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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
37/324

飛翔

 文字通り生死を懸けた激しい戦いが繰り広げられた豪華客船ビューティフル・レイラ号。今は、静寂に包まれているその巨大な船を見下ろすように、更に巨大な戦艦、もしくは要塞と呼ぶべきか、“オノゴロ”は夜空を漂っていた。

「……ケンゴさんの言う通り、さっきまでと変わった様子はないな……」

 豪華客船の激闘の跡が生々しく残る甲板の上で珍妙なマスコットが描かれたTシャツを着た男、ナナシがオノゴロの代わり映えしない様子を見て、ひとまず安心する。

 そして、彼の後に続いてネクロ追撃隊のメンバーが続々集まってきた。

「今回の事……予想できたもんなんて一つもねぇが……これはマジで考えもしなかった…」

 ケニーは実際に目の当たりにしていても未だ、信じられていない様子だった。

「……でも、これでようやく終わりが見えてきました」

 マインの方はすでに覚悟が決まっているといった様子で、相も変わらずの凛々しい立ち姿、力強い眼差しでオノゴロを見つめる。

「あぁ……今度こそ……あれが本当のラストステージだ……」

 ナナシも自分らしい言い回しで自らを奮い立たせる。数々の戦い……特に一度死んだと言っても過言ではないネームレスとの死闘を乗り越え、戦士として、人間として一回り大きくなったとナナシ自身感じていた。

 このままの勢いでネクロも……。

「……完全適合できたぐらいで調子に乗るなよ、お坊ちゃん」

「うっ!?」

 ナナシが一人盛り上がっているところに、ダブル・フェイスが水を差す。ナナシの心中を的確に捉えているからタチが悪い。

「傭兵……俺は別に……」

「いや、調子乗ってる。しかも、悪い乗り方だ」

「うっ!?」

 ナナシは否定しようとしたが、傭兵に更に畳み掛けられて、黙らされる。

 ナナシ自身思うところがあったからというのもあるが、それ以上にいつもへらへらしているダブル・フェイスが真剣な顔で言うので圧倒された。

「いいか?お坊ちゃん、完全適合っていうのは別に完全無欠の力ってわけじゃない。能力が上がったって、相手がそれ以上の力を持っていたら当然叩き潰される。当然と言えば当然のことだがな」

 出会ってから初めて見せる穏やかな口調で傭兵はナナシに忠告する。

 その姿は先生が出来の悪い生徒に優しく指導しているよう。先のネームレスとの激しい戦いの最中も敵である彼にアドバイスまがいの事を言っていたし、コマチの体調の事も気にかけていた、この男の本質は意外にも面倒見のいい、おせっかいさんなのかもしれない。

「それに無限に力が湧いて来ると思ってんなら違うぞ。あのネームレスとの戦いの後、どっと疲れただろう?」

「……お、おう……」

 まるでその場で見ていたかのように言い当てられ、言葉が詰まる。傭兵の方はその戸惑う姿を見て、そうだろう、そうだろうと何度も頷く。

「心や感情を力に変えるってことはその元となる感情が枯れちまったら、力が出せないってことだ。人間いつまでも喜び続けたり、怒り続けたりできない……心の力にも限度があるのさ。お嬢ちゃんならわかるだろう?」

 唐突に話を振られたリンダが一瞬慌てそうになるが、こらえて無言のまま頷く。彼女も治癒能力を発揮する時、心の力を利用している。傭兵の言葉を一番実感できるのがリンダなのである。

「……確かに……戦いの後、どっと疲れたが、なんていうか、身体じゃなくて……精神が磨耗したって感じだった……」

 傭兵の説明に、ナナシは自身の身に起こったことを思い出し納得した。そして、自分の認識の甘さにも気付く。

 しばらく顎に手を当てながら、考え込んでいたが、意を決して口を開いた。

「……完全適合の……フルリペア……あと、どれくらい使えると思う……」

「そうだな……」

 今度は傭兵が顎に手を当て考え込む。周りから見たらほんの少し……ナナシと傭兵にとってはそこそこの時間が経ち、ダブル・フェイスが自信無さげに見解を述べた。

「一体のピースプレイヤーとその中身の人間、丸々再生させるなんて芸当、一日一回が関の山だろ……」

「じゃあ!もう使えないじゃん!?」

 傭兵の言葉に当事者のナナシよりも早く、今まで黙っていたリンダが反応する。それだけ彼女にとって衝撃的、いや絶望的な発言だった。質問に彼のキャラクターらしくない誠実な態度で回答をしているのが、またしんどい。

 周囲のマインやケニーの顔も曇り、場の空気が重苦しくなっていき、傭兵はばつが悪そうに頭を掻いた。

「……いや、多分もう一回使える……」

「……根拠はなんだ……?」

 その空気を打ち破るように当のナナシが声を上げた。すぐさま傭兵はただの空元気や楽観視じゃないかと、釘を刺すように問いただす。

「さっきカジノ場で、身体はフルリペアで傷一つなくなってたんだが、一応リンダに治癒能力を使ってもらったんだ。体力も回復するっていうからな。そしたら、なんとなく、心も軽くなった気がする……きっと彼女の力は心も癒せるんだよ……な?」

「お、おう!そうだ!あたしが回復させたから大丈夫だ!!」

 正直、根拠と呼べるようなものではないが、ナナシは素直に自分の感じたこと、思ったことを口にした。そして、その不確かな根拠であるリンダに同意を求めた。

 リンダは戸惑ったが、すぐに嬉しさが心を上書きした。なくなったと思っていた自分の存在意義が復活したのだ!喜びが隠しきれない、隠すつもりもない喜びが溢れ出した顔に加え、胸を目一杯張ってナナシの言葉を肯定する。

「お前らなぁ~……まっ、いっか……良くも悪くも特級ピースプレイヤーってのは不安定だからな……気の持ちよう、慣れなんかでも全然、性能が変わるからな……」

 それこそ感情論でしかないが、傭兵自身もあくまで経験や知識に基づく推測を述べているに過ぎないので、これ以上議論するのをやめた。何より……。

「それに、もう報酬もらったからどうでもいいし……」

「……なんか言ったか?」

「うぇっ!?」

 そう、ダブル・フェイスとしてはもう目的は達成し終わっている。もうナナシがどうなろうと知ったこっちゃ無いのだ。それを心に留めて置けばいいものを、油断して口に出し、あろうことか当の本人であるナナシに聞かれてしまった。

「あ、あ、あれだ!人生の先輩として、プロの傭兵として最後に一つだけ忠告しておく!今言ったように特級ピースプレイヤーは気の持ちようで性能が変わる!極論、負けると思ったら負ける!勝てるビジョンが全く見えない相手とは戦うな!意地張らないで尻尾巻いて逃げろ!いいな!!」

「お、おう……」

 なんとか誤魔化せた。むしろ、咄嗟に出た言葉にしてはかなり良いことを言ったような気がする。傭兵は今度こそ心の中で自画自賛する。

「まぁ、特級とか抜きにしても、戦ってる最中に負けることなんて考えてたらダメだよな……」

「そうそう!ポジティブでいた方が良いって!感情でパワーアップするなら尚更だ!!」

「そうだな……それが“真理”かもな……」

「そ、そうだ!俺はそれを伝えたかったんだ!!」

 傭兵の適当な発言がナナシとリンダのおかげで真理にまで昇格してしまった。それを見て、満足そうに傭兵が頷く。

「でも、だとしたらナナシは特級使いに向いているよ。ぼくから見ても前向きだし、自信に満ち溢れてる……きっと自分のことが好きなんだね……」

 黙っていたコマチがナナシを褒めた。若干意地悪な言い方だが……。

「違うよ、コマチ」

 ナナシがコマチの発言を真っ向から否定した。口調こそ穏やかだが、顔つきは真剣……。コマチは彼を怒らせてしまったかと身体に緊張が走る。

「俺は……“自分のことが好きか?”と聞かれたら、今は“嫌いじゃない”って、答えると思う」

「……何を急に?」

 てっきり怒られるかと思っていたコマチはナナシの唐突な言葉に戸惑った。構わずナナシは続ける。

「そう……嫌いじゃないんだ。タイラン家に生まれて、しんどいこともあったけど……楽しいことの方が多かった。なんだかんだ親父のことは尊敬してるし、少ないけど友達もいた。仲間も……いる」

 周りにいるマインやケニー、リンダの顔を順番に見ていき、最後に再びコマチを見つめ直し、続ける。

「本読んで、映画見て、ゲームして、飯食って、コーヒー飲んで、クソして、寝て、起きて……人から見たらしょうもない日常かもしれない。でも、俺は幸せだった……こういう状況になってみて、本当にそう思うよ」

 少し間を開けて、さらに続ける。

「でも、自分を“好きだ”とは、言えない。理由はわからない……きっとこれからも……わかることはないと思う。満たされているんだけど……ほんの少し足りない……何かが足りない……きっと金とか地位とかじゃないんだ、それは。それがこの戦いを乗り越えたら、手に入る気がする……ちょっとだけ、今よりも自分のことが……好きになれる気が……!」

「ナナシ……」

 コマチに向かって、優しく微笑む。

「結局、自分のためなんだよ……やりたいようにやってるだけ……しかも、根拠もないのに、なるようになるとか思ってる。あいつらに偉そうなこと言える立場じゃなかったんだよなぁ……」

 頭を掻きながら、ここまで来るのに戦ってきた者たちを思い出した。思えばちょっと説教臭かったかもしれない。

「……いいんじゃないかな。自分のため……自分を好きになるため。正義のため!とか、大義が!とかよりは、ぼくは好感もてるよ」

 コマチの顔にも笑みが浮かぶ。

「コマチは自分のこと好きか?」

「意地悪だね。でも、ぼくも“好き”って言える様に……生きて行くよ」

「そうか」

 静かにそう言うと、ナナシはコマチから目線を外した。彼自身こんなことを他人に言うなんて思わなかった。それだけコマチに心を開いているってことだが、そう考えるとなんか恥ずかしい。

 コマチの方は虚空を見つめ、自身の結末に思いを馳せる。

(ぼくには時間がない……この残り少ない時間でぼくは……一体何を……)

 絶望感が心を覆い尽くしそうになる。その時……。

「そろそろ行かねぇか……?」

 ダブル・フェイスが痺れを切らしてナナシ達に言い放つ。さらに……。

「ちなみに、俺は当然自分のこと“好き”だぜ。大好きだ!!」

 満面の笑みで聞かれてもいないことを勝手に答える。そこにいる全員が呆れかえったが、全員が胸を張って、大声で、そう言えるその男を少しだけ羨ましく思った。

 そして、苦笑いを浮かべたナナシとコマチの目線が再び交差する。

「そうだね。時間は待ってくれない」

「あぁ、行こう」

 自身の戦う意味を確認し、改めてナナシは覚悟を決める。

「ふぅ……すぅ……」

 ナナシは身体中にある古い空気を全て吐き出し、その後すぐに新しい空気を吸い込む。

 そして、名前を呼ぶ。出会ったばかりだというのに、幸か不幸かいくつもの戦いを一緒に乗り越えて来た自分の分身の名を……。

「ナナシガリュウ」

 光とともに紅の装甲が現れ、ナナシに装着されていく。傷一つ無い赤い竜が再び甲板に顕現した。

「ケニー」

「おう!」


ガシャ!


 ケニーによって竜の背中に翼が取り付けられた。最終決戦の場に連れていってくれる翼だ。

「……ケニー」

「おう!」

「マイン」

「はい」

「リンダ」

「おうよ!」

 ナナシが一人ずつ目を合わせながら名前を呼んでいく。呼ばれた者も力強く答える。

「……もう、俺に何かあったら逃げろなんて言わない……俺も死ぬのはもうごめんだ……親父達連れて帰ってくるよ」

「当然だ!」

「待ってます」

「ぶちかましてこい!」

 ナナシの思いを受け止め、ケニー達はエールで返した。ナナシの身体に、そしてガリュウに力が溢れる。

 “生きる”という意志こそ全ての生物に備わっている根源的な力なのである。

「よし!」

 みんなから少し離れて、オノゴロに視線を向ける。ついに竜が飛び立つ!

「ナナシ……あっ!?」

 飛び立たなかった。出発の直前になって何かを思い出した。

「どうした?お坊ちゃん?」

 若干、苛立ちながら傭兵が尋ねる。他のみんなも気持ちは一緒だ。

「いや、こっちの方がいいかなって…ガリュウウィップ!」

 紅き竜の腰の後ろから鞭が出現する。そう、まるで尻尾のように……。

「ナナシさん……まさか、それって……」

「おう!こっちの方がドラゴンっぽいだろ?」

 ナナシ以外全員同じ顔をしている。呆れかえっているんだ。そんなマイン達を尻目にマイペースに再び発進の体勢を取る!

「改めて……ナナシガリュウ・ジェット!行くぜ……っておおっ!?」

 ジェットパックが凄まじい勢いで炎を吹き出し、その衝撃に本体のナナシガリュウがよろめく。それでもなんとか体勢を立て直し、テイクオフに成功する。



「最後まで締まらねぇな…」

「ですね」

「らしいっちゃらしいけどな」

 そう文句なんかも言いながら、甲板の上でケニー達はいつまでも竜の背中を見つめ続けていた……。


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