後味の悪い結末
「……なんだよ、これ……」
N・レオーンは手にべっとりと付いた真っ赤な鮮血を見て、呟いた。
彼の前には腹に穴を開けられ、赤い水溜まりに倒れるヨリミツの姿が……。
近衛とテロリスト、双方の最強戦力同士の戦いは、N・レオーンに軍配が上がった。しかし……。
「ふざけやがって……!!」
勝者に笑顔はなかった。むしろ戦っている時よりも、強い憤りを感じ、顔を醜く歪めている。
「こんな決着……オレは……!!」
時を少し遡り……。
「このぉ!!」
「雷吼閃斬!!」
「!!?」
視力が回復した獅子が目にしたのは、今にも童子切を抜刀しようとするヨリミツの姿であった。
(死ぬ間際に景色がスローモーションに見えるなんて、嘘だと思っていたが……マジだったんだな。このタイミングでは回避も防御もできない、なんとか繰り出した攻撃も届く前に奴の刃がオレを切り裂くだろう……)
死を隣に感じたラミロの顔は恐怖で歪む……どころか、穏やかな笑みを浮かべていた。
(心も身体も全て戦いに捧げると決めた日から、ろくな死に方はできないと覚悟していた。けれど、この死に方は……ぶっちゃけかなりいい!全力を出し切った!そうしなければいけないほどの極上の相手だった!この土壇場で無意味とはいえ、反撃を繰り出せた自分を褒めてやりたい!最期にオレを殺した奴をこの目に焼き付けることができたのも良かった……オレはあんたとやり合えて満足だよ、団長殿)
ラミロは人生において、これほど幸福で満たされた時間はないと感じていた。何も悔いはない。清々しさに包まれながら、その時を待つ……。
けれど幸か不幸か、その瞬間は訪れなかった。
グンッ!!
「!!?」
「……は?」
ヨリミツ急停止!後は鞘から刀を振り抜けばいいだけなのに、それができない!ピタリと動きが止まってしまった!
(どういうことだ!?なぜ勝利を目前にして、なぜ止まるんだ!?)
そのことに誰よりも動揺したのは九死に一生を得たはずのラミロであった。最高の最期を迎える直前で寸止めされ、柄にもなく取り乱す。
そして、そうしている間にも彼の意志に反して、身体は動き続けていた……。
ザシュウッ!!
「――ぐはっ!?」
「な!!?」
本来当たるはずのない獅子の貫手がヨリミツの腹部を突き刺した!
「しまった!?」
慌てて引き抜くが、もう遅い。
穴の開いた武者は崩れ落ち、どくどくと血を垂れ流し続けた……。
再び時は現在へ……。
「くそ!オレとしたことが、止められなかった……!!何をやっているんだ……!!」
勝利を掴み取った手に憎悪と悔恨の視線を向ける奇妙な光景。当然だろう、ラミロにとっては勝利したのではなく、してしまったという意識の方が強いのだから……。
(間違いなくあのまま童子切を振り抜いていたら、奴の勝ちだった。なのに結果は……オレの……)
拳を握ると指の隙間からナンブの血が溢れ、地面にこぼれ落ちた。まるでラミロの代わりに涙を流すように……。
(奴が止まる理由は見当たらない。リアクションからしても、奴自身止まるつもりはなかったように見えた。だとしたらあれは……)
「ナンブ団長!!?」
悲鳴にも似た声が響き渡った。
参の隊隊長のマキハラ激煌亀が今さらながら到着したのだ。本当に今さらながら……。
「ナンブ団長!?まさか団長が……!?」
「ちょうどいいところに来た。まだギリギリ生きている。今すぐ連れ帰って、治療してやれ」
「!?」
倒れるナンブにしか目がいってなかったマキハラは、声をかけられ、漸く傍らに手を真っ赤な液体で濡らした銀色のピースプレイヤーがいることに気付いた。
「その手……貴様が団長をやったのか……!!」
「まぁ、そういうことになる。だが、オレは最後の仕上げをさせられただけに過ぎない」
「何を訳のわからないこと――」
「ヨリミツに細工がしてあった」
「――を!!?」
たった一言でマキハラの聡明な頭脳は機能停止に陥り、全ての動きがピタリと止まってしまった。
「き、貴様何を……!?」
「オレが聞きたいよマジで。とにかく今日はもう白けた。こんな後味の悪い決着、マジでやってらんねぇ。あんたともできれば戦いたかったんだが、お預けだ。天下の帝様もな」
豪勢な屋敷の隙間から感じる視線に、N・レオーンは目配せした。
「というわけで撤退させてもらうぜ」
獅子は懐から円筒状のものを取り出し、空に掲げた。そして……。
バシュッ!!バゴオォォォォン!!
それから花火を発射。止翼荘の上空の夜空に黄色い花が咲き誇った。
「撤退の合図か」
「そうだ。これで他の奴らもみんなチェックアウトしてくれるはず」
「そう言われて、はい、そうですかと返すと思うか……!!」
マキハラは激煌亀を脱ぎ、制服の上着の前を開ける。するとナンブ団長同様、首にはお守りが下げてあった。
「本来団長の承認がなければ使えないのだが……知ったことか……!!」
「やる気満々だね。本当、いつものオレなら乗ってやったんだけど……やっぱ今は気分じゃねぇ」
N・レオーンは血の付いた手を振りかぶった。そして……。
「あんたのやり方真似させてもらうぜ……獅子斬衝!!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!?
「――ッ!!?」
獅子は先ほどの武者のように地面に斬撃を放ち、土埃で煙幕を作り出した。
「逃げるな!臆病者!!」
マキハラの挑発に返事が返ってくることはなかった。土埃のカーテンが消えると、N・レオーンもまた忽然と姿を眩ましていたのである。
「くそ……奴め!絶対に……いや!それよりもナンブ団長!!」
血塗れのヨリミツに駆け寄る眼鏡の男。
「…………」
その悲壮な姿を“それ”は屋敷からただじっと見つめていた……。
「黄色い花火……帝ちゃんは仕留められなかったみたいね」
夜空に咲く大輪の花を見て、イロウルは残念そうに呟いた。別に帝暗殺の正否について思うところなどない。
彼女が残念がっているのは、恋焦がれ、今の今まで最高に素敵な時間を過ごした愛しのベイビーと別れるのが、名残惜しいのだ。
「残念だけど、そろそろ行かないと。せっかく盛り上がってきたところなのに、ごめんねアイムちゃん」
「はぁ……はぁ……はぁ……!!」
サリエルの全身は細かい傷やへこみだらけで、気高さや美しさを感じさせた本来の姿は見る影もない。
ただサリエルの傷に関してはいずれ何事もなかったようにきれいさっぱり治るであろう。
しかし、装着者のアイムの心は……。
「逃がすか……」
言葉の内容とは裏腹に声に力は全くなかった。身体の方も指一本動かすことはなく、言葉を現実にしようとする素振りは全くない。
その姿を見て、ベティーナはまたマスクの下で満面の笑みを浮かべる。
「もう最高!必死に強がるけど、怖くて身動きできない自分に失望するアイムちゃんの顔素敵過ぎ!」
「わ、わたしは……」
「それ以上やめて!お別れが辛くなるから!またすぐに会いに来るわ……その恐怖でひきつった顔を見にね!!」
イロウルは翼を広げ、羽ばたかせると一気に上空に。あっという間に夜空の闇の中に消えて行った。
それをサリエルは、アイム・イラブはただ呆然と見送った。
(何もできなかった……頭では止めないといけないのはわかっているのに。身体だって、あいつはわたしの反応を見るために決して致命傷を与えようとしなかった……まだ全然動くのに……だけど心がそれを拒絶する……わたしは格闘家なのに、わたしは……戦士だったのに……!!)
サリエルはその場で踞り、絶望に打ちひしがれた。
止翼荘襲撃は多くの敵を打ち破り、最重要防衛対象である帝を守ることができた。
けれど、その代わり主要なメンバーと思わしき人物には逃げられ、近衛兵団のトップであるマサオミ・ナンブが意識不明の重傷を負い、助っ人であるアイム・イラブは心に深い傷を刻まれるという後味の悪い結末を迎えたのだった……。




