教育
「ウホォォォォッ!!」
バキィン!!
ラリゴーザは相も変わらずいくつもの壁を壊しながら、巨大な客船の中を移動していた。ナナシガリュウをその大きな手で握り締めながら……。
「こ……の!俺はおもちゃの人形じゃねぇんだぞ!!」
バリッ!バリッ!バリッ!バリッ!
「ウホッ!!?」
「よし!」
竜の勾玉に似た二本の角が突如として光だしたと思ったら、一拍おいて、轟音が鳴り、熱さと痺れが獣の腕を襲った。『なんか出たサンダー(仮)』炸裂!
獣は握力を失い、竜を手から離してしまう。
「ウ!?ホオォォォォッ!!」
逆上した獣は久しぶりに地に足が着いた竜に拳を振り下ろす!只でさえ大きな拳が間近まで迫ると更に大きく見えた。
「おっとォッ!」
バゴンッ!
ナナシガリュウはギリギリで回避に成功する!拳が床に突き刺さり、竜の足が踏みしめていた場所は消滅。代わりに暗く、深い穴が新たに誕生した。
「ウホッ!」
未だに怒りが収まらない獣は紅竜に向かって、その巨大な身体からは想像できない……したくない、俊敏な跳躍で追撃にかかる!
「ウホオォォォッ!!」
そして再び、いやさっき以上の力で拳を打ち込んだ!
「ガリュウグローブッ!!」
呼応するように紅竜の拳も一回り大きくなる!こちらは錯覚ではなく実際にだ!手甲からジェット機のようにエネルギーが吹き出し、質量に速度をプラスし、破壊力を最大限まで上げる!
「オラァッ!!」
バキッ!!!
鈍い……不愉快な音を鳴らしながら両者の拳が衝突した。
「ぐっ!?」
ナナシの右腕に稲妻が走り、身体の芯まで到達する。グローブにも同じく稲妻…のように見える無数のヒビが刻まれる。
「この野郎……けど……手応えありだ……!」
だが、同時に自分がもらったよりも遥かに強い衝撃を与えた実感も感じていた!
「ウホオォォォォォォッ!!?」
案の定ラリゴーザの拳は完全に砕け、裂けた皮膚から鮮血が噴水のように溢れ出した!さすがに屈強な獣でも、これには取り乱す。
しかし、落ち着きを取り戻すまでゆっくりしている暇はない!目の前の竜はその隙を見逃してくれるような相手じゃない!
「ガリュウッ!ハァンマァー!!」
メゴッ!!!
「ウ……」
獣の側頭部に躊躇なく、容赦なく戦鎚を叩きつける!
「……………」
獣の意識が完全に飛ぶ!紅竜は後方に退く。逃げる為じゃない!更なる攻撃を加える為に!
「ガリュウ!バズーカァッ!&マシンガァン!!」
ババババババババッ!ドゴォォォン!!!
ありったけの弾丸を白目を剥いた獣にくれてやる!けたたましい音とともに部屋の中に煙が充満していった。
「やったか!?………ッ!?痛ッ……いな……もう!」
猛攻を終え、ナナシの身体に興奮のあまりに忘れていた痛みが戻って来た。痛みを身体から追い出すように手をブンブンと振り払った。
「……つーか、これ……修理するとしたらいくらぐらい掛かるんだろう……?」
一息ついて周りを見渡すと、一分にも満たない攻防で、室内はめちゃくちゃになっていた。
壊れた高そうな調度品や、これまた高そうな素材で造られた壁や床の惨状を見て、ナナシは余計な心配をする。
「……本当、もったいない……じゃない!今はそんな事考えてる場合じゃ……」
「ウホォォォッ!!!」
「!?」
バギャ!!!
「ちいっ!?」
煙の中から傷だらけのラリゴーザが懲りもせず飛びかかって来た!
ナナシガリュウは即座に反応し、事なきを得たが、また床に大穴が開き修理費用が増えていく。
「ウホオォォォォォォォォッ!!」
ラリゴーザが雄叫びを上げる。もとより知性や理性の類いは感じられなかったが、今のこの状態は完全に我を忘れ、暴走と呼べる段階に入っていた。姿も最初に見た時と大きく変わり、赤い血と銀の毛で彩られた身体は、皮肉にも彼をこんな姿にしたナナシガリュウと似たような配色になっていた。
「やれやれ……そのまま寝ててくれればいいのに……こういうタフなところとか…予想できないところが苦手なんだよな……」
ドォン!
「……お坊ちゃんも頑張ってるな」
ダブル・フェイスが遠くで聞こえる何かを破壊する音でナナシの安否を確認する。
この状況でのんきにも、まるでコーヒーブレイクの時間のように。
「他所を気にしている場合か!!!」
心ここに在らず状態の傭兵にネームレスが死角から鋭い斬撃を浴びせる!……が。
キンッ!
「場合だよ」
「――ッ!?」
後方からの攻撃を傭兵は背中の刀をほんの少し動かし、受け止めた。余裕綽々、明らかに遊んでいるのがわかる。
圧倒的な屈辱にネームレスは夜を閉じ込めたような漆黒の仮面の下で唇を噛んだ。
「貴様!本気を出せ!!」
「お前に、本気を出す価値なんてないよ」
「ぐッ!?」
自身がスタジアムでナナシに放った言葉がなんの因果か、ブーメランとなってカジノで傭兵によって返される。
実際、先ほどから何度も攻撃を仕掛けているが全て簡単に処理されてしまっているので、そう言われてしまっても仕方がない。
「このォ!!」
口元の銀色の装甲の奥から常に冷静そうに見えるネームレスらしくない苛立ちを含んだ声がした。その声と共にさらにスピードと鋭さを増した斬撃が傭兵の命を狙う!
だけども、これもまた……。
「無駄無駄」
スッ……
「ぐっ!?」
刃は何もない空間を切り裂く。傭兵には掠りもしなかった。
「お前……ネームレスだっけか?自分が一番強いとか思ってるタイプ?こういうの……あぁ!年かな、思い出せん!なんて言うんだっけ、コマチ?」
スッ……
「……えーと……?もしかして……“井の中の蛙”?」
スッ……
「そうそう!それそれ!お前、井の中の蛙だな!!……蛙ってなんだ?」
キンッ!
「確かオリジンズ誕生前にいたっていう古代の生き物だよ」
スッ……
「へぇ~勉強になる……」
「戦いに!集中しろォッ!!!」
ガキンッ!!!
「おぉ~怖ッ」
ネームレスガリュウの渾身の一撃を、ダブル・フェイスがライフルで軽々と防ぐ。ネームレスは自分が一番強いなんて驕り高ぶったことなどない。しかし、そこらの軍人や格闘家、腕自慢のバカなんかには遅れは取らない程度の実力は持っているという自負はある。それが、まさかよりによって世間話をされながら攻撃を全て捌かれるとは……。
今まで経験したことのない屈辱に身体の芯から熱くなる!一見、冷静そうに見えるだけで、ネームレスという人間の本質は良くも悪くも感情的で直情的なのである。
「くそォッ!!」
さらにスピードを上げる!正に目にも止まらぬ速さ!大抵の敵なら再度視認することもできず、何をされたか理解することもできずに終わらせる致命の技!しかし……。
ゴッ!
「がっ!?」
この傭兵には通じない!羽虫を払うように手の甲……裏拳でカウンターだ!
あまりにあっさり過ぎて何をされたか理解できなかったのはネームレスの方だった。
「……消えたように……いや、実際消えてるのか?けど、攻撃が素直過ぎる……読みやすくって仕方ない。スピードも中々だが、生憎、俺はお前より速い奴を知っている」
まるで父親が息子を諭すように穏やかに傭兵が敵であるネームレスの問題点をわざわざ指摘する。
「くっ!?何様のつもりだ!?」
「俺様……なんてな。まぁ、お前よりは確実に上だから少しぐらい偉ぶってもいいだろ……?」
精神面でも舌先の技術でも傭兵の方が上のようだ。ネームレスの心も身体も、じわじわと追い詰めていく。
「……さて、サービス期間はもう終わりだ。こっからは、プロとしてきっちり仕事させてもらうぜ!!」
「!?」
ライフルを消し、一気にギアを上げたダブル・フェイスがネームレスに勝るとも劣らないスピードで襲いかかる!
「はァッ!!」
「ぐッ!?」
ガキンッ!!!
傭兵の手刀をブレードで受ける!そう!ナナシガリュウの攻撃を掠りもしなかったあのネームレスが避けることができなかったのである!
「まだまだまだァ!!」
ガン!ガン!ギンッ!
手刀の連打をなんとか防ぎ続ける!超スピードの攻防!端から見るとガリュウとダブル・フェイスの差し色……緑と紫が光のラインを描き、ところ狭しと移動していることしかわからない。
「金でぇッ!雇われたァッ!傭兵なんかにィ!!」
キンッ!
防戦一方だったネームレスが初めて傭兵の手刀を弾く!台風の目に入ったように攻撃の嵐が止む。
それはほんの刹那、正に瞬きの間、そこに微かな光明を見出す。ブレードを消し、新たな武器を呼ぶ!
「ガリュウ!ショットガン!!」
バァン!!!……ガシャアン!!!
「なっ……!?」
完全に隙を突いた起死回生の一手だった……普通なら。けれども、悲しいかな彼の目の前にいる傭兵は並みじゃない!
ネームレスの動きに即座に反応すると、ショットガンを持った腕を下からカチ上げる。結果、放たれた散弾は上方のシャンデリアに命中した。
ネームレスの決死の反撃はカジノ場に半透明の結晶の雨を降らせることしかできなかったのだ。
「……変化をつけたか……悪くない……悪くねぇけど!俺には通じねぇんだわ!!」
ゴッ!!!
「――がはっ!?」
動揺するネームレスを尻目に、高級シャンデリアの雨に彩られながらダブル・フェイスは冷静に次の攻撃、回し蹴りを繰り出す!
ネームレスは、ラリゴーザが開けた穴のさらに奥、豪勢な壁に衝突、それをそのまま突き破り屋外の甲板に飛び出してしまう!
「ぐぅう……!」
ザッ!ザザザザザザザザザザ!!!
このまま海に落ちるかと思われたが、ネームレスは体勢を立て直し、ブレードを甲板に突き刺し、ブレーキをかける。
なんとかギリギリで船上に踏みとどまることだけは成功した。
「情けない……本当に情けないねぇ〜。こんな奴に“黒き竜”を使って欲しくないね。資格がない。黒き竜は強くてなんぼだろ……?一目見て、もしかしたらと思ったが……勘違いだったか……?」
軽い口調でしゃべりながら傭兵も甲板に出て来た。話している内容は意味不明、いまいち要領を得ないが、ネームレスに対して勝手に失望していることが伺える。
「まだ……まだ、勝負は着いていない……」
言葉自体は力強い。しかし息も絶え絶えに語っているのでは、まるで説得力がない。これには傭兵も呆れ返った。
「お前……忘れてねぇか?俺に勝っても、まだこいつがいるんだぞ?」
「うっ!?」
ダブル・フェイスがそう言うと後ろからやって来たルシファーを親指で指した。
ゆっくりとこちらにやって来るその姿は傭兵と同じく強者のオーラを纏っていた。
「もういいから、降参するなり、誘拐した大統領返すなり、ネクロとかいう奴呼ぶなりしろ」
傭兵はもう飽きた、めんどくさくなったと言わんばかりに黒き竜に通告した。お前じゃ相手にならん、と。
プライドの高いネームレスにとっては耐え難い屈辱だ。また沸々と闘志が湧き上がって来る!
「俺は降参などせんし、ハザマもネクロももうここにはいない!!」
「あっ、そう。じゃあ……………って、ええっ!!?」
寝耳に水とはこのことだった。奪還するはずのターゲットも、敵の首魁もいない!だとしたら、この戦いに…この船にいる意味などはない。
「コマチ!!」
「あぁ!」
傭兵達が顔を見合わせ、目と目で通じ合う。こうなったら四の五の言っている暇はない。あのマスコットを締め上げて居場所を吐かせるつもりだ。
「なっ!?お前ら待……」
「ウホオォォォォォォォォッ!!」
「「「!!?」」」
ネームレスが傭兵達を呼び止めようとしたその時、両者の間に血塗れのラリゴーザとその肩口に槍を突き刺しているナナシガリュウが割り込んで来た!
「ん!?ネームレス……!?」
「ナナシ・タイラン!?」
赤と黒、二匹の兄弟竜の二つずつ……計四つの黄色い眼が交差する!
ナナシは瞬時に状況を把握して次の行動……というよりただ自分の燃え盛る感情に従った!
「傭兵!チェンジだ!」
バゴン!!!
「ウホオォォォォッ!?」
紅き竜が獣を蹴り、傭兵の方に注意を向ける……そのはずだった。
「しまっ!?コマチ!?」
「……大丈夫だよ、ナナシ……!」
ラリゴーザはダブル・フェイスではなくルシファーに狙いを定めて突撃する。
ルシファーは冷静に双剣を手に取り、迎え撃つ準備をしていた……が。
「……行くよ、ルシ……グハッ!?そんな……こんな時……」
「ウホォッ!!」
ガシィン!!!
「がっ!?」
ラリゴーザの突進を受け、ルシファーは再び船内に消えていった。
「傭兵!!」
「わかってる!依頼人の指示には従うよ!てめえも言ったからには、そいつなんとかしろよ!!」
色々言いたいこともあるが、雇い主にあれこれ言うのはプロとしての流儀に反するし、そんなことをしている暇もない。
最低限の確認をしてダブル・フェイスも船内に戻って行った。
そして、甲板ではナナシは我が儘を貫いてまでもう一度戦いたいと恋い焦がれた相手の方に視線を向けた。
「……よぉ……スタジアム以来だな……」
「お前の相手をするつもりはない。俺はあの傭兵を叩き潰さねば気が済まん……!」
「まぁ、そう言うなよ……あれから、一日も経ってねぇが……おかげ様でたくさん経験積ませてもらったんで、大分マシになってるはずだぜ……!」
「……確かに、曲がりなりにもあれだけの強者を退け、ここまで来たのは称賛に値する……いいだろう……!」
「そうこなくっちゃ……」
「それに……頼まれたしな……!」
ムツミの顔と言葉が脳裏を過ると、黒き竜の身体に自然と力がこもった。
「頼まれた?まぁいいや……じゃあ……」
「あぁ……」
「「行くぞ!」」
双竜、船上にて再び相見える。




