イレギュラーナンバー
神凪の首都、鈴都の端に花山重工の本社がある。都心から離れた場所にあるのはピースプレイヤーを始め、商品のテストに広大な土地が必要だからである。
そんなだだっ広い場所の真ん中にそびえ立つ立派な建物の中、ヴァイネイジとの戦闘の翌日、ナナシ・タイランは相棒の小型竜型AIベニを肩に乗せて、エレベーターを待っていた。
「……遅いな」
いつまでも来ないエレベーターに苛立ち、ナナシは貧乏揺すりをする。
「いっそのこと階段で行くか?」
「どこまでせっかちなんですか。もう少しで来ますから、落ち着いてください」
「注意しても無駄だ。そいつのせっかちは親父譲り、タイラン家の伝統みたいなもんだからな」
「……リブス」
声をかけ隣に並んで来たのは昨日ピンチを颯爽と助けてくれたヒーローのリブス隊長様であった。
(この威圧感……あと十年は戦えるな)
ナナシは記憶よりもシワが深くなっている気がしたが、自分に負けない体格の良さと内から溢れ出るプレッシャーから改めて彼が現役バリバリであることを認識した。
「思ったよりも元気そうじゃないか。てっきりボロクソにやられてべそかいてるのかと思ってたぜ」
「ふん。よく見てみろよ……俺は涙目だぜ」
「……そう言えばお前、結構あれだったな」
リブスもまたナナシが相変わらずあれなことを確認し、心の底から呆れ返った。
「で、結局あの後、どうなったんだ?」
「オレの予想通りしばらくしたら眠っちまったよ。あの硬い翼で身体をくるんでな」
「なら寝込みを襲うのは無理か」
「無理だろうな。元々オリジンズの感覚は鋭敏だが、とある部族の伝承ではあのヴァイネイジは悪魔の化身と呼ばれ、力も凄いが、人の感情を読むと伝えられている」
「感情を……」
瞬間、ナナシの脳裏に絶対攻撃気光が避けられた場面が再生された。
「心当たりがあるようだな」
「少しだけ」
「まぁ、こちらの攻撃が命中、逆に奴の攻撃を回避できていることから、そんな大した精度じゃないだろ。ちょっと勘が鋭いってレベルでしかない」
「だが、そのちょっとがナナシルシファーには命取りだ」
「あの最大機動では複雑な動きができませんからね。どこから来るか読まれたら手痛いカウンターを食らうことになります」
「そもそもヴァイネイジのタフさを考えれば、奴を殺し切る前にお前が壊れるだろ。どっちにしろ今回、ルシファーは役に立たんよ」
「それはそうかもしれないが……」
なんだが申し訳ない気持ちになったのかナナシは友から受け継いだ指輪を優しく撫でた。
チーン
「来ましたね」
エレベーターが到着。一行は乗り込むと、ナナシが13と書かれたボタンを押した。
「十三階っと。他に何かわかったことは?」
「ねぇよ。人間と奴は書類上はほぼ初交戦だからな。わかっているのはお前が見た通り、他のオリジンズを操れて、戦闘能力が高く、口から凄いビームをぶっぱなし、バリアを張れる……それだけだ。個人的にはバリアを使うか使わないかの基準が気になるな」
「しっかりと食らうとヤバい攻撃にだけ展開していましたからね」
「あれだけの防御力だ、相当エネルギーを食うからおいそれと使えないのはいいが、考えて判断してるのか、身体勝手に反応しているのか、それで対応が変わる」
「さっきの感情が読めるってのが関係してるんじゃないか?」
「それだけとは思えませんが、判断基準の一つとしてはあり得そうですね」
「何にせよ奴のタフさとバリア、そして勘の良さから、一番手っ取り早い方法である高火力攻撃による奇襲が通じない可能性が高いのが痛いな」
「めんどくさいな、まったく」
チーン
エレベーターが十三階に止まり、一行は長方形の箱から出ると、迷うことなく、奥へと歩き出した。
「あと壊浜の住人が持っていた機械から人間には感知できない特殊な音波が出ているのが確認された」
「音波?」
「どうやらヴァイネイジはそれに引き寄せられたらしい」
「そんなところもトシャドロウにそっくりですね……」
「なら、その機械で奴を神凪から追い出すなり、俺達に有利な場所に誘き出すことは……」
「無理だな。交戦前ならともかくお前があいつの目を潰した挙句に食われかけやがったからな」
「それの何が問題なんだ?」
「人間の血の味と匂いを覚え、さらに自分の害となる存在だと認識してしまったからさ。お前だけがターゲットになっているなら、音波の代わりにお前自身を餌にすることもできるだろうが、人間全体を敵と見なしているなら、音波なんか無視して、壊浜や鈴都の住人を虐殺し始めるだろうな」
「リブス隊長の勘ではそうなる確率は?」
「五分五分、つまりどっちに転ぶか全く予想できねぇ」
リブスは両手のひらを上に向けて、お手上げだとジェスチャーした。
「やっぱりあそこで仕留めるのが一番無難か」
「だな」
「というかヴァイネイジが一番の問題なのはわかりますが、奴を誘き寄せる機械を仕掛けた者はどうするんですか?完全にオリジンズを使ったテロ行為ですよね?」
「そっちに関してはカツミ……旧ハザマ親衛隊が動いてる。因縁的に壊浜には行かない方がいいからな、あいつら」
「ネームレスの奴も動くだろ。故郷をめちゃくちゃにされてぶちギレているはずだ」
「では、その件は彼らに任せるということで?」
「あぁ、そもそもオレはオリジンズ駆除が仕事だからな」
「ワタクシ的には敵の目的がわからないのが不安なんですが……」
「ネームレスの奴なら大丈夫さ。つーかトチりやがったら、俺が許さん」
「……ナナシ様とネームレスの関係って、ライバルというより、お互いがお互いの厄介ファン兼強火アンチって感じですよね……」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も。それよりも目的地に到着しました。ドアのロックは解除しているはずです」
「なら、本格的に会議を始めますか」
ナナシがドアを開けると、そこにはピースプレイヤー用の追加装備がショーケースのように並べられており、それに囲まれるように恰幅のいい老人が立っていた。
「お待たせしました、ハナヤマ会長」
「うむ」
その老人こそ世界有数の企業、花山重工のトップ、マサハル・ハナヤマ。ここで製造されたベニにとっては親とも神とも呼べる存在だ。
「あんたもまだ元気そうだな、ジジイ」
「お前は少ししおらしくなれ、リブス」
「あんたと同じで生涯現役が信条なんでね」
「現役でもなんでもいいが、神凪のAOFの隊長ならばこの花山のピースプレイヤーを使えと昔から言っておろうに。何でわざわざ他社の製品を」
「そりゃあ性能が良いからだ。オレは用途ごとにマシンを変える。目的に一番適したマシンに。飛行できるピースプレイヤーのコスパはローレンス・エアロが一番だ」
「それ専門じゃからな、あそこは。だが、総合的に見て、やはりうちのピースプレイヤーが一番……」
「あの……」
「ん?」
「その話は後にできないでしょうか?」
「あ……そうじゃったな」
商品の一つであるベニに諭され、ハナヤマ会長はバツが悪そうに頬を掻いた。
「えーと、では気を取り直して、ヴァイネイジ退治の話をしようかの」
「よろしくお願いします会長」
「まずは……おっ!そうじゃそうじゃ!ナナシ、お前から頼まれた話、OKだったぞ」
「そりゃ良かった」
「何の話だ?」
「俺やベニと同じく奴に借りがある男の話だ」
「……なるほどな」
その言葉で全てを察したリブスは顎を撫でながら、とても楽しそうにニヤついた。
「ずいぶんと嬉しそうだが、お前らより遥かにダメージが大きいみたいじゃから、前線でバリバリ働くのは無理じゃぞ」
「わかっている。ちなみにオレ自身も今回は基本的にナナシの支援に徹するつもりだ。壊浜と縁のあるこいつが事件を解決した方が政治的にもいいだろ」
「言ってることはわかるが……切り札の『ジェディノス』は使わんのか?」
「あれはナナシガリュウと別の意味で、周りに人がいる状況で使うマシンではない」
「確か闘争心を限界以上に高めてしまうんですよね」
「さすがに詳しいな、AI。あれの加減を間違えると敵味方見境無しに暴れるバーサカーになり下がるからな、オレは。そこまでいかんでもひどく攻撃的になり過ぎるから、今回みたいに手の内がわからん相手には使いたくない。さらに言うと他の奴を操ってけしかけるような卑怯者相手にはやる気が出ない。なのであれはお前とご主人様がやられた時の最終手段だな」
「縁起でもないことを言うな。言霊ってあると思うぞ、俺は」
ナナシは怪訝な顔をして、不快感を露にした。
「そうならないようにするための話し合いだろ。ここにある装備を使うのか?」
「そうじゃ。こいつが我が花山の技術の粋を集めてガリュウ用に作ったオプション達じゃ」
ハナヤマ会長は両手を広げて、部屋中の装備を誇らしげに紹介した。
「ずいぶんとたくさん作ったな」
「ガリュウ用と言ったが、これらは次世代の花山の兵器の試作品でもある」
「ガリュウ本体は、癖のない作りですからテストにはもってこいなんですよ」
「体よく使われてるってわけだな」
「その通り」
「ちなみに現在までにナンバー1からナンバー12まで製造されておる」
「ここにあるのは……九つ。残り三つは?」
「最初期のナンバー1はA装備なんて呼ばれておるが、実際はただの追加装甲なので省いた。装甲を増やした上での動作確認したかっただけじゃから」
「ナンバー11の“クレナイギガント”は対大型オリジンズ制圧、捕獲用に造られたパワーローダーというかトランスタンクというか、とにかく完全適合したナナシガリュウを電池代わりにする巨大兵装なので、別のところにあります」
「ナンバー12の“クレナイチェイサー”もじゃ。最もあれはオプションを運び、換装させることができる特別製の車で追加装備に数えていいものか迷うがの」
「ちなみにクレナイクロスはナンバー10です」
「じゃあ変則的な奴を除いたら最新の装備じゃねぇか。それで手も足も出なかったのに大丈夫か?」
「もちろん!クレナイギガントならあんなオリジンズ……」
「却下。デカい的になるだけだ」
「できるだけ傷つけずに倒そうなんて生ぬるい考えが通じる相手ではありません」
リブスは一人と一AIの意見にウンウンと相槌を打った。
「ならナンバー6のクレナイスナイパーによる超長距離狙撃で急所を……」
「その急所がわからないだろ」
「至近距離でのスティングでもかすり傷がついた程度ですし、火力不足かと」
リブスはまた一人と一AIの意見にウンウンと相槌を打った。
「じゃ、じゃあナンバー8のクレナイコマンダーの遠隔自律型兵器によって全方位から攻撃を加えれば……」
「訓練してないからきっとうまく使えん。あとめんどそう」
「まとめてヴァイネイジのビームに吹き飛ばされるのが落ちですね」
リブスはまたまた一人と一AIの意見にウンウンと相槌を打った。
「ならば!ナンバー9のクレナイシャドウならどうじゃ!!サイゾウの皆伝の装の元になった隠密装備なら奇襲を……」
「あいつ、感情が読めるらしいぞ」
「……え?」
「そうでなくともかなり感覚が鋭敏でしたから奇襲は無理かと。そんな話をここに来る前にみんなでしました」
リブスは……以下略。
「だったらもうどうしようもないじゃないか……ここにあるオプション以外に奴に対抗できる兵器など」
「だったら新しく作ればいい」
「え?」
ハナヤマがナナシの顔を見ると不敵な笑みを浮かべていた。表情等ないのだが、彼の肩に乗るベニも同じように笑っているように見えた。
「新しく作ると言っても予想じゃヴァイネイジが目覚めるのは明後日。下手したら今にも起きるかもしれないんじゃぞ?」
「ナナシガリュシファーの能力を再現するために作った研究用の装備があるだろ?あれを使う」
「あとサリエルのデータを使ったレーザー発生装置付きの追加装甲、スティングを撃てるようにしたネオブラスターユニットを使えば間に合うかと」
「お前ら最初からそのつもりで……」
「イレギュラーにはイレギュラーだ。俺達はイレギュラーナンバー13で奴にリベンジする」
「それなら可能か可能じゃないかで言えば可能じゃが……」
「何か他に問題があるのか?」
「ベニの調整の方が間に合わん。新しい装備の高度な武装を処理するとなるとかなりの負担が」
「ノープロブレムです」
小型の竜メカは主人の肩からハナヤマの目の前まで飛んで移動した。
「かつてある人が言っていました。“弱いからこそ、転んだからこそ見える景色がある”と。ワタクシもこの敗戦を経験したことで大きく成長してみせます」
創造主に啖呵を切ったベニが振り返るとナナシは親指を立てて彼女を称賛した。
「かわいい子供にそこまで言われたら従うしかねぇな」
「……じゃな。お前達の言う通りにしよう。わしはお前達を信じる」
「ありがとうございます」
「じゃが、やっぱりもったいないの。せっかく作ったのに、倉庫番なんて」
「だったらオレが使ってやる」
「何?」
「こいつらガリュエムにも装備できるんだろ?なら、あいつを使わせてくれ」
リブスはハナヤマ会長の背後にある真紅の翼を指差した。
「ナンバー4、クレナイウイングか」
「飛行ユニットだろ、あれ」
「そうじゃが、あれはナナシが飛べるルシファーを手に入れたことでスピード重視から航続距離重視に方向転換したオプション。それでもいいのか?」
「機動力などオレのテクニックでどうにでもなる。ヴァイネイジの動きもそれなりに観察できたし、何も問題ない。それよりも火力だ。奴の注意を引くためにはゲイムでは火力が足りない」
「なるほど。確かにウイングを装備したガリュエムの方が攻撃力は上じゃな」
「貫通力のあるライフルととにかく連射できるガトリング辺りがあるとさらにいい。見繕ってくれるか?」
「わかった。手配しよう」
「どうやらこれで話はまとまったようですね」
そう呟くとベニは再びナナシの肩に戻った。
「ナナシ様、最後に一言」
「じゃあ……俺は負けることはあっても、負けっぱなしでいたことはない……多分」
「多分かよ」
「嘘でもいいからそこは断言せんか」
「とにかく!これだけ準備すれば、なるようになるだろ!」
「はい。いつも通りに勝って笑いましょう」
「だな」
「花山が全面バックアップするのだから当然じゃ」
「ヴァイネイジ……どんな手段を使ってもお前を倒してやる……!」
ナナシ・タイランの闘争心は天上でギラギラと輝く太陽のように熱く燃え滾った。




