皮肉
ヤタガラスと呼ばれたマシンは全身艶のある黒色をしていて、人によっては派手過ぎると評価されるサリエルとは対照的に上品な美しさを醸し出していた。
「このプレッシャー、そして勾玉の意匠……花山の特級ピースプレイヤーか?」
「あぁ、そうだ」
「激煌亀はどうした?いや、むしろテロリストども相手に何でそのヤタガラスを使わなかったと訊くべきか?」
「本来ならこのヤタガラスはナンブ団長の承認がないと使えねぇんだよ。理由はさっき話題に出た」
「さっき……」
アイムの脳裏で数分前の会話が再放送された。
「……精神攻撃対策か」
「イエス。心と深く結びつく特級は下手したら、生身の状態の時よりももろに影響をもらっちまうからな。錯乱して、守るべき帝を危険に晒すなんてあっちゃいけねぇ。同様の理由で、暴走も絶対に駄目だ。リターン以上にリスクがデカい。そういうわけで警護任務には特級は使うべきではないというのが、近衛の考え」
「だから普段は防御重視の激煌亀を……」
「まぁ、あれもかなり高性能だからな。大抵の場合は十分なんだが、万全を期すため、てめえみたいな完全適合の境地に至った特級や、戦闘型のエヴォリストとやり合う可能性も考えておかなきゃならねぇ。つーことで、目には目を、歯には歯を、特級には特級を」
「サリエルにはヤタガラスを……か?」
「イエーースッ!!」
声を荒げると同時にヤタガラスは腰を沈め、若干前傾姿勢になった。
(来るか……!!)
相手の突撃を警戒し、身構えるサリエル。しかし……。
「なんてな。ヤタショット!!」
「な!!?」
ヤタガラスはその場を動かず、長大な銃を召喚、そしてすぐさま……。
「バン」
バァン!!
すぐさま発砲!躊躇することなく、サリエルの足に向かって、弾丸を発射した!
「ちっ!?」
慌ててサリエルは足を引き、回避する。
弾丸は整えられた庭園に穴を開け、地の底に潜っていった。
バァン!!
「――ッ!?」
間髪入れずに第二射!今度の狙いは肩だったが、それもアイムの天性の反射神経によって黄金の鎧に触れることはなかった。
「下らん手を使って……!」
「それだけてめえを評価してるってことだよ、ファイティングガール。このまま安全圏から戦闘継続できなくさせてもらう」
バン!バン!バァン!!
今度は三連射!三発の銃弾が夜を駆ける!
「当たるか!!」
けれどそれもサリエルは前進しながら回避。さらに……。
「敵は精鋭の中の精鋭!出し惜しみはしない!!」
未来予知能力発動!アイムの瞳が金色に輝き、ほんの少し先の未来を幻視させる。
「どんどんいくぜ!!」
バン!バン!バァン!!
向かって来る無数の弾丸。
その軌道をアイムは即座に記憶、そしてその間を縫い、ヤタガラスにたどり着く最短ルートを導き出した。
「そこか!!」
「どんどんいくぜ!!」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「何!!?」
弾丸の合間をするするとすり抜け、サリエルは瞬く間にヤタガラスの間合いに踏み込んだ。
「ちいっ!!」
咄嗟に烏は手に持った銃を撃つのではなく、それ自体で殴りかかった!
「使い方違うだろうが!!」
ガッ!グンッ!!
「しまった!?」
それをサリエルは腕で受け止め、絡め、奪い取って、遠くに弾き飛ばす。
「くそ!!」
だがヤタガラス、即座に頭も戦法も切り替える。
格闘戦に移行し、手始めにジャブを……。
ガンガン!!
「――ッ!?」
食らわされた!食らわしたのではなく、食らわされた!サリエルの拳の方が一足早くヤタガラスの顔面をノックしたのだ!
(なんつーハンドスピード!!やはり殴り合いはあっちに分があるのか!?だとしても……)
「はあっ!!」
容赦のない追撃!サリエルのストレートが……。
「光れ!ヤタガラス!!」
カッ!!
「――ッ!?」
ストレートを撃ち込もうとした瞬間、漆黒のヤタガラスのボディーが神々しい光を放つ!
その眩い輝きを至近距離で目撃してしまったサリエルのカメラは機能不全を起こし、ホワイトアウト!敵の姿を見失ってしまう!
「くっ!?目眩ましか……!?小癪な真似を……!奴はどこに……?」
「オラァッ!!」
ゴォン!!
「――がっ!?」
脇腹に衝撃!ヤタガラスは目の見えなくなった邪視の天使の側面に回り込み、容赦なくボディーブローを叩き込んできたのだ!
(てめえの目は予知はするわ、動体視力はいいわで、厄介極まりないらしいからな!悪いが潰させてもらったぜ!だが、これは一時しのぎ……視界が回復する前に、もう一発!!これで終わらせる!!)
すぐに拳を引いて、おかわりのストレート!拳はサリエルの側頭部に……。
「オラァッ!!」
バシッ!!
「――なっ!?」
完全に不意を突き、こめかみに命中し、勝負を決するはずのナックルは、あろうことかサリエルの手のひらの中にすっぽりと収まってしまった。
「まさかもう目が!?それとも事前に予知していたのか!?」
「いや、これはただの……勘だ!!」
「何!?」
「急いで勝負を決めに来るなら、頭だろ!!」
グイッ!!
「――ッ!?」
サリエルは掴んだ拳を引っ張り、ヤタガラスの腕に自分の腕を絡ませていく。
「関節狙いか!?」
「イエス!!関節ボキッボキ!!」
「ちっ!させるかよ!!」
「もう遅い!!」
「いや、まだ間に合う!熱くなれ!ヤタガラス!!」
ジュウッ!!
「――ッ!?」
サシマの滾る感情に反応し、掴まれていたヤタガラスの艶やかな黒い腕が爛々と光り、熱を帯びた!
それはとてもじゃないが触っていられる熱さではなく、サリエルは反射的に腕を離して、後退する。
「せっかく捕まえたのに……!!」
「残念だったな!!そしてさらにバットニュース速報だ!他の部分も灼熱と化した!!」
ヤタガラスはさらにもう一方の腕、両脚にも光と熱を発生させると、それでハイキックを繰り出した!
「オラァッ!!」
ブゥン!!
けれど、サリエルはしゃがんでそれを回避する。
「視界が回復したか!」
「どっかの誰かさんがのんびりやってる間にな」
「生意気な!!」
上げた足を下げる!凄まじい勢いで!踵落としだ!
ドゴォッ!!
「ちいっ!!」
「見えていると言っただろうが」
けれども、自慢の視力が回復したサリエルには通じない。バックステップであっさり躱し、ヤタガラスはただ地面を耕しただけだ。
「ならば見えていても回避できない攻撃をするまで!!」
ブンブンブンブンブンブンブンブン!!
ヤタガラスは光る手足を総動員してラッシュを仕掛けるが、天使は最小限の動きで全て躱し続ける。
(当たらなくとも熱を感じる。受け止めるのはやめておいた方がいいな。今は四肢だけだが、本体も同じ事をできる可能性もあるし、組み技は無理。やはり打撃で意識を断ち切るしかない。そのためには!!)
未来予知能力再発動!アイムの瞳がまたまた金色に輝き、ほんの少し先の未来を幻視させる。
「オラァッ!!」
フェイントを織り交ぜたパンチとキックで頭部をしつこく狙う……と、見せかけて、アイムの意識が下から逸れたのを見計らってミドルキック!
直撃した熱を帯びた蹴りは、黄金の鎧を砕き、そして溶かす……。
(粗暴に見えて、きちんと試合を組み立てるタイプなんだよな……好印象だ!!)
「オラァッ!!」
予知通り、フェイントを織り交ぜたパンチとキックで頭部をしつこく狙うヤタガラス!
(その策、利用させてもらうぞ)
サリエルはあえて意識を首から上に集中させる……振りをした。
(もらった!!)
そして放たれるミドルキック!しかし……。
「今だ!!」
ガガァン!!
「――ぐあっ!?」
「熱っ……!ってそんな場合じゃない!!」
ミドルキックを肘と膝で挟み撃ち!
完璧なカウンターを決められ、怯むヤタガラス。
一方、渾身の反撃を成功させたサリエルは直ぐ様追撃に移る!
「これで……KOだ!!」
無防備な黒いマスクに伸びる黄金の腕!決着の一撃が……。
「ギシャアァァァァァァァァァッ!!!」
「――ッ!!?」
拳が命中しようとしたその瞬間、アイムの脳裏に再びフラッシュバックする忌むべき記憶!シムゴスの記憶!
まるでイロウル戦の再放送。恐怖で強張り、サリエルの拳はヤタガラスの命中直前に急停止した!
「まさかそんな……!?」
茫然自失となるアイム。そんな彼女に対して……。
「ヤタシュート!!」
ジュウッ!ゴォン!!
「――がはっ!?」
ヤタガラスは今度こそとミドルキック!サリエルを吹き飛ばし、地面に転がした。
「ぐっ……!?」
「正直、完全にやられたと思ったぜ。何で止めた?」
「わたしだって、止めたくて止めたわけじゃ……」
「てめえ……」
さっきまでの毅然とした姿が嘘のように、サリエルは弱々しく、小刻みに震えていた。
「……精神攻撃を受けたってのは、本当らしいな。やはり帝のため、そしてお前自身のために隔離拘束する」
ヤタガラスもまた先ほどの覇気がどこかに吹き飛んでしまったかの如く、気だるそうにファイティングポーズを取った。もう四肢は光らせていない。
「くそ……!!」
「どうせなら違う形で、万全のお前とやりたかった」
「なんだ、その口振りは……まだ終わってないだろ……!」
「いいや、終わりだ。終わったんだ……」
結論から言うと、この戦いはとても皮肉に満ちた終わり方をすることになる。
(見るに耐えん。さっさと片付けよう)
ヨウスケ・サシマはこの時点で勝利を確信し、集中力を切らしていた。油断……ではなく、限界だったのだ。
傍目から見るといつもと変わらないように見える彼だが、実のところ誰よりもナンブ団長の敗北に動揺していた。しかし、それを顔に出すと、部下達が不安に思うと、必死に抑え込んでいるところに、このアイムとの一件、少なからず同情している彼女との戦いは、根は優しい彼には不本意かつ不満しかない。
これらの要素が積み重なって、ヨウスケ・サシマの精神は彼自身が想像している以上に磨耗していたのだ。
(くそ!!身体の震えが止まらない……あいつの言う通り、わたしは……)
アイムの精神状況も最悪としかいいようがない。闘争心は萎え、恐怖に蝕まれ、一流のインファイターの面影は全くない。
一方で過剰とも言える恐怖心が生存本能を刺激したのか、五感はいつも以上に研ぎ澄まされていた。
その両者の特異な状況が予想だにしない展開を生む。
(さぁ……フィナーレだ)
集中力を無くしたヤタガラスは肩を僅かに動かし、雑になんとなくフェイントを入れた。意図があってではなく、ほぼただの癖で。
「ひっ!?」
それにアイムの過度に鋭敏になった感覚が反応!サリエルは反射的に殴りかかった!
「……え?」
サシマはそれに対して何のアクションも起こせなかった。
なぜなら彼は限界だったから。
なぜならアイムほどの格闘家がこんな雑なフェイントに引っかかるわけなんてないと思っていたから。
結果……。
ドゴォッ!!
「――ッ!?」
防御も回避もできずにもろに顔面にパンチをもらう!この段階で意識は途切れている……が。
「はあっ!!」
未だ恐慌状態のサリエルは相手の状況など理解できず、がむしゃらに追撃!
ドゴォッ!!
アッパーカット炸裂!首を跳ね上げる!
「でやぁ!!」
ドゴォン!!
さらに流れるようにハイキック!先ほどのお返しとばかりにヤタガラスを吹き飛ばし、地面に転がした。
唯一違うのは、サシマが気を失っているのでサリエルのように立ち上がることはなかったということである。
片や異常な精神状態に足元を掬われ、片や同じく異常な精神状態にありながら、それに救われる……。
こうして、サリエルとヤタガラスの突発的な戦いは思いの外呆気なく、とても皮肉に満ちた終わりを迎えたのだった。
「はぁ……はぁ……」
「アイムさん!」
「はぁ……わたしは……」
「アイムさん!!」
「わたしは一体……」
「アイムさんってば!!」
「ッ!?」
状況が飲み込めずにいたアイムだったが、チヨの必死の呼びかけによって我に返った。
「チヨ……わたしは……」
「話は全部後回しです!今は止翼荘から離れましょう。すぐに追手が来るはずです」
「追手……そうだな、相手は近衛だもんな」
「ええ……ですから早く!」
「あぁ、その前に……」
アイムは倒れるヤタガラスを見下ろし、目を細めた。
「わたしもお前とは違う形で戦いたかった。最終的にこんな形になったが、お前がわたしのことを慮ってくれていたことには、感謝しかないよ。ありがとう……そして、すまなかったな、サシマ隊長」
サリエルは頭を軽く下げると、踵を返し、チヨに駆け寄り、抱き抱え、黄金の翼を羽ばたかせて夜空に消えて行った。




