ムーンライズ・アゲイン⑥
「ぐっ……くそ……!!?ぐあっ!!?」
ドサッ!
白いマシンは刃を引き抜き、真っ赤に染まった腹を抑えながら後退したが、脚が言うことを聞いてくれず無様に尻餅をついてしまった。
「自分で自分を褒めてやりたい……もしマグナム以外の武器であったら、今倒れているのはオレの方だったかもしれん」
胸を撫で下ろしたフジナミガリュウはブレードを振り、ネームレスの血を払った。
「お前がサンバレを使えるとは思っていない……思っていないが、一瞬でもあの技のことが頭を過ったら退かざるを得なかった……一番最初にあれが発射された瞬間を見た俺は……」
かつて豪華客船の上で見た圧倒的な光と熱の奔流。それに対する警戒心はネームレス自身どうすることもできないほど、本能の奥まで根差していたのであった。
「実際、ヘルヒネの力を使ってもオレはサンシャイン・バレットとやらは使えんだろうな。あんな雑な技、オレの美学に反する」
「だよな……わかっていたんだ……わかっていたのに……!」
なんとか立ち上がったプレガンドであったが、その脚は小刻みに震え、とてもじゃないが戦える状態ではなかった。
「その感じではオレが薬が切れるまで時間稼ぎするのも無理そうだな」
「最初からそんなセコい手を使う気はない……そもそもそれを許してくれるあんたじゃないだろ?」
「あぁ……決着はこの手で!!それでこそ戦いだ!!」
「俺も同意見だ……お前を倒し、ガリュウを取り戻し、そしてフルリペアで傷を治す……それしか俺には生き残る道はない……」
こうして話している間にも腹に空いた深い刺し傷からドクドクと血は流れ続け、床に真っ赤な水溜まりを作り続けている。本人でなくとも命は風前の灯火であることは明らかである。
そして、ネームレスの語った最後の希望が叶わないことも……。
「お互い時間がない身……おしゃべりはここまでとしようか……ガリュウブレード!!」
フジナミガリュウのもう一方の腕にもブレードが装着されると、勢い良く瀕死のプレガンドに向かって飛び出した!
「せめてもの情けだ!お前が最も愛用した武器で終わらせてやろう!!」
(今の俺ではガリュウのスピードには……)
黒き竜は銀の刃の切っ先を再びプレガンドに突き出した!
(やられ――)
百戦錬磨のネームレスも遂に死を覚悟する。
「さらばだ!罪深き牙よ!!」
ヒュッ!!
「――る!?」
「……何?」
ネームレス自身も驚いた。身体が勝手に動いて、攻撃を回避したのだ。
(どういうことだ?何で俺は攻撃を避けられたんだ?)
「ちっ!運が良かったな」
(本当に運なのか?それとも……)
「だが、結果を少し先延ばしにしただけだ!」
フジナミガリュウは次こそは仕留めると気合を入れて、両手のブレードで立て続けに斬撃を繰り出した。
ヒュッ!ヒュッ!!
「な!!?」
しかし、これも当たらず。紙一重で避けられ、研ぎ澄まされた銀の刃は虚しく空を切った。
「こいつ……!ならば当たるまで続ければいい!!」
黒竜、怒りの連続攻撃!しかしやっぱり……。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「ぐうぅ!!?」
押せば倒れるような瀕死の相手に刃は掠りもしなかった。ただただひたすらに何もない空間を通過し、風切り音を鳴らすだけ。
(間違いない……これは偶然なんかじゃない!)
最大のピンチをなんとか避けることができて余裕ができたのか、腹の傷から余計な血が流れたおかげか、ネームレスの脳ミソは再び冷静さを取り戻し、情報を分析し始める。
(このあり得ない状況を作り出しているのはガリュウブレードだ。今までの武装と違って他では中々見ない構造のあの武器をフジナミは使いこなせていない!風の噂では花山がノリで入れたという独特の武器を!!今も……)
「はあっ!!」
ブゥン!!
「くっ!!?」
(無駄が多い!!)
これぞ空振りとばかりにブレードは今までで一番プレガンドから離れた場所を通過した。ネームレスの推測を証明するように。
(昨日のタカセと同じだ。武器を振るのではなく振り回されている。そんな攻撃は当たらない。ましてや……誰よりもブレードの扱いを熟知している俺には!!)
「この!!」
黒い竜は斬撃がダメなら突きだ、また突きで穴を開けてやると腕を引いた。
(そう来るよな。俺も何度もやってきた。だから!!)
ヒュッ!!
「ッ!!?」
(刃が届く距離は目を瞑ってもわかる)
最小限、本当に必要最小限だけバックステップし、突きを躱す。ガリュウというマシンの間合いを全て把握してないとできない芸当だ。
「死に損ないの分際で……!!」
(その通り。今の俺を殺すのなんて簡単だ……ブレード以外を使えば。だが、俺とガリュウに執着しているお前にその選択肢はない。さっきマグナムを選んだ時とは逆……唯一の正解を選んだお前は、今は傲慢なプライド故に唯一の不正解をチョイスしてしまっている。そうとなれば……)
もうしばらくは攻撃は避けられると踏んだネームレスは意識の一部を切り離し、辺りを見回す。
(時間はあまり残っていない。俺の身体がいつ動かなくなるかはわからんし、フジナミほどの男ならばブレードを使うコツをすぐに掴むだろう。それまでに逆転の一手を見つけなくては……ん!?)
ネームレスの想いに応えるように、“それ”を視界の端に捉えた。この戦いの行方を左右するものを。
(一か八かだな。だが、うまく行けば起死回生の一手になることは痛いほどわかっている……賭けてみるか……!!)
決断を下したネームレスプレガンドは腹の傷口から手を離し、拳を握りしめた。そして……。
「フジナミ!これでも喰らうといい!!」
顔面に向かってストレートパンチを繰り出した!
「ふん!!死にかけの拳など!!」
ヒュッ!!
けれども先ほどの意趣返しの如く、黒き竜は必要最小限のバックステップで攻撃を回避した。
「だろうな。けど、これはどうだ」
ビチャッ!!
「――ッ!!?」
プレガンドは拳を黒竜の眼前で開き、握りしめていた血液を引っかけた!フジナミの視界一面が真っ赤に染まる!
「目眩ましか!!?だが、そんな子供騙し!!」
グルゥン!!
フジナミガリュウはブレードを広げてその場で高速回転!カメラを覆う血液を飛ばしながら、追撃を抑止する!
(遠距離攻撃手段のない奴には、今のオレに手を出せない!いっそのことこのまま回転斬りで奴を粉微塵に――)
ピタッ!!
「――ッ!!?」
フジナミガリュウの動きが意志に反して突如停止した。
理由はわかっている。そいつのおかげで今のこの状況があるのだから。何より目の前に、伸びる自分の影の上にそいつがいるから。
黒き竜の動きが止まった理由、それはネームレスプレガンドが倒れていた小田の足を影の上に置いたから。
「毒で痺れている状態で発動するか不安だったが……なるようになったな!!」
「!!?」
ネームレスプレガンドは再びナイフを召喚して突撃!
しかし、ターゲットとなったフジナミガリュウは動けない!エヴォリスト小田の能力によって身動きが取れないから!
その結果……。
「はあっ!!」
ザンッ!ザシュッ!!
「――があっ!!?」
首が斬られ、腹にナイフを突き刺されてしまう!
「ぐっ!!?くそッ!!?」
小田の能力が解かれたフジナミガリュウはナイフを引き抜き、ブレードをブンブンと振り回しながら後退する。
ネームレスはその姿を哀れむような目で見ていた。
「俺の勝ちだ、フジナミ……決着は着いた」
「決着だと……?ふざけるな!!黒き竜の力を得たオレが!竜を奪われたお前なんかに!!」
「認めたくない気持ちもわかるが、それが現実だ」
「いや、まだオレにはあれがある……!ガリュウの持つ超速再生能力、フルリペアが!!」
「そうだな……フルリペアが使えたら逆転でお前の勝ちだ」
「そうだ!そうだ!そうだ!最後に勝つのは黒き竜を纏っているこのオレだ!ガリュウの装着者であるオレがぁ!!」
感情が漆黒の装甲に迸る!そしてそれがピークに達した時、フジナミは高らかにその言葉を叫んだ!
「フルリペア!!」
………………………………
「…………あれ?」
フジナミガリュウが再生することはなかった。首の傷も、腹の傷もそのまま……一切変化がない。
「どうして……!!?」
「当然だろ。フルリペア発動のトリガーは生への執着、生きることへの渇望。自ら毒を飲んで嬉々として死のうとする奴が使えるはずがない」
「ッ!!?」
「サンバレに関しては半信半疑だったが、フルリペアの方は貴様には決して発動できない強い確信があった。だから言ったんだ……俺の勝ちだってな」
「そんな……」
カッ!!
「ガリュウ!!?」
「戻って来たか……!!」
フジナミの心が折れた瞬間、ガリュウは装着者が命じてないのに待機状態の黒い勾玉に戻り、ネームレスの方に飛んで行った。
ネームレスはそれを手に取ると噛みしめるように顔の前に翳した。そして……。
「かみ千切れ、ネームレスガリュウ……!!」
本来の名前を口にする!
白から黒へ、眩い光と共に機械鎧は真の主に装着されていく。
夜を閉じ込めたような漆黒のボディーに、マントを羽織り、勾玉を彷彿とさせる二本の角と月明かりのような黄色の眼を持つ竜の如き特級ピースプレイヤー、ネームレスガリュウ……ここに再臨!
「GR02……いや、ネームレスガリュウ……」
「よく見ておけフジナミ……これがフルリペアだ」
シュウゥゥゥゥゥゥゥッ……
仕上げに代名詞と呼べる超速再生!
フジナミの時と違ってきちんと発動し、時間を巻き戻すかのように白い煙を立ち昇らせながら腹の傷を凄まじい勢いで塞いでいき、きれいさっぱり跡形もなく消してしまう。
「あ……」
その超常的な光景に、自分には応えてくれなかった黒き竜が真骨頂を発揮する姿に絶望したフジナミは膝から崩れ落ちた。
「黒き竜に……オレは選ばれなかったのか……」
「ジャンキーを好きになる奴なんていないだろ。薬ではなく自分を信じられるようになってから出直して来い」
そう言いながらネームレスガリュウは親指を立てて、下に向けた。




