項燕 決着
オォォ…………………
爆炎が立ち上ぼり、周囲が照らされ、そこだけが一足先に夜明けを向かえたみたいだった。
その光景を、ナナシガリュウは尻尾?で街灯にぶら下がりながら眺めていた。
尻尾のように見えたのは紅き竜の武装の一つガリュウウィップ……これを腰の後ろから生やすように装備し、ランボ戦でやったように衝突の直前、街灯に巻き付け、飛び上がったのだ。目の前の相手からしたらまさしく一瞬で消えたようにしか見えなかったであろう。
「よっと……」
鞭を消し、紅き竜が地面に降り立つと、彼の横顔を黒い煙と熱い風がそっと撫でた。
「まぁ……70点ってところかな……?」
自身が今しがた行った作戦……ガリュウグローブで作ったエネルギーボムを乗せた愛しのジョセフィーヌちゃんを特攻させたことを自己採点する。端から見ると間違いなく大成功の文句無しの100点満点の出来に思える。
しかし、ナナシは爆発の瞬間、見てしまった……マイナス30点しなければいけない自身にとって最悪の出来事を……。
「……見間違いだと……いいんだが……」
残念ながら、ナナシの眼もガリュウのカメラも正常だった。
ブワッ!!!
爆発の中心から、凄まじい風が吹き、あたり一面、燃え盛っていた炎を一気にかき消す!
その烈風の発生地点にいたのは、剣を持った項燕!彼が剣を振るった時に起きた衝撃波……それが先ほどの凄まじい風の正体だった。
「――貴様ッ!!」
自身をこんな目に合わせたナナシガリュウを発見し、睨み付ける!眼光は全く弱った様子はない!というより、あれだけの攻撃、大爆発を食らったにしては、大きなダメージを受けていないように見える。
その答えは彼のすぐ隣にあった。
「ヒ……ヒッ……」
項燕とは逆に、満身創痍、傷だらけで倒れている黒嵐……そう彼が身を呈して主人を守ったのだ!
「まさか……あえて、主人を振り落として、自ら盾になるとは……黒嵐……だっけか、お前には敬意を表するよ」
自分をこんな風にした相手に言われても嬉しくないだろうと思ったが、それでもナナシは口に出した。それだけ黒嵐の献身に感銘を受けたのだ。
「……そうだ……黒嵐は…おれになんかは……もったいない立派なマウだ……なのにおれときたらなんて情けない……だが今のおれにできることと言えば一つだけ……黒嵐の献身に報いるにはお前倒すしかない!!!」
蓮雲は怒りに震えていた。ナナシに対してはもちろんだが、それ以上に自分に対して……。
大切な相棒をここまで追い込んだ責任は自分にある!おれの判断ミスだ!そのやるせない気持ちを、どうしたらいいかわからない!だから、目の前の敵に全てぶつけてやる!正直、ただ力の限り暴れてやりたかった!
「……いいぜ……これで正真正銘、五分五分だ……かかって来い!」
怒り狂った蓮雲の挑戦をナナシが受けて立つ!指をちょいちょいと動かし、平静を装っているが、当然そんなことはない。少ないとは言っても敵はダメージをもらっている。けれども最も厄介だった黒嵐を排除することができた。今が千載一遇のチャンス、今しかないのだ!
そしてそれ以上に目の前のこの男に……強いこの男に勝ちたいと、ナナシの戦士としてのプライドが訴えている!紅い竜はその激情に抗う術をもたない!
「ならばぁッ!!!」
その気概に応じてやろうなどとは一ミリも思ってはいまいが、項燕が勢いよく、ナナシガリュウへ飛びかかる!とても、手負いとは思えない勢いと迫力だ!
「ガリュウトォマホークゥ!!」
ガキンッ!
剣と斧がぶつかり、甲高い金属音が夜の闇にこだまする!
散々長い得物でやり合った両者だが、決着はお互いの懐に潜り込んでの超接近戦で着けることにしたようだ。
「ハァッ!」
「オラァ!」
ガン!ガン!ガキンッ!!!
刃が触れ合う度に、火花が散り、相対する二人の顔を微かに照らす!一見、互角に見える戦い……しかし、実際に優勢なのは、意外にも項燕の方だった。
「シャアッ!」
「ぐっ!?」
ガン!!!
一際、大きな火花が咲き、紅き竜が後ずさる。
元々、項燕の方が腕力は上だが、怒りによって分泌されたアドレナリンが、痛みを消し、更なる力を剣に乗せる!
「どうした……!?五分五分になったんじゃないのか!!!」
ガン!ガン!ガキンッ!
「ぐっ……!?」
挑発と共に荒々しい剣の暴風雨がナナシを襲う!だが、ナナシは冷静だ。淡々と一つ一つ処理していく。むしろ、頭の中では戦いとは別のことが渦巻いている。
「……お前……なんでネクロに付いたんだ……?黒嵐のためにそこまで怒れるお前が……!黒嵐があれだけ忠誠を誓っているお前が……!なんでだ!?」
激しく切り結びながら、問いただす。ナナシは黒嵐との絆を見ていたら、蓮雲が悪い奴だとは思えなくなっていた。そもそも今まで戦ってきたアツヒト、ランボ、アイム、みんなそれぞれの事情を抱え、いた仕方なくネクロに協力していた。
だから、蓮雲も……。
「おれがネクロの仲間になった理由……?そんなもの奴が強かったからだ!」
「強い?お前も脅されたのか!?」
アツヒトのように脅迫されているのかと思った。だが……。
「違う!おれは強くなりたい!否、強くならなければいけないんだ!!ネクロは強い!だから奴の側に居れば!奴の目的に協力すれば!おれは今よりももっと強くなれるかもしれない……だからだ!それだけだ!理由などそれで十分だ!!」
ガキンッ!
自分の正しさを証明するかの如く、強烈な一撃が炸裂する!ナナシガリュウは再び後ずさるが、焦っているようには見えない。
「……そうか……強くなるためか……」
そっと呟く。感情を感じられないほど、静かに……小さく……。
「フンッ!そんなことのためにと!笑うか!!」
蓮雲自身、正直バカげていると思っているのか、それとも多少なりとも罪悪感があるのか、自虐的に吼える!……が、言葉とは裏腹に放たれる一撃は鋭さを増している!それに対し、紅き竜は……。
「笑わねぇよ!!」
ガキャンッ!!
「……な!?」
予想外の言葉、予想外の反撃を受け、今度は項燕が後退する。
「俺は笑わない……!いいじゃねぇか!強くなりたい!その為にはなんでもする!そんだけ思えるって……すげぇよ……!どうぞ、頑張って強くなってくれよ……!応援するよ……!……けどなぁッ!!」
「――ッ!?」
ナナシガリュウの全身から熱気が発せられる!周囲の気温が上がったと錯覚するほどだ!
しかし逆に蓮雲は背筋が凍る気がした……。彼の経験が、戦士としての勘がこのままではまずいと知らせている!
「――ッ!?……くッ!……ウラァアァア!」
たまらず、攻撃を再開する!なりふり構わず放たれた一撃、されど長年の鍛錬で身体に染み付いた記憶が、今までと遜色のない必殺の一撃に昇華する!
あらゆる感情を乗せた剣が竜の頭に振り下ろされた!
「てめえの夢のために俺の故郷を傷付けるっていうなら!返り討ちに合う覚悟もしとけよ!!」
バキンッ!!!
「……な!?」
両者の間を雪のように舞う銀色の破片……。必殺の一撃が、項燕の剣が、ナナシガリュウの斧に砕き折られた!
あまりの出来事に茫然自失の蓮雲……だが、まだ終わっていない!心までは折られていない!
「――剣がぁッ!折られたぐらいでぇッ!!」
すぐに闘志を再び奮い立たせ、反撃に移る!……が、遅かった。ナナシは既に斬り上げたトマホークを消し、新たな武器を呼び出していた!
「ガァリュウハンマァー!!」
天高く掲げられた戦鎚!それを全身の筋肉、そしてガリュウの限界まで高められた力で……いや、想定のスペックを遥かに越えた力を込めて!項燕に向かって振り下ろす!
バキャン!!!
「――ッ!?……がはっ!?」
咄嗟に項燕は盾で防御するが、戦鎚は盾を、それを装備していた左腕を、その先の肋骨を一瞬で、一撃で無慈悲に粉砕した!
そして、そのまま仰向けに倒れ、銀と紫の装甲が消えていく……。
「今回も……なるようになったな……ん?……意外と、若いな……」
夜の闇の中、戦闘前に遠目でほんの一瞬だけ見えただけの敵の顔はよく見ると幼さが残っていた。口調や恵まれた体躯、そして何よりもその実力からナナシはてっきり自分と同じか、年上だと思っていたのだ。
「……ヒッ……ヒ!」
突然の声!……とは言ってもかなり弱々しく、ナナシは聞き逃しそうになった。声のした方を振り替えると黒嵐が立ち上がり、ふらつきながらこちらへ向かって歩いて来ていた。
「黒嵐か……安心しろ。命まで取る気はないよ……お前も限界だろ?横になってろ」
「ヒ……」
ドサッ……
黒嵐は倒れた……主人、蓮雲の隣に、まるで子供を守る親のように……。
「そうか……お前の方が世話してたんだな……」
ナナシは寄り添う二人の姿を見下ろし、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。
「おう!おう!マジか!?お坊ちゃん勝てたのかよ!?」
黒嵐と違い、無駄にデカイ、そして軽薄な声がした。当然、ここで場違いな声を出す奴は……。
「ダブル・フェイス……勝てたのかよってどういう意味だ……?」
「どういう意味も、そういう意味だよ。ぶっちゃけ、こいつら相手では6対4でお坊ちゃんが不利だと思ってたからな!」
「お前……」
悪びれる様子もなく、傭兵が答える。何か言い返したいが、悔しいがこの戦いを振り返ると、それが正当な評価だとナナシ自身も納得してしまう。
「でも、本当に勝てて良かったよ。お前が殺られると、せっかくの金が……」
「結局、それかよ!」
まぁ、正直そういう契約だし、ついさっき知り合ったばかりだし……。でも、少しナナシは寂しい。
「つーか、お坊ちゃんってもしかして『完全適合』してるのか?」
「……完全適合って特級ピースプレイヤーの……」
「そう。その感じじゃ、無意識でやっているか、その手前まで来てるってところか……」
「それって……」
自身にとって、神凪にとってとても重要な単語が耳に入ってきた。ナナシは傭兵に聞き返……。
「ナナシッ!!!」
再度、大きな声がして、傭兵との会話を中断させられる。もちろんこの場でナナシの名を呼ぶのは一人しかいない……。
「コマチ!」
「あぁ、どうやら大丈夫そうだね」
「まぁ、なんとかな……」
コマチが心配そうにナナシに駆け寄る。この様子だとどうやら、彼?もナナシが不利だと考えていたようだ。
「良かった~。勝てたんだね。正直、7対3で、ナナシが負けると思っていたよ」
「あっ……そう……」
やっぱり。というか、ダブル・フェイスよりも辛辣だ。ただ心配してくれたのは本当で、勝ったこともすごい喜んでくれているから、これまたナナシは何も言えなかった。
『お前ら、駄弁ってないで終わったら早く戻って来い!』
「うおっ?リンダか……」
『そうだ!かわいいかわいいリンダちゃんだ』
「そこまで言ってない」
ほんの少ししか経っていないのに懐かしく感じる少女の声……リンダが通信でナナシ達にすぐに帰ってくるように急かした。
『とにかく寄り道しないで本部に戻れ!』
「本部って……まぁ、いいや。了解!これよりナナシガリュウ他二名、本部に帰投します!」
『うむ』
おどけたように敬礼するナナシ。戦士達に、そして彼らの帰りを待つ者達に笑みがこぼれた。




