一号と二号
ラリゴーザが倒され、コマチが救出された頃、甲板では赤と黒の竜がまだにらみ合いを続けていた。実際には、大した時間は経過していないが、お互いの隙を伺い合う両者にとってはずっと長く感じた。
微かに吹く夜風の音が聞こえるほどの静かな空間、一瞬でこの戦いに決着をつけることが可能な強大な敵を前にしたギリギリの精神状態。
我慢の限界が先に来たのはナナシの方だった。
「ガリュウランス!!」
シュッ!シュッ!シュッ!!
長槍を出現させ、即座に黒き竜に突撃すると怒涛の突きのラッシュを開始!項燕ほどではないが、パワー、スピードとも十分!敵に無数の穴を開ける……相手がネームレスでなければ。
「……育ちがいい奴は、もっと余裕があると思っていたんだがな……」
黒き竜は難なく全ての突きを避けた。紅竜の攻撃は黒竜の身体にまったくダメージを与えられず、逆にネームレスは挑発の言葉でナナシの心を突き刺そうとする。
「はっ!育ちとか家柄とか……煽ってるつもりだろうけど、むしろ、そんなことばっか言ってるお前の方がコンプレックス丸出しでみっともないぜ!」
「ッ!?」
しかし、痛いところを突かれたのは、ネームレスの方だった。咄嗟に出た言葉に自身が決して認めたくない、誰にも知られたくない感情が乗ってしまったことを、もっとも指摘されたくない相手によって気付かされる。
「ほいっ!」
キンッ!
「この!?」
「オラオラ!大嫌いなお坊ちゃんにやられちまうぞッ!!」
胸の表面をほんの少し掠めただけ……だが、キリサキスタジアムでの戦いを含めて、初めてナナシの攻撃がネームレスを捉えた!
このまま一気に攻勢に……。
ガキンッ!
「なッ!?」
「調子に乗るなよ……ナナシ・タイラン!」
黒竜の右腕に装備されたブレードでランスが弾かれる!
熱くなっていたネームレスの頭が、攻撃が当たったことによって、逆に冷静さを取り戻した。
体勢を崩されたナナシガリュウに左手のショットガンを放つ!
「フィールド!」
バァン!バリン!
再び散弾を光の壁で防ぐ!ただし、先ほどとは違い、後退しながら。そして、違うのはネームレスの方も……一度見た武装、こうなることは折り込み済み!
両手の武器を消し、新たな武装を呼び出す!ナナシも反撃のため、同様の行動を取った!
「ガリュウ……」
「マグナム!!」
バァン!バァン!バァン!バァン!!
お互い平行に移動しながら、二丁の拳銃から容赦なく弾丸を撃ち出す!
右へ左へ光の線が夜に描かれる。この撃ち合いがしばらく続くかと思われた。少なくとも、距離を取って戦いたいナナシはそう望んでいた。
けれども、今回はネームレスが我慢できなかった!
「銃での戦いは………好かん!!」
急ブレーキからの、方向転換!向かった先はもちろん大嫌いなお坊ちゃん!
「やはり……これに限る!」
両手のマグナムを消し、ブレードを召喚。その銀色の刃で弾丸の雨をを切り払いながら、前進して行く。
「はぁッ!!」
「このッ!!」
ガキンッ!!!
黒竜の刃を、紅竜の拳銃が受け止める。つばぜり合いをしたまま、これまでで一番の至近距離で双竜が同じ色をした二つの眼でにらみ合う。
「男と……こんな近くで…見つめ合う…趣味はねぇんだよ!!」
ガン!!!
「……初めて……共感したよ……ナナシ・タイラン……!!」
紅き竜が力任せに黒き竜を弾き飛ばす。ほんの少し、僅かな差だが一号の方がパワーは上のようだ。
距離を取り、再び膠着状態に陥った双竜。
今度はゆっくりと……ジリジリと……相手を視界に捉えたまま間合いを測ると、二人の間に夜風が吹いた。風は優しく赤い竜の装甲を冷やし、黒い竜のマントを揺らす。
「……最初に……スタジアムで会った時と同じだな……」
「あぁ……お互いこれが一番得意な得物のようだな……」
ナナシが軽い口調で昔の、いや大して昔でもないのだが、昔話を切り出す。しかし、内心は恐怖心で押し潰されそうになっていた。
両者、スタジアムでの戦いの時と同じ武器を装備しているとなると、どうしてもあの一方的な蹂躙……無様な自分の姿がフラッシュバックされてしまう。だから、必死に強がって言葉を絞り出した。逆に言えば、言葉しか出なかった。
先手を取って攻撃を仕掛ける勇気は今のナナシにはなかったのだ。
「怖いか?」
「――ッ!?」
心を読み取られ、ナナシは激しく動揺する。ガリュウを装着していなかったら、情けない顔を晒すところだった。
「怖がろうが、そうでなかろうが、どちらでもいい……終わらせてやろう……あの時と同じ武器で……同じ技で!」
スッ……
(消え……)
ザシュ!
「がっ!?」
「こっちだ、ナナシ・タイラン……!」
黒竜の姿が消えたかと思ったら、いつの間にか紅竜の背後から現れ、斬撃を与える。
「この!!」
ザシュ!
「……ッ!?」
痛みに耐え、銃口を黒竜に向ける!……が、もうそこには奴はいない!そしてまた背中を斬られる。
「諦めろ……お前では、この攻撃に対応できない……!」
声のした方を向くと、これまたいつの間にか距離を取っているネームレスが上から目線で降参を促してきた。
「……ここで……はい、わかりましたってなるなら……最初から追って来ねぇよ……!」
ナナシがネームレスの言葉を断固として拒絶する。正直、ギブアップしたい気持ちもあるが、根が天の邪鬼のせいか、偉そうに言われると無性に反抗したくなる。
「……そうか……ならば、容赦はせん!」
再び黒竜の姿が消える。ナナシの言葉は強がりであり、意地を張っただけだが、光明がない訳ではない。かなりの痛みと覚悟を伴うが……。
「ちっ!?やるしかねぇか、あれ!」
「“消えてるように見える”んじゃなくて、実際に“消えてる”んだよ」
松葉港でボートを探している時、ケニーがあっけらかんとそう言い放った。
「……えっ!?本当に消えてるの?」
ナナシは理解が追い付かず、そのまま聞き返す。
「だから、そうだって。あのマントが光学迷彩……まぁ、原理はめんどくせぇからいいや。とにかく消えてるの。姿、見えなくなるの」
だるくなったのか、色々と端折って説明するケニー。実際、そんなことはどうでもいいし、ナナシが聞きたいのもそこじゃない。
「じゃ、じゃあ!ナナシガリュウも、俺の一号機も同じことができるのか!?」
興奮してケニーに詰め寄るナナシ。それに対し、困った顔をしながらケニーは鼻を掻いた。
「………なんて言ったらいいか……できると言ったらできるし、できないと言ったらできない……かな?」
「はぁ?」
なんとも歯切れの悪い回答。そんな答えしか返せないケニーを訝しげな表情で見つめるナナシ。ケニーは今度は頬を掻いた。
「……ガリュウの一号機と二号機はほぼ同じ仕様だ。“ほぼ”な」
「見た目以外いっしょじゃないのか……!?」
ナナシが驚きの声を上げる。てっきり色だけ違う同一製品だと思っていた……というか冷静に思い返してみれば彼はガリュウと出会ったばかりでむしろ知らないことばかりなのだ。
「ちょっとだけ話したが、一号はお前とランボが候補者……あいつ、今はガチムチの火薬庫みたいなプロトベアーなんて使っているが、士官学校の成績を見ると、何でもできるオールラウンダーなんだよ。一号のコンセプトもまさしく、それ。バランスの取れた性能をしている」
ナナシが無言で相槌を打つ。彼自身、これまでの戦いでガリュウ一号の汎用性を実感していた。
「で、二号は汎用性を残しつつも、高速戦闘、そして隠密能力を強化している。だから、アツヒトやケイみたいなタイプが候補に選ばれたんだ」
両者の戦闘スタイルを知っている者ならば皆納得するだろう。無論ナナシも。
「……と言う訳で、二号はスピードとマントを使うことが一号より強化されている……ってことよ」
ケニーは答え終わったみたいな顔をしているが、まだ半分しか答えてない。
「強化……ってことは二号ほどじゃないけど一号も使えるんだよな……マント」
「おう!もちろん!見てみろよ、ちゃんとあるはずだぜ」
そう言うと、ケニーがナナシに勾玉からディスプレイを表示させるように促す。彼に従い、丁寧に武装を調べて見ると言われた通りマントがちゃんとあった。
「これ使えば消えるのか……?」
「一応な」
「一応……?」
ナナシの眉間に深いシワが寄るのを見て、ケニーはこの先のことを言葉にするのを一瞬躊躇した……が、いずれわかることだからと、気を取り直して続けた。
「あぁ、簡単に言うと二号は一瞬で消えることができるが、一号はちょっとばかし時間が……一分ぐらいか……?まぁ、そんぐらいかかる」
ナナシの目から明らかに光が失われていく。一分という準備時間は平時ならともかく、とてもじゃないが戦闘中においそれと気軽に使えるレベルじゃない。
「マジかよ……つーか、今の話を聞くと、二号は俺の一号の上位互換に聞こえるんだが……」
落胆するナナシの言葉を、ケニーが首を横に振り、否定する。
「いや、スピードを上げた分、一号よりもパワーや防御力は若干だが、落ちてる」
ケニーの言葉が言い終わると同時にナナシの瞳に光が戻っていく。だが……。
「あと、エネルギーフィールドは二号には装備されていない」
再び、光が瞳の奥に沈んでいく。
「……あんなのいらん……めっちゃ脆いじゃん……」
「それは……まぁ……」
悲しいかな、ケニーも否定できない。またまた困り果て、今度は額を掻く。すると、何かを思い出したようで、ナナシと対照的に目を輝かせ始めた。
「そうだ!消えるって言っても、攻撃する時にはそっちにエネルギー使うから姿を現さなきゃならん!しかも、同じ理由で銃火器はステルス中には使えん!使えるのは……ブレードかロッドぐらいじゃないか?……ん?」
ナナシが喜んでくれると思った情報、しかし思いのほか、彼は食い付かなかった。
戸惑うケニーを尻目にナナシは自身の精神世界に引きこもる。食い付かなかったのではない、食い付いたからこそ、黙ったのだ。
ナナシの脳内は今しがた聞いた情報を元に、対ネームレス戦を全力でシミュレーションしている。見る見る内に瞳に光が戻って来る。その時……。
「ナナシ!!」
遠くでよく通るきれいな声、コマチの声が聞こえた。
「ボート!見つかったよ!」
朗報が続く。ナナシとケニーはお互いの顔を見合って、頷き、コマチの元に走り出した。
(松葉港でケニーから聞いた話……バカなりに考えた作戦……パワーはこっちが上だってのも、さっきのつばぜり合いでわかった……上手くやれば勝てるはずだ!……多分)
姿を消したネームレスの気配を、ナナシは周囲を警戒しながら探り続ける。
胸に強い意志と微かな希望を秘めて……。
「どこを見ている!!」
黒き竜が姿を現す!ナナシの真横だ!ブレードの切っ先が勢いよく紅き竜に迫る!
(頼むぜ!俺の身体!心!そしてガリュウ!こっからはお前らのタフネス次第だ!!)




