭兵ダブル・フェイスも合流する。
「……傭兵……ビューティフル・レイラ号の時もそうだったが、どうやって来たんだ……?」
ダブル・フェイスはまたしても、ピースプレイヤーを装着していない。どういう方法でここまで来たのかまったく見当もつかない。
最早、ホラー……ナナシの胸中は好奇心よりも恐怖心が上回っていた。
「いいから!いいから!そんなこと!」
傭兵は答える気は更々ないといった様子で取り合おうとしない。
「それによ~……」
突然、打って変わって傭兵の顔が真剣なものに変化し、そして、顎を使ってナナシ達の視線をオノゴロの奥に誘導する。
「お客さんだ」
「お客さんはそちらだろ?確か……ダブル・フェイスって言うんだっけ……?」
奥から聞こえて来たのは、傭兵以外には聞き覚えのある人を小バカにしたような声、ナナシはキリサキスタジアムで、そしてコマチは……。
まさかの事態にコマチの全身に緊張が走る。
「……ネジレか……」
「よく覚えていたな、ナナシ・タイラン」
現れたのは仮面の男……女かもしれないが、仮面のネジレであった。
ネジレは臨戦態勢のナナシガリュウを一目見るとすぐに視線をルシファーに……コマチに移した。
「久しぶりだな、“ナンバー01”…」
「どうして……どうして君がここに……」
コマチが周りに伝わるほど動揺している。運命のイタズラか、だとしたら彼?は神を呪うだろう。
「それはこっちのセリフだよ。俺がここにいる理由ぐらい聡明なお前ならわかるだろう……?俺は忠誠心を胸に自らの“生”を全うしているだけだ。お前と違ってな」
丁寧な口調だが、相手を、コマチを軽蔑しているのが感じ取れる。しかも今までよりもずっと強く。
「どうでもいいが、何のようだ……?」
ナナシが二人の会話に割って入る。ネジレとコマチの関係も気になるが、それ以上にこのムカつく仮面に主導権を握られている感じが許せなかった。
「おっと!勘違いするなよ、ナナシ・タイラン。俺はここに戦いに来たわけじゃない。それに、扉を開けたのは俺だ。今は、君達の味方と言ってもいい」
両手のひらを頭の横に上げ、こちらに向ける。無抵抗、もしくは降参のジェスチャーだ。さらに恥ずかしげもなく自分は味方だと宣う。
「信じられねぇな……!」
もちろん、それを鵜呑みにするほどナナシは純粋じゃない。心を許すどころか、より警戒心を強め、仮面の男に凄む。
そんな今にも飛びかかってきそうな紅き竜に仮面は飄々と弁明する。
「ふむ……もう一つ、君の勘違いを訂正しよう。俺は別にネクロの仲間というわけじゃない。あくまで目的が、利害が一致していたから行動をともにしていたに過ぎない」
「はい、そうですか……ってなると思うか?」
ネクロがムツミにした説明と同じ事をネジレがナナシに伝える。しかし、それでも疑念を晴らせない……当然だ。
ネジレは今度は手のひらを上に向け、やれやれとジェスチャーする。
「じゃあ、戦うか?俺と……」
「――!?」
「……冗談だ、本気にするな。冷静になれよ。ここで俺達が戦って誰が得する……?あえて言うならネクロだ。そもそも目的はあいつだろ?俺なんかを相手にして下らない消耗するな」
空気が一気に張り詰める……が、すぐにその空気にした張本人によって解きほぐされた。腹立たしいことに、やはりこの場は完全に顔を隠した謎の人物に支配されている。その仮面の下でほくそ笑んでると思うとなおさら苛立ちが募っていく。
さすがに、今までの戦いでも余裕の態度を崩さなかったダブル・フェイスも不快感が滲み出ている……いや、もうすでに、我慢の限界か、背中に背負った妖刀に手を……。
「……わかった。お前を信じよう……ネジレ」
突然のナナシの了承。当然、コマチ達は納得いかない。
「ナナシ……あいつを信用しちゃいけない……」
「コマチの言う通りだ……!俺の勘があいつはここで始末するのが今後のためだって言ってるぜ……!!」
必死にナナシの考えを変えようと二人がかりで説得するが、当のナナシは揺るがない。
「言いたいことはわかるし、正しいとも思う……ただ、ネジレの言うことにも一理ある。今は戦いを避けられるなら、そうすべきだ」
「……でも……!」
「コマチ……依頼人がそう言うなら俺達は従うだけだ……まぁ、その決断を後々、後悔しねぇことを祈るぜ……」
ナナシの頑な、かつもっともな意見。それでもコマチはなんとかしようと食い下がるが、傭兵に諌められた。
彼も納得はいってないが、それ以上にプロの傭兵としての信念を優先したのだ。それを見て、満足そうに頷くネジレへの苛立ちは募るばかりだが、ナナシ達の総意は決した。
「で、我らの味方のネジレ君は何しに来たの?」
覚悟を決めたナナシもやはり思うところがあるらしく、出来る限りの嫌みを含めてネジレに質問した。
それを、まるで堪えてないネジレはいつも通りの飄々とした態度のまま返答する。
「別に、大したことじゃない。ネクロ達のいる部屋まで迷わず行けるように目印をつけてあげたよってことを伝えたかっただけさ」
ネジレはそう言いながら、自らが来た方向を指さす。その先には奥の方まで点々と灯りが続いていた。
「この灯りを辿って行けばいい。せっかくここまで来たのに、最後の最後で迷子になるなんてカッコ悪過ぎだからな」
これまた人の神経を逆撫でするような物言い……。しかし、考えて見るとこの巨大なオノゴロの中をたった数人の人間を探すとなるとかなりの骨だ。もし本当にこの灯りがネクロの元に導いてくれるならありがたい……ありがたいが……。
「罠なんかじゃないよ」
お前達の胸の内、心さえ自分が支配しているぞと、言わんばかりのネジレの発言。本当にこいつは……。
「……コマチ、傭兵行くぞ」
「………あぁ……」
「……ふん」
そんな同じ空気を吸っているだけで胃がムカムカしてくる仮面を無視して、ナナシ達は灯りのみえる方に歩き出す。
礼を失する行為だが、皆の心はまったく痛まなかった。
「冷たいなぁ……」
ナナシ達の遠ざかる背中を見つめながら、ネジレが呟く。
「まぁ、精々頑張ってくれよ……竜と鬼……共倒れが“我ら”の理想なのだから……」
「……ナナシ……」
黙々とオノゴロの内部を進む中、突然、コマチが囁くようにナナシに話しかけた。けれど、ナナシは足も止めないし、振り返りもしなかった。
「……ぼくは……あいつは……」
コマチは必死に言葉を絞り出そうとするが、中々上手くいかない。情けなくって、自己嫌悪に陥る。
「別に話したくないなら……話さなくていいよ」
顔を見ないまま、ナナシは自分の思いを伝える。
正直なところコマチとネジレの関係については気になって、気になってしょうがないが、やはりむやみやたらに人の過去を詮索するのはいいことではないと、ここに突入する前と考えは変わらない思いを抱いているのだ。
ネジレと違ってコマチには最大限の礼を尽くしたい。それがナナシ・タイランの出した正しい答えだ
「……わかった……」
コマチはナナシの思いやりを感じ取り、素直に引き下がる。だが、心は晴れない。
自分のことを気づかってくれた友人に対して罪悪感に近いものを感じる。
ナナシもナナシでむしろ、全てを話させた方がコマチのためになったんじゃないかと悩み始める。
心の迷宮に迷いこみそうになる二人、しかし、幸か不幸かそんな暇は与えられなかった。
「……ゴールだ、お坊ちゃん」
傭兵の言葉で我に帰ると、少し先で灯りが途切れ、そこに大きな扉があることに気づく。
「……あの扉の向こうか……」
ナナシはそう言うと、コマチと傭兵の眼を一人ずつ見て、決意を確認し、頷く。
そして再び扉に向かって歩き出す。
ブシュウゥウウ………
扉に近づいて行くと、勝手に扉が開き始めた。隙間から、眩い光が漏れる。その光の中へ足を踏み入れると……。
「…ナナシ……」
「……親父……」
大きなその部屋に入って、まずナナシの目に映ったのはムツミの……子供の無事を自らの眼で確認して安心した父の顔であった。
その顔を見て、ガリュウのマスクの下のナナシの口角が自然と上がる。
だが、すぐさま気を引き締め、父の傍らにいる金髪の好敵手、さらにはハザマ大統領に目を移していく。
そして、最後に視界に捉えたのは……。
「会いたかったぜ……ネクロ……!」
「まさか……本当にここまで来るとは思わなかったぞ、ナナシ・タイラン」




