おもてなし
「よっと」
ガシャン!
甲高い金属音を鳴らしながら、ナナシガリュウがビューティフル・レイラ号の甲板に着艦する。
スッ…
「本当……すごいね……この船……なんていうか……すごい……!」
続いてコマチが、ルシファーがほとんど音も立てずに着艦。豪華客船の巨大さに圧倒され、語彙力がなくなっている。
「ほい」
ストッ
最後に傭兵ことダブル・フェイスがふらりとコンビニに立ち寄るような軽い感じで到着。生身のままで……。
「………」
「なんだよ……?お坊ちゃん……?」
「……こっちのセリフだよ……ピースプレイヤー無しでどうやって……?」
「あぁ!はいはい!まぁ……なんだ……気にするな!気にしたら負けだ!」
「いや、でも……」
「ほれほれ、話してる暇はないぞっと!」
ナナシのもっともな疑問を傭兵は雑にはぐらかす。気にするなと言われても、めちゃくちゃ気になる。
「……どうやら、人はいないみたいだね……」
コマチはまったく気になっていない……というか、多分からくりを知っているのだろう。
彼は全神経を研ぎ澄ますと、周りを観察し、人の……敵の気配を探る。
「コマチを見習え、お坊ちゃん。ここは戦場……しかも、敵の腹の中だぞ……!」
「ぐぅッ!?……そうだな……」
傭兵の正論に、ナナシは湧き上がる好奇心を必死に抑え込む。実際、今この瞬間に襲われてもおかしくないのだ。
好奇心を警戒心に切り替え、コマチに倣って周囲を探り始めた。
「……ここは何もないな、お坊ちゃん」
「あぁ、そのようだな……じゃあ先へ進むか」
「うん」
一通り周りを調べ、何の仕掛けも罠の類いもないことを確認。三人はいよいよ船の内部に歩みを進める。
船の内装は外側と同じく非常に豪勢な造りになっていたが、電気が点いておらず、真っ暗闇の中ではその真価を侵入者達に見せつけることはない。
結局、豪華客船のインテリアを楽しむことも、そして幸いにも敵の襲撃に苦しめられることもなく、三人の勇敢なる侵入者は船の中心、カジノ場にたどり着いた。
「ここが……カジノか……」
ナナシが警戒を緩めず、キョロキョロと視線を動かす。辺りには当然だがスロットマシンに、ルーレットやカードの置かれたテーブルなんかがところ狭しと配置されている。
「……なんか……電気点いてないと……潰れたゲームセンターみたいだね……」
コマチも同じく、注意深く初めて来たカジノを見ていく。派手な装飾がこの暗がりでは寂しさを強調しているように思えた。
「……油断するなよ……!ここは、本当に!本当に!まっこと恐ろしい場所だぞ!」
ダブル・フェイスが警戒を強めるが、多分、いや、間違いなくナナシ達とは違う意味が含まれている。実際、どんな強大な力を持った敵よりも彼にダメージを与えられるのは、ここにあるスロットやルーレットであろう。とは言え、今はその危険はないのだから場違いには違いない。
「傭兵……お前なぁ……」
ナナシがさっきのお返しにと、傭兵に注意しようとする……その時!
カッ!!!
「!!?」
突然、電気が点き、カジノがそのきらびやかな正体を表す!ナナシ達も即座に戦士としての本性を剥き出し、臨戦態勢に入る!
しかし、そんな緊張感に包まれた彼らの前に現れたのはまったく予想だにしないものだった。
「やぁやぁ!皆さんよくぞ、我が船ビューティフル・レイラ号に来てくださり、ありがとうございます!」
「…………なんだ、あれ?」
「えーと……なんだろうね……?」
ナナシ達の目の前に現れたもの、それは珍妙な着ぐるみであった。
その姿を見て気の抜けるナナシとコマチ。対照的に……。
「あれは、この船のマスコット……その名も『ビューティ君』だ!!ぐうぅ……!」
傭兵が苦々しい顔でビューティ君とやらを睨み付ける。本当にここで嫌な思いをしたのだろう……でないとあんな間抜けな顔に親の仇かと思わんほどの憎しみの眼差しを向けられないはずだ。
「……で、そのマスコットが、ぼく達に何か用かい?こんな時間に一人で……残業って訳じゃないんだろう……?」
コマチがいつでも飛び出せるように身体に力を入れながら、かわいい?マスコットに凄んだ。
「まぁ、そう警戒しないで。私は君達と戦うつもりはないし、仮に戦っても君達が勝つに決まってる!自信を持って言える!私は弱い!絶対負ける!」
「……生憎、はい、そうですかって信じられるほど純粋じゃないのよ、俺」
声高らかに情けないことを宣言するビューティ君!しかし、それを鵜呑みにはしない。さらりと流し、決して警戒を解かず、かわいい?マスコットを見定める。
「……あれ、よく見るとピースプレイヤーだな……でも、戦闘用じゃねぇ……!お坊ちゃんでも余裕で倒せる」
「言い方に刺を感じるが……確かに戦闘用ではなさそうだ」
今は必要性を感じない嫌味を含んだ傭兵の言葉に、ナナシは若干むっとしたが、彼自身も独自の分析を終え、珍妙なマスコットの言葉が真実だという結論に至っていた。
そして、それで安心したのか最初にかけられた言葉の方に興味が移って行った。
「……あんた、さっき“我が船”って……それって、そのマスコットの設定みたいな話か?それとも、そのまんまの意味か?」
「うーん……それはね……」
どこか満足そうにビューティ君はナナシの話を聞いていた。
彼なりに今回の一件には迷いもあったし、罪悪感もあった。どこかで誰かに断罪されたいと思っているのかもしれない。だが、もう戻れない。止まれない。
「中の人などいない!って言うべきなんだろうけど……ここまで来た君に敬意を表して、正直に、嘘偽りなく答えよう。私はケンゴ・キリサキ!キリサキファウンデーションのトップだ!」
あっさりとマスコットは自分の素性を明かした。これが彼なりの覚悟であり、贖罪なのだろう。
「君とはパーティーかなんかで会っているはずだよ。覚えてないかな?ナナシ・タイラン君」
「……覚えてねぇな……こんな無茶をやらかすバカなら記憶に残ってるはずなんだが……」
嘘をついた。松葉港からここに来るまでのボートの上でケンゴのことを思い出していた。
彼の言った通り、パーティーで会っている。数多くの人間と出会ったが、誰もがナナシをタイラン家の人間だったり、ムツミの息子としてしか扱わなかった。しかし、ケンゴは一人の確固たる人格として、“ナナシ”として接してくれた。
だから覚えていた。だから許せなかった。嫌味の一つでも言ってやりたかった。なので遠慮なく言ってやった。
「……バカか……それは以前の私だよ…真実を知る前の……ね」
「何……?」
ケンゴの思わせぶりな言葉に、まんまとナナシが反応する。
「真実ってのは……ハザマのことか……?あんたもあいつに何か……」
これまで、戦った相手のことを考えると真実とはハザマ大統領の悪事を言っているのだろう。
ケンゴにも何か理由がある。譲れない何かが……。それさえわかれば戦わないで済むかもしれない。
この期に及んで、ナナシはそんな甘いことを考えていた。
「知りたいかい?だったら、私の“おもてなし”が終わったら……教えてあげてもいい……」
「おも……」
バギャン!!!
「なっ!?」
「これが私のおもてなし!中級オリジンズ『ラリゴーザ』君だ!!」
突如、壁が崩れたと思ったら、そこからナナシガリュウよりも一回り大きい全身銀の毛に覆われたオリジンズが飛び出してきた!
「ウホオォォォォォッ!!」
「ぐぅ!?」
バキッ!!!
「ナナシィ!?」
ラリゴーザは壁を壊した勢いそのままにナナシガリュウに突進、反対側の壁も壊してカジノ場から出て行った。ナナシと共に……。
「くっ!?」
「待て!コマチ!」
ナナシを追いかけようとするコマチをダブル・フェイスが制止する。そんなことをしてもろくなことにならないのが彼にはわかっていたから……。
「何で!?このままじゃ、ナナシが!?」
納得のいかないコマチが傭兵に詰め寄る!ここまで、感情を剥き出しにするのは出会ってから初めてのことだったので、傭兵は正直驚いたが、顔には出さない。
「冷静になれ!お前が行ったところでどうにかなるのか!?前の戦いでガタが来てるんだろ!」
「なっ!?気付いていたのか……!?」
「プロの傭兵だぜ………俺は」
自身の不調を言い当てられ、コマチは黙ってしまう。確かに、今のコマチが下手に援軍に行ってもむしろ足手纏いなるかもしれないのだ。
「マスコットが言う通りなら、あのオリジンズは中級……お坊ちゃん一人でも十分勝てるレベルだ。むしろ、苦手を克服するにはこれ以上ない相手かもな」
「でも……!?」
「お前はいざという時のために体力を温存しておけ……もっとヤバい奴がいるからな……」
「もっと……」
そう言うと、ダブル・フェイスは顎をしゃくり上げ、コマチの視線を誘導する。
ラリゴーザが壊した壁の奥……そこには、ナナシと同じくらいの背丈をした金髪の男が立っていた。
「……仲間がいたのか……軍関係者でめぼしい奴は確認したはずだが……知らない顔だ……貴様ら何者だ?」
金髪の男、ネームレスが傭兵達に不躾に尋ねた。想定外の敵の存在が気になって仕方ない様子だ。
「俺たちゃ、お坊ちゃんに金で雇われた傭兵さ……多分、ネームレスだよな、お前……?」
ダブル・フェイスが緑色の瞳で、同じく緑色をしたネームレスの瞳を睨み付ける。
「……結局は金か……!ボンボンらしいくそみたいなやり口だな……だが、人を……強い奴を見分ける目はあったようだな……!」
「お褒めに預かり光栄です……ってか」
ここにはいないナナシを軽蔑する。正直、あれだけの刺客を倒してここまでやって来たことには素直に感心していたが、金の力でどうにかしたと言うならガッカリだ。
一方、この傭兵達の力があればなんとかなる。ナナシがそう思って、協力を求めるのは理解できると思える強さを、一目見てダブル・フェイスから感じとっていた。
「この国の者ではないなら関わるな!」
「契約は必ず……いや、できるだけ守る!それが俺の流儀だ!」
二人が言葉を交わす度、徐々に空気が冷たくなっていく気がした……。
「ならば……」
「そう来なくっちゃ……」
両者の身体に力が入る。それを解放するきっかけを静かに待つ……。
『フィーバー!フィーバー!』
壁の崩壊に巻き込まれ、半壊したスロットマシンが突然鳴った!戦いのゴングだ!
「ガリュウ二号!!」
「ダブル・フェイス!!」
ガキンッ!!!
夜の闇を閉じ込めたような二つの漆黒の鎧がぶつかり合った!




