エピローグ:わがまま
祈帝の社の奥、帝が眠りにつく神樹へと続く道の前で身の丈に合っていないブカブカの制服を着た一人の少女が佇んでいた。チヨ・ヤクサである。
そんな彼女の元にアタッシュケースを持ったナナシガリュウが相棒の竜型メカのベニと共に現れた。
「お疲れ様です、ナナシさん、ベニさん。大変だったでしょ」
「はい……スペックの差でゴリ押しされるのが、シンプルに一番キツい」
「ナナシガリュウ自体、基本スペック自体は特別高いマシンではないですからね」
「それでも勝ったんですからスゴいですよ!しかもあのキクタ隊長を殺さずに生け捕りにするなんて」
「たまたまですよ。それで帝はまだ神樹に行かないんですか?」
「ええ、多分そろそろ来ると思うんですが……」
「もうそういうのいいですから、チヨ様」
「……はい?」
チヨはきょとんとした表情で小首を傾げて、何を言ってるかわからないみたいなフリをした。
「だから、いいですって、誤魔化さなくて」
「いや、ナナシさんはあたしは本当に何を仰っているのかちんぷんかんぷん……」
「では一つずつ話していきましょうか。ナナシ様」
「まず最初に疑問を持ったのは、マキハラ隊長でした」
「アイム・イラブに協力していた女隊員、奴は伊佐々王の苔の能力を知っていた」
「隊員ならみんな知ってるんじゃないのか?」
「角笹の方ならそうだ。だが、苔の方はいざという時の切り札でトップシークレットだ。知っているのは団長や他の隊長、幹部クラスだけ。あとは我らが守るべきお方……」
「……だとさ」
「………」
「そしてワタクシもあなたにずっと疑念を抱いていました。兵舎に繋がる秘密の通路、なんで知っていたんですか?」
「それはナンブ団長がお酒で酔った勢いでつい漏らして……」
「近衛のトップにいるお方がそんなミスをするとは思えません。ならばあなたが通路を把握していた理由は正式な手順で知らされていたと考えるのが妥当。言いましたよね?あの通路を知っているのは団長ともう一人だけだって」
「それは……」
「さらに言うとデータベースにあんな簡単に入れたのもおかしいです。あのロックはワタクシでも時間をたっぷりかけて破れるかどうか……それをあなた軽々と突破した」
「あれは適当に弄っていたらうまいこといったんですよ……」
「っていうか、そのデータベースにあなたの名前はなかったですよ。所属している四の隊にもどこにも」
「うっ!?」
「極めつけはそいつらだ」
ナナシガリュウはチヨの影を指差した。
「あたしの影が何か?」
「龍穴の影響か、今の自分は感覚が鋭敏になっている。隠れているでしょ?そこに何かが……」
「……そうですか、彼らまで……これ以上は見苦しいだけですね」
チヨは目を伏せ、何かを諦めたように寂しげに微笑んだ。その姿はどこか気品を感じられるようにナナシ達には見えた。
「あなた達、出て来て」
「うっ!?」
「マジかよ……!?」
チヨの言葉を合図に、彼女の影から黒、金、緑、水色の鬼のようなピースプレイヤーが飛び出してきた。
「黒いのが穏形鬼、影に隠れるのは彼の能力です。金色が金鬼、止翼荘で帝のフリをしていてくれたのは彼。緑が風鬼で水色が水鬼……計四名が幻の近衛零の隊。帝を守る最後の防波堤です」
四人の鬼は一糸乱れぬ動きで、無言で軽く会釈した。
「彼らの素材はかつて神凪に大きな被害を出したオリジンズで作った鎧や武器をピースプレイヤーとして仕立て直したもの。中には、タイランの先祖が退治したものも含まれているやもしれません。感知できたのは、そのせいかも」
「っていうか、俺は四人もいたことが驚きですよ……てっきり一人だけだと」
「幻の零の隊……本当に実在していたとは……」
「カッコいいな。ここにだったら入ってもいい」
「いや、今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょうが……」
「そうだったな……」
ナナシガリュウは背筋を伸ばすと、その木漏れ日のような黄色い二つの眼でチヨを真っ直ぐ見つめた。
「あなたが帝だったんですね……チヨ様」
「ええ……私が神凪第四十一代戦帝、チヨ・ヤクサである」
その告白を聞くや否や紅き竜はチヨの前に跪いて、深々と頭を下げた。そしてその隣にベニも着地し、彼に倣った。
「知らないとは言え……」
「ご無礼を」
「いいえ、あなた達はやるべきことをやっただけ。気に病むことがありません」
「しかし……」
「あなたにそんな態度を取られたら、私ごとサリエルに蹴りを入れたサシマ隊長を処罰しなければいけなくなります」
「そんなことしたバカがいるんですか……」
「なんと罰当たりな……」
「ですから、顔を上げ、立ってください。そのままだと話がしづらい」
「帝がそう仰るなら……」
「遠慮なく」
紅き竜は帝の言葉に従い、立ち上がり、AIメカは再び離陸して主人の顔の横まで上昇した。
「それでは……私がこんな真似をした理由を話さなくてはなりませんね」
「ええ……何故わざわざ危険に飛び込むような真似を……?」
「それは夢で見たからです」
「夢?」
「私が何もせずに従来通りの警護を受けていたら、危険だと……」
「帝のお命が?」
チヨは首を横に振った。
「私は最終的には助かります……イザナギのおかげでね。ですが、私を守ろうとするそのイザナギのせいで平魂京が……」
夢で見た炎の海と化した古都を思い出し、チヨは下唇を噛みしめた。
「……それを唯一防げるのがアイムさんだったんです」
「あいつが?」
「彼女を呼び寄せ、側にいれば私に危険は及ばないと。ですから、私は彼女と共に……アイムさんは私が危険を冒して自分を助けてくれたと思っているのでしょうが、実際には私は自分のことを考えていただけ……」
チヨは申し訳なさそうに、顔を伏せた。
「……もしこのことを彼女に話したら、私のことを軽蔑しますかね?」
「あいつはそんなこと気にしませんよ」
「こうしていい感じに収まったんですから。結果オーライってことでいいんじゃないですか」
「なるようになったってことでね」
「ですが……やはり悪い気が……」
「帝は自分の素性をアイムに知ってもらいたいんですか?」
チヨはまた首を横に振った。
「いいえ、先代が亡くなりイザナギに選ばれてからは、御所に引きこもり、私を帝として敬うお付きの者や、零の隊、ナンブ団長としか会わない日々。そんな中、アイムさんは私を一人のチヨ・ヤクサとして見てくれた。できることなら、この関係を壊したくない」
「なら、何も言わないでいい」
「……え?ですが、それは私のわがままでしか……」
「わがまま上等!」
「!?」
「わがままの一つや二つ、別にいいでしょ。だってあなたは帝なんですから」
そう言うとナナシガリュウはビシッと親指を立てた。
「ナナシさん……」
その言葉と仕草がチヨの罪悪感を爽やかな風となって吹き飛ばし、彼女の顔に笑みを戻した。
「……ですね。この国を守るために、ずっと頑張ってきたんだから、これくらいのわがままいいですよね?」
「問題無し。オールOK」
「ふぅ……なんだか肩の荷が降りて、急に疲労感が……」
「休むんなら、どうか神樹の中で」
「静かになってから大分経ちます。ここにいるとアイム様に鉢合わせになるかも」
「でしたら、急いで参りましょうか。零の隊」
「「「はっ!!」」」
穏形鬼が印を結ぶと、チヨの影が大きくなり、その中に零の隊が次々と入っていく。最後に穏形鬼が潜ると、影は元の大きさに戻った。
「では、またいずれ。その時は……」
「ただのチヨ・ヤクサとして応対しますよ」
「結構」
会釈し合うと、チヨは社の最奥に続く道へと消えていった。
そしてタイミングを見計らったように紅き竜の元に傷だらけのアイムがやって来た。
「お疲れ」
「お互いにな。帝は?」
アイムはキョロキョロと辺りを見渡すが、残念一足遅かった。
「俺が来た時には、もう神樹のとこに行っていたみたいだ」
「じゃあ、お前も帝の顔を見てないのか?」
「あぁ」
「そうか……興味があったんたが、やはりただの戦士であるわたし達が拝謁していいものではないか」
「だな」
「ん?お前なんか笑ってないか?」
「いや。それよりもチヨって子から伝言を預かっている」
「チヨから?」
「この一件の後始末が終わったら、甘いものでも食いにいこうって」
「それは……楽しみだな!」
アイムの顔に満面の笑顔の花が咲いた。彼女自身、本当に久しぶりに笑った気がした。
今回の一件は混乱を避けるために表に出ることはなかった。だが、いずれ時が来たら、神凪全土に発表されることになり、重要な歴史として強く刻まれることになるだろう。
帝と絆を結んだ勇気ある反逆者の名前と活躍を……。




