ムーンライズ・アゲイン④
「ようやく来ましたか……何だかデジャブですね」
相変わらず高級そうなスーツを着た男、シブヤが眼鏡を押し上げながら、部屋に入って来たネームレスプレガンドに昨日とあまり変わらない言葉をかけ、思わず苦笑した。
「貴様の語彙力などどうでもいい。それよりもこの飛行船はずいぶんとシンプルな作りだな」
その部屋にあるのは、いくつかの椅子やソファーと二人の男シブヤ、そしてその隣にいるフジナミだけ。ネームレスの指摘通りあまりにも簡素であった。
「もしかして最初から俺と戦うつもりだったのか?」
「まさか。私は全知全能ではありませんよ。昨日あなたを逃がしてから慌てて余計なものを運び出したんですよ。あなた方が戦い易いようにね」
「決着は真正面から。お前もそうだろ?ネームレス……!!」
鬼気迫るフジナミが一歩前に出ると、対照的なにやけ面のシブヤは一歩下がった。
「わざわざご苦労なことで。そこまでして俺と戦いたいのか?」
「戦いたいのではない、勝ちたいのだ。お前という強敵を倒すことで私という人間は完成する。そのためならば命など惜しくもない」
「その心意気は認めよう。だが、それなら……セコい手を使うな」
ガブッ!!
「――ぐぎゃッ!!?」
悲鳴と共にソファーの影から小田が出て来て、バタリと倒れた。その首には小さな二つの噛み傷が……。
「よくやったピンク丸。戻っていいぞ」
「シャアッ!!」
ソファーの影から出てきた小田のその影から手足のない長い体躯を持った桃色のオリジンズがニョロリと出てくると、プレガンドはどこからともなく取り出した小瓶を向けて、それを吸い込んだ。
「また獣封瓶とかいうオリジンズを使役できるアーティファクトか」
「あぁ、今の桃色のが俺の第一の僕、ピンク丸。その牙に噛まれた者は全身が痺れ、この通りしばらく動けなくなる。俺の動きを止めた奴がざまあないな」
「あっ……あっ……」
ピクピクと痙攣する小田の無様な姿を見下ろし、ネームレスは鼻で笑いながら吐き捨てた。
「おやおや……フジナミさんの言う通り、さすがに三回目となると通じませんか」
「ある意味じゃ一番厄介なのはこいつだからな。影を踏んだだけで動きを止めるエヴォリスト……単独ではあれだが、チームで動く前提なら中々の能力だ」
「エクセレント!!小田の能力発動条件が影を踏むことまで見破っていましたか!!」
「幸か不幸か影を利用するエヴォリストとは以前に戦っているんでな。あの経験がなければきっと答えにたどり着けなかっただろう」
(だからといってラエンに感謝する気はなれんがな)
あの暴君の名前を聞くだけでネームレスは顔をしかめてしまう。それだけ彼の戦いだらけの人生の中でも指折りの難敵だった。
「なるほど……私もそれなりの戦歴を重ねて来たつもりだが、お前には質でも量でも遠く及ばないようだ」
「もしガリュウが使えない俺にならば勝てると思っているなら、タカセ風に言うと黒蜜とアンコをかけたショートケーキより甘い」
「わかっているさ。さっきも言った通り、私はこの戦いに命を懸けるつもりだ。全てを投げ打たなければお前には勝てない」
「言葉だけならなんとでも言える」
「では、そうでないことを見せてやろう」
フジナミは懐から小瓶を取り出した。何やら液体の入っている何の変哲もない小瓶を。
「獣封瓶ではないな。なら、お前のその自信の源は中に入っている液体か?」
「あぁ……この液体の名は『ヘルヒネ』、とある科学者が作った万能薬の失敗作」
「失敗作なのか?」
「失敗も失敗さ。人を救うために産み出したのに、口にすれば一時間もしないうちに死に至る劇薬になってしまったんだからな。フフ……」
「…………」
苦笑しながらフジナミは小瓶を揺らし、ヘルヒネとやらを波立たせた。しかし、その目はどこか狂気を孕んでいるようにもネームレスには見え、自然と身体が強張った。
「そんな危ないものを持っている私はイカれているように見えるか?」
「自覚があるだけマシだが、できれば近づきたくない奴には分類されるな」
「安心しろ。すぐに私はこの世から消える。このヘルヒネのせいでな!!」
「バカ!やめろ!!」
「断る!!」
ゴクッ!!
ネームレスの制止を振り切り、フジナミは瓶の蓋を開けると一気に飲み干した。
「本当に飲んだのか……?」
「もちろん……ぐうぅ……!!?」
「フジナミ!!?」
「痛い!!身体が焼けるように痛いが……!!」
飲むと最初は激痛が全身を襲った。それはまさに地獄の業火に焼かれていると錯覚するほどであった。
「……はぁ……はぁ……よし……痛みが消えてきたぞ……!!」
だが、すぐにそれは消え去る。正確には、全身の痛覚が麻痺し出したのだ。
目は血走り、額に血管が浮き出て、顔全体に狂気が伝播していく。
「何を考えているんだ……!?」
「はぁ……それはもちろん悲願を達成するつもりだよ……」
「悲願だと……?」
「お前もよく知っているこいつのことさ」
「それは!!?」
続いて不気味な笑みを浮かべたフジナミが取り出したのは黒い勾玉……つまり待機状態のガリュウであった。
「オレは黒い竜に負けた日から奴にリベンジするために技を磨き続けた!来る日も来る日も身体を苛め続けた!そしてある時気づいたんだ……敵対心だけではなく憧れを黒き竜に感じていたことに!オレ自身が黒き竜になりたいと思っていることに!!」
「まさかガリュウと適合できるのか!?」
「否!適合できるのではない!適合できるようにするのだ!飲めば命を失うが、たちまちありとあらゆる特級ピースプレイヤーを装着……それどころか完全適合までできるようになるこのヘルヒネの力で!!」
「な!!?」
衝撃の事実を告げられ、動揺するネームレスを尻目にフジナミは黒い勾玉を高らかに掲げた!
「お前らの流儀に則ってやろう……力を示せ!フジナミガリュウ!!」
黒い勾玉は光の粒子に分解、そして機械鎧に再構成され、フジナミの全身を覆っていく。
漆黒の竜、ガリュウ二号機が降臨した……今まで長年一緒に戦い続けてきた主人の前に。




