終わりと始まりを告げる花火
「ふん」
サイゾウが刀を引き抜くと、刀身には血と肉片がべったり付いていた。それをぶっきらぼうに払うと踵を返し、応接間の外へ……。
「まさかこのオレがここまで手のひらで転がされるとはな……」
「……まだ息があるのか。本当にタフだな、ブラッドビーストって奴は」
外に出ようとした瞬間、再びマットンから消え入るようなか細い声が聞こえたので、忍者は反転し、彼の方を向き直す。自らが作った真っ赤な絨毯に寝そべる彼の姿を見ると、ほのかに心が痛んだ。
「俺もここまでするつもりはなかったんだがな。だが、ここまでやらないといけないくらいあんたは強かった」
「そうか……血眼になって手にいれた強さが仇になったとは……やってられんな……」
マットンが思わず苦笑すると、血の溜まりに何重もの波紋が浮かんだ。
「……助からんとは思うが、あんたがどうしてもというなら俺の仲間の医者に診てもらうか?」
「ずいぶんと優しいじゃないか……」
「あんたは最後、俺の足を狙った」
「それがどうした……」
「自分が勝てないと悟ったあんたはノクボやクシミヤ、あとフナトもか?せめて仲間を追跡させないようにと、足を潰そうとしたんだろ?」
「つまり……敵であるオレの献身的な部分を見て、同情してしまったのか?」
「まぁ、そんなところだ」
「くくく……!!」
マットンが嗤った。さらに血を波立たせながら、それはそれは楽しそうに。それはそれは醜悪な顔で。
「俺、そんなに面白いことを言ったか?」
「あぁ、言った。オレが仲間のためにお前の機動力を奪おうとしたのは合ってるよ……合ってるが、それは追跡させないなんて生ぬるいことのためじゃない……」
「……何?」
「お前を殺すことはできなくとも……道連れにくらいは!!」
ガチッ!!
「!!!」
その言葉が、その笑顔の奥から響いた音が耳に届いた瞬間、アツヒトは全てを察した。奥歯のスイッチを押したのだと。そんなことをしたらどうなるのかが。
「この野郎!!」
急速反転、サイゾウは全力で応接間の外に飛び出すと、倒れているブラッドビーストの死体に手を伸ばした!
「間に合――」
ドゴオォォォォォォォォォォン!!
ジャイルズ・マットン自爆!
体内に仕掛けていた高性能爆弾はその性能を遺憾なく発揮し、オオスギビルを揺らし、四階の窓ガラスを全て吹き飛ばした!
「「!!?」」
「マットン……!!」
「アツヒトさん……アツヒトさん!!?」
黄金の天使と蟹は風と水の撃ち合いを止め、竜と見紛う蜥蜴は部下であり戦友の覚悟の死に顔を歪め、ボロボロの山羊は炎を吐き出すビルに向かって、悲鳴にも似た声で仲間の名前を叫んだ。
「ノクボ、あれは一体何だ!!?何をしたんですか!!?」
「見ての通り花火さ」
「花火!!?あれのどこが!!?」
「いいや、あれは花火だ。この腐った鏡星の終わりと新たな始まりを告げる花火……あれが上がったら、もうおれ達は止まれない!!」
「!!?」
戦友マットンの覚悟に当てられたスーパーノクボは昂る感情の赴くままに一気に距離を詰めると、鋭い爪をゆらゆらと揺れる炎の光を反射させながら旧友カトウに撃ち下ろし……。
「邪魔するぞ!!」
「「!!?」」
ラファエル乱入!文字通り目にも止まらぬスピードでスーパーノクボの側面まで回り込むと……。
ドゴオッ!!
「――ッ!!?」
おもいっきり頭を杖でぶっ叩いた!金色の蜥蜴は不意の衝撃で一瞬意識を失い、膝をついてしまう!
「カトウ氏!今のうちに退くぞ!一旦撤退だ!!」
「ドクトル……でもアツヒトさんが!!」
「だからあいつを助けに行くために退くって言ってんだろ!!」
「!!!」
「わかったら、さっさと行くぞ!!」
「は、はい!!」
エーベルスの言葉で我に返ったカトウはノクボに背を向け、転落防止用の柵に向かって走り始める!その後をラファエルも追って……。
「ひどいじゃないか……私をほったらかしにするなんて」
「くっ!!」
金ぴか蟹野郎のカットイン!ラファエルの前に立ちはだかる!
「しつこいんだよ!!」
「お前ほどの狩り甲斐のある獲物は滅多にいないからな……絶対に逃がさん!!」
「いや、逃げさせてもらう!!」
「!!?」
クシミヤの視界からラファエルの姿が消える。そして次の瞬間!
ガンガンガンガンガンガンガァン!!
「――ぐっ!!?」
全身複数箇所にほぼ同時に衝撃が走ると、黄金の蟹は後方に凄まじい勢いで吹き飛び、柵に叩きつけられた。
「失礼」
ひしゃげた柵にめり込むクシミヤを一瞥もせずにまずはカトウが屋上から飛び降りた。
「じゃあな。お前とは二度と会わないことを祈るぜ」
続いてラファエル。山羊と天使は闇の底へと消えて行った。
「大丈夫かクシミヤ?」
「問題ない……!」
そう言って立ち上がるスーパークシミヤの黄金の甲殻は汚れこそすれど、かすり傷一つついていなかった。
「さすがだな。それでこそ紅涙会最強の男だ」
「今、それを言うのは嫌味が過ぎるぞ」
「そんなつもりはない。お前と違っておれは完全に一回意識を失ったからな」
ノクボはいまだにじんじんと痺れる殴られた頭を軽く撫でた。
「グノスの天使型……ラファエルと言ったか?私達でも反応できないとはな」
「あぁ、だがあれだけの速度、普通の人間には相当の負担だろう。もう何回も使えん」
「その口ぶりだと、やはり今日決めるつもりか?」
「そうだな……あれだけの強者が国内に入り、逆に我らの重要な戦力マットンを失った今、時間が経てば経つほど、我らは追い詰められるだろう」
ノクボは振り返り、あからさまに興奮し、鼻息の荒くなっているフナトの顔を真っ直ぐと見つめた。
「ついに……ついになんですね!ノクボさん!!」
「あぁ、命至に潜んでいる同志達に伝えろ。計画は前倒し、今すぐ思う存分に暴れ、この国を叩き壊せとな」
炎を背にそう語る黄金の蜥蜴の姿は妖しく、禍々しく、それでいて美しかった……。




