ムーンライズ・アゲイン②
ネームレスプレガンドは徐々に高度を上げ、マリグマイナと目線を合わせた。
「マジで追って来るとはな。しつこい男は嫌われるぜ」
「大切なものを奪われて簡単に諦める男を嫌悪するような奴はこっちから願い下げだ」
「言うねぇ。でも実際のところ、オレは遥々空飛んでやって来たことに関しては感心してるのよ。ただ……」
頭を上下させマリグマイナはネームレスの新たなマシンを舐めるように観察した。カラーリングと同じくシンプルな作りのピースプレイヤーを。
「ただちょっといくらなんでもそのマシンはねぇだろ?この古くさくて素っ気ない感じ……もしかして第四世代か?」
「もしかしなくても第四世代だ」
「はっ!マジかよ!!」
エルムズは桃色のマスクの下で思わず吹き出した。
「そんなにおかしいか?」
「おかしいに決まってんだろ。そんな旧式、特級でもないマシンでオレ達に挑もうなんて自殺行為だ。素直に花山かクリラ・テクノロジーズ辺りのマシンでも拵えてくれば良かったものを」
「見解の相違だな。俺の見立てではこのHIDAKAのプレガンドで十分だ。少なくとも貴様のようなくそ雑魚には余裕で倒せる」
「あ?」
先ほどまでの笑顔がたちまち消え、エルムズの目が据わった。
「てめえ、人を貶しておけばそいつの上に立てると勘違いしてないか?世の中に悪口が蔓延してるのは、ひとえに教養が必要ないからだ。ただただ人を馬鹿にする言葉を繰り返す奴は結局、自分の頭が悪いって吹聴しているだけだ」
「俺自身、学がないのも、悪口に知恵が必要ないのも承知の上だ」
「なら……」
「わかった上で、お前如きのために脳ミソを動かしたくないから、雑に馬鹿にしてるんだよ。そんなこともわからんのか馬鹿が。貴様は本当に……馬鹿だ」
「なるほど……そんなに死にてぇならお望み通り殺してやんよ!!」
迸る怒りをエネルギーに変換し、マリグマイナは両腕のファンを回転させると、風の弾丸を連射した。
ボボボボボボボボボボボボボッ!!
「単細胞め」
ネームレスプレガンドはそれを倉庫の時のように軽やかに回避……しようとしたのだが。
ブオッ!!グラッ!!
「ッ!!?」
先ほどドローンを撃破した攻撃と同じく、弾丸自体に当たらずとも、それに伴う乱気流で飛行体勢がぐらついてしまった。
「くっ!地上にいる時よりもより大きく躱さないとダメか……!」
「風属性の特級ピースプレイヤー相手によりによって空で戦いを挑むのがそもそもの間違いなんだよ!!」
「あぁ、装着者がバカじゃなければ俺に勝ち目はなかったな」
バァン!バァン!バァン!!
なんとか再び姿勢を戻したプレガンドはお返しにとライフルを発射した。しかし……。
「強がったところで……もう結果は決まってるんだよ!!」
ブオォォォォォォッ!!キンキンキン!!
竜巻を大きく前方に風の渦によるシールドを形成。ライフル弾は全て弾き返されてしまった。
「ちっ!正面からは崩せないか……だったら!!」
ジェットパックから炎を噴射!プレガンドは一気に加速して懐に潜り込もうと試みる!
「だから空ではマリグマイナには勝てないんだよ!!もちろんスピードでもな!!」
マリグマイナはネームレスの出鼻を挫くように、ジェットパック以上の超加速!腕のファンから風のドリルを生成しながら突っ込んだ!
「くっ!!」
ヒュン!!
ネームレスはそれでも数々の戦いで研ぎ澄まされた反射神経で突撃を回避……突撃は回避したのだが。
「攻撃を避けたのは褒めてやるが、ちょっとばかし記憶力が悪いんじゃねぇか?マリグマイナの風の特性を忘れたか?」
「ッ!!?」
それはネームレスの脳裏にシュテンの鬼火纏いが無効化された時の映像がフラッシュバックしたのとほぼ同時に起きた。
フッ……
「しまった!!?」
ジェットパックが噴射していた炎が消える。つまりネームレスプレガンドの浮力も消え、海面に落下することに……。
(奴の風が炎を消すことはわかっていた……わかっていたから決して噴射口には風が当たらないように立ち回っていたが、触れていたか……!!)
今のネームレスの思考は二つに分かれている。
一つは同じ轍を踏まないように今の攻撃を分析する心。そしてもう一つは海面激突から逃れる方法。
結論から言うとどちらも墜落しながら答えの出せるようなものではなかった。
けれど、結論から言うとネームレスは墜落から免れることになる。
なぜなら……。
「ばあっ!!」
「――ッ!!?」
プレガンドの落下以上のスピードで下に回り込んだマリグマイナが蹴り上げるから!
「喰らえッ!!」
「くっ!!?」
バギィン!!
プレガンドは一気に逆方向、空に向かって打ち上げられる……ライフルの破片を撒き散らしながら。咄嗟にライフルを盾にしたのだ。
ボオッ!!
「うおっ!!」
ある程度まで上昇するとジェットパックが復活。再度浮力を得て、プレガンドは滞空した。
「……何のつもりだ?」
「何、ただ簡単に終わったらつまらないと思っただけさ。マリグマイナのスペックをここまで発揮できる戦いは案外少ないからな」
「ずいぶんと余裕だな。あのまま海面に俺を叩きつけていればとすぐに後悔することになるぞ」
「武器を失った奴に凄まれても怖くねぇんだよ!本体へのダメージは防いでも、手ぶらになったらもう旧式には打つ手はない!!てめえの勝ち目は消えたんだよ!!」
再度風のドリルを構えながら下からの突進!
「さっきよりも大きく!そして速く!!」
ヒュン!!
しかし、さっきの反省を生かしてプレガンドは回避!今回はジェットパックに異常もない!しかし……。
(くっ!奴の言う通り、反撃の手立てがない!)
ネームレスプレガンドはただ上昇するマリグマイナの背中を見送ることしかできなかった。遠距離武器を失った大きさを改めて痛感する。
(ここはやはり例の手で行くしかないか……!!)
意を決したネームレスプレガンドは腰の後ろに一瞬手を回したかと思ったら、マリグマイナに背を向け、全速力でその場から離脱する。
「手も足も出なくなって逃げるのか!?いや、てめえはそんな真似はしねぇ……てめえがやろうとしてることはわかってんだよ!!」
桃色のマシンは追跡を開始する……飛行船に向かう白のマシンを。
「空より足の着く飛行船の中の方がマシだと思ったか!?それともあそこに行けば銃の一つや二つゲットできると思ったか!?どちらにせよ!たどり着く前に落とされれば意味ねぇぞ!!」
ボボボボボボボボボボボボボッ!!
「ちっ!!」
背後からまた風を凝縮した弾丸を乱射!プレガンドは当たることはなかったが、回避のために大きく軌道を逸らさざるを得なかった。
「残念!離れちまったな!悲しいけどこれが現実だ!このマリグマイナと追いかけっこしながら思い通りに飛べるわけねぇんだよ!!」
そう言いながらマリグマイナはぐんぐんと加速。凄まじい勢いでプレガンドとの距離を縮める。
「もうすぐ追いついちまうぞ!!ゲームオーバーがすぐそばまで迫っているぞ!おい!!」
「確かにこのままだと捕まるな」
「ついに諦めたか!?」
「まさか」
「な!?」
ネームレスプレガンドは急停止!そしてマリグマイナに追突される直前で急上昇!上を取った!
「今度はお前が落ちろ!!」
プレガンドはマリグマイナの背中のファンに向けて、蹴りを放つ!
「させるか!!」
ガァン!!
「――ッ!!?」
しかし、マリグマイナはかろうじて反応。反転し、蹴りを正面で、腕のガードで受けたことで多少高度は落としたが、墜落することは免れた。
そして姿勢を安定すると勝ち誇ったようにこちらを見下ろすネームレスプレガンドを見上げ、睨み付けた。
「飛行船に向かうのはフェイク……狙いはオレを飛行不能にすることだったか……!!」
「それが一番手っ取り早いからな」
「今の蹴りでファンを壊されていたら、決着は着いていただろう……だが、二度目はない!!もうてめえがオレの上を取ることは絶対に――」
「貴様は本当にバカだな」
「――な!?なんだと!!?」
「二度目も何も本来は一度たりとも空中戦に特化したそのマリグマイナを追加装備で無理矢理飛んでるだけのプレガンドが出し抜くことなんてできないんだよ」
「あ?また装着者の差だとほざくか……!!」
「そうだ。だが、その意味合いは違う」
「……はあっ?」
ネームレスの言葉が理解できずエルムズはマスクの下で顔をしかめ、思わず首を傾げた。
「俺が言いたいのはテクニックとかメンタルの話ではなく、コンディションの話だ。貴様は昨日飛べば脚が折れてようが関係無いと言ったが……そんなことないだろ?」
「うっ!?」
図星を突かれた。
一見マリグマイナは空を自由自在、縦横無尽に飛び回っているように見えたが、実は決してそうではないということは誰でもない装着者のエルムズ自身が一番痛いほどわかっていた。
「脚が使えなければ姿勢制御に影響が出る。その僅かなロスのおかげで本来空中では格下の俺をいまだに仕留められずにいる」
「ちょうどいいハンデだ……!少しぐらい小回りが効かなくなったくらい……!」
「小回りだけじゃないだろ。脚にもファンがついているが昨日から一切使ってないよな?本来はそれを使えばもっとスピードが出るんじゃないか?」
「ぐうぅ……!!」
唸ることしかできないエルムズ。その姿こそネームレスの推測が正しいことを証明していた。
「エルムズと言ったか……俺と貴様の戦いは昨日、左脚を破壊された時点で決している。お前はいい気になって飛んでいたが、あのままネームレスシュテンで戦い続けていたら、今と同じように弱点を突き、俺が勝っていただろう。卑怯にも人質を使いでもしないとお前は一生俺に傷一つつけられないのが現実だ」
「……言いたいことはそれだけか?」
「……まぁ、そうだな。個人的にこれだけ喋れれば満足だ」
「そうか……なら、今言ったこと全部ひっくり返してやる!脚が折れてようが関係ねぇ!!マリグマイナの本当の本当!トップスピードを見してやる!!」
覚悟を決めたマリグマイナは封じていた両脚のファンを解放!高速回転させた!
グッ……グッ……
「……あれ?」
前言撤回。マリグマイナは両脚のファンを回転させようとしたが、何故だか動かなかった。
「どうした?トップスピードを見せてくれるんじゃないのか?」
「うるさい!今のは無しだ!今度こそ!!」
気を取り直して今度こそ両脚のファンを解放!高速回転させ……。
グッ……グッ……
「あれれ?」
結果は変わらず。ファンは回転することはなかった。
「何で……!!?」
「言っただろ。決着は着いたと」
「てめえ、何かしやがったな……!!」
「あぁ、させてもらった」
そう言うとネームレスプレガンドは腰の後ろに装備していた箱のようなものを取り外し、見せつけた。
「そいつは……?」
「この中には空気に触れると固まる特殊な液体が入っていた。それを飛んでいる最中にガス状にしてばらまいていたんだ。背後に、もしくは下にな」
「な!!?」
「ピースプレイヤーの動きはさすがに止めることはできないだろうが……例えばファンとかならマシンの奥まで入り込めば固められるかも」
「てめえ……!!」
瞬間、エルムズの脳裏についさっき行ったプレガンドとの追いかけっこや、精神的にはもちろん物理的にも上から目線の問答がフラッシュバックした。
「飛行船に向かったのはオレに追跡させて、その液体を付着させるため……!」
「イエス。今、だらだらと話していたのも効果が出るまでの時間稼ぎだ。貴様が聞き上手で助かった」
「この……!!」
「せめてもの礼だ……速攻で終わらせてやる!!」
ネームレスプレガンドは頭を下にして急降下!いまだに動揺しているマリグマイナに襲いかかる!
「くそ!!まだオレは!!」
マリグマイナは両腕を上に向け、風の弾丸で迎撃しようとする……が。
フアァァァァァァァァッ……
「ッ!!?」
ファンの回転は非常にスローリー。目と鼻の先に心地よいそよ風を供給するだけだ。
「俺の人生で見た中で一番カッコいい扇風機だな」
「ふざけるな!!弾は出せなくても!!」
ならばと上昇しながらのカウンターパンチで一発逆転を狙う!しかし、これも……。
ガクッ!!
「何!!?」
背中のファンの動きが鈍ったことで不発。上昇どころか高度が下がってしまった。
「このまま放っておいても墜落しそうだが……それでは俺の気が済まん!きっちり引導を渡してやる!!」
「ちくしょう!!」
破れかぶれのパンチ!もちろん当たることはなく……。
「はあっ!!」
ブゥン!ザンッ!!
「――ぐあっ!!?」
回避され、さらにはそのまま折れている左脚のファンをすれ違い様に破壊される!さらにさらに……。
「せいやッ!!」
ザンッ!ザンッ!ドゴオォォォォン!!
「――うあっ!!?」
急上昇からの背後に回り込み!背中のファンも躊躇うことなく立て続けに破壊する!そしてそうなると当然……。
「くそ!!?」
浮力を完全に失ったマリグマイナは為す術なく重力に引かれ、落下。滞空するネームレスプレガンドからどんどんと遠ざかって行く。
「海水浴を楽しんでくれ」
駄目押しとばかりにネームレスは言葉のナイフを突き立て、楽しげに敬礼などして見せた。
「この!てめえだけは!てめえだけは絶対に許さねぇからなぁッ!!ブラックドラゴォォォォン!!!」
ドバアァァァァァァァァァン!!
海面に凄まじい勢いで激突した桃色の隕石はそびえ立つような大きな水柱を立てて、生命の母の中に消えていった……。
「このままくたばったなら良し。そうでないなら、後は神凪政府に任せる。くそ雑魚に構ってるほど俺は暇でないんでな」
そう吐き捨てると、踵を返し、ネームレスプレガンドは今度こそ本当にガリュウと残りの敵が待つ飛行船へと向かった。




