呪われた地②
そのマシンを見て、何も感じない者など今の壊浜にはいないだろう。
それほどこの夕焼けのような橙色の美しくも力強いピースプレイヤーは不思議な威圧感を放っていた。
「カズヤ……さんですか?」
「あぁ」
「どうしてここに……?」
「今、言っただろ、朝の散歩だ。最近の日課なんだ」
「そうですか……」
(なんだか怖いが……想像していたほどでもない。むしろ初めて会ったのに一緒にいて心地いいとさえ……)
ホムラスカルが放つ威圧感と同様に、そのマスクの奥底から聞こえるカズヤの声は堂々とした迫力を感じさせるものだった。しかし、それと同時に温かさも帯びていて、聞く者の心を安心させる……アニキもテッタもこれが人の上に立つ人間の声色かと心の中で感心した。
「俺なんかに質問するよりもまずやることがあるだろ」
「あ!」
「助けてもらってありがとうございます」
カズヤの言葉に二人は顔を見合わせると、思い出したかのように深々と頭を下げた……が。
「礼なんていらねぇよ」
「「え?」」
「まだもう一匹いる」
「「「!!?」」」
「キイィィィィッ……!!」
色々な意味で残念ながら、その行動はまるで見当違いだった。
振り返るとそこには無惨に銃弾で引き千切られた同胞の上で翼を羽ばたかせながら、こちらを凄まじい形相で睨み付け、唸り声を上げているコリモットがいた。
「あいつ……まだ……!!」
「まさか一匹見つけたら三十匹いるとは思わんが、あの生意気にも俺にメンチを切っている奴以外にもいるかもしれん。早くここから離れろ」
「カ、カズヤさんは……?」
「もちろんあの野郎をすり潰す。売られた喧嘩はできるだけ買う主義なんでね……!!」
そう言うとホムラスカルは居ても立ってもいられないといった様子で肩をぐるぐると回した。
「というわけでとっとと逃げな」
「わ、わかりました!!」
「あと」
「え?」
「生き残ったら気合入れ直すって話、俺もばっちり聞いていたからな。てめえの吐いた言葉、きっちり守れよ」
「は、はい!!」
二人は再び軽く頭を下げると、肩を組みながらよたよたとその場を離れた。
「さてと……邪魔者はいなくなったことだし、ちゃっちゃっと片付けますか!!」
「キイィィィィィィィッ!!」
コリモットが超音波を発射!
それを合図にしたかの如くホムラスカル突撃!
バギィン!!
「ただただ耳障りなだけだな」
オレンジのマシンは見えないはずの攻撃をあっさりと回避!代わり砕けた地面から巻き起こる土埃をバックに加速、前進し、一気に距離を詰める!
「他にもいるかもしれねぇからな。エネルギーは節約しねぇと!!」
ドゴッ!!
「――キイッ!!?」
飛び蹴り発動!そして顔面に炸裂!コリモットは自慢の牙を撒き散らしながら吹き飛び、地べたへと転がった。
「キイ――」
「もう一丁!!」
起き上がったコリモットの目が見たものはオレンジ色の脚であった。
ドゴォン!!
「――ッ!?」
サッカーボールキック!まるでフリーキックを蹴るように脚を振り抜き、頭蓋骨を砕いた!迫り来るホムラスカルの足がコリモットが最後に見たものになった。
「これで耳障りな羽虫の処理は終わりでいいかな。あとは」
「「ギャルゥゥゥゥゥゥゥッ……!!」」
スクラップの影から現れたのは、刺々しい鱗と太く長い尻尾を持った四つん這いの二匹のオリジンズ。オオカゲートという種だ。
「上から見下ろされるのもムカつくが、そうやって下から見上げられるのも気分が悪い――」
「ギャルウッ!!」
ビシャッ!ジュウゥゥゥゥゥッ!!
話の途中でオオカゲートの一匹が口から体液を吐き出した!それは強力な溶解能力を有しており、浴びせかけられた地面は白い煙を昇らせ、ドロドロと溶けていった。
「話している最中に唾を吐きかけてくるなんて……俺より育ちの悪い奴に久しぶりに会ったな」
けれども肝心のホムラスカルには掠りもせず。吐いた瞬間にバックステップをして、溶解液から逃れていたのだ。
「昔の自分を見ているみたいで、マナーやルールを破ってバカみたいに粋がってる奴は許せないんだよな。つーことで死んどけ」
ババババババババババババババッ!!
チカチカと明滅する銃口、それに伴い発射される無数の弾丸が暴風雨のようにオオカゲートに降り注いだ。
「――ギャッ!」
ババババババババババババババッ!!
「――ギャッギャッ!!?」
自慢の鱗で最初の一秒ほどは耐えたが、結局数の暴力には逆らえずに、鎧を剥がされ、皮膚を貫き、骨を砕き、内臓をミキサーにかけたようにぐちゃぐちゃに粉砕されて息絶えてしまう。
「これが俺に生意気な態度取った報いだ。これに懲りたらもう二度とするなよ」
「…………」
「って聞こえてねぇよな」
「ギャルウゥゥゥゥゥゥッ!!」
もう一匹のオオカゲートが仲間の仇を討とうと側面から強襲!溶解液を垂らした口で噛みつきにかかる!
「忘れてねぇよ」
ガチン!!
しかし、それを察知していたホムラスカルは軽やかなステップであっさりと回避!
「ギャルウッ!!」
まだ終わってないと言わんばかりにオオカゲートは着地と同時にその場で回転!太く逞しい尻尾で薙ぎ払う!
「よっ」
ブゥン!!
けれどこれも当たらず。ホムラスカルはまるで縄跳びを飛ぶかのように軽く跳躍し、迫り来る尻尾を飛び越した。さらに……。
ゴッ!!
「――ギャッ!!?」
回避するだけに飽き足らずオオカゲートの首を上から踏みつけ、動きを止める。じたばたと手足と尻尾を動かすががっちりと抑えつけられ、獣は一切そこから動けない、逃げられない。
「仲間思いなところは嫌いじゃない。だから褒美に後を追わせてやる」
そう囁くような声で語りながら脳天に銃口を押し当てる。そして……。
バババババババッ!!
「――ッ!?」
発射!弾丸は頭蓋骨を縦断し、地面と顎の間の隙間から血がドロリと溢れ出す。オオカゲートが絶命しているのは言うまでもない。
「残りは……」
「ゲコォッ!!」
シュルシュル!!
「ん?」
ホムラスカルの腕を弾力性のある何かが巻きついた。その不快な感触を認識すると同時にそれは姿を現す。
「ゲコォゲコォ!!」
何もなかった場所が縁取られ、色が付き、大きな口から舌を伸ばした歪な人型のオリジンズがその正体を現した。ドクエカルという種である。
「透明になれるのか……まるでネームレスのアホだな」
昔馴染みの何故か勝ち誇ったような顔を思い出し、カズヤは眉間にシワを寄せた。
「まっ、透明になって腕に汚い舌を巻き付けることしかできない奴と比べたらさすがにあいつが可哀想か」
バババババッ!!
「――ゲッ!!?」
ホムラスカルはつい先ほど足下でくたばっているオオカゲートにやったように舌に銃口を押し当てて発砲。無理矢理引き千切り、拘束を脱出した。さらに……。
「どいつもこいつも……舐めてんじゃねぇよ……!!」
ババババババババババババババッ!!
「――!!?」
そのまま本体にも発砲。全身に銃弾を叩き込み、いとも簡単にドクエカルの命を断ち切った。しかし……。
「ゲコォッ……!!」
「ゲコォゲコォッ!!」
「ゲゲッ!!」
スクラップの影から、何もない場所からまた新たなドクエカルが。さらにさらに……。
「「「キイィィィィィィィッ!!」」」
「「ギャルウッ!!!」」
コリモットとオオカゲートも。瞬く間にホムラスカルはオリジンズの群れに囲まれてしまった。
「揃いも揃って……!」
頭上からはコリモット、足下からはオオカゲート、同じ目線からはドクエカルに睨み付けられ、針のむしろであるはずのホムラスカルであったが決して怯ませなかった。むしろ心の奥では沸々とその体表と同じ鮮やかな橙色の怒りの炎が燃え滾っている。
「いいぜ……そっちがその気なら、俺の故郷で好き勝手した罪、その命で償ってもらう……」
「「「キイィィィィィィィッ!!」」」
「「「ギャルウッ!!」」」
「「「ゲコォッ!!」」」
「かかって来いや!!」
そこからのホムラスカルはまさに獅子奮迅、鬼神の如き力を見せつけた。
時にマシンガンで腹から臓物をぶちまけさせ、時に強烈な蹴りで首をへし折り、時に肘で顔面を砕き、脳を潰す……。
そしてそれをひたすら続けながら、およそ一時間ほど経った……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ホムラスカルの全身は傷とへこみ、そしてオリジンズ達の体液でまみれていた。後から後からとめどなく現れる獣達を駆除し続け、ようやく自分以外に動くものがいなくなったのだ。
「朝は軽く散歩するだけで十分だってのに……下らねぇ汗をかかせやがって……つーか言霊ってあるのかね。不用意にもっといるかもなんて口にしなきゃ良かった……」
自戒をぶつぶつと呟きながら、重い腕を上げ、マスクを拭うと全てが終わったと勘違いしたホムラスカルはゆっくりと歩き出し、帰路に着こうとした。
けれど悲しいかな本番はこれからなのだ。
「ギャオォォォォォォォォォォン!!!」
「――!!?」
天地鳴動!大気も大地も揺るがし、それは天から降臨した。
まるでおぞましくも美しいドラゴンのようなオリジンズが……。




