策謀の塔②
(おっとっとっとっ……とっ!!)
サイゾウはビルの壁面に上手いこと足をつけ、いい感じに落下速度をコントロールしながら、道路へと音もなく着地した。
(今のところ完璧……だよな?)
オオスギビルの入口前にいる柄の悪いサングラスのガードマン二人をカメラでズームして観察する。二人ともこちらを見ている気配はない。
(サングラスで視線はわからないが、反応がないってことは気づかれてないっぽいな。つーかあのグラサンってピースプレイヤーか?どこのメーカーが知らんが、索敵能力見直した方がいいんじゃない)
敵に察知されてないと判断したサイゾウはゆっくりと立ち上がると、そのまま堂々とガードマン達の下に歩き出す。
(サイゾウ本来の静音性で視覚だけでなく聴覚でも察知不可能。つまり俺にとってここまで……フリーパスだ)
そのまま透明忍者はガードマンの間を通り抜け扉の前までやって来た。
(問題はここから。さすがにいきなり扉が開いたらバレちまうからな。何かこいつらの興味を引けるものは……あれかね)
サイゾウは辺りをキョロキョロと見回し、転がっている空き缶に目を付けた。
(あれにちょちょいと……!)
そしてそれに向かって拳を向ける。正確には手の甲にある光の針の発射口を。
(ウラァ!!)
カンカン!!
「「!!?」」
「おい!?」
「何の音だ!?」
(ただの空き缶が転がった音だよ)
ガードマン二人は針に弾き飛ばされた空き缶の元に吸い込まれるように移動。その間に最小限だけ扉を開けて、サイゾウはビルの中に潜り込んだ。
「ちっ!空き缶が風で転がったのか」
「無駄な手間をかけさせやがって」
(無駄じゃないぞ。もし空き缶に釣られてなかったら俺がこの手で強引に夢の世界にエスコートすることになっていたからな。自分達の迂闊さと悪運の強さに感謝しろ)
心の中で無能なガードマンを徹底的に扱き下ろすと、サイゾウは本格的にオオスギビルの中に踏み込んでいく。
(一階に人の気配はないな。ってことは上か、それとも地下か……さっきインストールしたマップを見てみるか)
耳元に手を当てると今は視認できなくなっているマスク裏のディスプレイにビルの見取り図が表示された。
(改装した可能性があるとはいえ、この見取り図とそこまで様変わりはしないだろう。どうやら元々そこそこの企業のオフィスだったみたいだな。そうなるとマットンほどの大物をもてなすなら社長室か応接間ってところか。手始めに四階の応接間に向かうかな)
サイゾウは慎重に階段を昇り、二階を超え、三階にたどり着く。
(……声が聞こえる。それにこの音……ルーレットか。マットンが普通にギャンブルしてる可能性もあるし、一応、確認しておくべきかね)
音の鳴る部屋の前には警備も何も見当たらなかった。なので普通にドアを開けて覗き込んでみる。
「お賭けになりますか?」
「もちろんだ!!」
「くそ!あのカードさえくれば!!」
「悪いね。今日はとことん勝たせてもらうよ」
そこははっきり言って薄汚いオオスギビルの外観とは打って変わってきらびやかな装飾で彩られており、まるで現実ではないような優美な空間が広がっていた。そしてそこでこれまた立派な服で着飾った見るからにお金持ち達が悲喜こもごもになりながらルーレットやポーカーに興じている。
(儲かっているようで何より……って合法のカジノだったらそれで済むんだけど、これ違法だからね。証拠を記録させてもらいますよ)
サイゾウはカメラをズームし、客一人一人の顔を録画した。
(これで良し。後でカトウさんにこの映像を渡せば一網打尽だ。けど肝心のマットンはいなかったな。やはり上か。じゃあ移動しますかね。あのくそ手札じゃあのおっさんまた負けるな)
「くそぉっ!!また負けた!!」
(ほらね)
負け犬の悲鳴をBGMにサイゾウは再び階段を昇り出す。そして目的地の四階に。
(応接間は奥の方か。ここからだと気配は感じないが、マットンもそれなりの手練れならば油断はできない。慎重に慎重に)
まさに抜き足差し足忍び足。サイゾウはほんの少しも音を立てないようにゆっくりと、それでいて着実に前に。
「そこにいるのは誰だ?」
(!!?)
突然、目的地の応接間の中から声が響いた!自分に問いかけてくるような声が!
(気づかれたか!?いや、まだだ!今俺の姿は見えてないんだ。いくらでも誤魔化せる。きっと気のせいだと思ってくれるさ……)
自分でもかなり楽観的な考えだなと思いながらもアツヒトは祈らずにはいられなかった。どうかこの考え通りになりますようにと。激しく心臓を鼓動させながら……。
「誰かいるのかと聞いているんだ!?」
(大丈夫大丈夫……!)
そんな彼の前で応接間の扉が開く。ゆっくりとゆっくりと……。
「ッ!!?」
危うくアツヒトは叫びそうになった。
扉から出て来たのは毛むくじゃらで大きな耳を持ったブラッドビースト。その姿は古代に存在していたコウモリのようであり、ハザマ親衛隊のヨハンにそっくりであった。つまりその能力も……。
(ヨハンと同型のブラッドビースト!何であいつと同じ型が!?いや、ヨハンがあいつに似ているのか。元々この鏡星で開発したものをドクター・クラウチが奴に打ったんだ。つまりあの時神凪を襲った奴らと同型のブラッドビーストが他にも…って今はそんなことを考えている場合じゃない!あのタイプの聴力なら、サイゾウの駆動音も捕捉できるはず。つーかこいつがエコーロケーションまでマスターしてるならもうすでに……ヤバいな……無闇に動けなくなってしまった)
マスクの下で汗が滝のように流れ落ちる。緊張からかアツヒトには時間がいつもの何倍にも感じられた。
(頼むからとっとと戻ってくれ……!霧隠れが通用しない奴がいるなら、残念ながら作戦は中止だ……!とっとと尻尾巻いて帰ってやるから部屋に戻れよ、ミスター地獄耳……!)
「ふむ……勘違いか」
(そう!それ!!)
願いが通じたのかコウモリ獣人は踵を返し、応接間へと戻……。
「やはり神凪やグノスの軟弱者に我らの腹の中に入る度胸はないか」
「……何?」
「そこか!!」
アツヒトの呟きを聞き、コウモリ獣人突撃!ひとっ飛びで透明忍者の眼前まで迫り、その顔面に拳を撃ち下ろす!
ヒュッ!!
「むっ!!」
サイゾウは霧隠れを解除しながら、後ろに回り込む。結果、コウモリ獣人の拳は空しく空を切った。
「ほう……軟弱者にしてはやるではないか」
獣人の挑発はアツヒトの耳には届かなかった。今の彼はその前のあり得ない言葉で頭が一杯なのだ。
「おい……何で神凪とグノスの人間がお前らに探りを入れていると知っていた?何故、今日この場所に俺がいることがわかっていたんだ?」
「わからないのか?胸に手でも当てて考えてみろ」
刹那、薄ら笑いを浮かべるコウモリ獣人の顔がとある人物と重なって見えた。
「……考えるまでもないな。この場に俺達が来ていることを知っているのは、俺達を運んで来た奴だ……!」
「正解は……教えな~い。お前が答え合わせをすることはないよ」
コウモリ獣人は舌を出し、全力でサイゾウを侮蔑しながら、パチンと指を鳴らした。すると青の忍者の背後からぞろぞろと人相の悪い男達が出て来る。
「使い古された言葉だが、ベタや王道と呼ばれるものほど素晴らしいものはないからな。ありがたく使わせてもらおう……お前の命運はここまでだ、神凪のゴミ虫……!!」
サイゾウが敵に囲まれているのと時を同じくして向かいのビルで待機していたエーベルスとカトウの前にも招かれざる来訪者が訪ねて来ていた。
「ちっ!運転手も立派な仕事だってアツヒトに言われたのに……ご不満だったわけね」
「フナト……君は……!」
「申し訳ありません、カトウさん……ぼくはどうしても今のぬるい鏡星が許せない……一回滅茶苦茶にしてしまった方がいいと思うんですよ」
「そ、そこまでお前は……」
悪びれもせずにそう言い放つフナト。その瞳には一点の曇りもなく、自分のやっていることが正しいと信じきっているように上司には見えた。
「くっ!!貴様ら!!」
カトウは怒りの炎を瞳の奥に灯し、そんな彼の、そんな彼の隣でしたり顔をしている男達を睨み付けた。スキンヘッドの筋肉質な男と白髪の男を。
そう、アツヒトの無事を祈っていた二人の前に現れたのは、誰よりも会いたくて、それでいて今この瞬間には決して相対したくなかったこの任務の最終目標、紅涙会のボスと最強戦力だったのだ……。
「貴様らが……貴様らがフナトを唆したのか!クシミヤ!ノクボ!!」
「ふん」
「相変わらずお優しいようで安心したよ……カトウさん」
激昂するカトウに対し、クシミヤは下らないことをとふんぞり返り、ノクボは楽しそうに微笑みかけた。




