到着
「ついに……」
「えぇ……ついにです……!」
「あぁ!ついにだ!」
「松葉港!着いたぞー!!!」
ナナシ、マイン、ケニー、リンダが両手を上げて歓喜に震える!
「やった!やったんだ!俺達!」
「はい!私達、やったんです!」
「よくやった!みんな!よくぞ!ここまで……!!」
「松葉港!着いたぞー!!!」
興奮は冷めない!ここまで来る道のりを考えたら当然だ。数多の壁を乗り越え、ようやくたどり着いたんだから!
「………で、ナナシのお父さんと大統領はどこにいるの……?」
「………………」
コマチの一言で、先ほどまでのハイテンションバカ騒ぎが嘘のように、四人が黙り込む。あくまでナナシ達の目的は父、ムツミとハザマの救出……松葉港に来ることではない。
しかしあたりには彼ら以外、いくら見渡しても、人っ子一人いない……。
波の音だけがただ虚しく響き渡っていた。
「ま、まぁ、そこら辺にいるだろう……」
「え、えぇ、みんなで探しましょう……」
「よ、よーし、おじさん頑張っちゃうぞ!」
「松葉港!探すぞー!!」
「………お前ら、騙されたんじゃねぇ?」
「……………………」
なんとか、再びテンションを上げようとしたが、速攻でダブル・フェイスに潰された。この傭兵は依頼主のご機嫌を取るとかできないのだろうか。
「そもそも大統領を誘拐するようなテロリストの言う事でしょう……?」
「普通、信じねぇよな」
「……………………」
傭兵達の容赦ない追い討ちに、マイン達のメンタルはボロボロだ!それに彼らの言う通り、冷静に考えれば、テロリストが本当の事を話すとは思えない……思えないが。
「俺は信じるよ……ネクロのこと……」
ナナシがとても穏やかに、落ち着いたトーンで呟く。その姿には開き直ったとか、自棄になったという感じはしない。本気で思っていることを口にしているだけだ。
「でも……」
「コマチ、君の言っていることは正しい……正論だ。俺自身もそう思ったし……信じるしか選択肢がなかった……っていう面もあったけど、直接対峙してみた感じ、ネクロが嘘を言っているとは俺にはどうしても思えなかったんだ……」
コマチの言葉を遮り、彼?の意見を肯定しつつも、ナナシは自身の見解を述べた。
感覚的、本能的なものでうまく説明できないが、ネクロの言葉も、今まで自分達がやって来たことも決して間違っていないとナナシは感じていた。
「…………」
ナナシ以外のメンバーは彼の言葉を聞いて口をつぐんでしまった。客観的に見れば、ナナシの意見はただの感情論、心情の話でしかない。冷静に考えれば考えるほど、明らかに傭兵チームの言っていることの方が筋が通っている。
ナナシもさすがにばつが悪いと感じたのか、困ったように頭を掻いていた……が、スタジアムでのあることを思い出した。
「あっ!あいつ!ネームレスだ!ネクロの仲間が『松葉港』って聞いた時、めちゃくちゃ焦ってたぞ!?」
「…………」
「……演技……には見えなかったん……だけどなぁ……」
残念ながら、この重苦しい空気を打破する起死回生の一手とはならなかった。マイン達の心に絶望の二文字が浮かぶ。あのリンダでさえ下を向いている。
あれだけの激闘を超えた先に待っていたのが、こんな結末なんて……心が折れるには十分だった。
「あっ、あの、さっきはああ言ったけど、あんな強い刺客を何人も送り込んで来たんだ!きっと、ここに来て欲しくなかったんだよ!」
コマチが見かねて、自分の意見を翻して、マイン達を励まそうとする。しかし……。
「それを含めて嘘だったんじゃねぇ?俺達を騙すための手の込んだ……」
「ダブル・フェイス!!!」
間髪入れず、空気を読めない、いや、読まない傭兵が邪魔をした。コマチは自分の努力を踏みにじる彼に怒りを露にするが、傭兵はどこ吹く風だ。
「……こうしていても仕方ありません……とにかく、やれることをやりましょう……他に手がかりもないですし……」
マインが重い口を開く。うだうだ頭を悩ませても結局のところ、今現在のナナシ達が持っている手がかりは嘘か本当かわからないテロリストの言葉しかないのだ。憎き仇敵ネクロにすがるしかないのだ。
「……そうだな……マインの言う通りだ。とりあえず手分け……は危ねぇから……そうだな……みんなであそこのコンテナ辺りから探して行こう……」
マインの意見を受け入れたケニーは僅かだが生気の戻った目で周りを見渡し、隠れ場所の多そうなコンテナを発見する。
そこに向かって全員で歩き出す。足取りはとても重い……。
「はぁ……せっかく稼げると思ったのに……骨折り損のくたびれ儲けってやつか……」
ダブル・フェイスが、本当に残念そうに、そして嫌味ったらしく言う。他のみんなはイラつく気力も、突っ込む体力もないので無視をした。
リアクションが無くて傭兵はつまらなそうだった。
「しかもよりによって、ここかよ。俺の財布を軽くする呪いでもあるのか?」
「……ん?お前、ここに来たことあるのか?」
傭兵の何気なく発した言葉に今回はリンダが反応する。すると傭兵の顔に笑顔が戻り、嬉しそうに語り出し始めた。
「あぁ。トレーラーの中で話したろ?俺、カジノをやりにこの国に来たんだ」
「カジノ?そんなもん、見当たらないぞ……?」
「ここじゃなく、ここに停まっていた船の中に付いてたんだ。確か名前は……そう!『ビューティフル・レイラ号』!バッカみてぇな名前の、バカみたいに豪華な船!」
「あぁ!ビューティフル・レイラ号な!知ってる!知ってる!有名だよな!神凪だけじゃなくて世界的にも有名な財閥『キリサキファウンデーション』の豪華客船!こないだテレビで見た!あたしも一度でいいから………」
「「「アァァァアッーーー!!!」」」
「「「!!?」」」
突然、本当に突然、ナナシ、マイン、ケニーの三人が奇声を上げた!驚きのあまり、一同の足が止まる。
「な、なんだ?あたし、呑気過ぎた?」
リンダが状況にそぐわない会話をしていたことを怒られるんじゃないかと、身構えた。
だが、三人はリンダには眼もくれず、辺りをキョロキョロと見回し、必死に何かを探す。
「船だ!船だ!」
「そうです!船です!」
「そうだ!船を探せ!」
ナナシ達が、ひどく興奮しながら“船”を探す。意味不明の完全なる奇行……そんなおかしくなっちゃった彼らに恐る恐るリンダが声をかける。
「船って……もしかして今話してたビューティフル・レイラ号のことか?」
その言葉を聞いた途端、三人の六つの眼が一斉にリンダの方を向いた!
「違う!違わないけど、違う!!」
「ボートです!小型でもなんでもいいですから海を渡れるもの!!」
「ヘリコ……そう!ヘリコプターでもいい!早く探せッ!!」
興奮……というより、端から見る分には錯乱しているように見える。
けれど、ナナシ達からしたらこうなってもいた仕方ないぐらいのことに気づいてしまったのだ。少女と傭兵の他愛のない会話で……。
「あっ、あの落ち着いて、ねっ?船が何なの?」
本当におかしくなってしまったんじゃないかと、心配になったコマチが彼らの奇行を鎮めようと声をかける。
「は、はい……あのですね……」
コマチの質問に落ち着きを取り戻した……というより、無理やり落ち着こうとしているマインがなんとか返事をする。
「ムツミさんは!敵は!ビューティフル・レイラ号に乗船したんです!!」
「え、えーと……」
マインはやはり興奮を抑えきれず、高揚した声で答えたが、コマチ達には未だ意味不明だ。困った表情を浮かべながら、首を捻る。
「あぁん!だから!ビューティフル・レイラ号は……」
「キリサキファウンデーションが所有しているんだ……」
「……いや、ナナシ、それ…さっき、あたしが言ったよね……?」
ナナシが突如として会話に割って入る。マインと違いこちらは完全に落ち着きを取り戻したようだ。いや、どうやら、感情……悔しさを必死に押し殺しているように見える。
そして、発せられた言葉もリンダの言ったことの繰り返し……結局肝心なことはわからない。だが、ナナシは彼女の言葉を無視して自分の話を続けた。
「俺は……俺は、本当に大バカだ……なんで……こんな簡単なことに気付かなかったんだ……!」
自分のことが情けなくて仕方ないといった様子。みかねたコマチが、再び意を決して、口を開く。
「あの……だから一体……?」
「キリサキファウンデーションが黒幕……というか、ネクロ達のバックに付いてたんだよ」
「えっ?」
さすがに時間と冷たい海風のおかげでクールダウンしたケニーが事の真相を伝えた。けれど、まだ足りない。
「ん?どうして、そうなるんだよ?」
傭兵達には野蛮なテロリストと世界的財閥が繋がる理由がわからない。若干、苛つきながらダブル・フェイスがケニーをさらに問い詰める。
「ムツミさん……大統領達が誘拐されたのは『キリサキスタジアム』だ」
「「「!!?」」」
パズルのピースがパチリとはまるような感覚がした。遂にコマチ達も理解したのだ!この戦いの真実に。
「そ、そうか!大統領誘拐なんて大それた事、普通できない!でも、もしできる人物がいるとしたら……討論会の場所を提供した人、その人の協力を得られれば、あるいは……いや!実際、できたんだ!やり遂げたんだ!」
今度はコマチのテンションが上がる!ようやく点と点が線で繋がったのだ。
「あぁ……それ以前のオリジンズ被害や事故なんかで、鈴都を手薄にするのも、キリサキ財団の財力があれば可能だ。軍事や、芸術、学問なんかで優れた人物を排出してきた、ムツミさんとナナシの一族、タイラン家に対して、キリサキ家は一貫して経済面で神凪を支えてきた……さっき言ってたようにこの国、いや、世界有数の金持ち一族だからな!」
ケニーの発言にナナシの顔が更に強ばる。わかって見れば、それしか考えられない結論だった。それを今まで失念していた自分に腹が立って仕方がないのだ。
「ナナシさん……気付かなかったのは私達も同じです。先ほども言いましたけど、今、やれることをやりましょう」
「そうだよ、ナナシ!マインちゃんの言う通りだ!そんな大きい船だったらすぐに見つかるし、まだ遠くまで行っていないはずさ!」
「マイン……コマチ……」
マインとコマチがナナシを慰め、そして、奮い立たせる。
「そうだな!こんな所でグダグダやってる場合じゃねぇ……追うぞ!ビューティフル・レイラ号!そこに親父はいる!」
「まさか……貴様が手を貸していたとは…どういう了見だ!『ケンゴ・キリサキ』!」
豪華客船ビューティフル・レイラ号の船上ではこの国の大統領がこの船の主に罵声を浴びせていた。
「おやおや、ゲンジロウ・ハザマほどの人物がそんな取り乱して……みっともない……」
この船のオーナーにして、キリサキ家の現当主であるケンゴの言葉は非常に軽い……が、ハザマを見つめるその眼には強い憎しみと軽蔑の念が込められている。
けれども、その程度のことには自慢じゃないがハザマも慣れっこ、怯むほどやわでもない。
「みっともないか……一国の大統領に向かって!礼も知らないとは!キリサキ家も堕ちたもんだな!!」
「――ッ!?」
小さく、老いた身体が一瞬、大きくなったと感じるほどの威圧感!近くで見ていたネームレスとネジレが思わずたじろぐ!
「いやいや、確かにそのプレッシャー……さすが大統領と言ったところ……だけど、腕を縛られながら凄まれてもねぇ……」
対照的にケンゴはまったく動じず、更なる屈辱を与えるために、ハザマの置かれている状況をわざわざ言葉にして説明した。
「ぐっ!?……悔しいがその通りだ……こんな……情けない姿で……だが!何故だ!わしら、うまくやっていただろう?この船でパーティーを開いたことだってある!なのに!何故!何故裏切った!」
「先に裏切ったのはあなたでしょ……!」
「!?」
ケンゴの一言に場が凍りつく。それは歴戦の戦士達すら冷や汗をかくほど、冷たい……そして、悲しみと怒りのこもった声だった。
「ケンゴ殿、何があったかは、わからないが……こんなやり方しかなかったのか?」
同じく囚われているムツミが知らない仲ではないケンゴに優しく問いかける。信用していた人間に裏切られた悲しみを必死にこらえながら……。
「ムツミさん……あなたには申し訳ないことをしたと思っている……」
「なら!」
「だとしても、あなたを巻き込んだことを私は後悔していない。この国を導こうとするなら、知るべきだ……真実を……!」
「真実?君は一体……」
ムツミを見るケンゴはハザマの時と違い、何かを必死で訴えるような、助けを求めるような、そんな切ない眼をしていた。
「盛り上がっているところ悪いが、潜水艇の準備ができた。そろそろ、行くぞ」
どこかに行っていたネクロが戻って来て、白熱していた話をあっさりと終わらせる。
「潜水艇だと……!?まさか……お前!?」
「そうだ。お前が最近、御執心だった『オノゴロ』に行くんだ」
ハザマの顔からみるみると血の気が引いていった。
ネクロがしようとしていることが彼にとってまったく予想していなかったこと、そしてきっとろくでもないことしようとしているのだと思い、それが実現するのを心の底から恐れているのが、端から見てもわかった。
「あ、あれを使って何をする気だ……?」
「答える必要はない。……ムツミ・タイラン、あなたにも来てもらう」
「拒否権は……?」
「ない。ネジレ、お前も準備を」
「了解」
最早、ここでの仕事は終わったと云わんばかりに、ネクロはハザマ、ムツミ、そしてネジレを急かした。
だが、別にこれはナナシが接近していることに焦っている訳ではない。彼としてもこんな下らないことはとっとと終わらせたいのだ。
「……君は……ネームレスと言ったか?……一緒に行かないのか……?」
ネジレと違い、微動だにしないネームレスにムツミが率直な疑問をぶつけた。その問いを受けて……。
「……俺も後から行く……もし……あり得ない話だが、もしも、あなたの息子がここまで来たなら……また完膚なきまで叩きのめしてからな……!!」
ネームレスは自分自身でも嫌になるほど、意地悪な答えを返した。しかし……。
「そうか……その時は頼むよ」
「なっ!?」
予想外のムツミの言葉に逆に狼狽えてしまう。
「貴様!自分の息子が心配じゃないのか!?」
「心配は心配さ。けど、うちは放任主義というか……代々、自分のやりたい事は、他人から何と言われようとやっちゃうような家系だからな。あいつがやると決めたなら、もう私がどうこうできる問題じゃない」
父と子の、親子の絆を目の当たりにして、ネームレスは激しく苛立つ。
何より腹立たしいのは、自分自身、これがただの嫉妬だとわかっていることだ。
「……了解だ。自分本位のお前の息子は俺が全力をもって、相手してやる……!」
「あぁ、それでいい。あいつ、のんきなところがあるからな……夏休みの宿題とか、いつもギリギリだったし……少し追い詰められるぐらいがちょうどいい」
「――ッ!?」
年の功か、戦士だけではなく政治家としても修羅場をくぐり抜けて来たからか、言葉でのやり取りはムツミの方が一枚上手だった。
「何をしている!?行くぞ!」
ネクロが再度、急がせる。
「じゃあ、行って来るよ。ネームレス」
「!?」
そう言って、ムツミは部屋を出て行った。ネームレスに、まるで父親が息子にするように声をかけて……。
「……くそ」
それを嬉しく感じてしまったことにネームレスは更に苛立ちを募らせた。




