逃亡の理由
「……ここら辺でいいだろ」
「え?」
止翼荘から逃走したサリエルはしばらく飛行していたが、真下に人気の感じない廃寺を見つけると、ゆっくりと高度を下げ、着陸した。
「降ろすぞ」
「……はい」
「サリエル……解除」
チヨを降ろすとアイムは身に纏っていた黄金の天使の鎧を指輪へと戻した。
「……もしかしてサリエル限界だったんですか?」
「そんなにやわじゃないよ、わたしの愛機は。ただ結構な強敵と連戦してるのも事実。少し休ませたかったのはある」
「じゃあ、ここからは徒歩で移動しましょう。もう少し止翼荘を離れた方がいい」
「それもいいがその前に……どうして逃げなきゃいけないのか教えてくれるか?チヨ……!!」
「うっ!?」
それは友人に向ける眼ではなかった。敵か味方か見定める眼……。その鋭い眼光に射抜かれ、チヨは思わずたじろいだ。
「なし崩し的に君の意見に従うことになっていたが、ここできちんと話を聞いて、改めてどうするか判断したい」
「あたしの考えに賛同できなかったら……?」
「その時は素直に詫びを入れに止翼荘に戻るさ。わたしが間違ってました。あなた達に従います。襲撃には関与してませんが、疑いが晴れるまで拘束してください……ってな」
「それはやめておいた方がいいと思いますよ」
「そう思う理由を説明してくれって言っているんだ」
「ですよね……」
チヨは余計な不安を追い出すように、フゥーッと息を吐き出した。
「……では、あたしが近衛兵団の言うことを聞かない方がいいと思う理由を順を追って、お話します」
「うむ」
「まず始めに……単純に今の近衛兵団が信用できないから」
「自分の所属する組織なのにか?」
「……サシマ隊長はアイムさんが、テロリストを手引きしたと疑われていると話していましたね?」
「あぁ、わたしはそんなことをした覚えは全くないが」
「そうです、アイムさんにはできないんよ。止翼荘だけじゃなく、ここ暫くこの平魂京は近衛兵団が厳重に警備していました。それを掻い潜って、あれだけの人数をなんて……土地勘のない人間にはまず無理です」
チヨの言葉を聞いて、アイムは僅かに眉間にシワを寄せた。
「……君の口振りだと、土地勘のある人間なら、いやもっと直接的に、警備状況を把握していた近衛ならできると言っているように聞こえるが……」
「あたしはそうだと思っています。アイムさんが逃げる理由その一は、本当にテロリストを手引きした人物は近衛の中にいる……裏切り者の存在を不安に思ったからです。さらに加えるとナンブ団長が普通に戦って負けるとは思えない。何らかの細工をされたのでしょう。確実に近衛の中の獅子身中の虫はいます」
「それならそうとサシマ隊長に言えば良かったんじゃないか?あいつは裏切り者じゃないだろ、多分」
サシマがアイムに少なからず同情の念を抱いていたと、アイム自身も感じていた。だから彼女もまた彼に対して、信頼できる人物と評価しているのだ。しかし……。
「彼の言葉を借りるなら、どんなに白に見えても、少しでも黒が混じっていたら、黒です。信用できません。もし彼が裏切り者で、そのまま嘘の証拠をでっち上げられて、テロリストとして処分される……その可能性が一ミリでもあるなら、アウトなんです」
そんな曖昧で感情的な意見など、チヨの冷静かつ合理的な判断の前には無意味。簡単に切り捨てられた。
「いや、でも隊長が……」
「むしろこれだけの規模のことをやれるのは、それなりの地位にないと」
「それは……そうか……でも……」
「でもなんてないです」
「いや……」
「いやもないです」
「うぐっ……!!」
なんとか食い下がろうとしたが、結局アイムにはサシマの無実を証明することはできなかった。妙に迫力のある年下に徹底的にやり込められ、ちょっとだけ落ち込んだ。
「……続けていいですか?」
「あ、どうぞ……」
「では、あたしが逃げるべきだと思った理由その二は……裏切り者云々関係なく、そもそも近衛はいざとなったら帝のためには平気な顔でグレーな存在も切り捨てられる精神性の持ち主達だから」
「帝第一主義と聞いていたが、そこまでか……」
「これ、結構勘違いしているというか、神凪自体がそう差し向けている節があるんですが、帝を守ることは神凪国民を守ることなんですよ」
「ん?それは普通の話なんじゃないか?イザナギを操れる帝がいることで、他国からは一目を置かれ、他所がどうしようもないオリジンズに対処できる。帝の存在が民の安寧に繋がっている」
「それはその通りです。その通りなんですけど、帝とイザナギのことを半分しか理解できていません」
「んん?」
何が何だかわからずアイムは首を傾げ、頭の上に何個も?マークを浮かべた。
「いいですか、アイムさん。帝とイザナギは深く繋がっている」
「うん」
「その帝が命の危険に晒されたら、イザナギはどうすると思いますか?」
「どうするって……え?まさか?」
不安そうな視線を送ってくるアイムにチヨはコクリと頷いて、今考えていることが正しいと肯定した。
「お察しの通りイザナギが自立稼働し、防衛行動に移る可能性があるんです」
「マジか……」
「帝との繋がりの強さにもよりますし、帝が乗っていないので、100%の力を発揮できませんが、あれだけの巨体が何も考えずに動き回ったらと思うと……」
「だから普段は人里離れた御所に引き込もっているのか……」
「神凪では確認されていませんが、他国では操者が命を落としたのを引き金に特級ピースプレイヤーのようにアンコントローラブルな暴走状態に陥り、国一つ焼いたという伝承も残っています」
「国を……」
「獣ヶ原でイザナギの力を目の当たりにしたあなたならそれが不可能ではないとおわかりでしょう」
「あぁ、あれだけの力があるなら神凪も……」
アイムはあの日の巨神の暴れっぷりを思い出すと、背筋が凍った。
「神凪の守護神たるイザナギが守るべき神凪国民の命を奪うようなことにならないために近衛兵団は何が何でも帝を守ります。そのためには矛盾していますが……たった一人の神凪国民くらい平気で犠牲にします」
「流れによっては隔離拘束だけじゃ済まないってことか……」
「イザナギがパワーアップし、帝が不調をきたす可能性がある日食前、そして心の支えであるナンブ団長の不在でただでさえナイーブになっているのに、裏切り者がいる可能性も高い……不穏分子アイムさんを即刻処罰すべきだという風に持っていかれる危険性を考慮し、指示に素直に従うべきではないと考えました。これがあたしの思う逃走すべき理由です」
「なるほどな……」
アイムは腕を組み、脳内で情報を整理する。
それをチヨは固唾を飲んで見守った。
「……わたしはチヨの判断は妥当だったと思う。あの場はサシマ隊長に従うべきではなかった。納得したよ」
「本当ですか!?良かった~!!」
チヨは飛び上がって喜びを爆発させたい気分だった。正直なところ、アイムが自分の判断を受け入れてくれるかどうかは五分五分だと思っていたのである。しかし……。
「ただ!!」
「ん!!?」
アイム一喝!再び両者の間に緊張感が走った。
「何でしょうか……?あたしの話に納得してくれたんですよね?」
「逃げる理由には納得した……したが、これからのことはどうするつもりなんだ?この状況をひっくり返す案がないなら、わたし達のやったことは疑惑を強めただけだぞ」
「あぁ、そのことですか……」
チヨは改めて安堵した。アイムが声を荒げた時は何事かと思ったが、彼女はバッチリと今後の計画を立てている。
「えーと、まずは何から……あっ!そうだ!話の前にこれを渡しておきましょう」
チヨは懐から手のひら大のデバイスを取り出し、アイムに手渡した。
「これは?」
「まぁ、起動してみてください」
言われるがままアイムはデバイスの側面にあるスイッチを押した。
すると、画面に地図が表示された。
「このマップは……平魂京か」
「任務が終わった後、観光するかなと思って色々と用意してあったんです。画面にある青色の矢印が自分の位置。緑色が有名な神社仏閣。黄色がおすすめのご飯屋さんです」
「青色と重なっている赤色は……」
「あたしです」
チヨは同型のデバイスを取り出し、これ見よがしに振った。
「案内できるならするつもりだったので、あたしの奴を登録しておきました。はぐれた時用にね」
「確かにこれなら迷子にはならない……で、それが何だっていうんだ?この状況を打破するのに、何か役に立つのか?」
「これ自体は特に。ただ地図を見ながら説明した方がわかりやすいと思って」
「ということは、どこかに向かうのか?」
「はい。あたし達が目指すのは……」
「見つけたぞ、反逆者ども」
「「!!?」」
突如として廃寺に響く男の声!
二人は反射的にその発生源の方を振り返ると、そこにはお揃いの制服を着た男が五人ほど並んでいた。
そしてその中心にいるのは、少し前に初対面したメガネの男……。
「お前は……」
「フッ」
「なんとか・かんとか隊長……!?」
「クライド・マキハラだ!!」




