歓迎
「ナナシ……」
夜の空を浮遊する巨大な古代の建造物“オノゴロ”、その内部のこれまた大きな部屋、その中心の空間に投影されるディスプレイに映る息子ナナシの姿を見て、父ムツミが囁くように小さな喜びと安堵の声を上げる。
ビューティフル・レイラ号でネームレスには気にしていないような素振りを見せたが、内心はやはり息子のことが心配だったのである。
「……まさか、本当に……ここまで来るとは……やるじゃないか……!」
ムツミ同様、ディスプレイのナナシの姿を確認したネクロが追跡者に賛辞を送る。その顔はどこか、そして何故か嬉しそうであった。
「……わかっているのか?そもそも、あなたがあいつにキリサキスタジアムで松葉港のことを教えなければ、こんなことにはなっていなかった……!!」
ナナシとの戦いで受けた痛みを我慢しながら、ネームレスは苦虫を噛み潰したような顔でネクロを睨む。言っていることも至極真っ当だ。しかし……。
「それを言うなら、そもそも船でお前があいつを倒していれば、こんなことになっていないんじゃないか……?」
「――っ!?……その通りだ……」
ネクロに嫌味な屁理屈で返される。そう屁理屈……ネームレスがナナシと戦うことになったのもネクロが行き先を告げたせいだ。不要なリスクを犯し、その尻拭いを部下にさせ、あまつさえ、それを非難するトップにあるまじき行為。それでも、ネームレスはそれ以上言い返さなかった。
一般論ではなく彼は彼の戦士としての信念と矜持の元に生きている。彼の中の理論ではネクロの言った通り無様に敗北した自分が一番悪いのだ。
「まあまあ、お二人さん。終わったことを言ったって仕方がないでしょう。もっと、未来に目を向けましょうよ」
仮面の人物ネジレが割って入って来る。その言葉は正論なのだが、そのしゃべり口調は人をバカにしたような……いや、完全にバカにしていて、聞いている人をもれなく不快にさせた。
「……確かにそうだ……これからのことを考えた方が建設的だ……」
口ではそういうが、ネームレスの心はまだナナシとの戦いのことを引きずっていた。それが表情にもありありと出てしまっている。
「そうだな……じゃあ、お前が見て来たことを教えてくれ」
今回は別に嫌味を言うつもりでも、屁理屈でもないのだが、それはネームレスのプライドを更に傷つける提案だ。なんといったって、自分の失態を自分の口で説明しろと言っているのだから。顔つきが更に険しくなるネームレス……だが、情報共有はとても大切だ。
自身の反省と頭と心の整理を兼ねて重い口を開く。
「……ナナシ・タイランは強い……いや、強くなった……一度は瀕死の状態まで追い込んだが、復活した……全てのダメージを瞬時に回復してな……!」
「「「!!?」」」
「……ん?」
そこにいるハザマ以外の人間が耳を疑い、一瞬、何を言っているのか理解ができなかった。しかし、そこは歴戦の勇士、すぐに答えにたどり着く。
「……完全適合……特級ピースプレイヤーを使いこなした者だけが得られる力であり、到達点……ナナシ・タイランとガリュウはそこにたどり着いたのか……」
「……多分な……基本能力の上昇は聞いていたが……いや、実際にそれも上がっていたが、あれだけの高速再生能力は聞いたこともなかった……きっとガリュウの固有のものだろう……」
不愉快な記憶を掘り起こしながら、ネームレスは淡々と自身の経験したことと、それに基づいた推測を述べる。
視界の端に見えるムツミの誇らしげな顔が彼を苛立たせるが、それも罰だと受け入れた。
「ふん!確かに珍しい力だが、俺の敵ではない。再生できなくなるまで痛めつけてやればいい」
自信過剰にも思える発言だが、彼が、ネクロが言うと説得力が違う。そしてその言葉は実際に芯を捉えている。ネクロの取ろうとしている策はまさしく、傭兵ダブル・フェイスが懸念していたこと、そのものだった。
けれど、そんな力強いネクロの姿を見てもネームレスの顔は晴れない。ナナシには自分自身でリベンジしたい気持ちもあるが、そんな幼稚な理由で顔を強張らせているのではない。
ある意味、今回の作戦で一番のイレギュラー……ネクロにも届きうる力を持ったあの男の存在が心を締め付ける。
「……ナナシ・タイランよりも気をつけるべき男がいる……」
「なんだと……?」
「確か……ダブル・フェイス……そう名乗っていた。ナナシに雇われた傭兵だ……!」
「ほう……傭兵か……」
予想外の乱入者の存在にも若干、眉を動かした程度でネクロの心は揺るがない。それぐらいのハプニングは覚悟しているし、それに対処できる自信がなければこんなことしていない。
それよりもネームレスがそこまで言う傭兵の素性に興味が沸いた。
「ムツミ・タイラン、あなたは知っているのか?その傭兵のことを……?」
「いや……むしろ、私が教えて欲しいぐらいだ。それに、そんな強い戦士と知り合いなら、ボディーガードとしてスタジアムに連れて来ているよ」
「確かに……そうだったら、こうはなってなかったかもな……」
ムツミが知るはずもない。本当にナナシとダブル・フェイスが出会い、行動をともにしたのは偶然、運命のイタズラとしか言いようがないのだから。
そして何故かムツミの答えにまたしてもネクロは嬉しそうだった。まるで、自分の計画が邪魔されることを望んでいるかのように……。
「仲間は一人だけじゃない……もう一人いる」
そんなネクロの姿に苛立ったのか、単純に思い出しただけかネームレスが新たな情報を提示する。
「強いのか……?」
言葉短く、ネクロが問いただす。ネームレスは答えられない。単純に唯一手合わせしていない相手だからだ。
「……あくまで俺の勘だが、それなりの実力はあると思うが……実際のところは……そもそも男か女かもわからない。白と金色で……確か……左だったか、背中から翼の生えたピース……」
「――ッ!?ネームレス!?それは本当か!?本当なのか!?」
唐突にネジレが叫ぶ!仮面で見えない顔がどうなっているのかわかるぐらい動揺していた。彼?のキャラクターらしくない。けれど、それも仕方ない、ネジレにとってもそれは運命のイタズラとしか呼べない事柄だった。
「……嘘は言わない……記憶違いはあるかもしれないが……」
ネームレスは正直に答えた。そこまでまじまじと観察できるような状況じゃなかったことも踏まえて、間違いがある可能性も示唆して。
「………」
ネジレは黙ったまま考え込んだ。この場にいるみんなの視線を一身に集めているが、そんなこと全く気にしていない。彼にとっては小虫に部屋の片隅で自分を見上げている程度のことだ。そして……。
ザッ……
「どこに行くんだ……?ネジレ」
無言のまま退出しようとするネジレをネクロが呼び止める。それに対してネジレは……。
「あぁ……トイレですよ、トイレ。言わせないでくださいよ」
さっきまでと打って変わって、今まで通りの飄々とした人を小バカにした態度で、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「いいのか?トイレじゃないだろ……?」
何故かムツミがネクロ達を心配した。その姿が面白かったのか、バカバカしいと感じたのかネクロは笑みを浮かべながら、返答する。
「別に俺達は仲間じゃない。それぞれ目的があって、そのために利用しあってるだけだ……まぁ、俺はあいつが何がしたいのか、何で俺達に協力してくれるのかは知らんがな」
この部屋で行われたやり取りを見れば、ネジレが浮いていることも、ネクロやネームレスほどの熱意を持っていないのは明白だったので、ムツミは特に驚かなかった。
ならば、だとすればネジレはなんのために……。
「ネジレよりも、息子のことを考えた方がいいんじゃないか?」
ネクロに頭の中を完全に読み取られた。ムツミが声のした方、ネクロへ目を向けると、手元にディスプレイを出現させ、何か操作していた。
「……何をしている?」
ネクロは不敵に笑う。
「歓迎してやろうと思ってね……こんなところまで父親を助けに来た孝行息子をな……」




