思っていた通りの人
「さて……どうするかな」
シュショットマンに教えられた悪党の会合が行われている古びた倉庫の前まで来ると、ネームレスは立ち止まり、突入方法を思案し始めた。
(セオリー通りならネームレスガリュウで透明になって、誰にも気づかれずに侵入すべきなんだが……)
ネームレスの脳裏に勝手に再生されるのは得体の知れないオリジンズに蹂躙される故郷の景色。彼は一見冷静に見えるが、実のところ誰よりも感情的な男。特に生まれ育った壊浜のことになると、合理性などどこかへ吹き飛んでしまうほど昂ってしまう。今回もそうだ。
(壊浜に手を出した奴にはきっちりと後悔してもらわないとな。ちょうどいい見せしめにもなるし……正面から叩き潰してやる……!!)
意を決したネームレスは錆びた扉を開け、堂々と倉庫の中に入って行った。
「へへへ……」
「ううっ……!!」
(一人、二人……七人か。怪我してる奴は人質か?だとしたら倒すべきは六人)
彼を待ち構えていたのは男達の集団。中には車の中で写真を見たクワシマもおり、さらにはボロボロの怪我人が拘束されてもいた。
「ようやく来ましたか」
その真ん中に陣取る高級そうなスーツを着た男が眼鏡を押し上げながら、ネームレスに声をかけた。
「俺が来ることを読んでいたか」
「ええ、愛する故郷を無茶苦茶にされてあなたが動かないはずありませんから。きっとあなたは、罪深き牙GR02は私達のことを突き止めて、目の前に現れるだろうと」
「で、怒り狂った俺を返り討ちにするなど馬鹿な妄想に取りつかれ、こんな奇行に走ったわけか」
「手厳しいですな。ですが私、シブヤはともかく彼らは中々やりますよ」
「そうそう。甘く見てると痛い目見るぜ」
「ふん。どうだか」
ネームレスは品定めするように男達を見渡した。
(言葉通りこのシブヤという男からは大したプレッシャーを感じない。あくまで指揮官って感じだ。クワシマも悪知恵が働いても腕っぷしはからっきしだろ。問題は……)
ネームレスのエメラルドの瞳はシブヤの左、軽薄そうな男、エルムズとその隣でふんぞり返っている先ほど甘く見るななどと宣っていたチンピラ然とした男に移る。
(この二人はそれなりに腕に覚えがあるみたいだな。だが、多分俺の敵ではない)
続いてシブヤの右側、体格のいい髭で坊主の男、フジナミとボロボロの怪我人、それを見張っている悪ぶっている男に移動する。
(人質とお付きは論外。まるで覇気を感じられん。それに比べてあの髭坊主……頭一つ抜けているな)
刹那、フジナミとネームレスの視線が交差し、火花を散らした。
「さすが罪深き牙。フジナミさんに目をつけるとは、審美眼がしっかりしておられる」
「こんなものそれなりの戦士なら誰でもわかる。そいつ以外は雑魚しかいない」
「あ?」
「てめえ……!!」
「………」
エルムズともう一人のチンピラが凄むがネームレスは一瞥もしない。彼らは敵として見なされていないのだから当然だ。
「こいつ……舐めやがって……!!」
「シブヤさん、まずはおれにやらせてくださいよ」
「いいですよ。私はやる気のある人間にはきちんとチャンスを与えますから。頑張ってください『タカセ』くん」
「おう!!」
タカセと呼ばれたチンピラは拳をボキボキと鳴らしながら前に出た。
「ボスの前に前座を倒さないといけないとは……めんどくさいな」
「その前座に手も足も出せずに負けるんだよ、あんたは」
「そうなるのはお前の方だよ、タカセくん」
ネームレスは気だるそうに手首にくくり付けられた黒い勾玉を顔の前に翳す。そして……。
「かみ千切れ、ネームレスガリュウ」
その真の名前を呟く。すると漆黒の勾玉は輝き、光がネームレスの身体を包み、彼を一瞬で漆黒の竜へと変えた。
夜を閉じ込めたような漆黒のボディーに、マントを羽織り、勾玉を彷彿とさせる二本の角と月明かりのような黄色の眼を持つ竜の如き特級ピースプレイヤー、ネームレスガリュウ、ここに見参。
「おお……あれが……」
「神凪の黒き竜……」
「罪深き牙……」
その妖しく圧のある姿を見たシブヤは目を輝かせ、エルムズとタカセは思わずたじろいだ。
(黒き竜……やはり奴と似ている……!)
そして敵の最高戦力と思われるフジナミは心にこびりついた屈辱の記憶、倒れる自分をゴミのように冷たく見下ろすネームレスガリュウとは別の黒龍の姿を思い出し、顔を強張らせた。
「いやはや……噂のGR02を間近で見れて感無量です。写真撮ってもよろしいですか?」
「悪いが事務所に止められてる。刑務所に入る前の素敵な思い出を作れなくて残念だったな」
「ええ、本当にね」
「はっ!写真なんておれがこいつを倒した後に好きなだけ取ればいいさ。今みたいなきれいな形じゃなくなってるだろうが」
「それはお前の顔面の話か?」
「ったくさっきから……減らず口もいい加減にしろ!!」
我慢の限界を迎えたタカセが黒き竜に突げ……。
「ストップ!!」
「――いっ!!?」
「ん?」
突撃しようとした瞬間、シブヤが声を張り上げ、戦いの始まりを止めた。
「おいおい……盛り上がって来たところに水を差さんでくださいよ」
「すまないねタカセくん。しかし、GR02の姿を実際に見てみたらどうにも不安になって来てね。ここは安全策を取ろうと考えを改めました。『カネキ』くん、『小田』くんを」
「うっす」
「ぐっ!?」
シブヤに命じられるがまま見張り役に徹していたカネキが怪我人の小田を立たせて、こめかみに拳銃を当てながら最前線に踊り出た。
「……どういうつもりだ?」
「あなたほどの人ならわかるでしょ。人質ですよ、人質。彼の命を助けたかったら大人しくしていてください」
「お、お願いです!助けてください!!」
小田と呼ばれた男は目に涙を浮かべて必死に救助を嘆願する。震える声が発せられる口元には血が流れ、前歯も何本か折られているようだった。
「そいつはどうしたんだ?」
「ここにたむろしている不良のトップですよ。邪魔だから退いてくれと頼んだのに、素直に聞いてくれないから、ならあなたに対しての人質にするしかないかと」
「人でなしの発想だな」
「こういう考えができないと生きていけない世界にいたもので。それでどうしますか?ここで彼を殺して私達に裁きを与えるか。それとも今会ったばかり人のために故郷を滅茶苦茶にした仇に黙って倒されるか……」
「そうだな……」
ネームレスガリュウは月明かりのような黄色い二つの眼で小田を真っ直ぐと見つめた。彼の本質を見極めるためにじっと……。
「あ、あの!お願いです!お礼は必ずしますから助けてください!!おれ、まだもっと生きていたいんです!!」
「仲間達にも言ったのか?」
「え?」
「不良仲間にも助けを求めたのか?」
「も、もちろん!なのにあいつらと来たら、ちょっと小突かれただけで逃げやがって……!!臆病者のゴミどもが!!」
「ひどいこと言うなぁ~。お仲間達がさすがに可哀想」
小田は苛立ちを隠しもせず、ボロボロの歯で歯ぎしりをし、タカセは彼の発言に苦笑いを浮かべ、参ったなと言わんばかりに額を掻いた。
「逆の立場なら助けたのか?」
「え?」
「お前は仲間が捕まっていたなら助けるために戦ったか?」
「それは……」
口ごもる小田を見て、漆黒のマスクの下でネームレスはため息をついた。
「決まりだな。俺はそいつを助けない」
「なっ!!?」
「冷たいですね。決して弱っている人は見捨てないと思ったのですが」
「勘違いするな。俺は正義の味方じゃない。助ける人間の選別くらいするさ。そいつに助ける価値はない」
「そんな……」
「どうやらあなたを見誤ったようですね。ではもう人質は無用ですね。カネキくん、始末しなさい」
「は、はい!!」
ドッ!!ガサッ!!
「――ぐあっ!!?」
カネキは小田を押し、地面に転がすと、その後頭部に拳銃で狙いを……。
「今だ!」
ビシュウッ!!ガァン!!
「――ッ!!?」
ネームレスガリュウの額のサードアイと呼ばれる機関から一筋の光が発射!カネキの持っていた拳銃を弾き飛ばした!
「やはりお前は論外だ!銃を撃つのに躊躇すると思っていた!」
「ひっ!!?」
そして光の後を追うようにネームレスガリュウも突撃!一気にカネキとの距離を詰めて……。
「場違いなんだよ!」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
飛び膝蹴り一閃!カネキを気絶させ、人質を確保した。
「おやおや、クズは助けないんじゃなかったんですか?」
「嘘は言ってない。本当ならこんな奴を助けたくなどなかった」
「なら」
「だが!こいつ以上のクズ、人質を取るようなお前の思い通りになるのはもっと我慢ならん!!」
「なるほど……やっぱり思っていた通りの人で安心しましたよ……!!」
策が破られたはずなのに嬉しそうに笑うシブヤ。
その顔を見てネームレスガリュウはさらに怒りを滾らせた。




