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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
33/347

憤怒

ザシュウゥゥ!!!


「いっ!てぇッー!!?」

 ナナシの覚悟も空しく、ネームレスガリュウの攻撃はきれいに紅き装甲にヒットした。

「こぉのッ!!」


バン!!!


 それでも、なんとかマグナムを撃ち反撃!しかし、そこには既に黒竜の姿はなく、光の弾丸は夜の闇に消えていく。

「遅いッ!!」


ザンッ!!!


「――ッ!?」

 逆方向に現れた黒竜が紅竜の身体を再び斬りつけた。それに対し……。

「痛いんだよ!!」


バァン!!!


 再放送のように、またマグナムで反撃。ただし、今回は弾丸は甲板に吸い込まれた。

「てやぁっ!!」

 ネームレスはナナシの背中に回り、巨大で鋭い刃で突く!……が。

「……さすがに読めて来たぜ!!」

「なっ!?」


ザン!!! バン!!!


「「ぐおっ!?」」

 お互いの攻撃がお互いの左肩上方の装甲を抉る!そして、お互いよろめきながら後退り、距離を取り、今日、何度目かわからない無言のにらみ合いが始まる。

(……くそッ!これではあの傭兵の言った通りではないかッ!!)

 ネームレスは傭兵から受けた頼んでもいないアドバイスを思い出していた。パターンを読まれた結果、手痛いしっぺ返しを食らう……攻撃を受けたことよりも、この短時間で同じ過ちを繰り返してしまった自分に腹が立つ。

(……浅い……これじゃあ、ダメだ……俺の限界の方が先に来ちまう……!)

 一応のカウンターが成功したナナシも喜んではいない。本来の予定ではもっと大きなダメージを与えるつもりだった。与えなければいけなかった。

(だが!次は……!)

「もういい……」

「!?」

 ナナシが闘志を震い立たせ、再び覚悟を固めようとした時、突如、ネームレスがぽつりと呟いた。

「どういう意味だ……?」

 ナナシが臨戦態勢のまま、ネームレスに言葉の真意を問いただす。

「……いや……自分が嫌になっただけだ……一度、勝った相手だと油断し、こんなに苦戦を強いられるなんて……」

 ネームレスは淡々と自己嫌悪に陥っていることを述べる。ナナシは黙って、油断など一切せずに聞いている。

「ナナシ・タイラン……今までの非礼は詫びよう」

「な!?」

 突然の謝罪に思わず声が出る。あまりのことに一瞬、警戒を解いてしまった。だがすぐになんとか気を入れ直して再び問いただす。

「何を……」

「お前を認める。立派な戦士だ」

 上から目線の称賛。本来の天の邪鬼で反骨心の強いナナシなら怒り狂って飛びかかっていただろう。しかし、そうはならなかった。なぜならナナシも認めていたから……ネームレスが一流の戦士だと。だから正直その言葉は素直に嬉しかった。

 けれども、その心は直ぐにどん底に突き落とされる。

「だから……戦士として認めているから……“本気”を出してやろう。お前にはその価値がある」

「!?」

 ナナシは言葉が出なかった。キリサキスタジアムで本気を出す価値はないと言い放った相手に対するネームレスにとって最大級の称賛、そして、言われたナナシにとっては最上級の絶望の言葉だった。

 ナナシのシミュレーションでは、今以上の強さは想像できなかった。つまりナナシはもう既にネームレスは“本気”だと思っていたのだ。

「どうやら、俺が本気を出していると思っていたようだな」

「ッ!?」

 動揺する心を読み取り、更にネームレスはナナシの精神にいたぶるように追い討ちをかけていく。

「お前の狙いは消耗戦……今までの一連の攻防から……パワーと防御力では勝る一号機が勝っているのだろう?ならば三回に一回程度……カウンターを当てれば、ダメージレースで有利が取れるとでも思っていた……違うか?」

(……当たりだよ……!)

 完全に作戦も悟られていた。それだけでは飽きたらず一号機と二号機の違い……情報アドバンテージさえ失ったことを通告される。

「だから、どうした……!」

 冷静な振りをしてナナシが答えた。けれど、それはただのハッタリ……虚勢を張ることしか今の彼には選択肢が残されていなかった。

「勘違いさせてすまなかったな……俺が本気で……最高速の機動をすれば、お前の攻撃は掠りもしないだろうし、お前の想定の倍のスピードで倍の手数の攻撃を放つことができる」

 こちらはハッタリや虚勢じゃない。ただ、事実を述べているだけだ。だとしても、認める訳にはいかない。折れるわけにはいかない。

 やれることをやるだけ!やりたいことをやるだけ!それがタイラン家の血統!ナナシの流儀!

「だったら、俺は今までの倍の力でてめえをぶち抜く!!」

 その言葉を聞いて仮面の下のネームレスの口角が僅かに上がった。

「いいだろう!やれるものならやって見ろ!!」


スッ……


 高揚した声とは裏腹に、黒き竜は静かに……それはそれはとても穏やかに夜の闇に溶けていった。

(野郎ッ……どこに……)

「目の前にいる」

「いっ!?」


ザシュンッ!!!ザシュンッ!!!


 突如、目の前に自分と同じ顔が現れた!一瞬、鏡があって自分の姿が反射されていると勘違いするほど、唐突に……そして、何も理解できぬまま、二回斬りつけられた!

 いつの間にか、胸部に出来ていた十字の傷……竜の鱗が剥がれ落ちるように、砕かれた鎧の欠片が宙を舞う。

 それが視界に入ったことで、ようやくナナシは自分が攻撃を受けた事実を理解する。

「……痛ッ!?」

遅れてやって来た痛みが身体中を駆け巡る。だが、痛がっている暇はない!そんな暇を与えてくれる相手じゃない!

「こ……の……!そこッ!!」

 振り返り、銃口を向けるとそこにネームレスガリュウが現れた。

「ドンピシャ!!」


バァン!!!


 弾丸が発射された音が豪華客船の広い甲板に響き渡る。虚しい音……だって、命中した音ではないんだもん。

「今回は……読ませてやったんだ」

 最小限、ほんの僅かに身体を動かし、弾丸を躱す。あえて相手の予測した通りの行動を取り、読ませた上でそれを越える機動を見せたのは、精神も斬り裂くためだ。もちろん肉体へダメージを与えることも忘れない!


ザン!ザン!ザァンッ!!!


 攻撃を回避しつつ三回……瞬く間に、三回の斬撃が紅き竜を襲う。

(……何が“倍”だ……“三倍”じゃねぇか……!?)

 既に、黒き竜の姿は見えなくなっている。けれど、残念なことに見えたところでどうなるものでもない。それだけの実力差をこの刹那の攻防……いや、一方的な蹂躙で嫌というほどわからせられる。

「まだ……まだァッ!」

 気を吐くナナシ。しかし、その痛々しい姿を見て、希望を抱く者は皆無だろう。ナナシ自身、一筋の光も見えていない。

 そして、こんな状態に追い込んだ当事者、ネームレスにはこの戦いの終わりの光景が見え始める。

「そうだ……まだまだだッ!!」



……………………………………


「……ひゅう……ひゅう………」

 出来損ないのホイッスルのような音が夜の海にこだまする。それは呼吸音……出来損ないのホイッスルではなく、壊れかけのナナシ・タイランが息を吐く音……。そのか細い音色は彼の限界が近いことを、いや、もう既に限界であることを証明していた。

 キレイな赤と銀の装甲はズタズタに斬り裂かれ、色もくすんでしまったように見える。チャームポイントの二本あった角もへし折られ一本だけになり、手には武器を持っていない。もう新しい武器を呼び出すエネルギーが残っていないのか、それとも武器を握る握力が残っていないのか……多分、両方だ。

 かろうじて、震える両足で立ち続け、光を失いかけてる黄色い二つの眼で、自分をこんな風にした相手をにらみつけている。

 それが、彼の最後の“意地”なのだろう。

「……もう倒れろ……わかっているだろう……?勝負は着いた……!」

 ネームレスが再び、傷だらけの兄弟竜に降参を勧めた。きっと彼じゃなくても同じことをする。それだけ、明らかな勝敗、ここからの逆転の可能性がないことは誰の目からも明らかだった。

「……ま……だだ……」

 だけど、ナナシはそれを拒絶した。作戦なんてない。勝機も感じていない。そもそも、血が流れ過ぎて、頭が回っていない。けれど、降参はしない。理屈じゃない……ただ自分がそうしたいだけ、心の声に従いやりたいようにやっているだけだ。

「ふぅ……」

 ネームレスが息を吐く。目の前の無惨な竜とは対照的に勢いよく、力強く。

「……お前の父親は……ムツミ・タイランは全てが終わったら解放する!最初からそうするつもりだったんだ!俺の誇りにかけて誓う……だから、もう眠れ……!」

 ムツミの、父親の解放をナナシに約束すると宣言した……逆だ。勝者が敗者の要求を飲む。本来、あり得ない。だが、実際ネームレスはムツミを傷つけるつもりはなかったし、なにより、もうナナシを傷つけたくなかった。これ以上は取り返しのつかないことになる。それだけは絶対に避けなくてはいけないと、悲痛な思いが言葉ににじみ出る。

「……何……言ってん……だ?……俺は……親父を……助けに来たんじゃ……ねぇよ……」

「な!!?」

 想定外の返答。いや、ナナシが勝ち目のない戦いを続けることは予測していた。けれど、まさか父親のためにここまで来たのではないなどと言うとは全く思いもしなかった。

「な、何でだ!?父親を助けに来た訳じゃない!?自分の父親だぞ!?心配じゃないのか!!?」

 ネームレスが取り乱す。これではまるで、どちらが有利な立場か、どちらが勝っているのかわからない。

「……父親……だからだよ……親父……なら……俺の……俺なんかの…助けはいらない……だって……この国の……“英雄”だもん……自分でなんとかするさ……」

「ッ!?」

 あの時と、ムツミと別れる時と同じ……親子の絆をまざまざと見せつけられる。

 ネームレスの頭が、心が急速に冷め、反比例するように胸の奥が嫉妬と怒りで満たされていく。

「……てめえこそ……何でだ……何のために……こんなことを……」

「フン!何故、俺が!………いや……」

 今度はナナシが質問し返す。答える必要や義務など、ネームレスにはない。当然、断ろうとするが、考えを改めた。

「……いいだろう……ここまで頑張ったお前に、敬意を表して……答えよう……」

 内に秘めた敵意を抑え切れず、上から目線で語り始める。

 普段ならそのことに噛みつくはずのナナシは何も言わない。もう、そんな気力は残っていないし、ナナシも自分をここまで追い込んだネームレスに敬意を表したのだ。

「俺は……『壊浜(かいはま)』の生まれだ……」

「――!?ッ!?」

 ネームレスの言葉につい反応してしまい身体が痛む。それ以上に彼の言葉が真実なのかが気になった。目で訴えかける紅竜に黒竜が無言で頷く。

「そうだ……かつては『貝浜』と呼ばれた美しい街……数十年前のことだがな……そう、数十年前……オリジンズによって壊滅させられるまで!しかも、その後、すぐに戦争が始まって、ろくな復興活動もできなかった!」

 ネームレスの声も身体も震える。感情が溢れそうになるのを必死に耐えているのだ。

「……俺が生まれる前の話だ……ネームレス……お前……年上……なのか……」

 ナナシが素直に感じた疑問を声に出すと、ネームレスは今度は否定のために首を横に振った。

「俺も生まれる前さ……多分、な……捨てられたんだ……スラムと化したあの場所に……自分の本当の年齢もわからないのさ……俺は……」

 ネームレスのコンプレックスの正体、ナナシも自分に対して向けられる強い敵意の理由をようやく理解した。

「ひどい所だった……あそこでは人の命はとても軽い……強い奴に付くか、自分が強くなるか、でなければ生き残れなかった……」

 ネームレスの強さの秘密も判明した。強くなったのではなく、強くならなければいけなかった。彼の力はその結果得てしまった悲しいものだったのだ。

「……だが、おかしいとは思わないか……?オリジンズ襲来直後、戦争直後ならわかるが、そこから何十年も復興が進まないことがあるか……?」

 答えろ!と黒き竜が目で強要してきた!ナナシは今回の事件に彼が参加するに至った原因、怒りの深淵に足を踏み入れようとしているのだ。

「……そこに住み着いた……マフィアやギャングが……邪魔して来る……から……」

「国が、神凪が本気を出しても潰せないギャングなんていると思うか?」

「……………」

 ナナシは黙った。その沈黙が答えだった。

「そうだ!そもそも復興しようとしなかったんだ!この国は!ゲンジロウ・ハザマは!!」

 最早、憎しみを隠そうとしない!ネームレスの心が熱くなるほどに、ガリュウの漆黒のボディーが周りの熱を奪っていく!

「その方が奴にとって都合が良かった!国民の怒りの矛先を野蛮なギャングに向けさせ、一方でそいつらと取り引きをし、足のつかないピースプレイヤーや人間に汚い仕事をさせる!!」

 冷気がナナシの方にも伝わって来る!反比例してネームレスの怒りは熱く、最高潮に達する!

「だから、俺はハザマを引きずり下ろし、この国を変える!今も壊浜で命の危機に怯えて、震えて眠っている子供たちを救うんだ!かつての俺のような思いをさせてなるものかッ!!……ふぅ……ふぅ……」

 言いたい事を全て言い、落ち着きを取り戻すように息を整える……が、ナナシの一言が再びネームレスに火を着けてしまった。

「……俺は……ハザマを……否定しない……」

「なん……だと……」

 一触即発の空気が場を包む。それに怯むことなくナナシは続ける。

「……というより……ハザマを否定できる……立場じゃない……俺は……お前達を犠牲にして得た……幸せを……享受していた……側だから……」

 どこか申し訳なさそうに、一言一言、言葉を選んで口に出す。

「……見て見ぬ振りをしていたのかもしれない……だから、俺や親父にしたことは……文句は言わねぇ……けどなぁッ!!」

 言葉に、そしてボロボロの紅き竜の身体が熱を帯びていく!

「何も知らない子供達のことはどうなんだ!スタジアムにいた!放送を見ていた!!」

「ッ!?」

 ネームレスが気圧される!冷えきっていた空気がみるみる熱せられていく!

「怯える子供を救いたい!?だったら、あの子達はいいのか!?きっと怖い思いをしてる!お前のように大人になっても忘れられない子も出てくる!それを……国を良くするためのしょうがない犠牲だって切り捨てるのか!?見て見ぬ振りをするのか!?それじゃあ、俺達やお前が憎んだハザマと一緒じゃないか!?」

「――!?………黙れ……」

 ネームレスが言い返すが、力を感じない。全く反論にもなっていない。甲板は夜なのに太陽に照らされたように熱くなっている。

「色々言ってるが、ただ自分よりいい思いをしている奴らが許せないだけだろう!なら、そう言えばいいじゃねぇか!カッコつけてんじゃないよ!!」

「黙れぇッ!!!」


ザクゥッ……


「かっ!?」

「あっ……」

 黒竜の刃が紅竜の腹部を貫いた。銀の刀身はナナシの真っ赤な血に染まっていく。

「そん……な……」

 我に返ったネームレスの顔がひきつり、そして青ざめる。だが、幸か不幸かガリュウの仮面が隠してくれた。

 黒竜の眼は無表情に兄弟……いや、元々同一の存在だった紅竜を見つめ続けている。


ズッ……


 ネームレスが後ずさりしたことによってブレードが抜ける。

 ナナシガリュウの腹には当然、穴が開いており、そこからドロリと装甲と同じ色の液体が流れ落ちた。そして……。


ドサッ……


 前のめりに倒れた。再び場の空気は冷えきり、紅竜の身体からも熱が奪われていく。

 どんなピンチでも決して輝きを失わなかった赤き竜の木漏れ日のような黄色い眼……。しかし、ついに炎が消えるように二つの眼は闇の色に染まっていった……。


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