あんたにとっての希望は……
銃声と悲鳴が絶え間無くこだまする命至中心部と打って変わって、旧カネシマ邸の周りはとても静かであった。
けれど、それはそれで不安になるのが、人間というもの。門の前にいる警備員二人も気が気じゃないと、忙しなく視線を動かしていた。
「………」
「誰もいないな……」
「あぁ、やはりこの辺りには暴漢はいないみたいだ……ふぅ……」
胸を撫で下ろす門番の片割れ。
一方、もう一人はそうとはいかないようで……。
「……だったらここはもう放っておいて、おれ達も応援に行った方がいいんじゃないか?」
「はぁ?マジで言ってるのかお前?」
「マジも大マジだ!!ここで二人ボーッとしていても仕方ないだろ!大変な場所に行って、市民の救助の手伝いとかした方がいいんじゃないか?」
「で、俺達が離れた瞬間、こっちにバカどもがやって来たらどうするつもりだ?」
「それは……」
「もどかしいのはわかるが、ここは与えられた仕事をこなすべきだ。きっと命至は大丈夫だって信じて耐えるべきだ」
「くっ……!!」
警備員は反論はできなかった。相棒の言葉は一言一句正しいと思えたから、何も言い返せず、悔しさで身体を震わせるしかできなかった。
「……わかった。お前の言う通りだよ……少し熱くなり過ぎていたよ、おれ」
「わかってくれればい――」
ドグシャアァッ!!!
「…………は?」
警備員は目の前で起こったことが理解できなかった。
突然空から降って来た金色の蜥蜴獣人に相棒が潰され、飛び散る肉片で守るべき門を汚し、鮮血で自分の頬を濡らす……。
そんなあまりに残酷な現実は精神の許容量をあっさりと凌駕し、彼を恐慌状態に陥らせた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「情けない……誇り高き鏡星の戦士ならば、目の前で同僚が殺されたくらいで取り乱すな。というか叫ぶより先にやることがあるだろ」
「やること……そうだ!ポリラット!!」
警備員はピースプレイヤーを纏い完全武装状態になると、拳銃をノクボへと向けた!
「よくもおれの仲間を!!」
「それでいい。まずは不審者の排除だ」
「喰ら――」
ザシュッ!!バァン!!
「――えっ!!?」
引き金を引こうとした瞬間、スーパーノクボが一気に距離を詰め、その鋭い爪でポリラットの腕を斬り落とす!本体と分断された腕は宙を舞い、発射された弾丸は夜空の闇に飲み込まれていった。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?腕が!?おれの腕が!!?」
「気概は悪くなかったが、実力が伴っていない。それではおれの首は取れんよ」
「くっ!?お前!!お前ぇぇぇぇっ!!」
「仕事を全うしようとする気持ちは尊く素晴らしい。けれど今回ばかりは職務放棄すべきだったな。この場を離れていれば、貴様も相棒も死なずに済んだのに」
「そもそもお前が来なければいいだけだろ!バカ!!」
「それは……確かにその通りだな」
ザシュッ!!ブシャアァァァァァァァァッ!!
「――ッ!?」
薄ら笑いを浮かべながら金色の蜥蜴は今度はポリラットの首を爪で斬り裂いた!傷口から真紅の液体を噴水のように噴き出しながら、優しき警備員はその生涯の幕を閉じた。
「すまないな。だが、鏡星の民が血を流すのはこれが最後だ。ここに眠るあれさえ手に入れば、この国は神凪にもグノスにも負けない強国に生まれ変わる」
そう呟きノクボは爪についた血を払いながら、旧カネシマ邸へと足を踏み入れた。
(重要文化財だからな。やはり内部は当時のままか)
ノクボは迷うことなく邸内を進んでいき、一際大きな広間へと到達すると、その奥にある掛け軸に目をやった。
(奴らがあれに気づいているかどうか……いや、仮に気づいていても怖くて動かせないはず)
掛け軸の前まで来ると、それを雑に取り外し、投げ捨てた。
(一見するとただの壁……だが、その奥には!!)
ボゴッ!!
掛け軸のあった場所を軽く……とはいっても、スーパーブラッドビーストなので、実際はかなりの力で叩き壊す。
「あった……!!」
壁の中は空洞になっていて、そこにノクボのお目当てのものが埋まっていた。
鍵穴のついた四角い金属の箱、つまり金庫が……。
(やはり動かせなかったようだな。その臆病さを普段のおれなら嫌悪するところだが、今は感謝しておいてやる。これで鏡星は生まれ変わることができる……!!)
ニヤニヤと醜悪な笑みを溢しながら、ノクボは腹に、正確には内臓に力を入れる。
「ぐへぇ!!」
反芻のように飲み込み隠していた何かを吐き出す。それは……古びた鍵であった。
「カネシマ将軍がおれに託してくれたこの鍵をようやく使うことができる……!先の大戦では間に合わなかった対神凪戦の切り札、ドクター・クラウチの作った試作薬三十四號がついに……!!我らの最後の希望……!!」
唾液を拭うと、手の震えをこらえ、ノクボは鍵を金庫に差そうとした。その時……。
「ノクボさん!!」
「!!?」
突如として広間の中に一体のボロボロのヴォーインが入って来た。
「……どうした?」
「た、大変です!!クシミヤさんが!クシミヤさんがやられました!!」
ヴォーインはかなり動揺している様子でガチャガチャと忙しなく動きながら、敗北の一報を報告した。
「そうか……」
対照的に衝撃的なニュースを聞いてもノクボは動じなかった。いや、むしろ長い間夢見ていた瞬間に水を差されて、静かに憤っているように見える。
「ノクボさん……?」
「よく知らせてくれた、ご苦労」
「どうも……」
「これが褒美だ」
ドゴォン!!
スーパーノクボは一瞬で距離を詰めると、顔面を躊躇うことなく殴りつけた!その衝撃は凄まじくヴォーインの頭は吹き飛び、畳の上を転がった……中身の入っていない空っぽのマスクが。
「ちくしょう……バレてやがったか」
ヴォーインの中に入っていたのは青き忍者、サイゾウ!彼はノクボの攻撃を察知し、パンチが当たる直前に後方に逃げていた。
「ちなみにどこがおかしかった?もしかしてクシミヤが負けるはずないとか信じている?」
「奴が負けるとは思えないが、この世に絶対はない。敗北の報告に関しては何も疑問に思わなかったよ」
「なら、何で……?」
「命至で部下を暴れさせていたのは、このカネシマ邸から少しでも注意を逸らすため。故に何があってもおれ以外はここに近づくなと。もし禁を破るならば、容赦なく処断する……そう部下に告げてあったんだ」
「つまり来たのが本物の部下でも殴っていたわけね」
「そういうことだ。騙し討ちできなくて残念だったな」
「本当にな……!」
心の底からがっかりしながら、サイゾウは刀を召喚し、構えを取った。
「外の様子やおれの圧倒的な力を今まさに目の前で見たというのに戦う気か?」
「そりゃそうだろ。故郷を焼き、この周辺の警備員を皆殺しにするような危険人物、野放しにできない。ましてやそんなあんたがここまでして欲しがったものを手にしようとしてんのに、見過ごせるかよ」
サイゾウはノクボ越しに壁の中の金庫を睨み付けた。
「あれはおれにとって最後の希望だ。誰にも渡さん」
「あんたにとっての希望は、俺を含めた他の大多数にとっては絶望でしかだよ。そいつが何なのかは知らねぇが絶対に渡すもんか」
「そうか。決意は固いようだな」
「色々と託されて来たんでな」
アツヒトの脳裏に今も市民を救うために奔走している仲間達の姿が浮かんだ。彼らのためにも負けられないと、闘志の炎が燃え、身体中に力が漲っていく。
「託されたか……それはこちらも同じ……!!」
ノクボの脳裏に甦ったのは、爆発するオオスギビル。文字通り命懸けで自分に付き従ってくれた同志マットンのことを考えると、彼に退くという選択肢はない。つまり……。
「仕方ない……ラストバトルと行こうぜ、似非ドラゴン!!」




