真実
「すげーな!マジで!きれいに傷がふさがってやがる!良かったな!……良かったけど……」
リンダが感嘆の声を上げる。
ナナシの身体には無数の“跡”が残っていたが、これも二、三日もすれば消えるだろう。間違いなく嬉しいのだが、同時に自身の存在意義がなくなってしまったようでリンダは少し寂しかった。
「でも、本当に良かったよ。正直、あのネームレス……だっけ?……には絶対、万が一にも!勝つことはないって思ってたから……」
「はっ!相変わらず辛辣だな……けど、悔しいがお前の言う通り……ぶっちゃけ、一回、負けたみたいなもんだし……」
正直で手厳しいコマチの発言にナナシは苦笑いするしかなかった。ナナシ自身、今こうしてコマチに意地悪されていることが信じられない。
それだけ劣勢、窮地の連続だった。
「まぁ、これでめでたく『ネクロ追撃隊』全員集合だな!うん、うん」
ダブル・フェイスが感慨深げに頷きながら、勝手にチーム名をつける。みんな呆れているのか、疲れているのか誰も反対しない。まぁ、思いのほか普通の名前だし、別にいいかって感じなのだろう。
オノゴロ浮上後、ケンゴの話を聞くことにしたナナシは一緒にこのビューティフル・レイラ号に乗り込んだコマチ達と合流、さらにケンゴに命じて、ボートに残したリンダ達三人を回収させた。
傭兵の言う通り、喜ばしいことに誰一人欠けることなくネクロ追撃隊は集まることが出来た。
「ナナシさん、これを」
マインが壊れたカジノ場を探し回り、見つけたある物をナナシに手渡す。
ナナシが先ほど、頼んでおいたのだ。
「サンキュー……でも、これしか、なかったの……?」
「……はい……非常に残念ですが……」
ナナシが頼んだのは替えの服を見つけて欲しいということだった。さすがに、完全適合、フルリペアと言えどTシャツまでは修復できない。自分の血がべったりとついて、自身を死に至らしめた一撃の跡、大きな穴が開いている服をいつまでも着ていたくない。それにこれだけ大きい豪華客船、Tシャツの一枚や二枚あるだろうと思っていた……のだが。
「ビューティ君は嫌いか?お坊ちゃん?」
「傭兵……!」
にやつきながら傭兵がからかう。そう、マインが持って来たTシャツには真ん中にでかでかとビューティ君がプリントされていた。そもそも、ビューティ君のデザイン自体……って感じなのに、自分がこうなった原因、一連の出来事に協力してきた奴の会社のマスコットなんて好きになれるはずがない。
「いいだろう!自信作なんだ、それ!」
人の気も知らず、というか恥知らずにもそのマスコット、ビューティ君が楽しそうに言い放つ。しかし、呆れはすれど怒りを感じないのはその珍妙なデザインのせいか、はたまた中の人の妙に品格のある所作のせいか……。
「……もういいから……早く話せよ、ネクロのこと……」
ナナシはしぶしぶ、ビューティ君Tシャツを着ながら、ケンゴを急かした。内心服よりもそのことの方が気になって仕方なかったのだ。
「そうだね……そちらもよろしいか?」
ケンゴはナナシから少し目を反らし、機械を点検しているケニーの背中を見た。
「あぁ、ばっちり聞こえてるから、とっとと始めてくれ」
ケニーは振り返りもせず、ぶっきらぼうに答える。
「罠なんて仕掛けてないって」
「信じられるか!」
再び背中に向けてかけられた言葉に、これまた振り返らず答える。
ケニーが点検しているのは、ネームレスがオノゴロに向かうのに使用した短距離飛行用のジェットパックだ。
ナナシがオノゴロに行くためにもこれを使わなければならない。けれども、さっきまで敵だった男から支給された物……当然、信用できない。だから、何の仕掛けもないかメカニックであるケニーがチェックをしているのである。
「俺は信じてますよ、一応」
「ありがとう……ナナシ君」
ナナシはフォローを入れた。どうしてもこの男を嫌いになれない。その思いがつい敬語になって出る。ケンゴも顔は見えないが嬉しそうに礼を述べた。
穏やかな空気が、その場にいるみんなを包み込んでいた。しかし、ケンゴがコホンと咳払いをし……。
「では……」
「「「!!?」」」
そのたった二文字の言葉が発せられた瞬間、場の空気が一気に引き締まる。世界有数の大財閥を率いる男のカリスマ性が為せる技だった。
「……今回の事件はある男の身に起きた不幸な事故から始まった……その男は今は“ネクロ”と名乗っている……本当の名は…『ノブユキ・セガワ』……」
「――!!?ノブユキ・セガワ!?そうだ!あれはノブユキだ!!」
背中を向けて機械をいじっていたケニーが突然叫んだ!キリサキスタジアムでネクロの顔を見てからずっと心に引っかかっていた疑問が唐突に解決したのだ!その興奮のままナナシとマインに詰め寄る。
「ナナシ!お前も知っているだろう!?マインも!名前ぐらいは知っているはずだ!!」
「え、えーと……」
「た、確かに……どこかで聞いたような…聞いたことないような……」
ケニーの圧に若干、いやかなり引きながら、考えを巡らす……が、なんとなく聞いたことはあるが、どこで聞いたのか、誰のことなのか、思い出せない。
痺れを切らしたケニーが興奮そのままに答えを発表する。
「AOFだよ!AOF!四年前に壊滅した対オリジンズ部隊“角”の隊長!それが、“ノブユキ・セガワ”だ!!」
「あぁ、そういえば……ってええっ!?」
ここに来てようやくナナシはスタジアムから先延ばしにしていた難題を解決した。
「……そうです……確かにそんな名前でした……!」
マインもケニーが指摘したように名前だけは聞いたことがあったみたいだ。それを見てケンゴ……見た目はマスコット、ビューティ君が大きな頭を縦に揺らした。
「そう彼は……ネクロはAOFの隊長……この国の優秀な軍人だった……」
ケンゴは、くるりと身体を反転させた。自分の顔が見られないように。そんなことをしなくても元々見えないのに……。
それでも、彼はナナシ達に背を向けたかった。
「AOFは四つの部隊、『角』、『爪』、『牙』、『鱗』がある……ってナナシ君なら当然、知っているよね。何せ、部隊名の由来は君の家、タイラン家の家紋“赤い竜”の身体の部位から取られたんだから……」
「あぁ……わかっているから……」
カジノのオーナーの癖なのか、生来の性なのかリンダや傭兵達のために事細かく説明する。けれど、すでに知っているナナシ達にとっては勿体つけられているようで、正直腹が立つ。
「伝統というか、なんというか…それぞれ曲者揃いでね……強いオリジンズと戦いたいだけの戦闘狂集団の“爪”。
珍しいオリジンズを美味しく食べたいだけの悪食の集まり“牙”。
前身の軍が女性のみだったため、今も女性主体で隊長が変わる度に方針も全く違うものにコロコロ変わってしまう“鱗”。
どれも安定性に欠けるというか、ハイリスク、ハイリターンの遠征ばっかりやって頼りになるんだか、ならないんだか……」
ビューティ君は背中を向けたまま、手のひらを上に向け、頭を横に振った。所謂、やれやれのジェスチャーである。
「そんな中、“角”だけは本来の目的である純粋なオリジンズの調査、研究、そして素材の獲得を第一とする優等生集団だった」
今度はマスコットの頭がうんうんと縦に動く。
「そして、近年そのトップとして、歴代の隊長に負けず劣らずの成果を上げていたのが、何を隠そうノブユキ・セガワだ」
まるで、憧れのヒーローを語る少年のようにケンゴの声が弾む。しかし、そんな楽しげな声が聞けたのも、これが最後だった。
「なのに……ずっとこの国のために……国民のために…尽くして来てくれた彼に……悲劇が……」
声のトーンがどんどん暗くなっていき、ついには言葉が止まってしまった。
「……四年前の遠征中に起こったオリジンズ襲撃事件だな……」
「……あぁ……」
気遣いか、単に話を先に進めたかったのか、その両方か、ナナシがケンゴが言えなかった言葉を代弁する。ケンゴはか細い声で肯定するのがやっとだった。
「……賢明な彼でも全く予想できなかった……そして……強靭な彼でも全く歯が立たなかった。結果、彼は多くの部下を失った……生き残った者も軍人としては再起不能……責任を感じたノブユキ・セガワは表舞台から消えた……」
ネクロの無念さは簡単にわかると言っていいものではないだろう。聞いていたナナシ達は言葉一つも出てこなかった。
たった一人を除いては……。
「……でもよぉ~、強力なオリジンズとばったり会って壊滅なんて……言っちゃ悪いが、そこそこあることだろ?つーか、それぐらいの覚悟ねぇと、AOFだとか遠征とか、やっちゃダメだぜ?まさかとは思うが、その逆恨みで大統領の誘拐か?そっちの方があり得ねぇ」
正直、ダブル・フェイスはこの話に興味がなかった。依頼を受けたからにはやり遂げる!それだけ。依頼人やターゲットの事情なんて知ったこっちゃない。まさしく、空気が読めていない、冷や水を浴びせるような発言だったが、ナナシ達にはありがたかった。
これまでの話でネクロの正体はわかったが、この一連の行為をするに至った理由はわからない。もし、傭兵の言う通り逆恨みじゃないとしたら教えて欲しい!みんなそういう目をしてビューティ君の背中を見つめている。それを感じ取ったのかケンゴが再び語り始めた。
「そう……だったら……そういう人間だったら、ある意味幸せだったのかもしれない……だが、彼は賢く、強く、誠実だった……そんな彼を部下達は心の底から慕った…そして、彼も部下のことを大切に………」
ケンゴが拳を握りしめる。ついにこの事件の核心が語られる時が来たのだ。
「その部下を!かろうじて生き残った部下を!治療すると騙し、人体実験に使ったんだ!『ブラッドビースト』製造の!この国の大統領!ゲンジロウ・ハザマが!!!」
「――!?」
ケンゴは振り返り、怒りを撒き散らした。マスコット越しにも伝わるその迫力に皆たじろいだ。
黙り込んでしまった一同を尻目にケンゴが更に続ける。
「ブラッドビースト……オリジンズの血液を特殊な加工をして、人間に投与することで獣人に変身させる能力を与えることができる……しかし!適合できなかった人間は死に至る……コスト以外見るべきのない腐った技術だ!!実際、実験に参加したネクロの部下達はみんな死んだ!せっかく生き残ったっていうのに!それが国のトップのやる事か!?」
ケンゴの言っていることは正しい……正しいが、その言葉の強さに客観的見解ではなく、私怨のようなものをナナシ達は感じた。
そして、その感覚は当たっていた……。
「しかも!しかもだ!自身の研究のために“鏡星”の王族をたぶらかし、“神鏡戦争”を起こした神凪の仇敵『ドクター・クラウチ』を使ってだ!指名手配されていても、何十年も所在がわからないはずだ!一国の大統領が匿っていたんだからな!!」
絶句するナナシ達を余所にケンゴは言いたいことを言ってスッキリしたのか落ち着きを取り戻していた。
そんな彼が小さく呟く。
「解除……」
その声が発せられると、ビューティ君が消えて、気品溢れる紳士が現れた。
しかし、ナナシ達の目は顔なんかではなく、ある部分に釘付けになった。
「!?」
「きゃっ!?」
思いもしなかった光景にナナシ達は未だ声を出せず、唯一マインだけが悲鳴を上げそうになったが、それはとても失礼なことなので、咄嗟に口を自らの手で塞いだ。
「……あんた……義足だったのか……」
この中で一人だけ過去にケンゴと会っているナナシが以前との違いを指摘する。ケンゴは頷き、肯定した。彼の左膝から下が細い棒のようなもので床を踏みしめていた。
「いつもはオーダーメイドの一見義足とわからないような奴を着けているんだが……私がネクロに協力した理由を説明するのに、この方がいいと思ってね……私は神鏡戦争に従軍していたんだよ……」
「なっ!?」
今度はナナシが声を上げそうになる。彼のことはそこそこ知っているつもりだったが、そんな話は初耳だ。
「私はねナナシ君、君と違って父親と折り合いが悪くってね……当時、反発して軍に入ったんだよ……結果、この様さ。ブラッドビーストに手酷くやられてね。結局、キリサキ家に戻って父の後を継いだ……情けない話だろ?」
そんなことないと、ナナシが無言で首を横に振る。ケンゴはそれを見てほんの少しだけ口角が上がった。
「だからね……私は任務で傷を負った軍人の支援をするためのお金を寄付していたんだよ……それを!!……ハザマは私の足を奪ったブラッドビーストの研究に使っていた!!許せなかった……だから私は……私はネクロに協力したんだ……!!」
無念そうに語るケンゴに誰もかける言葉を思いつかなかった。
彼には“義”もあり、個人的な“怨み”もあった。その二つが合わさってこんな大財閥のトップにふさわしくない行動をとってしまったのだろう。
「理由はわかった……だけど、ネクロを見逃す訳にはいかない」
ネクロが行動を起こした理由はわかるし、同情もするが、やり方は間違っている……だから止める。
「あぁ……それでいい……君は君が望むままに、やりたいようにやればいい……私や彼がそうしたようにね……」
ナナシが自身の決意を告げるとケンゴはそれでいいと優しく頷いた。
「よし、そうと決まれば、善は急げだ!ケニー!準備は?」
「バッチリだ!」
話は終わり、ネクロの元へ向かうためケニーにジェットパックの安全を確認すると、親指を立て肯定する。ケンゴは宣言通り罠など仕掛けていなかったのだ。
「じゃあ、甲板に……と、そうだ……ケンゴさん、あんたにもう一つ聞きたいことと、一つお願いしたいことがある」
ナナシは甲板に出ようとケンゴに背を向けたが、何かを思い出し、またすぐに振り返りケンゴの目を見つめた。ケンゴは黙って手を前に出し、どうぞと合図した。
「仮面の男……確かネジレって、そいつについては何か知っているか……?」
そう、今の話には全くネジレは出て来なかったし、スタジアムで遠目で見ただけで何の情報もない。それこそ顔も知らない。年齢どころか性別すらわからない。彼のことだけは依然謎のままなのだ。
「残念だけど、彼の素性は私も知らない。ただ、情報を集めたり、今回の計画を建てたのは彼らしい……」
「そうか……ネクロに実験の情報を教えたのも?」
「多分……彼の話を聞いて、行動を起こすと決めたとネクロは言っていたような……」
ケンゴの記憶は曖昧だが、もしそうだったら今回の一連の事件の発端はネジレということになる。なおさら正体を知りたくなるが……。
「お願いの方は?せめてもの罪滅ぼしだ……何でも聞こう」
ナナシが思考の迷宮に入りそうになったところをケンゴが引き戻した。この状況でわざわざ言ってくる彼のお願いというのが気になっていたのだろう。
「あぁ、あいつ、このカジノですっちまったらしい……」
「へっ?俺?」
ナナシは親指でダブル・フェイスを指す。傭兵はまさか自分の話になるとは思わず、少し驚いた顔をして、自分を人差し指で指した。
「だから、あいつが負けた額の十倍払ってやってくれ。それが報酬でいいよな?傭兵!」
「――ッ!?それでいい!!それがいい!!お坊ちゃん!あんた、最高だよ!!!」
傭兵は全力で頷く!
「で、ケンゴさん!お答えは!」
「もちろん。そんなことでいいなら……」
「よっしゃあっ!!!あ、あと、あのオリジンズの亡骸ももらっていいでしょうか?ケンゴ様?」
「あ、あぁ、別にいいよ」
「やったぜ!オラァ!やってやったぜ!オラァ!!!」
カジノで負けて失った財産が十倍になって返って来た!しかも、おまけつきで!トータルで見たら彼は賭けに勝った!お坊ちゃんにBetして良かった!その喜びがダブル・フェイスの身体中を駆け巡る!
「……なんだよ……」
懸念が消えて、こちらも嬉しいナナシをマインとリンダが蔑むような目で睨んでいた。美人二人にそんな風にされるのは一部の人にはご褒美だろうが、生憎ナナシにはそんな趣味はなかった。
「なんかいい感じにまとまったみたいになってますけど、ただ単に自分がお金を払いたくなかっただけですよね」
「意外とケチくせーな」
「い、いいから行くぞ!甲板に!」
ナナシは逃げるように外に出て行った。




