ご機嫌
ピピッ……
「――!!?ケニーさん!ナナシさんの反応が!」
気合いを入れて、ビューティフル・レイラ号に突入を決めたものの、どうやったらいいかわからず、立ち往生していたボートの上で、マインが突然叫んだ!
声を聞いたケニーは一瞬だけマインの顔を見たかと思うと、すぐに傍らに置いてるタブレットを手に取り、操作し出す。
「………な!?……損傷率0%!?…エネルギーは……100!?いや、それどころじゃない!想定していたスペックを完全に超えている!パワーも!スピードも!全てのステータスが大幅に上がっている!まさに、規格外だ!!」
ケニーは興奮を隠せない。自身が開発に携わったマシンが自身の想像を超えていく!技術者冥利に尽きる!
「……?どういうことだ?ピースプレイヤーって待機状態じゃないと、修復やエネルギー回復ってできねぇんじゃねぇの?」
ケニー達も何が起きているか完全に理解できてはいないが、それ以上にリンダにはちんぷんかんぷん、全く事態を飲み込めなかった。とりあえず、一番の疑問を養父にぶつける。
「ガリュウは!“特級”ピースプレイヤーだからだ!!」
「……はぁ?」
全然答えになっていない答えが返って来た。全神経がガリュウに向けられている今、ケニーは娘の素朴な疑問なんかに時間を割きたくないのだ。
ブー垂れるリンダを哀れに思ったのか、この想定外の状況を整理するためかケニーの代わりにマインが説明を始める。
「リンダさん、トレーラーの中で特級オリジンズは特殊だって、他のオリジンズと違うということを話したのは覚えてますか?」
「お、おう!」
リンダが首をブンブンと激しく縦に振った。正直、その様子だと本当に覚えているのか疑問だが、構わずマインは続ける。
「オリジンズにはコアストーンという人間の心や感情に反応して、不思議な力を発揮する石を持っていることは?」
「……知ってる……それを使って超能力者や魔法使いみたいなことをするのが、『ストーンソーサラー』だろ?……マイン、ちょっとあたしのことバカにし過ぎ……!」
若干、ムッとした表情でリンダが睨むと、慌ててマインは顔の前で両手を動かし否定のジェスチャーをする。
「そ、そんなこと、ありません!一応、確認しただけです!……一応……」
リンダはまだ睨み付けているが、マインはコホンと咳払いをし、無理矢理仕切り直した。
「か、下級から上級オリジンズでその性質を持っているのはコアストーンだけなんですが、特級オリジンズは全身……骨も筋肉もその性質、人の思いを力に変える性質を持っているんです」
「……えっ!?それって、つまり……」
リンダが今、何が起こっているのか僅かだが察した。それが正しいかを確かめるために目で問いかけるリンダにマインが首を縦に動かした。
「そうです……特級オリジンズの骸で作られた特級ピースプレイヤーも、ガリュウも……人の、ナナシさんの感情や意志を力に変えることができるんです!!」
「そうだ!そして、その領域に到達したのが『完全適合』だ!!!」
興奮さめやらないケニーが二人の会話に割って入った。いや、むしろ、さっきより昂っているみたいだった。
「マインが説明した通り、特級ピースプレイヤーは人の感情を取り込み力に変換する!実際、ガリュウの能力も上昇しているぞ!!」
ほぼ、マインの言ったことを繰り返しながら、娘の眼前にデータが映ったタブレットを押し付けて来る。かなりうざい……。
「だが、戦闘中にダメージまで回復するとは……俺も見たことない!これはきっとガリュウが持つ固有能力!『超再生』!完全修復『フルリペア』だ!!!」
勝手にガリュウの能力名をつけながらケニーが勢いよく立ち上がったため、ボートが激しく揺れる。女子たちはドン引きしているが、お構い無しに少年に戻ったケニーは鼻息荒く、夜空の果てを見つめていた。
「……いや、でもさ……言いたくないけど、ガリュウが治ったって、中のナナシは……」
そうだ。ガリュウも大切だが、今知りたいのはナナシの安否だ。父親のテンションとは真逆のしおらしい態度で娘は父を問いただす。
「大丈夫!!!」
ケニーは満面の笑みで親指を立てる。これが彼の回答だ!
「完全適合に至ったら、それはもうピースプレイヤーを“装着”しているんじゃなくて、“融合”と言っていい!外側のダメージも回復しているなら、きっと中身のナナシの傷も治ってるさ!………多分」
「多分かよ!!」
適当なことを言う父親に娘が容赦なく突っ込む!一番大事なのはそこなのに!
「きっと大丈夫ですよ、リンダさん」
興奮するリンダの肩にそっと手を置き、マインが優しく微笑みかける。手のひらから温もりが伝わり、リンダの心を包み込む。すると……。
「……そうだな!」
彼女の顔に久しぶりに彼女らしい満面の笑みが広がった。
「あぁ、そうだ!きっとナナシなら……」
ケニーもその笑顔で落ち着きを、そして希望を取り戻す。さっきまでの空元気ではない、身体中に活力が湧いて来る!
「ナナシさん……思い切りやっちゃってください……!!」
「な、何が……どうなっているんだ!?」
マイン達がボートの上で喜びに震えている頃、甲板の上ではネームレスが混乱で微かだが震えていた。正確には、ネームレスの心の内にも喜びはあった。自身が殺したはずのナナシが立っている。
彼の胸の奥を蝕んでいた罪悪感は消えていき、安堵する心。それと同時に目の前に広がるあり得ない光景を受け入れられていない。
「……悪いが……それは答えられねぇ……俺もわかんねぇもん!」
一方のナナシはとても楽しそうだった。 さっきまで死にかけ……いや死んでいたとは思えないハイテンション!
(くそっ!まずは落ち着け…落ち着いて奴の観察を……状況の分析を……)
必死に心の平穏を取り戻そうとするが、とても無理だった。
怒り、憎しみ、絶望、安心、混乱……この短時間でジェットコースターのように感情が上下した彼の心は完全にキャパシティを超えてしまっていたのだ。
「……来ねぇの?じゃあ、こっちから……ナナシガリュウ行かしてもらうぜ!!」
ガギン!!!
「……か!?ガハァッ!?」
黒き竜の身体に紅き竜の拳が突き刺さる!ネームレスはまったく反応できなかった。先ほどまで一方的に痛めつけて、殺害までしたはずの相手の攻撃に!
「こ、このぉッ!!」
ブゥン!!
予期せぬ一撃、予期せぬダメージ、それでも、直ぐに反撃するのはさすがといったところ、けれども空しくブレードは誰もいない空を斬る。
(これでは、まるで………)
そう、まるで先ほどまでの戦いと同じ。違うのは攻守が入れ替わっている。紅竜が黒竜を翻弄しているのだ!
「仕返しのつもりか……!?……なら!!」
高速で振り返り、再度攻撃をする!自分がやったようにきっと背後から仕掛けて来ると読んだのだ!
「読ませてやったんだよ」
ドゴォッ!!!
激しく大きな音がした少し後にミシッと小さな音が聞こえた。さらにまた少し後にバキィッと嫌な音が身体に響いた。それが自分の肋骨が砕ける音だと気付いたのは鈍い痛みを感じてからだった。
「がっ!!?」
攻撃も完全に読まれ、肉体も精神も一方的にいたぶられる。
「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからな!!」
紅き竜の口元の銀色のマスクの向こうから高揚した声が漏れる。最高に“ハイ!”って奴だ!
「……ッ!?ラアッ!!!」
今の一撃で、一言で混乱していたネームレスの心は怒りに塗りつぶされた。両腕のブレードを力一杯撃ち下ろす!鋭く重い致命の攻撃!
さっきまでのナナシ・タイラン相手ならば、そうなっていただろう。
「遅いし!軽い!!」
ガギ!
「な!?」
いとも容易くナナシガリュウが両手で自分の命を絶とうとする……というか実際についさっき一度絶った刃を掴む。そして……。
「滾るぜ!ハイテンション!みなぎれ!ハイエナジー!これがナナシガリュウのマキシマムだ!!」
ミシッミシッ……バギン!!!
「……な!?」
砕く!細かい銀色の欠片が宙を舞い、赤と黒の竜の顔を映す。赤には自信が、黒には不安が浮かび上がっている。
「ぐぅ……!?ガリュウ!ショットガン!!」
苦し紛れに黒竜が新たな武器を呼び出した。この状況を打破できる考えがある訳ではない。ただ、距離を……ここから逃げ出したかった。
バァン!!!
「何……!?」
無数の弾丸が紅き竜を襲う!……が、一つも命中することはなかった。なぜなら、ナナシガリュウの前に現れた光の壁が全てを防いだから。先ほど同じ散弾で破壊された、水たまりの表面に出来た薄氷の如く簡単に割られていたエネルギーフィールドにだ!
それがまるで別物になったかのようにネームレスガリュウの攻撃を防いだのだ!
「ぐっ!?」
黒き竜は最早なりふり構わず、後退する。しかし、今の紅き竜は逃さない!そしてそれを実行できるスピードが今の彼にはある!
「逃げんなよ……寂しいじゃないか!」
ゴンッ!!!
「……がっ!?」
紅竜の拳が黒竜の顔面を捉える!漆黒の装甲を貫き、衝撃と熱がネームレスの肌に伝わる!
ガン!ガン!ガギッ……
甲板の上を甲高い金属音をならしながら、黒き竜はバウンドした。仮面に細かいひびが入っている。今の一撃をまともに食らっていたら粉々に砕けているはず。
「……こんな……ここまで……」
「…さすがだな…ネームレス……まさか……今のをいなすとは……」
そうならなかったのは、ネームレスが驚異的な反応速度と身体能力で、拳に合わせて首を振り、威力を殺したのだ!
ナナシは素直に感心する。多分、自分には一生かけても身につけられない技術であろう。ならば、自分は別の道を行こう!ガリュウと共に!
「ガリュウ……マグナム……!」
右手にナナシが最も愛する武器が出現。それをゆっくりと、自分の動きを、今この世界に自分が生きていることを確かめるように構える。
ターゲットはもちろん漆黒の好敵手!グリップを両手で優しくも力強く包み込む。
心が!感情が!意志が!身体中を血液のように駆け巡り、肩から腕に、腕から指に、そして指からマグナムに……瞬間、これが自身の“必殺技”と呼べるものになると確信する!
そして、その名を呟き、力強くトリガーを引く。
「太陽の弾丸 (サンシャイン・バレット)」
ドシュウゥゥゥゥゥゥ!!!
眩い光の奔流が天に昇る龍のように夜の闇を引き裂く!ビューティフル・レイラ号の周りだけ一足先に夜明けを迎えたと錯覚するほどの輝き!それはまさに太陽の弾丸と呼ぶべき必殺技だった!
「おい!あれって……!」
「あぁ……間違いない……!」
「ナナシさんです!」
ナナシガリュウの眼のような荒々しくも、どこか優しさを感じる光の軌跡に、マイン達がナナシの生存を確信する。
「これは……ダブル・フェイス!!」
「あぁ……お坊ちゃんがやりやがった……!!」
同じように光に照らされた傭兵達もナナシが勝利したことを理解した。
「……わざと……わざと外したな……」
うずくまる黒竜が必死に声を振り絞る。悔しさとダメージで情けないことに震えが止まらなかった。
「もう勝敗は決した……だから、もういいだろ……」
柄にもなく淡々と落ち着いた口調で話しかけるナナシ。その様は子供を諭すように見えた。
「だが!俺はお前を……」
怒りに身を任せて殺した!……なのにその相手は自分を殺し返すことができたのに、情けをかけた。
それが、その人間としての意識の、理性の差が一番ネームレスの心を深く傷つけた。
「でも、俺は生きている……それでいいだろ……?」
ナナシは微笑む。最もネームレスからはガリュウの仮面のせいで見えてはいないが。しかし、明らかに臨戦態勢を解いたというのはわかった。
最早、自分は“敵”ではないのだと言われているみたいでネームレスはより一層情けなくなった。
一方、ナナシの闘争心が鎮まったのに反応して赤いガリュウの装甲からは熱が引いていく。これで、本当に……。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ
「――ッ!?なんだ!?」
突然の地響き!巨大な豪華客船が揺れるほどの!完全に油断していたナナシガリュウがよろめいた。
「リンダ!マイン!しっかりボートに捕まれ!死んでも落ちるなよ!!!」
ケニーが叫ぶ!小さく、軽いボートは当然客船の何倍も揺れた!必死にしがみつく三人、何がなんだかわからない状況で何か情報を得ようとマインがボートを揺らす波が来る方向に目を向けると……。
「――!?ケニーさん!あれは!?」
マインの声を聞き、ケニーもそちらに視線を移動する。
そこに見えたのは海中から浮上するビューティフル・レイラ号よりも巨大な戦艦!いや、要塞と言った方がいいかもしれない。それがみるみるうちに空中へと浮かび上がっていく。
「ありゃ……古代文明の……アーティファクトだ……」
「……嘘だろ……」
ナナシは自分の目を疑った。まさかこんなものが神凪の海に眠っているとは思いもしなかったのだ。もしかしてやっぱり自分は死んだんじゃないかとさえ思えて来る。
「……あれは『オノゴロ』だ……ハザマが秘密裏に発掘していた古代文明の遺産……」
「そうか……古代文明の……って!?」
ナナシの思っている疑問に答えてくれる親切な声。だが、今、ここでそんな返事を出せるのは、疑問の答えを知っているのは一人しかいない!
「ネームレス!?」
「悪いな……ナナシ・タイラン…俺は行かせてもらう……あのオノゴロに……!」
声がした方向に顔を向けると、傷だらけのネームレスガリュウが翼のようなものを背負っていた。その傍らにはこの船のマスコット、ビューティ君……つまりこの船のオーナー、ケンゴ・キリサキが立っている。きっとあの翼をネームレスのために持って来たのだろう。
「おい、ネームレス!ちょっと待て!」
ネームレスを制止しようとナナシが駆け寄ろうとしたが……。
ガクン……
「――!?」
急に力が抜け、膝を着いてしまう。あれだけの激闘、ましてや一度死んでいるのだ。限界を迎えるのも当然のことだろう。
「……お前の父親は…ムツミ・タイランは必ず無事に帰す……ゲンジロウ・ハザマもだ。俺の誇りに懸けて必ず……!」
ナナシとの戦いで色々と思うところがあったのだろう。ネームレスは新たに決意を固め、かつては格下の雑魚だと侮っていた好敵手に誓いを立てる。
でも、ナナシがして欲しいのはそんなことじゃない。
「待てって言ってんでしょうが!」
ブシュウ!!!
翼から火を吹き出し、振り返ることも、止まることもせずネームレスガリュウは彼がオノゴロと呼んだ空中要塞に飛んで行ってしまい、すぐにその背中は見えなくなってしまった。
「……おい……!!」
ナナシガリュウが珍妙なマスコットを睨み付けた。限界を超えた戦いの末に好敵手を取り逃すことになったのはこいつのせいだからだ。
「何かね?」
マスコットは特に動じる様子はない。彼の中身はビジネスの現場で幾つもの修羅場をくぐってきたのだろう。これ位では怯まない。
「あれって、短距離飛行用のジェットパックだろ……?まだあるのか……?」
「そりゃあね」
「じゃあ……」
「もちろん、君が望むなら私は喜んで渡そう……しかし、君もかなりお疲れのようだ……少し休んでいくといい……」
何をバカな、と言ってやりたいが事実、かなりしんどい。だが、一刻の猶予も今はないのではないか。
そんなナナシの心情を察したのか、オノゴロを見つめながらマスコットは自身の持っている情報を聞いてもいないのにペラペラと話しだした。
「私が知っている限り、あれは一応一人でも動かせるらしいが、本来は複数の人間で運用するもの……そもそも、まだ全容も掴めていない。すぐにどうこうするもんでもないよ」
「……そうか……」
ナナシはほんの少しだが安心した。敵の言う事なのだが、嘘をついてるとも思えなかった。
ケンゴは自分の事を一応信用してくれたことに満足して、今度はナナシの方を向いた。
「それに君は知るべきだ。君が血と汗を流して追ってきたネクロのことをね。話してあげよう……彼が何者か、ハザマが彼に何をしたのかを」




