堕ちる太陽
「ナナシガリュウ……」
「イエス。アイアムナナシガリュウ」
赤と銀色のボディーに、勾玉を彷彿とさせる二本の角、木漏れ日のような黄色の二つの眼、十字架型の追加パーツを背負った最新最強の姿の紅き竜はひとっ跳びでノームの前までやって来た。
「元気……じゃないよな」
「さっきまでは絶好調だったんだけどな。ヒーローみたいにピンチの奴を颯爽と助けていい気になっていたら……まさかソッコーで助けられる側に回るとはな……」
ブラウンのマスクの下でカズヤは苦笑した。
「そんだけ喋れるなら、ここから離れるくらいはできるな?」
「一人であいつとやるのか?」
「ナナシ様にはルシファーがあったので先行した結果、今は一人ですが、あとから応援が来るので心配なく。このベニもいますし」
「この声……」
「ナナシガリュウ専用のサポートAI、ベニと申します。以後お見知りおきを、カズヤさん」
「というわけで俺は一人じゃないから大丈夫だ。お前は自分のことだけを考えろ」
「そろそろお仲間も集まり、様子見も切り上げて攻めて来そうですし、お早く」
謎のドラゴンはナナシガリュウをじっと見つめたまま決して目を離そうとしていなかった。そして彼の周りにはどこからともなくコリモットやオオカゲート、ドクエカルが……。
「あの雑魚ども、あいつの子分だったのか……」
「知った顔がいるな。もしかしてトシャドロウの親戚か?」
「データベース検索……あの竜のようなオリジンズは特級にカテゴライズされる『ヴァイネイジ』。自らの細胞から造った種を他のオリジンズに埋め込み、操るようです。ちなみにその状態のオリジンズはヴァイネイジ・スレイブと呼称されています」
「他の情報は?」
「一切ありません。目撃されたことはあっても、人類が交戦した記録はほとんどありません。もしかしたらあったとしても、奴に殺されて情報が残ってないだけかもしれませんが」
「だとしたら奴と戦った人間は大事にしないとな。カズヤ」
「わかっている。足手纏いにはなりたくないからな……悔しいがここは撤退させてもらう。ホムラスカル!!」
再び鮮やかなオレンジ色の装いに着替えるとカズヤは後ろ髪を引かれながらも、スクラップの上を飛び跳ね、その場から離脱した。
「これで気兼ねなく暴れられるか」
「ええ。あちらもこちらの戦力が減ったと見て、ちょうど仕掛けて来るようですよ」
「「「キイィィィィィィィッ!!」」」
「「「ギャルウッ!!」」」
「「「ゲコォッ!!」」」
紅き竜の逃げ場を防ぐように飛びかかる獣達。それに対してナナシガリュウは……。
「お前らに構っている暇はない」
「クレナイクロス、サムライソード、マシンガン、ショットガン・オン」
「マグナム、サムライソード」
「スペシャルマニューバ、スラッシュウインド、バレットレイン……発動」
「ウラアッ!!」
ザザザンッ!バババババババババンッ!
紅き竜は斬撃の風と銃撃の雨を纏いながら、視界に入る獣達を手当たり次第に次々と撃破し、ヴァイネイジとの距離を一気に詰めた。
「このまま細切れにしてやる」
「はい。ナナシルシファーの使用で残存体力に不安があります。まどろっこしいのはやめましょう」
「なら!!」
「ギャオォォォォォォォォォォン!!」
ブオォォォォォォォォォォォォン!!!
「――ッ!!?」
スペシャルマニューバの射程に入ろうとした瞬間、自らの危機を理解したのかヴァイネイジは甲羅にも思える重厚な四枚の翼を羽ばたかせて、風を巻き起こした!それは先のホムラスカルを吹き飛ばした咆哮の比ではない凄まじい暴風であった!
「くっ!?これじゃあ近づけない……!」
「というより遠ざかっています」
ナナシガリュウは必死に踏ん張っていたがベニの指摘通り徐々に風に押され、強制的に後退させられていた。
「ベニ、これ以上離れたくない。支えてくれ」
「もちろん。ワタクシはそのために存在しているのですから。アーム1&2、ハルバード、アーム3、4、ランスオン」
全てのサブアームに身の丈ほどもある長大な武器を召喚。その全てを地面に突き立て、つっかえ棒代わりにした。
「カズヤは?」
「もう大分離れたみたいです。周囲にもワタクシ達以外の反応はありません。サンバレですか?」
「サンバレですよ」
サムライソードを消し、マグナムのグリップを両手に包むとそこから滾る精神エネルギーを注ぎ込む。そして……。
「太陽の弾丸」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「「「――ッ!!?」」」
引き金を引くのと同時に銃口から解放する!再び放たれた光の奔流は残っていたコリモット達を跡形も無く消し飛ばし、ヴァイネイジの巨体を包み込んだ。
「やったか?」
「いえ、残念ながら……」
「ギャオ……!!」
土埃の中から現れたヴァイネイジは無傷であった。その巨体は光の膜に覆われており、それで太陽の弾丸を防いだのだ。
「バリア……絶対防御気光か?」
「これまた残念ながら違いますね。絶対防御気光ならばサンバレを完全に遮断することなど不可能ですから」
「とにかくこの俺が遠距離戦で決め切れないのはキツいな」
「リスクはありますが、やはり奴の懐に……ヴァイネイジのエネルギー量が上昇しています!!」
「!!?」
「ギャオ……!!」
銀色のドラゴンは大きく口を開き、そこにエネルギーを集中させていた。その姿はまるで……。
「こいつ絶対防御気光だけじゃなく……」
「ギャオォォォォォォォォォォン!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
ヴァイネイジの口から発射されたのは、今まさにナナシガリュウが彼に向かって放った太陽の弾丸と瓜二つの光の奔流であった。竜の視界一面が眩い光に覆われる。
「ちっ!もう一発!!」
紅き竜もまたマグナムに精神エネルギーを充填!再度必殺技を繰り出す!
ドッ!!ブオォォォォン!!
「くっ!?」
二つの光の奔流は真正面からぶつかり、相殺し合った。余波で熱風が吹きすさび、スクラップが宙を舞う。
「まさかサンバレに似た技まで持ってるとは……」
「気を抜かないでください!来ます!!」
「ギャオォォォン!!」
ヴァイネイジ追撃!毎度お馴染みとなったその場で旋回し、尻尾での薙ぎ払い!
ブゥン!!
けれどベニの忠告のおかげでナナシガリュウは跳躍し、尻尾による攻撃を回避することができた……尻尾による攻撃は。
「ギャオォォォォォォォォォォン!!」
「!!?」
ガブッ!!
「――ッ!!?」
ヴァイネイジは即座に噛みつきに移行!反応できなかったナナシガリュウは右足に食いつかれてしまった!
「この野郎!サムライソード!!」
けれど、そのまま美味しくいただかれる紅き竜ではない!再度刀を逆手持ちで召喚すると、躊躇うことなく……。
ザシュッ!!
「――ッ!!?ギャオォォォォォォォォォォン!!?」
銀色の竜の左目を突き刺した!反射的に口を開け暴れ回ると、刺したばかりの刀はすっぽ抜け、ナナシガリュウは宙に放り出された。
「フルリペア!」
今にも本体から引き千切れそうだった右足だったが、ナナシの感情がガリュウの装甲を通して、再生力に変換されたことで何事もなかったように元通りに戻った。
「ベニ!」
「準備はできています!絶対防御気光反転」
「ギャ!?」
「絶対攻撃気光!」
バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
「――ッ!!?」
ナナシガリュウを中心に眩い光と激しい熱が球体状に広がる!自らを守る力を全て攻撃に変換した全方位攻撃だ!しかし……。
「ギャオ……」
ヴァイネイジは絶対攻撃気光発動直前に全力で後退。結果、ギリギリで射程外に離脱でき、難を逃れることができた。
「勘までいいのか……」
「厄介ですね。絶対攻撃気光まで通じないとは。こうなったら……」
「あれしかないな。シールドバレル、セット」
盾を召喚するや否や変形させ、重厚な砲身にすると、マグナムに装着し、着地と同時にヴァイネイジに向ける。そして……。
「ターゲットロック、誤差修正!いつでもいけます!」
「なら今すぐだ!!太陽の収束弾 (サンシャイン・スティングバレット)!!」
ドシュウン!!
引き金を引くと、毎度お馴染みの膨大な光……ではなく、一筋の光が銃口から発射された!
「ギャオォン!!」
ヴァイネイジは光の膜を展開。全身を覆いつくす。しかし……。
バリィン!バシュウン!!
凝縮された一筋の光はバリアを貫通!このまま本体も貫く……はずだったのだが。
「ギャオォォン!!」
銀色の竜は甲羅と見紛うほどの重厚な翼でさらに身体を覆った。その結果……。
バシュ!!
翼に阻まれて肝心の本体まで届かず。ナナシガリュウの切り札と呼べる一撃は一枚の翼に僅かなひびとへこみを与えるだけで終わった……。
「バリアと翼の二重防御……バリアで減衰したスティングではあの翼は破壊できない」
「だとしてもこいつに頼るしかない。冷却が終わったら、防御できない位置からもう一発――」
「ヴァイネイジ!再びエネルギーが上昇しています!」
「ッ!!?またかよ……!!」
銀色のドラゴンは大きく口を開き、そこにエネルギーを集中、砲撃の準備を淡々と進めていた。
「ですけどさっきと違いタネが割れています」
「また相殺してやる」
ナナシガリュウはシールドバレルを取り外すと片手でマグナムを構えた。先ほどと同じ光景、同じ結末を思い描きながら。
「ギャオォォォォォォォォォォン!!」
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
「「!!?」」
銀色の竜の口から吐き出されたのは膨大なエネルギーの奔流ではなく、圧縮された一筋の光でもなく、人間の半分ほどの大きさをした大量の光の球であった。それが散弾のように瞬く間に広がり、機関銃のように次から次へと飛び出して来る。
「そんなこともできるのかよ!!」
「ナナシ様!!」
「わかってる!予想とは違うが、相殺してやる!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
今日何度目かの太陽の弾丸は狙い通り、流星群のような光の球をいくつかまとめてかき消した。あくまでいくつか……全てではない。
ボボボボボボボボボボボボボボボッ!!
「ちいっ!!」
無尽蔵に湧いて来る光球を全て消し去ることなど、さすがの太陽の弾丸でも無理であった。そうでなくとも現在進行形で数を増やしている。
「相殺できないなら……」
「避けましょう!!」
迎撃を諦めたナナシガリュウは光球の間を軽快に掻い潜り、回避に専念した。活路を見出だせないままひたすらに……。
「どうするナナシガリュウ……どうすれば奴に勝てる……?」
「この世に完璧や無敵の存在などないはずです。必ず光明が……」
ナナシとベニ、打つ手全てが通じなかった男とAIは戦闘中だと言うのに、つい目の前の敵よりも思考の迷路に意識を集中してしまった。
その隙を片目となってもヴァイネイジは見逃さなかった。
「ギャオォォォォォン!!!」
「あ!!?」
「しまった!!」
ヴァイネイジは翼を羽ばたかせ、四本の逞しい脚で地面を蹴り、一気に空中にいるナナシガリュウとの距離を詰め、側面に周り込んだ!
「ギャオォォォォン!!」
そして後ろ脚だけで立つと、自由になった前脚を突き出した。
ザシュッ!!
「――がっ!!?」
「ナナシ様!!」
鋭い爪がナナシガリュウの腰を貫き、上半身と下半身を真っ二つに分断した。普通の人間なら間違いなく即死の致命傷である。
「フル……リペア!!」
けれど、この紅き竜のしぶとさは常識など遥かに凌駕している。二つに分かれた身体の断面から血液がワイヤーのように伸び、お互いを引き寄せると、まるでビデオを巻き戻したかのように修復し、一切の傷のない姿に戻った。
「ギャオォォン……!!」
決着の一撃となるはずだった攻撃を無効化されてひどい不快感を覚えたのかヴァイネイジの顔が強張ったように見えた。それだけで済むなら良かったのだが、銀の竜はもう一方の前脚を引いていて、追撃の準備をすでに整えている。
「ギャオォォォン!!」
「ウィップ・オン!!間に合って!!」
ヒュッ!!
けれどクレナイクロスが鞭を召喚、それをスクラップに巻き付け、引っ張ることによって空中起動を実現したことで、ヴァイネイジの貫手は空振り、事無きを得た。
「助かったよベニ」
「お礼はこの窮地から完璧に脱した後で。追撃来ますよ」
「ギャオォォォォン!!」
真っ二つにして駄目ならすりつぶしてやると言わんばかりにヴァイネイジは前足を大きく振り上げ、紅き竜を踏み潰そうとした。
「回避してください!」
「わかってる!」
ドゴオォォォォォォン!!
ナナシガリュウは地面を転がって、踏みつけを回避!だが……。
「もう一撃来ます!!」
「ちいっ!!」
ドゴオォォン!ドゴオォォン!ドゴオォォン!!
体勢を立て直す暇を与えないストンピングの連打!まるで地団駄を踏んでるかの如くヴァイネイジは前足を地面に叩きつけ、それから逃れるためにナナシガリュウは転がった。
「しつこいな……!」
「ワタクシ達が動けなくなるまで続けるつもりでしょうか……?」
「十分あり得る。なんとかしないとこのままじゃ」
「なら、オレが助けてやるよ!!」
「「!!?」」
ガシッ!ヒュッ!ドゴオォォォン!!
「ギャオォッ!!?」
突如一陣の風のように翼を持ったピースプレイヤーが来襲。紅き竜を掴むとそのまま空へと逃れ、踏みつけ地獄から脱出させた。
「ローレンス・エアロのゲイム・S……」
「応援か?」
「そういうことだ。久しぶりだな、ナナシ」
「この声は……」
その声を聞いた瞬間、ナナシの中の記憶が呼び起こされ、老いて益々眼光が鋭くなった狩人の姿と自らを抱えるゲイムの姿が重なった。
「リブス……」
「おう」
「『リブス・サマースキル』……AOF爪の隊長で元初代ネクサスの隊員……」
「丁寧な紹介ありがとよ、花山のAI」
「お礼を言うのはこちらの方です」
「あぁ、助かったよ。それにしてもまたこのパターンとは……」
「あ?」
「ピンチに駆けつけるヒーローは最高って話さ」
赤いマスクの下でナナシは思わず苦笑いを浮かべた。
「よくわからんが、それよりもお前らはまだ戦えるのか?」
「かなり消耗してるがまだなんとか……」
「エネルギー的にはまだ余裕がありますね」
「ならやめておいた方がいいな。半端な状態で仕留められる相手じゃないぜ、あいつは」
「ギャオォォォォォォォォォォン!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
「おっと」
銀竜は口から光の奔流を吐き出したが、紅竜を抱えたゲイムは軽やかに回避した。
「見ての通りだ。あのパワー……根性だけじゃ奴は倒せん」
「だが……」
「安心しろ。お前との戦いでなんだかんだ奴も消耗している。もう少し暴れさせたら疲れて眠り始める」
「根拠は」
「オレの勘だ。長年AOFの隊長としてオリジンズと戦い続けたオレのな」
「なら信用できるな」
「だからここからはオレ達の仕事だ。『ジトウ』!『コベット』!!」
「はっ!」
「待ってました!!」
ババババババババババババババッ!!
「ギャオ……」
スクラップの陰からハンラットが二体登場!マシンガンを乱射し、ヴァイネイジの注意を引き付ける。
「あいつらとオレで奴を活動停止まで追い込む」
「俺の手助けは無用か」
「あぁ、邪魔だからとっとといなくなれ」
「ひどいな」
「ひどくないさ。きちんとここまでやってくれた功労者を送り届けるタクシーも用意している。リンチ!受け取れ!!」
「うおっ!?」
ゲイムが手を離すと、当然ナナシガリュウは落下。そのまま地面に激突するかと思われたが……。
「任された」
ガシッ!!
「――ッ!?」
白と黒、古代にいたパンダのような姿の獣人が見事にキャッチした。
「はじめまして。ワタシは『琳智』。気軽に神凪きってのキュートなブラッドビースト、リンチさんと呼ぶといい」
「なら、俺のことは神凪きってのハンサムなピースプレイヤー、ナナシガリュウさんと呼んでくれ」
「はっ!あなた面白いね!せっかくの獲物を前に逃げるなんてガッカリしてたけど、少しやる気出てきたよ」
「んじゃ、頑張って俺のことを運んでくれ」
「了解」
パンダ獣人は紅き竜を背負うと、凄まじい勢いでスクラップの山の間を駆け抜け、その場から離れて行く。
「………」
「ナナシ様?」
彼の背中に乗せられたナナシガリュウは一瞬だけ振り返り、木漏れ日のような黄色い二つの眼に今もリブス達相手に暴れているヴァイネイジの姿を焼き付けた。
「この借りは必ず返すぞ、ベニ……」
「……はい」
それはナナシガリュウ・クレナイクロスにとっては初めての敗走であった……。




