再戦
「ガリュウ……モーニングスター!!」
戦いの口火を切ったのは赤い方の竜だった!鎖の付いたトゲ付きの鉄球を出現させ、ぶんぶんと振り回しながら、黒い方の竜に真っ直ぐ走って行く!
「……いいとこのボンボンとは思えない野蛮な武器だな……」
黒竜は一歩も動かない。当然だ、数時間前に一方的にいたぶった相手に警戒などする訳ない。口から出る言葉からも、ナナシという存在を完全に下に見て、舐めきっていることがわかる。
「……大見得切ったからには、作戦の一つでもあるのかと思ったが……」
おもむろに手に持っているショットガンを紅竜に向ける。
「……ガッカリだよ……」
バァァンッ!!!
一度だけの銃声、一度だけのマズルフラッシュ。だが、そこから放たれるのは無数の光の弾丸!“点”ではなく“面”での攻撃!只でさえ全速力で向かって来るナナシガリュウに避ける術はない!
まぁ、そんな必要ないんだけど……。
「エネルギーフィールド!展ッ!開ッ!」
バリンッ!!!
「なにィ!?」
突如、赤い竜の前に光の壁が現れたと思ったら、迫り来る散弾に壊されながらも相殺した。完全に舐めてかかっていたネームレスはその光景に衝撃を受ける。
擁護しておくと、彼はガリュウにそんな武装があることを知らなかった。もし事前に知っていたら、こんなヘマはしない。見落とした訳でもない。キリサキスタジアムからこのビューティフル・レイラ号に来るまでの間に奪い取ったガリュウ二号機のことを調べ上げ、全て把握している。だからこその余裕を持った態度であり、だからこそ強いショックを受けたのである。
一方、ナナシは知っていた。色以外違いがないように見えるガリュウの……一号機と二号機の僅かな違いを。そして、そのことをネームレスが知らないことも。そこにナナシは勝機を見出だしたのだ!
結果は大成功!自身を見下すムカつく好敵手に一瞬の隙を作り出した。
「食らいやがれ!!」
ブォン!!!
「くっ!?」
振り回していた鉄球をありったけの力と、遠心力で、動揺する黒竜に向かって容赦なく打ち出す!
しかし、ショック状態だとしても、その程度の攻撃を避けられないネームレスガリュウじゃない!即座に両足に力を込め、そして解放する。瞬く間に漆黒のボディは、同じく漆黒の夜空の元へ……。
それくらいはやってくれる、その点だけ、ナナシは憎きネームレスを心から信頼していた。だから!
「な!?」
闇に溶け込む黒い二号の眼に映ったのは、闇を拒絶する真っ赤な一号!
ナナシはネームレスなら鉄球を飛び上がって避けることを予測……というよりそうするように誘導し、先回りしていたのだ!
「砕けろォッ!!」
ネームレスの身体か、プライドか、それとも両方か、言葉通り粉々に打ち砕く為に一回り大きくなった拳……ガリュウグローブを漆黒の装甲に打ち込む!
カチ……
「な……!?」
先ほどとは逆に、ナナシの方がショックを受けた。
混乱している隙に空中でナックルで急襲……サイゾウに勝った時と同じ黄金パターンだ。それをネームレスガリュウは柳のように受け流し、あろうことか、自身に打ち込まれた拳の甲をそっと手で触れ、それを跳び箱のように押し出すことによって、さらに上方……ナナシガリュウの真上を取ったのだ!
「……少し……認めたくないが……ほんの少しだけ!肝を冷やしたぞ!!」
ゴッ!!!
「がはっ!?」
黒竜は踵を紅竜の無防備な背中に落とす!ナナシガリュウは赤い流星の如く、勢いよくさっきまでいた甲板に落ちて行く!……ネームレスガリュウを道連れに。
ガクン!!!
「がッ!?」
黒竜の高度も下がる!ネームレスにはなにがなんだかわからない!落下しながらも黒き竜は必死に頭を回転させ、こうなった理由を探す。
そして、紅竜を蹴り落とした脚に違和感があることに気付いた。何かが脚に巻き付いているのだ。それを目で辿っていくと紅竜の腰の後ろに繋がっていた。
「鞭!?ガリュウウィップか!?」
「正解!だぁりゃあぁァッ!!!」
ナナシが一回転をし、ネームレスを引っ張る!赤と黒の上下が入れ替わり、そのまま黒竜は頭から甲板に叩きつけられる!……かに思われた。
スパッ!ドスゥン!!!
ネームレスが脚に絡みついた鞭をブレードで切り裂く!そして、こちらも一回転!ギリギリのところで頭から落ちることを防いだ。
しかし、落下の衝撃は凄まじく、着地した甲板はへこみ、両足から全身に痺れが襲って来る。
それにまだナナシガリュウの攻撃は終わっていない!
「ウオラァッ!!」
重力も加えて、戦鎚……ガリュウハンマーを力いっぱい振り下ろす!当たれば、骨も魂も砕け散る必殺の一撃!
ドゴォン!!!
「ふん……」
「ちいっ!?」
間一髪……まさしく、髪の毛一本ほどの差でネームレスは回避した。甲板にはナナシの凄まじい一撃の威力を物語るように大きな穴が開く。
そして、刹那の攻防を終えた両者の心にも同じくらい大きな穴が……。
「……見直したぞ……ナナシ・タイラン……!」
「……そりゃどうも……涙が出るくらい嬉しいよ……ネームレス……!」
言葉の内容とは裏腹に、その声には怒りがにじみ出ている。
知恵比べではナナシの勝ちと言っていいだろう。事前にシミュレーションした作戦を見事に遂行した……が、しかし、ネームレスはそれを力技でひっくり返した。
結果、どちらとしても納得のいかない、お互い悔しさで涙が出そうになるほどの屈辱を感じる痛み分けになった。
(……さすがに油断し過ぎていたな……)
(……野郎……どんだけ強いんだよ……)
目が血走り、奥歯を食いしばる憤怒の顔を仮面で隠しながら、お互い呼吸を整え、赤と黒の竜は次の攻撃のタイミングを伺う。
「ウホォッ!」
双竜が激しく刃を交えている頃、ラリゴーザは未だに怒り狂っていた。
獣には価値のわからない豪勢なインテリアを破壊しながら船内を進んで行く。もちろんルシファーを捕らえたまま。
「ぐぅ!?……こ……の!」
ギンッ!
「くっ!?」
「ウホォ!?ウホォォーッ!!!」
ルシファーは剣を獣の腕に突き刺そうとするが、簡単に弾かれる。確かにラリゴーザの皮膚は鋼のように硬い。だが、ルシファーのパワーなら難なく貫くことができるレベルでしかない。ただし装着者コマチが万全の状態でなら。
結局、拘束から抜け出すことも出来ず、彼の行動はむしろ獣の怒りを増長させただけだった。
(……こんな時に……情けない……いや!泣き言を言っている場合じゃないだろ!)
心を奮い立たせ、力を振り絞る。そして、再度、突き刺す!
「ていっ!!」
ズシュウ!!!
「――!?……ッ!ウホォァッ!!!」
「こいつ……!?」
今度はなんとか皮膚を貫く事には成功する。そう、皮膚だけは。ありったけの力を込めた一撃は皮膚のほんの下の肉を傷つけたぐらいで、筋肉や骨にはダメージを与えられなかった。そして、このか弱いが不愉快極まりない抵抗によって獣の怒りは頂点に達する!
ルシファーを掴んだまま拳を振り上げる。このまま地面に叩きつけて、止めを刺すつもりだ。
「離せよ……!」
ルシファーはまた獣に対して剣を振るうが全く効いていない。
そして、遂に拳は獣の頭上、最高高度に到達する!後はこれを思い切り振り下ろ……。
「しゃあッ!!」
ザシュッ!!
「ぐッ!?ダブル・フェイス!?」
「よお!ご機嫌いかが?」
突然、風が吹いたかと思ったら獣の腕が肘の部分から切断……本体から切り離される。あまりに速く、鮮やかな一閃にラリゴーザはまだ状況を把握できていない。
一方、ルシファーには見えていた。自分を助けに来たギャンブルは弱いが、戦場では滅法強い軽薄な傭兵の姿が。
「……?……ウ!?ウホォォォ!?」
ようやく、獣が自分の腕がなくなっていることに気付く。遅れてやって来た激しい痛みを感じながら、辺りを見回すとさっきまでいなかった黒い何かを発見する。
こいつだ!見た瞬間、自慢の腕を奪った憎むべき敵だと理解した。
「ウホッアァ!!!」
残ったもう一つの腕をそいつに力の限り振り下ろす!
「バカが」
ザシュゥン!!
「???」
「おとなしくしていれば……いいものを……!」
もう一つの腕も傭兵の持つ妖刀『不忠』で切り落とされてしまう。獣はあまりの出来事に再び混乱状態に陥る。
「…まぁ……考えて見れば、お前は巻き込まれただけなんだよな……」
「――ッ!?ウホォォッ!?」
同情する傭兵を余所に、獣は痛みによってまた正気に戻っていた。
「ウホォォォォッ!!!」
今まで多くの敵を屠ってきた必殺武器である両腕を失ったラリゴーザが選択したのは、体当たりであった。
ただの体当たりではない。人間を遥かに上回る質量を持った体躯、それを支える強靭な両脚が生み出すスピード、それらが合わさり繰り出されるスーパーな体当たり!
それが彼がこの世で放った最後の技だった。
ザンッ
「だからよ……一太刀で終わらせてやる……」
ダブル・フェイスがそう言った時には既に勝負は終わっていた。
向かって来る獣の頭に垂直に妖刀を入れるときれいに真っ二つに両断され、獣の右半身と左半身は傭兵の横を通り過ぎ、しばらくそのまま進んだ後、静かに倒れた。
「成仏しろよ」
「ダブル・フェイス!」
「おう、大丈夫か」
戦いを終えた傭兵に、ふらつきながらルシファーが近寄って来る。自分の不甲斐なさを噛みしめながら……。
「なぁ、このオリジンズの死骸ってどうなるんだ……?多分、結構高く売れるぞ……!」
先ほどまでの同情的な態度が嘘のように、傭兵は自身の手で命を奪った獣の骸の値踏みをする。
「……成仏しろ……とか言ってなかった?」
「言ったぞ。だから安らかに眠ってもらう為に、こいつの死骸は、現世で生きている俺達が……こいつの命を終わらせた俺が有効活用してやらなきゃダメだろ。このままじゃそれこそ無駄死にだ」
元々、こういう考えを持っていたのか、傭兵として戦場を渡り歩く内にたどり着いた真理なのか、一見無礼に見える行動も彼なりの命に対しての最大限の礼儀なのである。
「……この戦いが終わったら、あのケンゴとかいう人にもらってもいいか聞けばいいんじゃないかな……」
「だな!カジノで負けた時はこんな国、来るんじゃなかったと思ったけど、本当!なるようになるもんだな!」
コマチの提案に前のめりで食い付く。やっぱりただがめついだけなのかもしれない。
「まったく……って、こんな話している場合じゃない!ナナシを助けに行かないと!」
そう、まだ戦いは終わっていない!ネームレスが残っていることを思い出し、コマチは直ぐ様、ナナシの元に……。
「……ぐっ!?」
ガクン
行こうとしたが、身体が言うことを聞かなかった。ルシファーは膝をつき、その場で動けなくなってしまう。
「……こりゃ無理だな。お前は休んどけ」
「で、でも……!?」
傭兵の言葉に心まで屈しそうになる。しかし、そういう訳にはいかない!なぜなら……。
「お坊ちゃんが心配なのはわかるぜ。十中八九、負けちまうだろうからな」
ダブル・フェイスとの戦いを見ていて、コマチは残念ながらネームレスという戦士はナナシが勝てる相手ではないと判断したのだ。
そして残念なことに実際に戦った傭兵も同じ結論を出していた。
「なら!」
「俺に助けに行けって?冗談!お坊ちゃんが変われって言ったんだぜ。やりたいようにやらせてやれよ。邪魔したら恨まれるだけだ」
傭兵はナナシの手助けに行くことを拒絶した。
ナナシが依頼人だから意図を汲んだのか、それとも一人の戦士としてのナナシを尊重したのかはわからない。ただ間違いないのは傭兵が報酬を逃すかもしれないのに、このような決断を下すというのは、それなりの覚悟を持ってのこと。
コマチは悔しさを滲ませながらも説得を諦めた。その代わりといってはなんだが、傭兵に一つ問いかける。
「……もし……ナナシが勝つとしたら……いや、勝てる可能性があるのか?」
「あるさ。全て投げ出して、逃げればいい。“生きる”ことが勝利だ。生きてさえいればそれでいい……お前なら痛いほどわかるだろ?コマチ」
「……あぁ……そうだね……」
震える手を見つめながら、傭兵の言葉を噛み締める。
悲しいかな、自分は逃げたくても、逃げられない!この運命から!しかし、ナナシは違う!逃げてもいい!けど……。
「……ナナシは……逃げない。それに相手の、ネームレスが、本気を出したら逃げようと思っても……それだけの実力差が二人には……!」
考えれば考えるほど悪いことばかり頭に浮かんで来る。せめて、これがネガティブな感情論だったら良かったのだが、経験に基づいて客観的に分析した結果だというのがタチが悪い。
「……逃げる以外にも勝つ方法も無くはない……」
「――!?本当に?」
落ち込むコマチを見かねた傭兵が新たな案を提示する。コマチの心と身体に力が戻って来た。
そんなコマチに傭兵はピースサインを作って彼の顔の前に突き出した。
「勝てるとしたら二つだ。この二つの方法以外あり得ない。まずは“頭”を使うこと。もっと具体的に言うとガリュウの知識だな。開発に携わったケニーからレクチャーを受けてるナナシの方が、そこの部分は間違いなく上だろう……その知識量のギャップを上手く使って出し抜ければ、あるいは……」
彼が知る由もないが、ナナシは傭兵の言う通りのガリュウの知識の差を利用した作戦を実行して、既に失敗していた。となれば、あと一つ……たった一つの方法しかない。
「もう一つは……」
「もう一つは……?」
ダブル・フェイスが指を折り、拳で自分の胸を叩いた。
「“意志”を使うかだ」




