因縁の国、沈黙の将
「悪い、遅くなった」
突然のテロから一夜明け、情報を精査するためにヤルダ宮殿の一室に集められたネクサス達の前に、慌てて資料と湯気が立ち上るコーヒーを入れた紙コップを持ったシルルがやって来た。
「気にするな、昨日の今日だからな」
「オレ達もちょうど来たところだ」
「何より我は人間と違い心が広い!似た名前のよしみで許してやろう!!」
「それはどうも」
シルルは苦笑しながら、お許しを頂いたシルバーの対面へと腰を下ろした。サイドに控えるランボとサイゾウの装着者、アツヒト・サンゼンの前にも紙コップに注がれたコーヒーが置いてあり、そこから放出される香しい匂いが鼻腔を刺激した。
「で、奴らは何か喋ったか?」
「ピースプレイヤーを使っていた奴らは恥ずかしながら我がグノスで現地調達した物欲と暴力衝動を煽られたただのチンピラだ。言う通り暴れてくれれば、金銭と使っていたピースプレイヤーをプレゼントされると言われ、まんまと誘いに乗ったようだ。全く嘆かわしい」
この身を挺して守るべき自国民の倫理観の無さに憤りと羞恥心を感じ、シルルは深いため息をついた。
「民度が高いと言われている国でも、どうしようもない奴はいるもんさ。かくいう神凪も全く同じ誘い文句に騙されて暴れた馬鹿が出て来たわけだし」
「他国のことだから詳細は聞いていなかったが、戦力は今回と同じか?」
「ほぼな。ピースプレイヤー数機と部品にばらして、国内で組み立て直したトランスタンク一台だ。ドローンは見当たらなかった。ちなみに今回と同じく全部ミェフタ製」
「君が対処したのか?」
アツヒトは紙コップを揺らし、コーヒーの表面を波立たせながら、それに合わせるように首を小さく横に振った。
「いや、俺はその時別の用事があったから、ナナシガリュウが出動要請を受けた」
「では、ナナシガリュウが……」
「いや、あいつが到着した頃には終わっていた。昨晩のあんたらと同じく馬鹿が暴れた近くで元ハザマ親衛隊の面々が食事していたらしく、異変に気づいた彼らが、正確にはカツミさんが一人で片付けたらしい」
「オレのところに資料としてケニーさんから何か丸くまとめられたスクラップの残骸が送られて来ていたが、今思うとあれはミェドヴェートだったんだな」
「その画像、後でワタシにも送ってくれ。なんだか縁起良さそうだから待ち受けにする」
「了解」
「んで、そのまんまるになったトランスタンクから救出した恐怖に怯えるパイロットを尋問したら、鏡星の反神凪組織の一員だって白状したわけさ」
「こちらも同じだ。先ほど目を覚ましたミェドヴェートの操縦士に問いかけたら、あっさりと口を割った。どうやら最後の一発がかなり堪えたらしい」
「悲しいけど、どうしようもなく暴力って奴は有効なんだよな……」
この世の切ない真理を語り、そんな最低な世の中を憂うアツヒトは自分を慰めるようにコーヒーの苦味を緩和するミルクとガムシロップを入れ、かき混ぜた。
「鏡星で反神凪を掲げる団体の動きが活発になっている話はワタシ達、グノスの方にも届いていた。先の神鏡戦争を唆したのは先代、いや先々代のグノス皇帝だからな。我らにその憎しみの矛先が向いても何らおかしくはないと思っていたが……」
「悲しいかな当たって欲しくない予想が当たったってわけか」
「あぁ、非常に残念だ。だが、嘆いていても仕方ない。今やるべきことは日取りも決まっていなかったグノス・神凪・鏡星の三ヵ国会談と平和に泥を塗るくそ団体を葬る連合部隊の設置を前倒しすることだが……君が来たということはそういうことだな」
「そういうことだ」
アツヒトは気だるげにピースなどして見せた。
「速攻で鎮圧されたとはいえ神凪国内でテロなんかやりやがったからな。一刻も早く元凶を断つために俺が鏡星に派遣されることになった」
「貴様一人がか?先ほど名前の出たカツミ・サカガミやナナシ・タイランは連れて行かないのか?」
「国内の警備を留守にするわけにもいけないし、ナナシの場合は親父さんのことで余計にアホどもを刺激しかねないから」
「ムツミ大統領は神鏡戦争では無茶苦茶やったからな」
「そうなのか?えーとどれどれ……」
シルバーウイングはデータベースから神鏡戦争とムツミ・タイランをキーワードとして検索し始めた。
「……これか。何々……補給部隊と前線を分断して兵糧攻めなんかやったのか、我らが大統領は」
「食事を大量に必要とするブラッドビースト軍団にとってはそれが一番効果的だったんだよ。それに弱ったところを攻めれば、反撃もなく、敵も味方も死なずに済むと考えたんだ。あくまでムツミ大統領は最も血が流れない方法として兵糧攻めを選んだんだ」
「だけどそれはこっちの言い分。鏡星の奴らからしたらえげつないことしやがってと恨んでいる奴も相当いるだろうし、それを英雄視していることも面白くない」
「当時の鏡星の兵士達は我らグノスと同じく軍人というより武人然とした者が多かったと聞く。きっと正面から戦わないことを卑怯と感じた者も多いはずだろうな」
「なら、ナナシは行かない方がいいな」
「あいつ自身もそう思ってるから絶対に行かないとさ。そうでなくともめんどくさがりだから、あれやこれや理由つけて断っていたと思うが」
「ものぐさめ!それに比べて我はとても働き者だ!紅の竜の代わりにこの気高く美しい銀色の翼がお供してやろう!光栄に思え!」
シルバーはガシャンと力強く胸を叩いて、任せておけとアピールしたが……。
「いや、お前、新装備受け取るために神凪に戻るんだろうが」
「……あ」
あっさりとアツヒトに拒絶された。
「な、ならば新装備受領は先延ばしにして……」
「そんなことしなくて結構」
「だが、貴様もさすがに一人では心細いだろうに……!」
「心細いと言えば心細いが、鏡星としても国内に他国の戦力を入れたくないだろうから、仕方ねぇな」
「けれど我の飛行能力は偵察やら何やらで有用だぞ……!」
「重々承知してますよ」
「なら!!」
「だけど偵察任務なら俺も十八番だ。お前より一足先に花山重工から新装備を受け取っているしな」
そう言うとアツヒト懐から巻物を二本取り出し、これ見よがしにシルバーのカメラの前で振った。
「それが噂のサイゾウのパワーアップユニットか」
「名付けて皆伝の装。個人的には今のサイゾウが気に入ってるから、あまり余計なもんはつけたくないんだが、花山会長とケニーさんにゴリ押しされてな」
「ちなみに二本あるのは、皆伝の装は二種類あるってことか?」
「いや、せっかくだから予備として持っていけって言われただけで、両方全く同じ装備だよ」
「まぁ、備えあれば憂い無しとも言うし、予備を用意しておくのはいいことなんじゃないか」
「あぁ、名前こそ知っているが行ったことのない未知の国だからな。これで安心安全!というわけでお前を連れて行く気は一切これっぽっちもない!」
「ぐうぅ……!!」
頑張って食い下がったが、結局ダメだった自称最新最高AIはただただ唸ることしかできなかった。
「で、話を戻すと今回の事と成り行きを伝えるついでにグノスの代表者を確認しておきたいんだが……あんたでいいのか?シルル」
シルルはアツヒトの問いかけに首を横に振って否定の意志を示した。
「当初の予定ではそのつもりだったのだが、生憎近々とある人物と会おうと思っているのでな」
「とある人物……昨日、オレに会って欲しいと言っていた人か?」
「そうだ」
シルルはテーブルの上に置いてあった資料から一枚の写真を取り出して見せる。眼鏡をかけた白髪の老人が写っていた。
「彼は?」
「元十二骸将『ヨーラン・ヘーグルンド』。ラエンが皇帝に即位してすぐに彼女の横暴に耐えられずに職を辞して田舎に引きこもってしまったお方だ」
「そんな勝手な真似をしてラエンは怒らなかったのか?」
「彼女の強さに並ぶ数少ない美点が自分に歯向かう者には容赦なかったが、去る者に対しては寛容だったところだ。特に何のお咎めもなかったよ。今も確か孤児院の院長なんかやって元気に暮らしている」
「なのに彼をまた戦場に引き戻すつもりか?」
「……あぁ」
罪悪感を強く感じているのかシルルは思わず頭を垂れ、目を伏せた。
「ワタシ個人としては彼に穏やかな余生を送って欲しい。しかし、見ての通り我がグノスはボロボロだ。優秀な人材はいくらあっても足りない」
「背に腹は変えられんというわけか……」
「あぁ、それが我が国の現状だ……」
「このヘーグルンド殿に軍に復帰してもらいたいのはわかったが、なぜ彼をオレに?」
「これまでワタシを始め、色んな人物が彼を説得に行ったが、いい返事をもらえなかったのでな。ここは趣向を変えて他国の人間と会わせてみてはと思ったんだ」
「だったら孤児院出身のアイムの方が適任じゃないか?色々と通じるものがあるかも」
「逆に同情を買っているように思われて不快に思うかもしれん。個人的には友人として彼女の生い立ちを利用するのにも気が引けるしな」
「……浅慮だった。今の発言は忘れてくれ」
ランボは自分を戒めるように額を軽くノックした。
「一応言っておくが、ワタシなりに色々考えた末の君への提案だ。ヘーグルンド殿と君はよく似ているからな」
「オレと元十二骸将が?」
「戦闘スタイルはもちろん彼は機械にも強く気配りできて、当時の十二骸将の中では縁の下の力持ち的なポジションにいた。今の君のネクサスでの立ち位置と一緒だ」
「別にオレはそんな大した人間じゃ」
「謙遜するな。お前が支えてくれてのネクサスだ」
「我が隊の信条は自画自賛だろ?胸を張って、自分が要だくらい言ってみろ」
「そんな信条は初めて聞いたが……お前達から褒められるのは嬉しいよ」
ランボは照れ臭そうに鼻を掻いた。
「いちゃついてるところ悪いが、返事をくれないか?」
「君には世話になっているから最初から断るなんて選択肢はオレにはないよ。昨日食べそびれたミルクレープで手を打とう」
「恩に着る」
シルルはテーブルに額が着くくらい深々と頭を下げた。
「……なんか一件落着みたいな雰囲気出してるけど、結局グノスからは誰を鏡星に行かせるんだ?」
「おっと!そうだったな。ワタシ以外だとやはりケヴィンさんがベストなのだが、神凪同様、もしもの時のために宮殿に残って欲しいし、ゴルカとトマスでは心もとない」
「ならロエルか?」
「あいつは要領がいいから、鏡星でも上手く立ち回れると思うが、軽薄な部分もあるからな……どうにも心配を拭えない」
「では、まさかとは思うがあの脳筋か?」
「行かせるわけないだろ、シルバー。ロエル以上にワタシは奴のことをまだ信用できていない」
「だったら一体誰を……?」
「それは……」
シルルが思考の迷宮に迷い込もうとしたその時。
「オレに心当たりがある」
ランボがらしくもない不敵な笑みを浮かべながら挙手をした。
「心当たり?君にそこまで言わせるワタシの知らない適任者がグノスにいるのか?」
「一人だけな。彼は強く聡明で心優しい。さらには空も飛べて、いざという時に役に立つ医療知識も持ち合わせている」
「ランボ・ウカタ、貴様まさか」
きっと表情を作る機能が備わっていたら呆れ返って苦笑しているであろうシルバーを見つめ返し、さらに口角を上げながら、ランボはその男の名前を口にした。
「ドクトル・エーベルス……鏡星に連れて行くには彼以上の適任者はいない」




