立ち塞がる獣人②
マットンは煙草を机に押し付け、火を消すと立ち上がった。
「まぁ、オレは模範的な喫煙者だから嫌がる人の前では吸わないようにしてるんだがね」
「できることならその細やかな気遣いを鏡星やグノス、神凪に対しても発揮してもらいたかったな」
「それは申し訳ないことをした。次があったらそうするよ。次があったらの話だがね」
「自分の行く末を理解しているのか?噂通り賢いじゃないか」
「言ってくれる……自己紹介は今さらだな」
「あぁ、俺がここにいる理由も説明する必要もないよな?つーことでご同行願おうか?」
「断ると言ったら?」
「痛い目に遭うことになる。外の奴らよりはマシだが、おすすめはしないな」
「痛い目ねぇ……生憎この力を手に入れてから、そんな目に会った記憶はないな!!」
マットンが気合を迸ると、それに呼応して肉体が変化を始める!
「させるかよ!!」
バシュッ!バシュッ!!
その最中にサイゾウは躊躇することなく光の針を発射し、妨害を試みる……が。
「ふん!!」
キンキン!!
「ちっ!!」
間に合わず。マットンの柔らかい脂肪の塊に包まれた身体は真逆の硬い鎧のような表皮に覆われ、針はいとも容易く手で払われてしまった。その姿はまるで古代にいたアルマジロのよう。
「変化中に攻撃するとは情緒がないな~」
「悪かったな、空気が読めなくて」
(ディフェンスに定評のあるタイプか。一番ダルい奴だな。まぁ、やりようはいくらでもあるが)
気持ちを切り替えたサイゾウは一気に懐に踏み込み、マットン獣人態の眼前に。
「速いな。だが、オレも中々のもんだぞ!!」
反撃のナックル!マットンの剛腕が忍者のマスクに撃ち下ろされた!
ブゥン!!
しかし、これをサイゾウは僅かに身体を翻し回避!そして無防備になったマットンの顔面に……。
「はあッ!!」
バシュッ!バシュッ!!
手の甲から針を射出!サイゾウの狙いは今回も視界を奪うことだ!
「ふん!!」
キンキン!!
(こいつ……!!)
けれどマットンは咄嗟にうつむき、額から頭頂の鉄壁で針を弾き返す。
「今度は目潰しか。どこまでも実践的で……大変よろしい!!」
マットンはそのまま頭突き!頭からサイゾウの顔面に突っ込んで来る。
「どうも!!」
ガッ!ヒュン!!
青き忍者は向かって来る頭に手をつくと、体操選手が跳び箱を飛ぶようにくるりと回転しながら、軽快にマットンの巨体を飛び越した。
「すばしっこいな!この野郎め!!」
マットンは勢い良く振り返りながら裏拳!今まで凄まじい防御力を見せつけ続けていた表皮を叩きつけようとする!
「それが俺とこいつの取り柄なんでね!!」
ブゥン!!
しかしまたまたサイゾウ回避!僅かに身体を仰け反らせると裏拳は目の前を素通りしていった。
「はい!天誅!!」
サイゾウはさらにコンパクトかつ素早い動きで刀を斬り下ろす!
「そんな刀、オレの鉄壁のボディーの敵じゃない!!へし折ってくれるわ!!」
対するマットンもまた凄まじい反射神経で腕を刀の前に出し、逆に粉砕しようとする!
その光景こそアツヒト・サンゼンが見たかったものだ。
(こいつはトランスタンクと同じだ!自画自賛するように鉄壁の防御力を誇るが、動きを阻害しないために装甲に継ぎ目がある!そこならサイゾウのパワーでも斬り裂けるはずだ!!)
ほんの刹那の間にサイゾウはその継ぎ目とやらを見極め、刀の軌道を微調整する!そして狙い通りに刃はそこに……。
「もらった!!」
「甘いわ!!」
瞬間、マットンは腕を反りかえさせる。すると装甲と装甲が接近し、継ぎ目が狭まり、その結果……。
ガギィィィィィィン!!
「何!?」
サイゾウの刀は硬い表皮と表皮に挟み込まれ、見事に受け止められてしまった。
「ブラッドビースト流、真剣白刃取りってか」
「器用な真似を……!」
「器用だし、それ以上にパワフルだぜ!ジャイルズ・マットンは!!」
マットンは刀を挟んだまま全力で腕を横に薙ぐように振った。
ブゥン!ドゴオッ!!
「――がはっ!!?」
サイゾウは自らの身体にかかる凄まじい遠心力に耐えられず刀から手を離し、そのまま勢い良く壁に叩きつけられた。
「このまま終わらせてやんよ!!」
マットンは刀を放すと、サイゾウに一目散に突撃!衝撃でひび割れた壁に寄りかかる忍者に向かって再び拳を撃ち込む!
「うおりゃあ!!」
ドゴオッ!!
拳は深々と突き刺さり、大きな穴を開けた……応接間の壁に。
「こりゃ改装が必要だな」
ガシッ!!
「!!?」
サイゾウは拳が当たろうとした瞬間に壁から床に滑るようにして寝そべり、身体を極限まで縮め、攻撃を回避。さらに両脚でマットンの胴体を挟んだ。そして……。
「壁にキスしな!!」
ドゴオッ!!
鍛え抜かれた体幹でそのままマットンを頭から壁に叩き込む!鉄壁の表皮に覆われた頭部が壁にめり込むと、パラパラと破片がサイゾウの顔に落ちて来たが、それに当たる前に忍者は素早く獣人の股の下をくぐり抜け、距離を取った。
「やって……ないよな」
「おうよ!石頭には自信があるんだ!!」
「だよな……」
無傷の頭を壁から引き抜き、健在をアピールしてくるマットンの姿に青いマスクの下でアツヒトは口をへの字に結び、あからさまに不満そうな顔をした。わかっていたとはいえ実際その通りになるとガッカリするものである。
(強いとは聞いていたが予想以上だ。さっき戦った有象無象とはものが違う。何が厄介って、こいつの……)
「どうした!!攻めあぐねて!来ないなら、またこっちから攻めさせてもらうぞ!!」
マットン懲りずに突撃!距離を詰めるとまたまたサイゾウにパンチを繰り出した!
ブゥン!!
「ちっ!!」
「攻めてもいいが、もう少しマシなパンチを撃てよ」
しかし、サイゾウは顔を逸らし、容易く躱す。そしてそのまま……。
「ちょうどいい……俺が教えてやるよ!!」
カウンター!マットンのこめかみに向かってフックを放つ!
「はっ!余計なお世話だ!!」
けれどマットンは即座に反応!腕を上げガードす……。
ピタッ!
「!!?」
フックは寸止め!サイゾウは最初からパンチをしようなどとは思っていなかったのだ!彼の本命は……。
「はあッ!!」
ローキック!腰を入れて振り抜かれた青い脚は鞭のようにしなりながら、マットンの巨体を支える膝関節に襲いかかる!
「下らん真似を!」
ガッ!!
「――ッ!?」
けれどマットンはそれに超反応!脚を上げて、脛でカットした!
「狙いは悪くなかったが相手が悪かったな!オレにはそんなフェイントは通じねぇ!!そろそろ学習したらどうだ!!」
「いい年してこんなバカげたことやってるあんたに勉強しろとは言われたくねぇな」
「ならアホのまんま地獄に落ちな!!」
「あんたがな」
ヒュッ!ガァン!ヒュン!ヒュン!ガァン!!
マットンの猛攻はサイゾウの身体に触れることもできない。
しかし同じくサイゾウの攻撃も全てマットンに防御されてしまう……。
両者、どちらも決定打を与えることできないままひたすらに拳を肘を膝を脚を繰り出し続ける。
(ブラッドビーストの反射速度について来るとは、悔しいが神凪の兵士は相変わらず優秀なようで)
(防御力もさることながら、やはりこいつ反応が速い……!ブラッドビーストの最大の武器は人間を超えた反射神経だとは聞いていたが、まさかここまでとは……)
(まぁ、だがこいつがオレに勝つことはないだろ。オレの身体に傷つける武器は持ってなさそうだし、どうにでもなる)
(こいつを倒すにはあれをしかないな。そのためには隙を作らないと駄目なんだが、閃光弾のことは気付かれているだろうし、取り出す時間なんて与えてくれそうにない。じゃあ一体……)
「隙あり!!」
「!!!」
ドッ!!ゴッ!ゴッ!!
「ッ!!?」
思考の迷路に迷い込んだアツヒトに喝を入れるように、マットンの拳が下からかち上げるように増加装甲に炸裂!サイゾウは天井をバウンドし、床に倒れ込んだ!
「戦いの最中に考え事なんてしちゃ駄目よ。ましてやブラッドビースト相手には命取りだぜ」
「あぁ、そうかもな。だが、パンチ一発食らった甲斐はあった……この勝負、俺の勝ちだ」
「………あ?」
勝利を確信し綻んでいたマットンの顔が不快感に歪む。いや、むしろ戸惑いの方が大きいかもしれない。こいつは何を言っているんだと、自分の置かれた状況がわかっているのかと。
「天井に頭でも打ったか?ここから逆転できるとでも?」
「逆転も何も俺はもうすでに勝っているんだよ。そもそも言うほどあんたの戦いで劣勢にもなってないしな」
声色には一切の揺らぎもなく、ハッタリを言っているようには聞こえなかった。
その淀みの無さがジャイルズ・マットンの猜疑心を強烈に呼び起こし、動きを止めさせる。
(強がりか?だとしても躊躇うことなく眼球や関節を破壊しようとする奴が、策もなく煽るような真似をするか?というか、オレのパンチをまともに受けてすぐにあそこまで饒舌に喋れるだろうか?)
マットンは膝立ちのサイゾウを睨み付けながら、意識を先ほど殴った拳に集中させた。
(思い返してみると、奴の吹き飛ぶ勢いに比べて、腕に伝わる衝撃が小さかったような……奴め、自らジャンプして威力を殺したのか!!)
そんなことは知らずに偉そうにしていた自分を恥じ、思わず拳に力が入った。だが、その状態でも脳は稼働し続け、サイゾウの意図を探る。
(悔しいが奴にダメージはない!ならば奴はオレを引き付け、手痛い一撃を食らわせるつもり……ん?だったら弱っている振りをした方がいいんじゃないか?そっちの方が合理的であいつらしい。なのにそうしないということは……)
マットンは改めて目を凝らし、サイゾウをつぶさに観察した。すると……。
「……ふぅ……!!」
肩が上下し、息が乱れたように見えた。
瞬間、マットンは確信する。
(間違いない!奴はオレのパンチをいなそうとしたが失敗したんだ!致命的ではないがダメージを受けてしまったんだ!そしてそれを回復する時間を稼ぐために、何か策があるように見せかけている!つまりオレが取るべき行動は!!)
「時間を与えないこと!今すぐに全身全霊で奴を攻めることだ!!」
マットンは地面が抉れるほど蹴り、今日一番のスピードでサイゾウの下へ!拳を大きく振り上げ、全てを終わらせる一撃を繰り出そうとする!
その鬼気迫る姿を見て、サイゾウの青いマスクの下でアツヒト・サンゼンは……嗤った。
「正解だ、ジャイルズ・マットン……」
「オラアァァァァァァァァッ!!」
「それが俺にとって最高の、あんたにとって最悪の選択だ」
ザンッ!!
「……え?」
マットンの腕が、二の腕から下が、突然斬り離された。一瞬何が起こったかわからない獣人だったが飛び散る血液が顔にかかり、それから少し遅れて感じる激しい痛みによって事態を把握する。
「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?腕が!?オレの腕が!?」
ビルが震えるほど絶叫しながら切断面を必死に抑えるが、指の間からびちゃびちゃと音を立てて血がとめどなく滴り落ちる。
「な!?一体何が!!?」
マットンは涙目になりながら、腕の軌道を視線で遡って行く。だがそこには何も……いや。
「な!?あれは……」
空中に赤い線が引いてあった。正確には、凝視しないと気付かないような天井と床に張られた極細の線にマットンの血が伝い、視認できるようになっていたのだった。
刹那、マットンの脳内にサイゾウが天井でバウンドし、床に落ちる映像が再生された。
「あの時か……!」
「イエス。あの時、仕掛けておいたんだよね、こいつを」
サイゾウは立ち上がると、手首の内側に新たに装備された銃口のようなところから、マットンの腕を斬り裂いたものと同じ糸をだらりと垂らした。
「花山重工が開発した最新の極細ワイヤー。こんなに細いのに、丈夫さは……って、あんたに説明するまでもないか」
「オレに自らそいつに飛び込ませるために、あんな煽りを……!!」
「そうだ。もしあのままゆっくりとこちらに歩いて来ていたら、ただワイヤーに引っかかるだけで終わっていただろうからな」
「くっ!?まんまとお前の策略に乗ってしまったわけか……!!」
「まっ、ワイヤーに気づいて動きが止まったらそれはそれでその隙に直接ワイヤーを巻き付けるつもりだったし、ここまでスパッと腕が斬れるとは予想していなかったんだけどね」
そう言うとサイゾウはワイヤーを飛ばし、落ちていた刀に巻き付け、引き寄せ、再び手に取った。
「宣言通りこの勝負俺の勝ちだ、マットン。大人しく降参しろ」
「腕一本取ったくらいでいい気になるなよ……!!お前なんか片腕で十分だ!!」
「それはない。鉄壁の防御が破られた時点で、もう終わってんだよ。あんたほどの男ならわかるだろ?」
「そんな物わかりのいい頭をしていたら、こんなことはしとらんわ!!」
マットンは切断面から手を離し、自分の血液がべっとり付いたもう一方の拳を握り込むと、サイゾウに殴りかかった。
ブゥン!!
「バカが……」
しかし青の忍者はまたまた身体を僅かに仰け反らせて難なく回避する……マットンの狙い通り。
(バカはお前だ!オレの狙いは顔面一発KOじゃない!!お前の機動力を奪うことだ!!)
上半身に注意を引き付けておいて、足を踏みつけ!それこそがマットンの最後の悪あがきだった!
「狙いは足だろ」
「!!?」
ドォン!!
「な!?」
マットンは床にくっきりと足跡をつけることには成功した……が肝心のサイゾウの足はあっさりと引かれて、かすることさえできなかった。
「あれだけ見せられれば、お前の考えにも反応速度にも慣れる」
「くそ……!!」
「あんたは最後まで選択を間違えた……これはその報いだ」
ザシュッ!!
「――ッ!?」
サイゾウはマットンの腕の切断面に刀を突き刺す。自慢の表皮に覆われていないそこは抵抗なく切っ先を受け入れ、難なく胴体まで到達する。そして……。
「さらばだ、幻に踊らされた愚かな男よ」
グリッ!!グチャアッ!!
「………がはっ!?」
サイゾウが手首を捻ると刃はマットンの内臓をかき回し、獣人は鮮血を吐き出しながら、崩れ落ちた……。




