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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
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ガリュウ転生

「……そんな……!?な、ナナシさんの……ガリュウの反応が……」

 マインが自身のメガネ型デバイスに映るデータを見て、愕然とする。小刻みに震えたかと思うと、ペタンと座り込んで下を向いて一切喋らなくなってしまった。

「まさか……」

 その様子で全てを察したリンダ……だが、信じられないし、信じたくない。どうか自分の推察が外れていることを祈って、潤んだ瞳で養父を見つめる。「親父」と声をかけようかと思ったが、声が出なかった。

 養父であるケニーはただ黙って首を横に振る。否定ではなく、彼女の予想を肯定した証。娘の淡い希望が砕け散った。

「……松葉港に戻るぞ……」

 ケニーが声を絞り出す。拳を強く握り締め、下唇を噛むその姿には無念さが見て取れる。

「まっ!?待てよ!親父ぃ!助けに行かねぇと!あたしの力ならナナシを治せる!!だから……」

「死んだ人間には効果がないだろッ!!!」

 なんとか出すことができた娘の声を、父親の荒げた声がかき消す。

 呆然とする娘の顔を見て、ケニーは我に返った。目を背け、マインと同じように下を向いてしまう。

「……すまない……だが…わかってるだろ……失われた命を戻すことはできない……お前の治癒能力では……」

 先ほどとはうって代わり、弱々しい声で悲しい事実を告げる。リンダの力では死者を蘇らせることは不可能。彼女を保護してから色々と試した。その力は神から与えられた素晴らしい力……だが、神そのものの力ではない。

 リンダ自身はそれでいいと思っていた。生死をどうのこうのできるなんて人間の、ましてや自分の領分を遥かに越えている……だから、それでいいと……。

 今、この時まではそう思っていたんだ……。

「なんだよ!なんなんだよ!肝心な時に役に立たねぇ!こんな力!何の為に!!!……何の……為に……何が…“エヴォリスト”だよ……ちっとも…すごかねぇじゃねぇか………」

 身体を反転させ、光も何も見えない夜の海を見つめる。最初は空元気が残っていた声が弱まっていくにつれ、立っていられる力も無くなり、ボートの端を掴み、見えるはずのない海の底を覗き込むように項垂れる。少女の顔から流れ落ちる液体が、水面に小さな波紋を描き続けた。

「……戻ろう……港に……あいつの……最後の頼みだ……」

 大きなはずのケニーの身体が縮んでしまったと錯覚するぐらい、覇気も無く動き、ボートのエンジンを起動させる。


ブルン!ブルン!!!ブルルルン!!!


「……こんなデカイ音するんだな……来る時は……あたし……みんなで喋ってたから気づかなかったよ……」

 コマチと傭兵、そしてナナシ……この国の危機を救おうとするヒーローにしては軽薄で、適当で、だらしなくて……でもどうにも嫌いにはなれない、そんな奴らと過ごした短くも密度の濃い時間が胸に蘇る。

 コマチ達のことも気になるが、あくまで金の為に協力してくれているに過ぎない。きっと本当にヤバくなったら、命の危機に瀕したら、なりふり構わず逃げるだろうと、リンダは思った。そう自分に言い聞かせて、養父に続き松葉港に戻る決意を固める。

「……私は戻りません」

「「!?」」

 帰る準備を進めていた親子が声のした方に二人同時に振り向く。

 視線の先にはさっきまでへたり込んで、下を向いていたマインが力強く両足で立ち、前を、いや、目の前の巨大な船を見上げている姿があった。

「……松葉港に戻るんなら、申し訳ないですけど、泳いで戻ってください」

「な!?」

「はァッ!?いや!?こんな真夜中の海を泳ぐなんて……色々危ねぇだろよ!?」

 マインの突拍子も無い発言に戸惑う親子。混乱のあまりリンダは、まぁごもっともなんだけど、今この場で言うにはちょっと……かなりズレたことを口走った。

「……気持ちはわかる……わかるが、ナナシはもう……」

 ケニーが説得を試みたが、マインは直ぐ様首を振る。

「ナナシさんは関係ありません。私が戻りたくないから、戻らないだけです」

「それって……どういうこと……?」

 マインの言葉を理解できないと、リンダが素直に口に出す。

 マインはゆっくりと目を瞑り、自分の思いを彼女に、そして彼女の養父に伝える。

「……昔、ムツミさんを私なんかが失礼ながら褒めるようなことを言ったら……“自分はやりたいことをやっているだけ”って“それで喜んでくれる人がいるのは嬉しいけど、結局は自分が楽しいからやっているだけ、だから、褒めてもらうなんておこがましい。”……って言ったんですよ。その後、直ぐに“でも、やっぱ褒めて欲しい。俺は褒められて伸びるタイプだから”って笑ってましたけど」

 マインの顔に笑みがこぼれる。あの時は、真面目なムツミさんがこんな事を言うんだと意外に思ったが、今ならナナシと出会った今なら、あれがムツミ・タイランの“素”だと、心の底から出た本当の言葉だとわかる。

 マインは目を開き、真剣な顔つきで再び豪華客船を見上げた。

「……ナナシさんもここまでやって来たのは、使命感とか、義務なんかじゃなく、きっとやりたいようにやっただけなんです……だから、私も!わかっています……ここにいてもどうにもならないことぐらい……戻って応援を呼んだ方がいいことぐらい……でも!理屈じゃないんです!私は戻りたくない!ここにいたい!だから!ここに残ります!」

 自分でも言っている通り、支離滅裂で合理性の欠片も無い……だが、その言葉が親子のハートに再び火を点けた!

「……そうだ……な!ナナシも好き勝手やったんだ!オレ達だってやってもいいだろ!そもそもあいつの指示に従わなきゃいけない理由なんてねぇ!!」

「そのとーりだ!親父ぃ!なんであたしが自分よりバカの言うこと聞かなきゃいけねぇんだ?知るか!ってんだ!バカヤロー!……それに機械の方が壊れてるのかもしんねぇ……もし、虫の息だとしても生きていたら……」

「リンダさんの力で!」

「おう!そんときゃ任しとけ!!」

 ボートの上だけが夜明けを迎えたように、皆の心が温かく、そして明るく照らされる。

 頭に思い浮かぶのは、木漏れ日のように優しく輝くナナシガリュウの二つの眼、再びそれを見る為、ボートは前進を始める。

「なんとかして、あの趣味の悪い船に乗り込むぞ!!」

「はい!」

「おうよ!」

 もう、誰も下を向いていなかった。




「なんで……なんで、こんな……」

 マイン達とは逆にネームレスは下を向き、ひどく狼狽していた。

「……殺すつもりなんて……俺は…ハザマでさえ……」

 誰も死なせない。味方はもちろん敵さえも……ネームレスは本気でそう思っていた。そうでなければいけなかった。

 なぜなら、これは低俗なテロでもないし、私怨による復讐でもない、あくまで、この国、神凪をより良くするための微かな痛みだ。多くの人はテロリストの詭弁だと切り捨てるだろうが、ネームレスは本当に、本当にそう思っていたのだ。

 しかし、ただそう思い込みたかっただけ、無理矢理、自分自身にそう言い聞かせていただけだと、ナナシの言葉で気付かされた。そして、あろうことか逆上して彼の命を奪ってしまった。

「……俺はどうしたらいい……?」

 夜の闇に問いかける。当然、答えは返って来ない。艶やかな黒色をしていたガリュウの装甲は、装着者の心を反映するように、くすんで見えた。

「………そうだ……まだ……傭兵が残っている……奴らをなんとかしないと……」

 きっと、ただこの場から離れたかっただけだ。本来の彼なら依頼人が死んだ傭兵とは戦う必要ないと考えるであろう。けれど、今の彼にはそんな思考はできない。それほど憔悴しきっている。

「くっ……!」

 紅き竜の骸に背を向け、船内に向かって歩き出す。

 ゆっくりと力無げに一歩一歩踏み出すその姿は栄光ある勝者にも、国を揺るがす無慈悲なテロリストにも見えなかった。



(………やっちまった……ちょっとばかし、口が過ぎたな……)

 ナナシはかろうじて命を繋ぎ止めていた。とはいえ、ケニー達のデバイスでは観測できないほどの微弱で、この後すぐに事切れるのは間違いない。

(……普段からカッとなりやすいところとか、口が悪いところとか自覚してるから気をつけてたんだけどなぁ……これが後悔先に立たずって奴?)

 血が流れたおかげか、不思議と頭が回る。まぁ、反省しても生かせることはもうないのだが……。

(……でも、まさか親父の晴れ舞台を見に来ただけなのに、自分が死ぬことになるとは……笑える……笑えねぇか……)

 やはり、血が流れ過ぎたせいか思考がおかしな方向に向かっている。

(……まぁ……なんだかんだ……いい人生だった……かな?)

 これまでの人生が走馬灯のように脳内を駆け巡る。なんだかんだで楽しかった思い出の方が多い。

(……アツヒトに……ハザマ殺すって言ったのに、約束守れなかったな……)

 マジか、この男。ネームレスよりよっぽどテロリスト適正あるぞ。

(……やべぇな……だんだん眠たく……)

 意識が深い暗闇に落ちていく……。

(……結局……俺は何も……成し遂げ……)

 意識が完全に闇に溶ける……。命の炎が消える………。


 ナナシ・タイラン 享年………。


(やっぱ、ヤダァッ!!!)

 闇の中に微かな……だが、力強い光が灯される!

(マジで、これで終わりとか生まれて来た意味ねぇじゃん!!)

 光が徐々に大きく……そして闇をかき消していく!

(いや!意味なんていらねぇ!何も成し遂げなくてもいい!ただ、生きたい!生きてりゃいいことあるかもしれないし!いや、そうじゃなかったとしても生きたい!みんなに望まれていなかったとしても!生まれ落ちたこの世界で!この国で!俺は!ナナシ・タイランは……)

 光が熱を帯びる!……これは太陽だ!!

「生きる!!!」


ガチャン


「――!?」

 ネームレスの耳は背後で鳴った音を……鳴るはずのない音を聞き逃さなかった。

(なんだ!?何の音だ……!?いや、そうじゃない……何が音を出したんだ!?)

 わからない。いや、わかっている。後ろに何があるのか、ネームレスは嫌というほど知っている。だが、それはあり得ない……あってはいけない!

「何が……!?」

 視界の端に白いモヤのようなものが映った。夜風が背後から運んで来たのだ。よく見るとそれは蒸気だ!正確には違うかもしれないが、熱を帯びているのだけは確かだ。

「蒸気?……それにさっきよりも暖かくなっている?まだ夜中だぞ!?日の出もずっと先のはずだ!?」

 甲板上の気温が僅かだが上がっている。その事に気付いた時、ネームレスの背筋は逆に寒くなっていった。

「くそっ!?何が……何が起きているんだ……!?」

 答えは振り返れば、すぐにわかる。けれど、それはどうしてもできなかった。罪悪感で一杯だった心が恐怖心で塗りつぶされる。

『フィーバー!フィーバー!』

 感覚を研ぎ澄まして情報を得ようとしたら、遠くでスロットマシンの声が聞こえた。ラリゴーザによって壊され、自分と傭兵の戦いのゴングになった音だ。


「……確かに……フィーバーって感じだ……」


「――ッ!?」

 背後から声がした!しかも、知っている声!さっきまで聞いていた声!そして決して聞こえるはずのない、聞こえてはいけない声!

「くっ!?……何を怯える…!そんな生半可な覚悟で戦って来たわけじゃないだろッ!」

 自分を叱咤し、意を決してついにネームレスは振り返った!

「な、なん……で……?」

 そこには“紅き竜”が立っていた。

 黒き竜が討伐したはずの……だが、その姿は最初に会った時と同じ、先ほどまでの激闘の跡、全身の傷が消えている。

 一つだけ残っていた胸につけられた十字の傷も白い蒸気を出しながら小さくなっていく。片方折れていた角は二本に戻り、くすんでいた赤と銀の装甲は鮮やかに、そして、二つの眼、黄色い眼は燦々と輝く!


「なんつーか……ご機嫌だぜ……!」


 ナナシガリュウ、滾る!!!


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