プロローグ:暗躍
神凪の首都、鈴都から車で少しの距離……しかし、そこは華やかで秩序の保たれた鈴都とは真逆の別世界だった。
ボロボロの街並み、自らの身を守るために武装する人々……。
その場所の名は“壊浜”。かつては貝浜と呼ばれた美しく、活気の溢れる街だったが、数十年前、強大なオリジンズが突如襲来、壊滅的打撃を受けることになる。
さらに、その後の戦争、スラムと化したこの街に価値を見出したハザマ前大統領のせいで現在まで復興と呼ばれるようなことが行われず、ギャングやアウトロー達の巣窟になってしまったのだ。
けれど、そのハザマが死に、現在この場所の顔役となっているカズヤとネクサスの接触によって、ようやく状況は好転し始めていた。政府による復興計画が本格的に始動し、今も住民達の処遇について日夜、話し合われている。
このまま行けば近い将来、壊浜から再び貝浜と呼ばれる憧れの街になるだろうと、そうなって欲しいと神凪国民達は願っていた。
だが、悲しいかなこの土地に染み付いた血と怨念、そして策謀にまみれた平和をもて遊ぶ者達がそれを許してはくれない……。
「こんなところに本当に人間が住んでいるんですか?にわかには信じられませんね」
真夜中の壊浜、とあるスクラップの山の上で、この辺りではまずお目にかかれない高級そうなスーツとブランド物の眼鏡で着飾った男がハンカチを口元に当てながら、怪訝そうな顔で言い放つ。
その眼差しは侮蔑に溢れており、口と鼻を隠すハンカチからできる限りここの空気を吸うまいという自身とここに生きる者達への差別の感情は明らかであった。
「つまりあれじゃないっすか?オレ、この国に来たのは初めてなんでよくわかんないっすけど……ここにいるのは人間じゃないってこと」
眼鏡の男の隣にいる軽薄そうな男が薄ら笑いを浮かべ、筒状の機械で肩を叩きながら、この街で生きている命に対して、悪びれもせず最低の暴言を吐く。
ただ神凪出身でない彼自身はその言葉について特に悪意を持っているわけではない。あくまでただの冗談のつもりだ。だからこそ余計にタチが悪いとも言えるのだが。
「『エルムズ』くん、壊浜に住みついているのは人間じゃないなんて……その通りですね」
その発言に対して眼鏡の男は諌めるどころか同調し、口角を上げて、無邪気に笑った。
「でしょでしょ。ユーモアもあって腕も立つってのがオレの売りだからな」
「ええ、今のところ大変素晴らしい働きをしてますよ、あなたは」
「そう思うんなら言葉では態度で示して欲しいな~」
「報酬の交渉に関しては依頼主としてください。私もあなたと同じ結局は雇われの身でしかありませんから」
「オレも大概だが、金のためにこんなえげつないことを考えるなんて、あんたは本当にヤバいよな、『シブヤ』さん」
「そうですか?私はただ仕事を一生懸命こなしているだけなんですがね……!」
そう言う眼鏡の男、シブヤの顔はとてもじゃないがただの仕事熱心な男ではなく、狂気にまみれた悪魔の笑みがこびりついていた。
「まっ、あんたの一生懸命のおこぼれに預かって、オレの懐が暖まれば何でもいいさ」
「ええ、私達傭兵は淡々と依頼をこなしていればいいのです。彼のようにね」
シブヤがそう言いながら振り返ると、体格のいい髭で坊主の男がスクラップの山を登り、こちらに歩み寄って来ていた。
「設置完了したぞ」
「さすが『フジナミ』さん。仕事が早い」
「わたしが早いんじゃなく、お前達が遅いんだ。いつまでくっちゃべってる」
「おやおやこれは手厳しい」
「………」
シブヤは自らの額をペチンと叩き、おどけてみせたが、フジナミは顔をピクリとも動かさず、ノーリアクションを貫いた。
「旦那にはそういうのは通用しねぇから」
「ですね。ではこれ以上、超一流の戦士を怒らせないうちに……エルムズくん」
「あいよ」
ガッ!!
シブヤに促され、エルムズは手に持っていた筒状の機械を足元に埋め込み、スイッチを入れた。何やら小さなランプが緑色に輝くが、それ以外には変化は見られない。
「……毎度思うが、これ本当に作動してるのか?」
「作動してるから、“あれ”を神凪周辺まで誘き寄せることができたのではないですか。きっと今回もこのごみ溜めのような街に災厄を連れて来てくれますよ……多分」
「多分かよ!!」
「正直ここからは私としてもかなり不確定な要素が多いですからね。今までのように万事計画通りとはいかないかと」
「おいおい大丈夫かよ……」
シブヤの弱気な発言にエルムズは思わず顔をしかめ、不安を露にした。
「大丈夫ですよ。この仕事を始めて、多くの依頼を受けて来て、当初の予定とはまったく違う事態に直面することも多々ありました。けれど、そんな時でも最終的には必ず私は依頼を成功させて来た。だから今回も必ず……」
対照的にシブヤは不敵な笑みを浮かべながらそっと手を伸ばした……漆黒の夜空に浮かぶ欠けた月に。
「今回の依頼も必ず成功させてみせます。例えどれだけ多くの血が流れてもね……!!」




