燃える都①
(………ん?……ここは……車の中か……?)
目を覚ましたサイゾウは耳に入って来るエンジン音と背中から感じる僅かな揺れから車の後部座席に寝ていると即座に理解した。
(救急車ではないな。それにこのレイアウトはオオスギビル近くまで乗って来た奴でもない。じゃあ……)
しばらく天井を見つめていたサイゾウだったが、ゆっくりと身体を起こし、椅子に座り直した。
「おっ!気がついたか?」
すると助手席から聞き慣れた声が。ボロボロの顔のドクトル・エーベルスが嬉しそうにこちらを覗き込んで来た。
その隣の運転席には白い毛むくじゃらの見知らぬ存在が車を操縦している。さらに二人の間、その奥によく知っているメーターが見えた。
「これはタクシーか?」
「開口一番がそれか?まぁ、自分が何に乗っているのかは気になるか」
「近くを通りかかったタクシーをお借りしたんですよ」
「その声……やっぱりカトウさんだったか」
「あ、そう言えばこの姿では初対面でしたね」
カトウ獣人態はチラリと一瞬だけ後ろに目をやり、軽く会釈をした。
「この姿でい続けるのもしんどいんですが、また変身し直すのはもっとエネルギーを消費してしまうんで。あと、車の運転にもブラッドビーストの反射神経は結構有効ですし……!」
そう言いながら山羊の獣人はアクセルを踏み、ハンドルを切って、車を一台抜き去った。
「それだけのドライビングができるなら平気そうだな」
「身体の節々が痛いですが、なんとか」
「俺の方は逆にラファエル装着し続けてると負担がヤバいから一旦待機状態に戻した。まぁ、こうしてお話できるくらいには支障ない」
「それは重畳」
「つーか、俺達よりもお前だろ。よく無事だったな。あの大爆発を見た瞬間、ぶっちゃけあいつ死んだなって思ったぞ」
「あぁ、俺自身もそう思ったよ。かなりギリギリだった……」
「お前を殺すことはできなくとも……道連れにくらいは!!」
ガチッ!!
「――!!!あの野郎!!」
マットンが自爆を試みていると察すると急速反転、サイゾウは全力で応接間の外に飛び出すと、倒れているブラッドビーストの死体に手を伸ばした!
「間に合え!!」
シュル!シュル!!
さらに手の内側からワイヤーを伸ばし、死体を絡め取ると……。
「ウラァッ!!」
ブゥン!!
マットンの方に投げつける!さらに……。
(こいつなら!!)
蜂獣人の死体を掴み、マットンの方に向ける。つまり盾にしたのだ。
ドゴオォォォォォォォォォォン!!
瞬間、ジャイルズ・マットン自爆!
体内に仕掛けていた高性能爆弾はその性能を遺憾なく発揮し、オオスギビルを揺らし、四階の窓ガラスを全て吹き飛ばした……が。
「ぐっ!!?」
肝心のサイゾウは仕留め切れず!先に投げた死体と盾にした蜂獣人が狙い通り、爆炎を遮りその身を守ってくれたのだ!
「ぐあっ!!?」
とはいえマットンの命を懸けた大爆発。猛烈な爆風に吹き飛ばされ、ガラスのなくなった窓から空中に放り出された!
「もう……もう一度ッ!!」
体勢を立て直しながら、再びワイヤー射出!目に入ったビルに取り付けられているアンテナに巻き付ける!
するとサイゾウは振り子運動の要領で勢い良く……。
ガァン!!バキッ!!
「――ッ!?」
勢い良くビルの壁面に叩きつけられ気を失い、衝撃でアンテナが折れたために地表に落下していった。
「……ってなわけだ」
「なるほどな。だからあんなところで寝てたのか」
「ぐっすりな……で、今の状況は?どこに向かっている?さっきのカトウさんの口ぶりからすると、戦いはまだ終わってないんだろ?」
「ええ……非常に残念ですが……」
カトウは片手をハンドルから離すと横にある機械を操作した。すると……。
『――放送!この時間は予定を変更して緊急生放送しています!!』
ノイズの走ったラジオの音声が車内に響き渡った。
「緊急生放送?まさか……」
「そのまさかです」
『ええ……今、命至では暴動が起きています!ピースプレイヤーを使ったテロの可能性もあると、政府は発表しています!なので、今命至にいる人達は決して外出しないこと!外にいる人は速やかにお近くの建物に避難してください!!繰り返します……』
カトウは悲しげな顔でラジオを切った。
そしてその表情の意味することを理解したアツヒトもマスクの下で顔を曇らす。
「藪蛇だったか……俺達の行動が奴らを凶行に走らせてしまった……」
「いや、フナトが奴らについていた時点で遅かれ早かれでしたよ。むしろあなた方が祖国に戻るまで待ってから、事を起こされていた方がきっともっとひどいことになっていた可能性も……」
「そういう風に心の底から鏡星の国民に思ってもらえるように、俺達でとっとと事態を収めるしかないつうことだな。というか、そうならないと俺の気が済まない……!!」
溢れ出す感情を少しでも発散しようと、エーベルスは拳を手のひらに打ちつけた。
「ドクトルの言う通りだ。今は後悔している時間もない……早く命至に!」
「はい!!」
カトウはさらにアクセルを踏み込み、タクシーを加速させた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
「くっ!?なんでこんなことに……」
「おいこっちだ!こっちで人が倒れているぞ!!」
「助けてください!助けて!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
「これは……」
命至は赤く燃えていた。
建物や車が炎に包まれ、罪なき市民達が泣き叫ぶ……。
その地獄のような光景にアツヒトは言葉を失った。
「なぜここまでできる!?この国を愛しているんだろ!?なぜ、愛するものにこんなひどいことができる!?」
「愛しているからだ」
「アツヒト……?」
「俺はかつてこいつらのように暴力で国を変えようとした組織に所属していた……」
「……そう言えば、お前は……」
「ですが、確かあなたは脅されて仕方なく……」
「だとしても国家転覆に協力してしまった事実に変わりはない。そんな償うことのできない過ちを犯した俺だから言える……国民に必要もないのに、涙と血を流させてはいけない!!それを善しとする奴がトップに立つに国なんてくそ食らえだ!!」
青い忍者は赤と黒が混じり合う空に叫んだ!怒りと悲しみを乗せて、咆哮した!
「アツヒトさん……」
「カトウさん、ドクトル、こんな暴挙は許しておけない!俺達の全力を持って叩き潰しましょう!!」
「はい!」
「貴様に言われんでもそのつもりだ」
「では……三国連合行くぞ!!」
三人は燃える都へと足を踏み入れる。少しでも多くの涙と血を流させないために……。




