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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
力の行き場
283/324

憎悪の渦の中へ①

 神凪は元来、凶暴なオリジンズによって引き起こされる災害が少ない土地柄だったが、数十年前、巨大オリジンズ襲来により一部の地域が壊滅的打撃を受けた。さらにその混乱に乗じて隣国鏡星があろうことかオリジンズの血液で精製した薬品によって獣人になる力を得たブラッドビーストの軍団を率いて攻め込んできたのだった。

 結果として神鏡戦争にはかろうじてムツミ・タイラン率いる初代ネクサスの活躍のおかげで神凪は勝利することに成功したのだったが、鏡星の王族をたぶらかして、戦争を起こすきっかけを作ったブラッドビーストの研究者ドクター・クラウチは逃亡し、その背後に潜む黒幕の正体はわからず仕舞いであった。

 しかし、近年そのドクター・クラウチは新たなブラッドビースト軍団を率いて神凪に出没。しかしムツミの息子ナナシ・タイランと罪深き牙ネームレス、そして二代目ネクサスによって倒され、そこから流れるようにグノス帝国のラエン皇帝が宣戦布告。ネクロやコマチという尊い犠牲もありながら彼女も倒され、戦後彼女に殺された前グノス皇帝、『バオートゥⅧ世』が裏で暗躍して鏡星が神凪と戦争するように仕向けていたことが白日の下に晒されることになった……。



「……今までのことを簡単にまとめるとこんな感じかな」

「ご丁寧にどうも。よっぽどのバカじゃなければ三ヵ国の国民なら誰もが知っていることだがな。そして俺はよっぽどのバカじゃない」

 鏡星のとある立派なお屋敷の門から少し離れたところで、警備の人間に訝しげに見られながらこれまでのあらましを説明してくれたアツヒト・サンゼンにドクトル・エーベルスは舐めるなと不快感を露にした。

「別にあんたのことをバカだとは思ってないさ。ただ念のために確認をな」

「ふん」

 和やかなアツヒトと険しい顔のエーベルス、対照的な表情をしている両者だったが、妙なところで波長が合うのか、コーヒーショップで買ったアイスコーヒーに二人同時に口をつけた。

「ん!鏡星のコーヒーはうまいな!」

「別にグノスや神凪のものと変わらんだろ」

「だとしたら旅先でワクワクしているからそう感じるだけか」

「旅行じゃなくて仕事だろ。しかも国家を揺るがす事件の捜査。もっと緊張感をもってやった方がいいんじゃないか?」

「今からそんな肩肘張ってたら、いざというときに力が出ねぇよ。あんたこそ不満なのはわかるが、そろそろ機嫌を直せよ」

「いや、この恨みは一生ものだとランボ・ウカタに伝えておけ。あいつめ、恩を仇で返しやがって……!!」

 エーベルスはほくそ笑むランボの顔を想像し、額に山脈のような青筋を立てた。

「一応擁護しておくと、グノスが国家の総力を上げて作り上げたピースプレイヤー、ラファ……」

「ラファエル」

「そのラファエルをこのまま国内で隠し持ち続けるなんてのは無理な話だ。今はまだ混乱して地方まで手は回っていないが、シルル達が軍部を立て直したら、遅かれ早かれバレていた」

「わかっているさ。だからランボの奴が俺のことを話すタイミングを伺っていたのも理解できるし、話したことについてはそこまで怒っちゃいない」

「なら」

「だが!いきなり鏡星に行って、テロリストと戦ってこいはないだろ!」

「それはまぁ……そうだな」

 ランボの肩を持っていたアツヒトも改めて聞くと、ちょっと酷いなと納得してしまった。

「今回の一件で中央に力を見せつければ、一目を置かれ俺にとっても好都合だろうと考えてのことだろうが、俺はあくまで医者だからな。こういうのは向いてない」

「ラファエルと同じグノスの天使型ピースプレイヤーの力を文字通り痛いほど知っている俺からすると、装着できただけでも其処ら辺の奴らより向いてる気がするけどな」

「そんなものは錯覚だ。間違っても俺を戦力として数えてくれるなよ」

「天使型のことはよく知っているって言ったろ。その強さもリスクも承知している。頼りにはしているが、不用意にこきを使うような真似はせんさ。ランボの奴もできることなら偵察のためにちょっと飛んでもらうくらいで済ましてやってくれと言われているしな」

「ならば良し」

 話がまとまったって安心したのか、また二人同時にコーヒーを飲んだ。

「……それでいつまでこのよくわからん屋敷の前でコーヒーを楽しんでいるつもりだ?」

「鏡星の人間が来るまでだな。ここで待ち合わせって言われたんだよ。それにここはよくわからん屋敷じゃない」

「有名なのか?」

「あぁ、ここは……」

「旧カネシマ邸です」

 突然に耳に届いた聞き慣れない声のした方向を振り向くと、白髪の老人が手を振っていた。

「あなたが待ち合わせ相手の……」

「『マサヤス・カトウ』です。よろしくサンゼンくん」

「アツヒトでいいですよ、カトウさん」

 アツヒトはカトウのシワだらけの手とがっしりと握手した。

「で、君がドクトル・エーベルス」

「ええ、短い間だがよろしく頼みます」

 続いてエーベルスも握手……すると同時にその肌触りから体調を探る。

「……少し疲れているな。手に張りがない」

「ご存知の通り最近慌ただしいもんで、あまり眠れてないんですよ」

「睡眠は何よりも大切だ。後でぐっすり眠れる漢方を処方してやろう」

「それは助かる……ですが、できることなら、ワシの安眠を妨げる不埒な輩を排除する手伝いをしてもらいたいのですど」

「それはサンゼンの仕事だ」

「わかってますよと。イエーイ」

 アツヒトは気だるげにピースなどして見せた。

「ふん、やる気があるんだかないんだか……で、旧カネシマ邸というのは有名なのか?」

「ええ、かつて神凪との戦争を当時の王家に強く進言したのが、この屋敷に住んでいた『トモノスケ・カネシマ』将軍だったんです。好戦的で神凪やいずれはグノスも侵略するべきだと主張していたのですが、敗戦の少し前にこの屋敷の中で自ら腹を裂いて自害しました」

 カトウは当時のことを思い出すと、目を細め立派な門を寂しげに見つめた。

「色んな意味で縁起が悪いな。こんな後生大事に警備なんてつけてないで、とっとと取り壊した方がいいんじゃないか?」

「そうはいかない理由は三つ。一つ目は単純に文化的に価値が高いから。昔のお偉いさんが高名な建築家に作らせたものを、流れ流れてカネシマが買い取って今に至る」

「それならおいそれと壊せないな」

「二つ目は下手にこの屋敷を壊すと今もこの国に蔓延るカネシマシンパを刺激することになるから。今回の一連の事件の黒幕と目される『紅涙会(こうるいかい)』なんて、きっと怒り狂うでしょう。だからここ数日は特に」

「なるほどな。だからやたらと警備が厳重なのか」

「制服来た奴はこれ見よがしにうろちょろしてるし、制服来てない奴もさっきからちらほら見かけたもんな」

「私服警官の存在までバレていましたか。さすが神凪とグノスの代表に選ばれる戦士達だと褒めるべきか、それとも我ら鏡星の戦士どもは情けないと嘆くべきか……」

 カトウは苦笑を浮かべながら、バツが悪そうにこめかみを掻いた。

「そこは俺達が優秀ってことで」

「そうしておきましょう」

「それでこの屋敷が壊せない三つ目の理由は?」

「それについてはあまり人目のあるところで話すのはよろしくない。いずれ時を見て説明しますよ」

「むぅ……もったいぶられると余計に気になる」

 エーベルスは不満を感じているぞと主張するように口を尖らせた。

「すみません。ですけどこればっかりは……とにかく君達に鏡星の歴史が詰まったこの屋敷を見せるという目的は果たしました。そろそろ移動しましょう」

「だな」

「面倒は早めに片付けるに限る」

 カトウは門の警備をしている者達に軽く会釈すると歩き出し、アツヒト達はその後ろについて行った。

 しばらくすると道の端に車が停めてあり、運転席から若い男がこれまた軽く会釈して来る。

「あの車ですか?」

「ええ。見ての通り、運転手がいますし、ワシはナビのために助手席に乗りますから」

「俺達は後部座席に乗れと」

「その通りです。シートベルトはきっちり締めてください。鏡星ではベルト無しは違法ですから」

「神凪でもだ」

「グノスも同じく……田舎住まいの俺の周りじゃちらほら無視してる奴もいるがな」

「今回は頼みますからうちの流儀に従ってください」

 カトウの願いを聞き入れ、アツヒトとエーベルスは後部座席に乗るや否やしっかりとその立派な体躯にベルトを巻き付けた。

「サンゼンさんとドクトル・エーベルスですね。ぼくは『フナト』です。ただの目的地まで運ぶ運転手ですが、よろしくお願いします」

「謙遜するな。運転手も立派な仕事だろうに」

「そうですよ。謙虚と卑屈は似て非なるものです」

 そう部下に注意しながらカトウは助手席に。当然、即シートベルトを締めた。

「では、立派な仕事を立派に果たして見せます」

 フナトは誇らしげにアクセルを踏み、車を出発させると、アツヒトとエーベルスはまたまた仲良く同時に窓の外に目を向けた。そしてまた二人一緒に……。

「「普通だな」」

 流れ行く景色の感想を呟いた。

「ブラッドビーストが跋扈する野蛮な国だと思っていましたか?」

「頭ではそうは思っていなくとも」

「幼き日より刻みつけられたパブリックイメージというのはどうしてもな」

「まぁ、あなた達世代なら幼少期には他国に侵略する酷い国と教えられていても仕方ない。けれど見ての通り、この国の住人はあなた方の国の人と何ら変わりない。ブラッドビーストの研究もずっとされていません」

「神凪とグノスの事件でもミェフタ製のピースプレイヤーが使われていて、ブラッドビーストは見なかったな」

「それも他国と同じ。今や、いや当時の時点でピースプレイヤーに勝っているところなんてほとんどありませんでしたから、一部の物好きと先の戦争の折りに徴兵され、薬を打たれたワシら老いぼれくらいしかブラッドビーストは残っていませんよ」

「握手の時に、妙な違和感を覚えたが、やはりあんたはブラッドビーストだったか」

「元々刑事をやっていたんですが、腕っぷしが強かったもんで。ですけどワシはあの戦争に疑問を持っていたので、あれこれ理由をつけて戦場には結局出ませんでしたけどね。その時、一緒に訓練を受けたのがこの男です」

 カトウは後部座席の二人に一枚の写真を差し出した。

 そこに写っていたのはカトウと同年代の白髪の男。しかし見るからに物腰の柔らかそうなカトウとは真逆で、眼光鋭く、触れるもの全てを傷つけるような危うさを写真からも醸し出していた。

 それもそのはず、彼こそが……。

「この男が今回の事件を仕切っている紅涙会の創設者にして首領『タカトキ・ノクボ』です」


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