突入
「でっけぇなぁ~、ビューティフル・レイラ号!」
リンダが感嘆の声を上げる。肉眼で捉えたそれはテレビで見た時に想い描いたものより、遥かに大きく、遥かにきらびやかで少女の心を圧倒した。
「こんなデカイもんがよく浮いてられるよな……」
「そうだね……ぼくも初めて間近で見たけど……すごいよね。ビューティフルって言うより、なんて言うか……ゴージャスとかエレガントって感じだよね……」
コマチが少女の言葉に賛同し、彼?なりの賛辞をその巨大な船に送る。
「ん?コマチはカジノ行かなかったのか……?」
「あぁ、こいつはそういう所、苦手だって来なかったんだよ……もったいない!」
コマチの言葉に疑問を持ったナナシ、それについて本人を差し置いて横からダブル・フェイスが回答した。
確かにギャンブルなんかを毛嫌いするような潔癖さがコマチにはあった。だけど、その一因が傭兵の負けっぷりを知っているからということを当の傭兵は知らなかった。ナナシは今の話で察したようだが。
「いや……賢明な判断じゃないか……?賭け事の才能ない奴にレクチャーされてもうまくいかないだろ?」
「いやいや、お坊ちゃん……“ビギナーズラック”って言葉、知ってるか?それに、今回はダメだったけど、俺の人生トータルでは黒字だからな。実際、大損したかと思っていたら、こうして儲け話が転がり込んで来たんだから」
「……ただ、行き当たりばったりなだけじゃねぇか……」
「そんなもんさ、“生きる”ってのは……なるようになるし、なるようにしかならないのよ」
「……確かに……そういうものかもな……思えば、俺も今までの戦い……いや、これまでの人生、そうやって生きてきたから」
ナナシはここにたどり着くまでのことを思い出す。
討論会を見るためにキリサキスタジアムまではるばるやって来た時には、こんなことになるなんて誰も考えもしなかった。全てが突然!想定外!けれど、なんとか乗り越えてここまで来た。感慨深い……。
「おい!ナナシ!まだ終わったわけじゃねぇぞ!」
ケニーがナナシを叱りつけた。そう、まだ何も終わってないし、一連の出来事についても何もわかってない。
「いいじゃないですか、少しぐらい…思いのほか、簡単にビューティフル・レイラ号発見できたから、気が緩むのもわかります」
マインがケニーを宥める。彼女の言葉通りナナシ達はいとも容易くビューティフル・レイラ号を捕捉、そして接近することができていた。
「それも全て、このボートと……」
「ドローンのおかげだな!」
コマチとリンダが顔を見合わせ、笑い合う。ナナシ達は松葉港にあったボートを盗ん……拝借し、更にトレーラーに積んであった偵察用のドローンを使い、ここまで来たのだ。
「まぁ……のんきにくっちゃべってられる状況じゃないことだって俺もわかってるよ、ケニー。何も終わってないこともな……!この船には親父、そして、ネクロが乗っている……いよいよクライマックスだ……!」
ナナシが強い意志を込めた瞳で、豪華客船を睨み付ける。
だが、残念ながらクライマックスはもう少し先……彼らは当然、知る由もない、ムツミもネクロもすでにこの船にはいないことを……。
「……ん……悪い……一番しんどいのはお前だってのに……大人げなかった……」
ケニーが右手で左頬を掻きながらばつが悪そうに、そして申し訳なさそうに謝罪する。年長者なのに……いや、年長者だからこそ強い責任を感じていた。それが、この土壇場で爆発してしまったことを猛省する。
「そうだぞ!親父!あたしゃ情けないよ!」
リンダの一言でケニーに、ナナシに、そこにいるみんなに笑顔が戻った。彼女が癒しの力に目覚めたのはこういう彼女自身がみんなの心を癒すムードメーカー的な側面を持っているからなのかもしれない。
「んじゃ!そろそろ行きますか……?決戦の舞台、ビューティフル・レイラ号に!俺にとっちゃ、リベンジの場所だな……!!」
ダブル・フェイスが自嘲しながら、巨大できらびやかな船を見上げた。この豪華な……むしろ痛い目に合わされた今は下品に見える装飾のために自分の財布が空になったと思うと腹が立って仕方ない。
「……ケニー、マイン、ナナシガリュウの様子はここからでもわかるんだよな……?」
一方のナナシがさっきまでとは違う、神妙な面持ちで二人にガリュウのことを確認する。
「あぁ、このタブレットに……リアルタイムで情報が送られて来る」
「私のデバイスでも……大丈夫です。それがどうしたんですか……?」
二人の答えに満足したナナシは、傭兵のように船を見上げ、誰からも自身の顔が見えないようにした。
「……ナナシガリュウの反応に異常があったら……俺達のことはいい……松葉港に戻れ……」
「な!?」
「何を言っているんですか!?」
ナナシの発言に二人は取り乱した。そうなることはナナシもわかっていた。そしてナナシの言葉の意味すること、それが正しいことも本当はマイン達もわかっている。
それでも、真意を聞かないと納得できなかった。
「……もしもの時の話だ……別にやられるつもりなんて………毛頭ないよ……」
「ナナシさん……」
その言葉に力はまったく感じなかった。
先ほどまでの談笑も空元気……必死に臆病な自分を奮い立たせる為だった事に、みんな……そして、ナナシ自身も今、気づいた。
ボート上の空気が一気に重苦しくなる。
「いや、それじゃあ誰が俺に金を払うんだ……?お坊ちゃんには生きてもらわないと……」
「傭兵……お前なぁ……」
本音か、場を和ます為の冗談か……どちらか定かではないが、傭兵のおかげでほんの少しだけ空気が、全員の心が軽くなった。
「まぁ、でもそうだな……約束は守らねぇと……それに今までも、なんとかなってきたんだ。今回もなんとかなるさ!」
自分を奮い立たせるナナシ。
「そう!なるようにしかならん!お前達もそう思うだろ?」
みんなを奮い立たせる傭兵。
「そうは思えんが……今はそれしかないからな!」
「ええ、ナナシさんが……実際に戦う人達がそう言うなら……」
「あたし達は何も言えねぇわな」
「ネガティブでいるよりかはいいよね」
二人の言葉でケニー達の顔にも元気が戻ってくる。
この戦い……いや、それ以前に大統領選挙のせいでナイーブになっていたが、本来のナナシは前向き……というよりムツミがネームレスに言っていた通り、のんきなところがある。だが、今、この状況ではそういう部分が必要だし、なんだったら頼もしくすらもある。
「よっしゃあッ!なんか元気出てきたぁ!傭兵!コマチ!準備はいいか!」
「とっくにできてるっての」
「ぼくも……大丈夫!」
傭兵とコマチが力強く答えた。準備も、覚悟もすでにできている!
「ケニー!マイン!リンダ!ボートにしっかり掴まってろ!」
「おう!」
「はい!」
「ぶちかましてこいッ!!」
ケニー達も力強く答える。もう迷いはない!
「おしッ!ナナシガリュウ出るぞ!!」
ガンッ!!!
眩い光が夜を照らす。ボートが激しく揺れ、海の表面に波紋を描く。けれど、それを誰も見ていない。
彼らが見つめているのは新たなる戦場に飛び込む赤い竜の背中だった。




