燻る心③
「うわあっ!!?」
「ぐっ!!?」
「ググ!チョッキ!!」
「「「先生ーーーッ!!!」」」
ガーディアント二体が地面を転がると、子供達の悲鳴がこだました。
だが、どんなに怖くても逃げることはできない。なぜなら後ろは断崖絶壁……ならばやはり目の前の怪物を倒すしかない。
「ジャアァァァァァァァッ……!!!」
「「「ひっ!!?」」」
楽しい山菜取りを見事にぶち壊したのは岩のような肌を持った四足歩行のオリジンズであった。こちらを見つめる光のない白濁した眼が、地面を震わせるような低い唸り声が子供達の恐怖を駆り立てる。
「ググ!チョッキ!!今度は私が!!」
「いや、パパーン、君は子供達を守れ……」
「そうだ……それに接近戦でぼく達に勝てない君が、あいつと戦っても勝てるとは思えない……」
「だけどこのままではあなた達が……!!?」
「舐めてもらっちゃ困る……」
「元とはいえ十二骸将に鍛えられているんだぞ……」
「こんなオリジンズ!!」
「倒してやる!絶対、命に替えてもね!!」
「ググ!チョッキ!!」
ボロボロの身体に鞭を打ち、二体のガーディアントが突撃……しようとしたのだが。
「命を粗末にしろとは教えてないぞ!!」
「「「!!!」」」
「ジャッ?」
オリジンズの背後に見える四つの影!ウルスブランにアールベアーにシルルギリュウ!アイコが連れて来た応援がギリギリ間に合ったのだ!
「院長先生!!」
「すまない!戦いに集中するために通信を切っていた!そのせいでお前達を……!!」
「ジャッ」
ウルスブランの全身から怒気がメラメラと立ち昇った!それに反応したのかオリジンズは振り返り、子供達に背を向けた。
「そうだ……お前の相手はこのわたしだ!!こっちに来い!!」
「ジャアァァァァァァァッ!!」
ヘーグルンドの言葉が通じたのか定かではないが、オリジンズは新たにやって来た援軍の方に……。
「「「がんばれー!院長先生ーーッ!!」」」
「ジャッ!!」
「何!!?」
オリジンズは急遽方向転換!再び子供達の方に走り出した!
「ひっ!!?」
「この!何なんだ!お前は!!」
ガシッ!!
「――ジャッ!!?」
ウルスブランは慌てて尻尾を掴み、動きを止めようと試みる……が。
「ジャアァァァァァァァッ!!」
ブゥン!ドゴォ!!
「――がっ!!?」
オリジンズは身体ごとおもいっきり回転することで邪魔者を振り払う!ウルスブランの握力でもその凄まじい遠心力には耐えられず、吹き飛び、岩に叩きつけられた!
「ジャアァァァァァァァッ……!!」
「「「ひぃっ!!?」」」
そして障害を排除すると再び怯える子供達の下へ四つの足をどたばたと動かし、まるで恐怖を煽るようにゆっくりと向かって行く。
「ちっ!なんてパワーだ……アールベアーで止められるか?いや、止めるしかない!!」
深緑の熊は自分がなんとかするしかないと、先のウルスブランのように尻尾に……。
「違う!キャノンだ!!」
「シルル!?」
尻尾を掴みに行こうとした瞬間、シルルギリュウに制止され、アールベアーは足を止めた!
「キャノンを撃て!」
「キャノンだと!?ここからだと外したら子供達に当たるかもしれないんだぞ!!」
「誰が奴に向かって撃てと言った!」
「は?」
「上だ!空に向かって撃つんだ!!」
「何のために……」
「いいから早く!!」
「ッ!?わかった!オレは君を信じる!!」
シルルの必死な言葉に諭されたアールベアーは背中から伸びたキャノンを頭上に向けた。そして……。
ドゴォン!ドゴォン!!
言われるがまま発射!大気を震わせ、発射音が辺り一面に鳴り響き、光が空に昇っていく。
「こんなことをして一体何の意味があ――」
「ジャアァァァァァァァッ!!」
「――る!!?」
オリジンズ、またまた方向転換!くるりとアールベアーの方を振り返り、大口を開けて迫って来る!
「この!!」
アールベアーは咄嗟に突撃を回避。側面に回り込み……。
「はあっ!!」
前足に向かってストレートを放つ……が。
ガァン!!
「――ッ!!?」
「ジャッジャッ!!」
びくともせず。オリジンズの岩のような体表は見た目通り、かなりの硬度を誇っていて、殴ったランボの腕の方を逆に痺れさせた。
(こいつなんて硬さだ……!!こうなったらキャノンやハイベアブラスターで……いや、万が一にでも子供達に被害が出たらいけない。どうにかこいつをみんなから離さなくては……!)
「だが!!」
「ジャアァァァァァァァッ!!」
「またこいつ!!」
オリジンズは再び泣きじゃくる子供達の方に視線を向け……。
バババババババババババッ!!
「ジャッ!!?」
「こっちだ!『グラジャッタ』!!」
視線を向けようとした瞬間、ウルスブランがスターガトリングキャノンを空中に発砲!けたたましい音に反応し、オリジンズが動きを止める!
瞬間、ランボはオリジンズの生態、先ほどのシルルの指示の意図を理解した。
「こいつ、音に反応しているのか!!」
「そうだ!衝撃で思い出した……こいつはグラジャッタ!地中を移動するためか視覚は衰え、代わりに聴覚が発達したオリジンズだ!」
「そう言えばナナシもそんな感じのオリジンズとやりあったと言っていたな……だからシルルはオレにキャノンを……」
「そういうことだ!というか撃ち続けろ!奴を子供達から引き離すんだ!!」
「了解!!」
アールベアーはウルスブランの横に合流。そして……。
バババババババババババッ!ドゴォン!!
先ほどまでお互いに向けていた銃撃を空に向かって絶え間なく連射した!聞くに耐えない耳障りな爆音をかき鳴らしながら!
「ジャアァァァァァァァッ!!」
「潜った!?」
それに対し、グラジャッタは地面を掘り地中へと逃げる……いや。
ズズズズズズズズズズッ!!
地中を移動し、アールベアー達に迫る!地面をこちらに向かって隆起させながら、凄まじい勢いで近づいて来る!
「あれは……オレが躓いたのは、こいつの移動した跡だったのか!!」
「子供達のせいにして悪いことをしたな」
「シルル!!」
「償いのためにも奴を一刻も早く子供達から遠ざけるぞ!」
「あぁ!」
バババババババババババッ!ドゴォン!!
三人はこれでもかと音を立てながら後退し、グラジャッタを誘導。戦い易そうな開けた場所まで誘き寄せた。
「ここまでくればいいだろう」
「だな」
「では……一斉射撃だ!!」
ドゴォン!バババババババババババッ!ドゴォン!!
アールベアーのキャノンが!シルルギリュウの矢が!ウルスブランの複合兵装が同時に火を噴き、盛り上がった地面に一斉に降り注いだ!しかし……。
「ジャアァァァァァァァッ!!」
グラジャッタには通じず。無傷でピンピンしているオリジンズが地面から飛び出し、再び三人の前に姿を現した。
「オレ達の一斉射撃を耐えるとは、どんな強度をしているんだ、こいつは……」
「いや、ここまでダメージがないのは地面が壁になっていたからだろう。地上に出た今のこいつならきっと……」
「ならばもう一度!!」
アールベアーとシルルギリュウは再び攻撃の体勢を取ろうとした。その時……。
「何だって!!?」
「「!!?」」
隣にいたウルスブランが驚愕の声を上げた。何事かと二人は攻撃を中断する。
「どうしました!?」
「ググ達が確認したところ、ヘレンという子がどこにもいなかったらしい……どさくさに紛れてはぐれてしまったようだ……」
「だとしたら……」
「やはり流れ弾が怖くて射撃は使えん……!ヘレンがこの辺りにいる可能性は高くはないが、ゼロと言い切れない限り、わたしはこの親指を動かすことはできん……!」
ウルスブランは発射スイッチから親指を離すと、小刻みに手を震わした。
「ジャアァァァァァァァッ!!」
「「「!!?」」」
シュン!!
そんな彼を嘲笑うように、グラジャッタは口の中から舌を伸ばした。自分の体長よりも長く、舌とは思えないほど硬さを誇る舌をかなりのスピードで。
ドゴォン!!
「ジャッ!!?」
「ふん!」
「汚らしいものを近づけるな」
「こっちはそれどころじゃないんだよ……!」
かなりのスピードと言っても数々の修羅場をくぐり抜けた強者三人相手からすれば何のこともない。いとも容易く回避すると、舌はターゲットでも何でもない彼らの背後の地面に突き刺さった。
「ジャアァァァァァァァッ!!」
不本意な結果に怒り狂ったのか、グラジャッタは半ば自棄になって舌を縦横無尽に振り回した。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!!
やはり当たらず。舌はただひたすらに地面に線を刻みつけるだけ。
だが、一方でウルスブラン達もまた射撃を封じられた反撃ができずにいた。
「ちっ!鬱陶しい!できることならスターガトリングで撃ち落としてやりたいのだが……!」
「射撃が使えないとなると奴を倒すのは絶望的だぞ。アールベアーの打撃でもびくともしなかったんだからな」
「今、アイコ君とチョッキが全力でヘレンを探している。彼女を発見した報告があるまで、このまま大人しく回避に徹するしかないか……」
「いや、とっとと決着をつけよう」
「何かいい策があるのか、シルル?」
「要は流れ弾にならないように射撃すればいいんだろ?なら……」
シルルギリュウは回避運動を続けながら、人差し指で頭上を差した後、口元に移動させ、トントンとノックした。
その一見すると意味不明なジェスチャーでランボとヘーグルンドは彼女の意図を全て察した。
「なるほど……それなら周りに被害が出ないか」
「これが今ワタシ達にできる最善かと」
「あぁ、そうだな!これが一番手っ取り早い!!」
「そうと決まれば……シルル!オレを踏み台にしろ!!」
「ではお言葉に甘えて」
ガッ!!
舌の鞭を掻い潜りながら灰色の竜は深緑の熊の下へ。その肩に装備された盾を蹴り、上空へと跳んだ!
「ここからならヘレンとやらが穴に潜ってない限り問題ないだろ」
シルルギリュウは空中で弓を引き、狙いを定める。無軌道に動くグラジャッタの舌に。
「……今だ!!」
ザシュッ!!
「――ジャアァァァァァァァッ!!?」
放たれた矢は見事にグラジャッタの舌を上から貫き、地面に釘付けにする!さすがに痛かったのか、獣は今までと全く違う悲痛な叫びを上げた。
「後は任せた」
「「おう!!」」
「ジャアァッ!!?」
張り付けにされて身動きが取れなくなったグラジャッタにアールベアーと、自慢の武器を消したウルスブランが急襲!一気に獣の機能を失った白濁した瞳の前まで接近した!
「ヘーグルンド殿!」
「任せろ!!」
先行していたウルスブランは勢いそのままに拳を繰り出した……グラジャッタの口の中に。そして……。
「もう一度出でよ!スターガトリングキャノン!!」
ゴッ!!
「――ジャアァァッ!!?」
口の中で自らの身の丈ほどもある武器を再召喚!それはつっかえ棒の役目を果たし、グラジャッタの口を限界以上に大きく開かせた!
「仕上げは頼むぞ、アールベアー!!」
「はい!!」
ウルスブランは武器を離すと後退。入れ替わるようにアールベアーが前に出て、これまた背中のキャノンを口に突っ込んだ!
「腹の中に撃てば流れ弾もくそもないだろ……ファイア!!」
ドゴォン!ドゴォン!!
「――ジャッ!!?」
容赦なく発射された砲弾は喉元を焦がしながらグラジャッタの腹の中に到達!内臓を壊し、焼き、溶かした!
当然、それに耐えられる生物はなく、グラジャッタはその生涯を終えたのだった。




