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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
力の行き場
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憎悪の渦の中へ②

「こいつが敵の親玉……」

「悪そうだな、性格も頭も」

「ぷっ!率直かつ辛辣な感想ですな、ドクトル」

 エーベルスの予想だにしない言葉にカトウの強張った真剣な表情は緩み、思わず噴き出した。

「ふぅ……」

 ただそれもほんの一瞬のこと。すぐにまた顔中に刻まれたシワをさらに深くし、意を決して重い口を開いた。

「ノクボはワシと初めて会った時から、カネシマ将軍にどっぷり心酔しておりまして。神凪と戦争することに対しても非常に好意的でした」

 カトウの脳裏に訓練生達の前で堂々と演説するノクボの姿が鮮明に甦った。


「ピースプレイヤーだという玩具にかまけている神凪など我らの敵ではない!!カネシマ将軍の下、勇敢そして強靭な我らブラッドビーストが一つに纏まれば必ずや勝利の栄光は鏡星のものだ!!」


「思い返してみれば、カネシマと同じく奴にも不思議な魅力があった。彼の言葉に心を揺り動かされ、日に日に取り巻きは増えていき、遂にはノクボは部隊を一つ任されて戦場に出た」

「結果は?」

「意地悪な……言わずともわかるでしょうに……」

 続いて脳内再生されたのは、演説した時の覇気を失ったボロボロのノクボが項垂れている姿であった。


「あり得ない……あり得ないあり得ないあり得ない!!我ら鏡星が負けるはずないのだ!!最強はブラッドビーストであるべきなのにどうして!?全ては……全てはあの紅きドラゴン、ジリュウのせいか……!!」


「部下を全て失いながらもなんとかこの鏡星首都『命至(めいし)』に戻って来た彼は憎悪の渦に飲み込まれていました。戦争終結後姿を眩まし、刑事に復帰したワシが奴の名前を再び聞いたのは、反神凪を謳う団体を立ち上げた要注意人物としてでした」

「今の話の流れからすると紅涙会って名前の由来は……?」

「屈辱にまみれ血の涙を流したことを忘れないために。そしてアツヒトさんのお察しの通り、神凪の紅き竜、ジリュウにリベンジを果たし、奴に涙を流させてやろうという決意が込められているそうです」

「内心中々いいネーミングだと思っていたが、由来はくそ執念深くて、くそ情けなくて、くそどうしようもないな」

「ワシも完全に同意見です。こちらから仕掛けておいて、返り討ちにあったこと逆恨み、それをいつまでもぐちぐちと……本当にどうしようもない奴ですよ、あいつは」

 そう語るカトウの声色は寂しげで、その視線はひたすら遠くを見つめていた。

「このノクボという男の感性もだが、それ以上に解せないことがある」

「何でしょうかドクトル?」

「何故、そんな危険人物と団体を放っておいたんだ?」

「それはカネシマ邸が取り壊しできないのと同様にいくつか理由があります。まずは軍部や警察が一枚岩でなかったから。戦後組織再編の折り、中心に据えられたのは反戦派、穏健派と呼ばれる面々でしたが、その本心は他人には計り兼ねます」

「心の中にではノクボと同じ穴の狢、カネシマシンパが潜んでいたのか」

「そこまでのがっつりな人はいないと思いますが、敗戦によるやるせない気持ちを抱え、ノクボや彼の賛同者に同情してしまった者も少なからずいて、彼らが対応を鈍らせたのは紛れもない事実です」

「情に絆される者が上に立つなと言うんだ」

「ですね。そしてもう一つの理由は発足当初からここ最近までそもそも紅涙会は鏡星はもちろん、神凪やグノスに弓を引くほどの力を持っていなかった」

「え?そうなのか?てっきり俺はこの性格も頭も悪そうなアホの信者がわらわらと集まって来たかと」

「鏡星国民はそこまで愚かじゃありません。そちらではどう伝えられているかはわかりませんが戦時中もこの戦争に疑問を持つ人は多かったんですよ。オリジンズ災害の少ない神凪の土地を得るという名目でしたが、その神凪が壊浜にオリジンズが襲来した直後でしたし、そのどさくさ紛れに攻めるなんてどういうことだと?おかしくないかと?」

「確かに前提から崩れ去っているな」

 アツヒトは呆れ返りながら、コーヒーを啜った。

「そもそも神凪よりオリジンズ災害が多いと言っても、グノスよりはマシですし、その他の国に比べて特別多いわけでもない平均的なもの。だったら神凪に向けるブラッドビーストを各地の防衛にあたらせた方がよっぽど有意義だと各所で声が上がっていました」

「聡明……いや至って普通の判断だな。やはりこいつの頭が悪いだけか」

 そう言いながら写真のノクボの顔を人差し指でベチベチ弾いた。

「ノクボは戦闘能力と人を惹き付ける力こそそれなりにありましたが、組織の運営能力はあまり高くなかったようです。だから警察なんかでもいずれ資金繰りに困窮するなり、ノクボのモチベーションが下がるなりして、紅涙会は自然消滅すると高を括っていました」

「けれどその楽観的な当ては見事に外れた」

「ええ。流れが変わったのは数年前にこの男達が合流してからです」

 カトウは新たに二枚の写真を差し出した。一枚にはまんまるでふくよかな男が、もう一枚には筋骨隆々なスキンヘッドの男が写っている。

「太っている男が『ジャイルズ・マットン』。彼は戦後しばらくしてから短期間だけ軍に所属していましたが、除隊後世界各地の闇社会を転々とし、裏での組織運営のノウハウを学んだようです」

「ノクボは足らなかった実務能力を手に入れたわけか」

「はい。もしかしたら二人は軍に入る前からの知り合いで、マットンの全ての行動は今のためのものかもしれませんね」

「一時期、軍にいたと言っていたが、強いのか?」

「武器の扱いに関しては平均と言ったところですが、近接格闘術はトップクラスの成績だったと」

「今もピースプレイヤーを?」

「いえ、彼は一部の物好きです。紅涙会に合流後、ブラッドビーストになるために薬剤を投与されたとの情報が」

「変身後の能力は?」

 カトウは振り返らずに首を横に振った。

「申し訳ありませんがさっぱり……」

「そうか……このスキンヘッドのマッチョメンは?」

「彼は『クシミヤ』。この鏡星で違法な金貸しやVIP御用達のクラブで用心棒をやっていた男です」

「思想強めな奴が続いたのに、急に俗物っぽいのが来たな」

「いえ、ドクトル、このクシミヤはある意味じゃノクボやマットン以上の思想の持ち主です」

「何?」

「彼が用心棒やっていたのは、より強い奴と戦うため、そしてそいつに勝ってより強くなるためらしいのです」

「なるほど……うちのカツミさんのタチ悪いバージョンってことね」

「そんなに強くなりたいなら軍や警察に入ってこの国のために身体を鍛えればいいのに」

「本当にそうしてくれるとありがたかったんですが、彼からしたら生ぬるかったんでしょうね」

「こいつもブラッドビーストか?」

「ええ。そしてこちらも情報はまだ掴めていません。ただ実力は間違いなく紅涙会ナンバー1だと」

「そりゃまた厄介な……」

 アツヒトは思わずため息をついた。

「この二人が加入してから徐々に紅涙会は裏社会で頭角を表していきます」

「優れた知恵と暴力を手に入れたんだから当然といえば当然か」

「そしてそれに勢いをつけるようにグノスが神鏡戦争の裏で暗躍していたことが発覚。グノスや報われない今の現状に対して怒りを覚えた若者達を言葉巧み取り込んで……」

「今回の事件か……やってられんな」

 エーベルスは空になったコップに三枚の写真を丸めて突っ込んだ。

「本来ならこうなる前に我が国で対処すべき案件だったのですが……力及ばず申し訳ありません」

 助手席と運転席の間から顔を出し、カトウは深々と頭を下げた。

「別にあなた一人の責任ってわけじゃないでしょ。顔を上げてください」

「そうだ。悪いのは下らん妄執に囚われているこのカスどもだ」

「だから気を取り直して今できることをやりしょう」

「はい……もう棺に片足突っ込んでいるような老兵ですが、これが最後の仕事だと思って粉骨砕身頑張ります!!」

「だからそんな気負うなって」

「あっ!どうもすいません……」

 カトウはペコペコと頭を上下させながら前を向き直した。

「んで、敵の紅涙会のことはよくわかったが、今俺達はどこに向かっているんだ?まさかいきなり本拠地に乗り込もうってんじゃないだろうな?」

「紅涙会は一つの場所にとどまることのない組織です。なのでそもそも本拠地と呼べるものはないですね」

「じゃあ、一体どこに?」

「本拠地はわかりませんが、彼らに資金提供している者達についてはここ数日わかり始めました。今から向かうのは命至の外れにある『オオスギビル』。どうやらそこでは夜な夜な違法賭博が行われているようです」

「その金が流れ流れて神凪やグノスを引っ掻き回したピースプレイヤーになるわけか」

「ええ、神凪で回収されたマシンの情報を遡っていったら、ここにたどり着きました。ちなみに先ほどのマットンの写真はこの周辺の監視カメラで捉えたものです。確か一昨日」

「なら、もしかして今日も来るかもな。そしたら一気にガサ入れして捕まえちまうか?」

「さすがにそれは……今日のところは地理を把握して、様子見だけですかね」

「ふん!まどろっこしい!!」

「ここは慎重にいかないといけないんで」

「アツヒトも同意見か?」

「あぁ、とりあえずな」

「「とりあえず?」」

「とりあえずだ」

 それ以上の問いかけには応じないとアツヒトは二人から顔を背け、窓の外に視線を向けた。

(ネクサスの奴らと一緒ならカトウさんの意見に同意し、焦るなと諌めるところなんだが、このメンバーなら、新たな力を得たサイゾウなら……思いきってもいいかもな)

 黒とオレンジが混ざり合う異国の空を見上げながら、アツヒト・サンゼンは密かにとある決意を固めた。


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