近衛の頂点と猛る獅子②
「またまたこれは……!なんとまぁ……!」
その刀身は先ほどのものとは違う妖しい煌めきを纏っていた。
素人目でわかるほどの違和感、戦場に身を置き、戦いに全てを懸けて来たラミロ・バレンスエラなら尚更、敏感にその危険性を感じ取り、身震いした……恐れではなく、歓喜で。
「こいつを抜くのはいつぶりか……ネクロ事変やグノスでの戦いに参戦できなかった時に、もうこんな日は来ないと思っていたが」
「良かったな!全力を出せる相手に出会えて!オレ達のようなイカれた獣にとって、それ以上の喜びはねぇ!!」
「イカれている自覚はあるか……惜しいな、そして度し難い。自分の異常さを理解しながら、直そうとしないとは……なんと愚かな!」
再度、ヨリミツがN・レオーンの間合いに踏み込み、刀を撃ち下ろした!
(また避け――)
ザンッ!!
「――な!!?」
今度は空振りせず!妖しく光る刃は獅子の鈍く輝く銀色の皮膚に一筋の傷を刻みつけた!
「速い!そして強い!!」
「童子切は鬼を屠る刀。けだものなど撫で切りよ!!」
ザン!ザン!ザン!ザン!ザンッ!!
「――ッ!?」
有言実行!武者は矢継ぎ早に太刀を打ち込み、獅子の身体を削ぎ落としていく!
「ほれほれ!どうした!どうした!!」
「ジジイが……調子に乗りやがって……!!」
「ジジイが調子に乗って何が悪い!生意気言う奴は鬣切って坊主にしてやる!!」
ヨリミツはN・レオーンの脳天に童子切を凄まじい速度で撃ち下ろした!
ガッ!!
「――なっ!?」
それを獅子は両手のひらで挟み込んで、受け止める!所謂真剣白刃取りだ!
「もう我が太刀筋を見切ったか……!」
「余裕だっつーの!……と、言いたいところだが、オレ自身驚いている。まさか本当にできるとは……!ぶっちゃけ半信半疑だった」
獅子を模した仮面の下で、ラミロは冷や汗を流し、ひきつった笑みを浮かべる。さすがの彼もバカなことをしたと、ちょっとだけ反省した。
(この極限の状況下で勝負に出ることに躊躇がないか。むしろそれを楽しんでいる……やはりこいつは厄介だな。いずれ本当に儂やカツミに匹敵する存在になり得る)
一方のナンブの顔も優れない。ラミロという男の底知れないポテンシャルと、それを存分に引き出す天性の武人気質を目の当たりにし、改めて彼への危険性を再認識する。
「楽しいか?猛る獅子よ」
「あぁ!予想していたよりずっとな!」
「ならば細胞の一つ一つに喜びを刻みつけておけ。これがお主の最期の戦いになる」
「耄碌したかジジイ!!今有利なのはオレの方だぜ!自慢の童子切!しっかりと握っていろよ!!」
触れた瞬間、破壊することは困難だと判断したN・レオーンはならば刀を奪い取ろうと考えた。そして腕にありったけの力を込め、ひねり……。
「雷吼衝」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――がっ!!?」
腕を動かそうとしたとほぼ同時にヨリミツから雷が迸り、童子切を伝って、獅子の全身を痺れさせ、行動を強制的にキャンセルさせた。
「刀を奪おうとした奴など今まで腐るほどいた。対策してないはずがないだろ」
「ぐっ!?」
「では、今度こそ……甘い痺れに包まれ、逝くがいい!!」
獅子の手を振り払うと、ヨリミツは即座に童子切を高々と掲げ、すぐさままた撃ち下ろした!
「ヴリヒスモス!!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
「――なっ!?」
童子切が獅子の鬣に触れようとした瞬間、その銀色の身体から凄まじい衝撃波が放たれ、ヨリミツは吹き飛ばされてしまった。
「こっちだって……格闘戦だけじゃねぇんだよ……!!」
「ならば……!!」
ヨリミツは空中で体勢を立て直すと、童子切にバチバチと電撃を帯電させると、鞘に納めた。そして……。
「雷吼閃!!」
すぐに引き抜く!居合い切りだ!
バシュッ!!
高速の太刀は雷を纏った斬撃となり、大気を引き裂きながら、N・レオーンへと向かう!
「そんな小技!レオーンだってできるんだよ!!獅子斬衝!!」
ザンッ!!
N・レオーンも渾身の力で腕を振り抜くと、爪から衝撃波が発射された!
ドゴオォォォォォォォォォン!!
「ちいっ!?」
「くっ!?」
二つの斬撃がぶつかり合うと、辺り一面に激しい暴風を巻き起こした!
「小癪な!」
「そのセリフそっくりそのまま返すぜ!!」
「では、儂はそれを研鑽した技で返そう!雷吼閃!乱れ斬り!!」
バシュッ!バシュッ!バシュッ!!
ヨリミツは目にも止まらぬ速さで納刀と抜刀を繰り返し、雷を纏いし三日月を絶え間なく撃ち出した!
「撃ち合いにも自信があるぜ!獅子斬衝!連射だ!!」
ザンッ!ザンッ!ザンッ!!
対するN・レオーンも腕を縦横無尽に動かし、爪から衝撃波を発射し続けた!
ドゴオォ!ドゴオォ!ドゴオォォォォォォォン!!!
その全てが衝突し合い、相殺し合う!
(質も量もほぼ同等か……)
(これじゃあいつまで経っても決着が着かねぇな。いや……)
(いや、そもそも雷吼衝で怯ませることはできても、まともにダメージを与えられなかった相手。直接童子切を撃ち込まねば、倒せんか……)
(レオーンの装甲をぶち破るには、童子切で直接叩き斬らないと駄目だ……って、奴は思っているはず。きっと早々に策を講じてくる)
(奴の不意を突き、一気にこの不毛な戦いを終わらせるには……これしかない!!)
勝利への道筋を見極めたヨリミツは抜刀した……目の前の地面に向かって。
ドゴオォォォォォォォォォン!!
放たれた斬撃によって地面から土埃を巻き上げられ、辺り一面を覆った。もちろんヨリミツ自身のこともその薄汚いカーテンは覆い隠してしまう。
「なんだと……」
ラミロは驚愕した、ヨリミツの策の……稚拙さに。
「まさか強国神凪の中でもトップクラスとされる男がこんなしょうもない手を打つなんて……がっかりさせるなよ!!」
ザンッ!!ガギィン!!
「――ッ!!?」
獅子は迷うことなく、とある方向を向き、躊躇うことなく獅子斬衝を繰り出した。すると、衝撃で土埃は吹き飛び、何かが衝突する音が鳴り響く。
童子切で斬撃を受け止めるヨリミツの姿が再び獅子の視界に入って来た!
「視界を塞いだ程度でオレから逃げられると思うなよ!あんたの位置なんて、目を瞑っていてもわかる!」
獅子は追撃のために駆け出す!
一方の武者は獅子斬衝を受け止めた衝撃で動けずにいる!
「せっかくのバトル!つまらねぇ終わり方になったな!」
硬直しているように見えるヨリミツの眼前まで迫ったN・レオーンは貫手を繰り出した!
その瞬間を……ナンブは待っていた。
「あぁ……全くその通り。雷吼明」
カッ!!
「――ッ!!?」
童子切から強烈な光が獅子の目に照射され、目の前は一瞬で白の世界に、身体は生物としての防衛本能が働き、反射的に丸まる。
この時、漸くラミロは自分の愚かさを痛感した。
(やられた!最初の目眩ましはオレを油断させるためのフェイク!奴の狙いは策を看破したといい気になっているオレにこの忌々しい光をぶち込むこと!目眩ましの二度撃ち……そんなしょうもない策にまんまと引っかかるオレが一番しょうもねぇ!!)
自分の浅はかさへの怒りと後悔の炎が胸の中で激しく渦巻く。
一方でラミロの頭脳と身体は、冷静に、かつ迅速に、本能と経験に突き動かされ、再起動を始めていた。
(こんな最期じゃ死んでも死に切れねぇ!回復しろ!オレの身体!奴を見つけろ!オレの五感よ!!)
(もう迎撃態勢を整えようとするとは、なんと言う天賦の才よ。だが、わずかに儂の経験と知識が上回った!)
「このぉ!!」
「雷吼閃斬!!」
ザシュウッ!!
ヨリミツとネメオス・レオーン、最強を自負する二人の戦いが今、決着した……。




