絶望の底へ
「うっ……あっ、あり得ない……!スーパーブラッドビーストになったこのおれが……神凪のピースプレイヤーに負けるなど……」
「え?心臓、潰されたのに、まだ生きてるのか?しぶとさは間違いなくスーパーだな」
アツヒトは息も絶え絶え、金色の鱗を血塗れにしながらも、まだこの世にしがみつくノクボの執念に呆れ返った。
「そうだ……まだおれは生きている……あれさえ……試作薬三十四號さえあればきっと逆転できる……」
古びた鍵を握りしめながら、蜥蜴らしく地面を這って金庫に向かおうとするノクボ。
そんな彼にとどめを刺すためにアツヒトは口を開く。
「その試作薬ってのは、とっくの昔に廃棄されてるぞ」
「……え?」
アツヒトの言葉に振り返ったノクボの瞳は戦いの最中の闘志溢れるものではなく、動揺と絶望で激しく揺れていた。
「な、何を言っている……?鏡星政府はあの箱の存在に気づいていたとしても、中身が何かわからず無闇に手を出せないはずだ」
「実際にあんたの言う通り、ドクター・クラウチの作ったウイルス兵器的なものが入っていて、無理矢理出そうとしたら、散布されるような仕掛けになっていたらどうしようって、政府はずっと手をこまねいている状態だった」
「なら……」
「だが、神凪で行方不明だったクラウチが発見、そして死亡した。奴の研究所を調べるうちに、その金庫の中身が判明し、さらに奴が隠し持っていたスペアキーを手に入れることができた」
「スペアキーだと!?あの金庫の鍵はカネシマ将軍の持っていたこの鍵一つのはずだ!!」
「きっとその将軍様に黙ってクラウチが勝手に作ったんだろうな。そういうことする奴だろ、あいつ」
「ぐっ……!?」
ノクボは反論をしなかった、できなかった。アツヒトの語るクラウチの人物像に納得してしまったから。
「ってなわけであんたのやったことは何の意味もなかったんだよ。今日この日のためにとかほざいていたが……あんたの望んだ未来はとっくに破綻していたんだ」
「そ、そんな……」
希望を失った心に反応して、金色の鱗がどんどんくすんで輝きを失っていった。そしてそのまま瞳の光も消え、タカトキ・ノクボはその生涯を絶望に包まれながら終えたのだった。
「今度こそくたばったか。じゃあ最後のお仕事っと」
ノクボが絶命したのを確認するとサイゾウは最後まで握りしめていた鍵を奪い取り、屋敷の中へ、そして金庫の前までやって来た。そして……。
「相当古いけど本当に開くのか?」
半信半疑で鍵を差し込む。
ガチャリ……
「おっ!ちゃんと開いた」
鍵を捻ると何の引っかかりもなく、金庫が開いた。中には小さなカプセルと設計図が入っている。
「これがあいつがずっと欲しがっていた最後の希望ってわけね。でも、残念ながら大嫌いな神凪人に奪われ、今度は本当に破棄されることになる」
サイゾウはカプセルと設計図を胸部装甲のスペースに収めると、再び庭に降り、ノクボの死体を見下ろした。
「さっきの話は全部嘘だ。あんたの言う通り、今の今まで鏡星政府は怖くてあの金庫に手を出せなかった。クラウチがスペアキーを持っていたってのも真っ赤な嘘。何でそんなことをするのかって?全ては……あんたに絶望の底に沈んで欲しかったからだよ」
青いマスクの奥のアツヒトの眼差しはそれはそれは冷たく、侮蔑に満ちていた。彼にとってノクボという存在はかつての愚かな自分を思い出させる最低最悪の存在であり、ただ命を奪うだけでは許せなかったのだ。
「これが鏡星を良くしようと頑張っているカトウさん達の努力を踏みにじった報いだ。精々地獄でも自分の愚かさを悔やみ続けるんだな」
そう吐き捨てると、サイゾウは忍びらしく月夜の闇に消えていった。




