討論会
『キリサキスタジアムにお越しの皆様、大変長らくお待たせしました。まもなく大統領選挙直前候補者討論会が始まります。どうかご静粛にお願いします』
場内アナウンスが流れ、一分ほどの静寂の後、観客の気持ちを昂らせる仰々しい音楽が各所に設置されたスピーカーから鳴り出し、ライトがところ狭しと暴れまわる。
一通りの演出が終わると、ライトが一点、この日のために造られたメインステージに集まる。
ブシュゥウーーーー!
ガスが吹き出し、その中からマイクを片手に良く言えばゴージャス、悪く言えば無駄にド派手で下品なラメの入ったスーツを着た司会の男が現れた。大統領の討論会の司会として、「主役は自分だ!」と言わんばかりのその姿はどうなのだろうと、ナナシを含めたスタジアム内の全ての人、そしてこの放送を見ている全ての視聴者が心の中で顔をしかめた。
「ご来場の!そして!テレビの前でこの放送をご覧の皆様ぁ!!!こんばんは~!!!」
「「「ウォオオーーーー!!!」」」
「「「パチパチパチパチパチパチ!」」」
「凄いな、こりゃ……予想以上だ……!」
ケニーは感嘆の言葉を思わず呟く。一斉に観客が咆哮のような大歓声を上げ、凄まじい勢いで拍手をしたことによってスタジアム全体が地響きを上げ、揺れた気がした。
(つーか……誰だっけ、こいつ?知っているはずなんだけど……最近、大統領選のことばっかりやるから、あんまりニュース見てないんだよなぁ~)
ステージの正面、フィールドの立ち見席の最後方ケニーの隣で、ナナシは司会の名前を思い出せずに腕を組み、眉間にシワを寄せて、首を傾げていた。自分の名前はちゃんと呼んでほしいのに、失礼な奴である。
「「「ウォオオーーーー!!!」」」
「ん?何かしたのか?」
ナナシが気をとられている間に、司会者が何か言ったらしく、さらに会場のボルテージが上がった。
「……これじゃあまるで、格闘技やスポーツの試合、興行みたいだな」
スタジアムの異様な盛り上がり様は、ナナシが思い描いていた政治家の討論会の雰囲気ではない。それに若干違和感を覚え、再び顔をしかめて首を傾げる。
「まぁ、最近は暗いニュースが多かったし……みんなストレス溜まってるんだろ」
「そういうもんか?」
「そういうもんさ」
「それにナナシさん。政治に興味を持ってもらうためには、安易ですが、こういう煽るようなパフォーマンスというか、エンターテイメント性も必要ですよ」
「そういうもんか」
「そういうもんです」
いまいちナナシ的には納得いかないが、マインの言うことにも一理あることも理解できる。それに別に彼も盛り上がって欲しくないわけではない。政治に熱量があることは決して悪いことではないのだから。そんな柄にもないことを考えているとケニーにポンと肩を叩かれた。
「お前たち!どうやらようやく主役が出てきそうだぞ!」
またまたナナシたちが話している間に、いつの間にか司会の男の話は終わってしまったようで、気付いたら会場はまた静寂に包まれていた。もちろんそれはケニーの言葉通り今日の主役を迎え入れるためである。
「では!早速お呼びしましょう!現職の大統領!!!ゲ~ンジロウ!ハ~ザ~マァァアっ!!!」
ブシュゥウーーーー!
ステージの左側、先ほどと同じようにガスの中から老人が現れた。ゆっくりと手を振りながら足下を確かめるように一歩一歩、歩いていく。観客にじっくり自分の姿を見てもらいたいから、敢えてやっているのだとは思うが、どうにも年齢のせいでただもたもた、よたよたしているように見えてしまう。
そんな見る者に不安を感じさせる弱々しい現役大統領の姿に国民は……。
「「「ウォオオーーーー!!!」」」
「「「ブウゥゥゥーーー!!!」」」
今までと同様に歓声も上がるには上がったが、それ以上にブーイングが目立った。ハザマは何事もなかったみたいに手を振り続けているが、内心はきっと穏やかじゃないだろう。
「さすがに老いたな、ハザマ大統領。元々体格的には特に大きい人ではなかったけれど、ここ最近さらに小さくなったように見える。十年前とかだったら、なんかオーラみたいなものを纏ってる感じがして、気にならなかっただけどなぁ~」
少し淋しそうにケニーが呟いた。立場的には敵と言っても過言ではない存在だが、曲がりなりにも長年一国のリーダーとして君臨してきた男、いつまでも立派でいて欲しいのである。
「でも、アレはアレでいいんじゃないか?雰囲気あるっていうか……目の奥になんていうか……“まだやれるぞ!俺は!”みたいな感じが残ってない?」
なぜか父親のライバルにフォローを入れてしまうナナシ。そんな親不孝者を大きな瞳でマインがジーッと睨み付ける。
「ナナシさんは一体どっちの味方なんですか……!?」
「も、もちろん!親父だよ!親父に決まってるだろ!」
マインの剣幕にナナシは圧倒され、僅かだが後ずさりした。
「ハハハッ」
ケニーはたじろぐナナシを見て自然と笑ってしまったが……。
「ケニーさんも!敵に同情なんかしないでください!!」
「……はい」
自分も怒られることになってしまった。
「皆様!ハザマ氏の後ろ!VIP席をご覧ください!ハザマ親衛隊がおられますよぉ~
!」
またまたナナシ達が話している間にステージ上では次の話題に移っていたらしく、司会者が大きな身振り手振りで観客を煽り、ある場所を指差す。
司会者が指した先には四人の男たちが堂々と立っていて、ステージを見下ろしている。中には陽気に観客に手を振っている者もいた。
彼らこそハザマ親衛隊。現大統領の身辺警護をするこの神凪屈指のエリート達だ。
「いや、なんでわざわざボディーガードを……?裏方なんてアピールなんてしなくてもいいだろうに……?」
ナナシが思ったことを素直に口に出した。この場で自分に強いボディーガードがついていることを強調する意味が彼には理解できなかったのだ。
「いや、あるぞ。アピールする必要。むしろマストだ!」
「ん?そうなのか?」
ナナシの考えをケニーがあっさり否定した。ナナシと違い、ずっとこの大統領選挙に注目し続けていた彼にはその重要性が痛い程わかっていた。
「うち……この国神凪は、オリジンズ被害が少ない方だが、被害が大きい国は、トップに力強さ……場合によっては 本当に“武力”が求められる。ハザマにはそれがない。一方、ムツミさんにはある。だから、自分に付き従う親衛隊なんかをアピールする必要があるのさ。というか、今日の討論の議題だしな」
「さっき、少し話題に出ましたが、最近暗いニュース……オリジンズによる事件や大規模な事故が多発しています。その結果、ハザマ大統領の支持率は下がり、逆にムツミさんの支持率は日に日に上がっているんです」
「あぁ、なるほどね……」
ケニーの発言にマインが補足する。二人の説明にナナシは納得した……が、新たな疑問というか心配がわき上がってきた。
「じゃあ……もし、選挙に勝って親父が大統領になった後、それらの問題を解決できなかったら、期待していた分、反動でひどいことになるんじゃない……?」
しゃべっている途中で、ナナシは青ざめていった。父親のことを心配しているのではない。また同じ過ちをおかしてしまったことに血の気が引いたのだ。
(ヤバい……また余計なことを言ってしまったか?こんなこと言ったら、盛り下がるよな……)
再び恐る恐る彼女の方を向くと、マインはさっきのように怒ることもせず、真剣な顔つきで、ナナシを真っ直ぐ見つめ返した。
「その通りです………それが“政治”というものなんです。そして、自分の安全を守ってくれるかどうか、自分の望みを叶えてくれるのはどちらか、国民が判断するためにこのような場が設けられたんです」
「そういうもの……だな」
「ええ……そういうものです」
マインが力強い眼差しを維持したままナナシからステージに目線を移す。ハザマ大統領がいつの間にか移動を終え、所定の位置に着いていた。となれば次は……。
「来ますよ。もう一人の主役……あなたのお父様、ムツミ・タイランが……!!」