襲撃
「さぁ!続いては、皆さんお待ちかね!中には今日はこの人を見に来たんだよという方も多いかと思います!いよいよですよ~!」
勿体ぶるような言い方で司会の男が観客の期待を煽りに煽る。この後に行われるのはある意味ではこの討論会の最初にして最大の見せ場なのである。
「なんか、あの司会……さっきのハザマの時より気合入ってねぇか……?」
司会の意図など知る由もないナナシには妙にはしゃいでいるように見える司会者の姿に疑問を感じた。
「もしかしたら……あの司会の方はムツミ・タイラン支持なのかも……いや、もしくはハザマアンチ?」
マインがナナシの疑問に、自身の見解を述べた。確かに普通に考えれば彼女の言う通り、司会者も人間だ、好き嫌いもあるだろう。しかし、だとしてもナナシは納得いかない。
「どっちでもいいが、それをみんなに分かるぐらい表に出ちゃうのは、この大切な場を仕切る人間としては不適切なんじゃ……こういう場の司会者ってのは公平性が第一だろ?」
父親の味方かもしれないと言われてもナナシは嬉しくはなかった。正義感というわけではないが、彼には彼なりのルールと美学があり、それに反しているように見える司会の男を不快に感じ、自然と眉を八の字に曲げ、品性の欠片もないラメ入りジャケットを着た男を訝しむように睨み付けた。
「……そうですね……それにあまりに贔屓されているように見えると、中立層やライト層の反発を生むかもしれません」
一方のマインはナナシとは全く違う理由で顔を少し曇らせた。正直、そんな下らないことで負けることになったらたまったもんじゃない。
「まぁ、大事なのはこの後の討論だ。マインも、ナナシも肩の力抜いて、このイベントを楽しもうぜ!」
堅苦しい二人を見かねて、ケニーが気持ちを切り替えろと声をかける。そうは言われても、二人の立場的には簡単に切り替えられるものではない。しかし、だからといって二人仲良く今ここで頭を抱えて悩んだところで、どうすることもできないのだが……。
「それでは!ご登場していただきましょう!ムツ~~ミィッ!!!タ~イラ~ン!!!」
ブシュゥウーーーー!
胸一杯に不安が渦巻くナナシとマインを尻目に討論会はどんどん進んでいく。
ハザマ現大統領の逆側、今日三度目のガスが吹き出し、そして、その奥からナナシ達を含め、多くの人が待ち望んでいた男がついにその姿を現した。
「「「ワアァァァーーーー!!!」」」
「「「キャアァアァァーーー!!!」」」
「ムツミィ~!!!」「応援してるぞ~!!!」「がんばれー!!!」
今日、いや、もしかしたらこの国が誕生してから一番なんじゃないかと錯覚するほど大きな……それは大きな歓声が上がった!今回は間違いなくスタジアムが、いやこの国全土が揺れている!しかも、ハザマ大統領の時と違い、ブーイングも全く聞こえない。
「……チッ!」
ハザマ大統領がその地位に相応しくない行為、舌打ちをした。だが、幸か不幸か彼からしたらさらに面白くないことだが、そんなちっぽけな音はこの歓声の中掻き消されてしまったし、誰も現職大統領のことなど見ていない。ある人達にとっては、ゲンジロウ・ハザマなる人間はすでに終わった……過去の、歴史上の人物なのである。
「……すごい……すごいですよ!この歓声!」
マインは柄にもなく興奮していた。ぴょんぴょんと可愛らしくその場で小さく飛び跳ねる。今スタジアムを包むムツミへの声援と熱気は彼女の想像の遥か上を越えていたのだ。
「しかも!このすごい歓声を受けて!ムツミさん、あんなに堂々と!すごいです!なんていうか……すごい!本当にすごい!!」
さらにボルテージは上がり、声は高くなるわ、早口になるわ、語彙力はだだ下がるわ、大忙しである。彼女の目にはムツミの姿は全く問題ないように思えた。
けれども、息子ナナシの見解は少し違ったようで……。
「……いや、少しおかしい……なんか顔が……強張ってないか?動きもぎこちない……ような気がする……んだけど?ケニーはどう思う……?」
ステージ上の父親の異変に気付いたナナシはキョロキョロと目を忙しなく動かし、一挙一動を見逃さないように細かく観察しながら、隣にいる父のかつての戦友、今現在も親友と言って差し支えないケニーに問いかける。
「……うん……ナナシの言うとおりかもな。確かに……少し硬い……もしかしてあがってる……かも?」
ケニーはいまいち自信が持てないようだったが、大枠はナナシの意見に同意した。
「そんなぁ~!お二人がそういうこと言うと……不安になるからやめてくれませんか……?」
一気にテンションが落ち込み、ちょっと涙目にもなったようにも見えるマインを見て、不謹慎にもナナシの口角が上がる。
(お堅い……機械みたいな奴かと思ったら、意外と喜怒哀楽の激しい、感情的なところもあるんだな。そっちの方が人間らしくていい……そして……)
ナナシが再びステージ上の大画面モニターに映る表面上は堂々とした態度の父の姿に再び視線を向ける。
(あんたにもそういう……今みたいな……人間らしさとか、弱さとかもっと見せて欲しかったよ……)
思い出される父親の姿は気高く、強く、立派なものばかり。血の繋がらない他人から見たらなおさらだろう。そして、そんな父と比べられる息子の心情は……。
複雑な感情を抱きながら、寂しげな瞳でモニターを見つめていると、ムツミのネクタイに刺繍された“赤い竜”が映し出された。その瞬間……。
「ああァァーーー!!!」
「うぉっ!?」
「きゃっ!?」
ケニーが突然、この大歓声に掻き消されないほどの、大きな野太い叫び声を上げた!
ナナシやマインを含めた周りの人間、みんなが一斉にケニーの方を向く。
「あっ……すいません……ちょっとあの……興奮しちゃって……すいません……」
冷たい視線で針のむしろにされて我に帰ったケニーはペコペコと頭を下げながら周囲の人間に謝る。
「一体なんだってんだよ、急に……?」
一周したところで、今度は同じ轍を踏まないように、ひそひそと囁くようにナナシが声をかけた。
「いや……大切なことを赤い竜見て思い出したんだよ」
それに対し、ケニーも囁くように答えた。
「……赤い竜?うちの家紋見て?」
「赤い竜はタイラン家の家紋であり、神凪の国民にとっては守護神の紋章であり、逆に神凪に害を為す者たちにとっては最悪の敵、悪魔の証……ですよね、ナナシさん?」
「ご丁寧な説明ありがとう。でもそんな大層なものじゃないよ、マイン。で、それがどうしたんだ?」
「あぁ……」
ケニーは赤い竜を見た瞬間、あることを思い出したのだ。彼とナナシにとっては討論会以上のメインイベントを。
「プレゼントだよ、プレゼント」
「ん?何が……?」
「だから、プレゼントがあるんだよ。お前にさ。今日わざわざここに呼んだのも、そのためさ」
いや、親父を応援するためだろ……と一瞬ナナシは思ったが、すぐに自分へのプレゼントという単語の方に興味が向いた。
「……プレゼント?なんだよ、それ。食い物か?それとも金か?」
「いやぁ~。今言っちゃあ~、面白くねぇだろうが」
ケニーが、下品な司会に負けず劣らずの勿体ぶった言い方をする。その様子からプレゼントの内容にはかなりの自信があるようだ。
「う~ん……あっ!もしかして、親父が大統領になったら、大統領補佐なんちゃらに任命するとか!?」
「いや、お前には無理だろ」
「無理ですね」
「……冗談なのに……二人してそんなに真っ向から否定しなくても……」
ケニーとマインの容赦も忖度もない物言いに、さすがのナナシもちょっと傷ついた。
「無理ですね」
「だから、もういいって!」
「会場の皆さ~ん!しーっ!ご静粛に!」
三人がふざけ合ってリラックスしたところに、司会が静かにするように呼びかける。
スタジアムにいる観客、そしてこの放送を見ている人々も一斉に全神経をステージに集中させた。
「それでは、これよりゲンジロウ・ハザマ氏、ムツミ・タイラン氏による大統領選挙直前討論会を始めます!」
「「「ウォオオーーーー!!!」」」
再び大きな歓声が上がったが、司会の男が手を上下させてすぐに落ち着かせる。そして静かになったのを見届けて、先ほどまでの煽るような言い方ではなく、穏やかな口調で話し出した。
「……よろしいですね、皆さん。それでは、議題は……」
「残念だが、討論会は中止だ」
ドゴン!!!
大きく鈍い音がしたと思ったら、ステージの床に突然、大きな穴が開き、そこから三人の人影が次々と飛び出してきた。
「なっ!?」
「フッ、他愛ない」
「くっ!?」
「おとなしくしてください」
仮面の人物がハザマを、金髪の男がムツミをあっという間に取り押さえる。高齢で足取りも覚束ない政治家のハザマはともかく、多少、年を重ねたとしても、ブランクがあるとはいえ、英雄とまで言われた軍人上がりのムツミを一瞬で無力化した金髪の実力の高さが感じられる。
そして、残った最後の一人、筋骨隆々、スキンヘッドの男が司会の男にゆっくり、それでいて堂々とした態度で近づいていく。
「あ……あ、あなた達、わっ!?」
これまた一瞬で、司会者の持っていたマイクを奪い取った。そのマイクを使い男は静かに観客と視聴者、この映像を見ている全ての人達に向けて話し出した。
「我が名は、『ネクロ』。神凪に……この腐った国に罰と変革をもたらす者なり!!」