止翼荘襲撃
「うおらぁぁぁぁぁっ!!」
「でやぁぁぁぁぁぁっ!!」
「この野郎!!」
「くそが!!」
ガン!ギン!ガンガン!!ギン!!
止翼荘の外ではすでに戦闘が始まっていた。近衛兵団が誇る高性能ピースプレイヤー“煌亀”が槍で、翼の生えたマシンの剣と至るところで斬り合っている。
「あれはガーディアンルースター」
「知っているのか?アイム・イラブ」
「グノスの量産型マシンだ。わたしのサリエルの遠いご先祖様」
「そうなのか……」
「それくらい常識ですよ。近衛の隊長たる者、知っていて欲しいですね」
「あ?」
「はい?」
「やめやめ!ストップ!」
(チヨの言う通りだな)
一触即発のサシマとマキハラをキクタが宥める先ほど話に聞いた光景を目にして、不謹慎だが何だかちょっとアイムは嬉しくなった。
「マキハラ隊長、近衛の隊長たる者なら、まずはこの賊どもを排除しましょう」
「……そうですね。全ては帝とイザナギのために……!」
「サシマ隊長も」
「おれは最初からそのつもりだっつーの!!神凪の近衛兵団に喧嘩売ったことを後悔させてやる!!」
「その意気です。我らの力を見せつけてやりましょう!!」
「「おう!!」」
三人の隊長は懐から札を取り出すと、頭上に投げた。そして……。
「「「激煌亀 (げっこうき)!!」」」
愛機の名前を高らかに叫ぶ!すると札は光の粒子に分解、その粒子が機械鎧へと再構成、三人の各部に装着されていった。
壱の隊隊長サシマは黒色、弐の隊隊長キクタは黄色、参の隊隊長マキハラは白色の重装甲のピースプレイヤーを纏うと、すぐさま片手に甲羅のような大きな盾を召喚し、辺りを見渡した。
「この辺は……」
「おれと朱の隊の格闘家がいれば十分だ」
「わたしも残るのか?」
「不服か?」
「いや、別に……」
(あんまり強そうな奴がいなそうだから、別の場所に行きたいなんて言ったら、怒られるだろうから、やめておこう)
今日色々と反省することが多かったアイムは珍しく空気を読んだ。
「じゃあ、マキハラ隊長は帝のところへ!ナンブ団長がいるから大丈夫だと思うけど、念のために」
「了解した。まずは帝の無事が最優先だ」
白い激煌亀はその鈍重そうな見た目に似合わない機敏な動きで、敵味方の間を掻い潜り、その場から移動して行った。
「ボクは援軍が必要そうな別のところに!ここは任せたよ!サシマ隊長!イラブ君!」
「おう!」
「承知した」
「じゃあ……あっちの騒がしい方に!!」
続いて黄色のマシンも踵を返し、金属が激しくぶつかり合う音がけたたましく響く場所に向かって行く。
「さてと……」
残った黒の激煌亀とアイムの目線が交差した。
「何だ?何かわたしにして欲しいことがあるのか?」
「あぁ……間違っても、おれの邪魔をするなよ」
「さっきの殊勝な態度とは大違いだな」
「あれは隊長としてのヨウスケ・サシマ。今のおれは一人の戦士……ヨウスケ・サシマだ!!」
咆哮と共に長大なライフルを召喚!そしてすぐさま……。
バン!バン!バァン!!
「ぐあっ!?」「ぎゃっ!?」「ぐへっ!?」
発砲!弾丸は味方の間をすり抜け、見事に敵機を貫いた。
「オラ!オラ!!どんどんいくぜ!!」
バン!バン!バァン!!
「がっ!?」「ぎっ!?」「ぐっ!?」
(粗暴に見えて、分別のある隊長……かと、思いきや、やっぱり粗暴なチンピラ気質……だけど射撃は教科書に載せたいくらい正確で丁寧。イメージの乱高下が凄い奴だな、サシマ隊長)
「もっと一気に数を減らすか!!」
サシマ激煌亀はライフルを消し、代わりに巨大な刃の付いた槍を召喚した!
「いくぜ!!」
そして躊躇うことなく、敵の群れに突撃!
「あいつは煌亀と少し違うぞ!?」
「隊長が使う上位モデルだ!!」
「なら、あいつを落とせば!!」
「おう!大手柄だ!!称賛と報酬が欲しいなら、奴を撃ち殺せ!!」
「「「おおう!!」」」
ババババババババババババババッ!!
横並びになったルースターの集団から欲望にまみれた弾丸がばらまかれた。それは全て一体の黒い機械鎧に降り注ぐ……が。
「はっ!!」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
「何!?」
その全てを甲羅のような大きな盾が弾き飛ばした!
「帝を守るために、花山重工の技術の粋を集めて開発されたマシンだぜ!そんな豆鉄砲でどうにかできるもんかよ!!」
ザシュ!!
「――が!?」
槍の射程に入るや否や、目に入ったルースターの首を突き刺した。力を失った身体は崩れ落ち、鮮血と銃弾が噴水と花火のように夜空に昇った。
「この!!」
ザンッ!!
「な!?」
背後から後頭部を撃とうとした瞬間、サシマ激煌亀は振り返りながら、ライフルの銃身を槍で斬り落とした。
「当たっても問題ないが、だからといってお前ごとき雑魚の弾なんかに当たってやるつもりはない」
「く、くそおぉぉぉぉっ!!」
「くそはてめえだ」
ザシュ!!
「――ぐあっ!?」
自棄になって両断されたライフルで殴りかかってくるルースターをカウンターで突き!さらに……。
「どいつもこいつも……」
ドスッ!!
「――がっ!?」
「それしかできんのか」
また背後からルースターが槍で強襲しようとしたが、サシマ激煌亀は槍を引き抜きがてら、石突を腹に撃ち込み、返り討ちに!さらにさらに……。
「オラァ!!」
ザシュ!ザシュ!ザシュウッ!!
「「「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!?」」」
槍を豪快に振り回し、周りのルースターを次々と撃破していく。ルースターの残骸が秒ごとに増え、山を築く。さらにさらにさらに……。
「おりゃあぁぁぁぁぁっ!!」
(一騎当千とはこういうことを言うのだろうな。全く敵を寄せつけていない)
遠目でサシマ激煌亀の活躍を見ていたアイムはその強さに感心……いや。
(あいつと戦ってみたいな……!!)
その強さと正面からぶつかり合う自分を夢想し、武者震いなどしていた。
(今回の任務が滞りなく終わったら……って、いかんいかん。わたしも働かないと、せっかく平魂京まで来た意味がない!!)
溢れんばかりの闘争心を胸の奥に仕舞うと、アイムは指輪を嵌めた手を顔の前に翳した。
「サリエル……開眼」
アイムの声に呼応し、指輪は翼の生えた黄金のピースプレイヤーと変化、彼女を包み込んでいく。
数奇な運命で、神凪のために戦うことになったグノス製の邪視の天使サリエル、ここに降臨!
「手始めに……」
「ん?」
キョロキョロと辺りを見回していると、ライフルを持った一体のルースターと目が合った。
「お前からだ……!!」
瞬間、翼を広げ、サリエル突撃!
「こいつ!!」
バン!バン!バァン!!
咄嗟に銃を乱射するルースター!しかし……。
「当たるかよ」
一発も掠りもせず。あっという間に懐に入り込まれてしまった。
「くっ!!」
「遅い」
ガァン!!
「――ッ!?」
肘で顎をかち上げる!ルースターの首はそのまま背骨が引っこ抜けるかと思えるほど、本来よりも長く伸びた。
「まずは一人」
一撃で意識は断たれ、仰向けに倒れるルースター……の姿を確認もせずに、サリエルはすでに次のターゲットに。
「はあっ!!」
ゴォン!!
「――がっ!?」
お次は膝!飛び膝蹴りで間髪入れずに二人目撃破!
「貴様!!」
ブゥン!!
着地とほぼ同時に槍で襲撃……されたが、天使は最小限の動きで、難なく突きを回避した。
「この裏切り者が!!」
「ん?」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッヒュッ!!
「くっ!?」
突きのラッシュ!けれど、やはり天使には触れることもできない。
サリエルにとって、先の二体のように叩き潰すのは朝飯前である。しかし、先ほどの言葉が気になったアイムはあえて手も足も出さず、回避に専念した。
「裏切り者というのは、どういう意味だ?」
「そのマシンはグノス帝国のものだろ!!」
「やはりサリエルのことか。もしかしたら中身であるわたしのことを言っていると思ったが……」
「神凪の人間に知り合いなどいないわ!!ラエン皇帝陛下を殺した神凪の奴らなど!この世から根絶やしにしてくれる!!」
「ラエンのシンパか。ならば、これは先の戦いのリベンジか?」
「そうだ!イザナギを奪い、陛下の仇どもの血で神凪を染めてやる!さらにあれの力で陛下を黄泉の国から呼び戻して……」
「ん?イザナギが死者を甦らせることができるという与太話を信じているのか?裏モードのイザナミがあるっていうあれ」
「はっ!この期に及んで、誤魔化すか!たまたまイザナギを手に入れただけの無能な神凪人よ!!」
「誤魔化しているわけじゃないんだがな……」
「真実を話す気がないなら、もうとっととくたばれ!!」
激情を乗せて、ルースターの槍はさらに加速する!しかし……。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッヒュッ!!
「うぐっ!!?」
やっぱりさっぱり全く当たらない。
(もうこれ以上情報は引き出せそうにないか。だが、こいつの動き……怒りに身を任せているようで、どこか意図のようなものを感じる。このレベルの敵に使うにはもったいないが、今回は帝がらみの任務だし……サービスしておくか)
アイムが精神を集中すると、黄金のマスクの下に保護された彼女の瞳もまた金色に輝き、ほんの少し先の未来を幻視させる。
槍を避け続け、とある地点までたどり着くと、バァン!という発砲音と共に発射された一発の弾丸が自分に……。
(……やはりお仲間が攻撃し易い場所への誘導か。体力の無駄だった)
アイムは思わず戦闘中にも関わらずはぁ~と深いため息をついた。
「ため息なんてしてどうした!?もしかしてワタシと別れるのが悲しい――」
ガシッ!!
「――か?」
サリエルは槍の柄を片手であっさり掴み取った。
「悪いが、お前と別れることに、わたしは何の感慨も抱かない」
ガン!ガン!ガァン!!
「――ッ!?」
フック!裏拳!ショートアッパー!瞬く間に放たれた三連撃で脳ミソをシェイクされ、目の前のルースターは完全沈黙!手も力が抜け、サリエルに槍をそのまま奪われてしまう。
「貴様に関しては何も思うことはないが……こそこそ狙撃する奴には、嫌な思い出がある!!」
「な!!?」
物陰に隠れていたスナイパーとスコープ越しに、目が合う!卑怯な別個体のルースターは慌てて引き金を押し込もうとするが……。
ザシュ!!バァン!!
「――がっ!?な、何で……!!?」
その前にサリエルの投擲した味方の槍に肩を貫かれる!
はね上がった銃口から放たれた弾丸は明後日の方向に飛んで行き、夜空の闇に飲み込まれていった。
「少し遊び過ぎたか。だが……」
「テロリストめ!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!?」
「旧式が煌亀に勝てると思うてか!!」
「がはっ!?」
「……何ら問題ないか」
改めて周囲を見回すと、煌亀がルースターを一方的に屠っていた。
(さすが神凪が誇る精鋭達だな。敵と言えど可哀想になるくらいのワンサイドゲームだ。帝の予知夢の話からの襲撃で、どうなるかと思ったが、この分だとすぐに――)
ドゴオォォォォォォォォォン!!!
「――ッ!!?」
遠くの方から爆発音!音のした方向を向くと、凄まじい量の煙が立ち昇っていた。
「あの方角は……一番まともそうな隊長が向かった……」
「おい!じゃあ、おれは何なんだ!!」
再び声のした方に視線を移動。するとそこにはサシマ激煌亀がルースターの首根っこを掴んで、荒ぶっていた。
「そんなこと言ってる場合か!あの爆発、ただ事じゃないぞ!!」
「むしろただ事の爆発ってあるのかよ!って、マジで言ってる場合じゃねぇよな!おれが援軍に――」
「わたしが援軍に向かう!あんたはここを頼む!!」
「おい!おれは壱の隊隊長だぞ!おれの指示に――」
「わたしは……ネクサスの人間だ!!」
そう高らかに宣言すると、サリエルは翼を広げ、飛んで行ってしまった。
「あのじゃじゃ馬が……!」
文字通りひとっ飛び。サリエルは十秒足らずで爆発の現場に到着した。
「ぐうぅ……!?」
「あはっ!来た!!なんという幸運!日頃の行いのおかげね!!」
「な!?」
そして彼女が目にしたのは、ボロボロの黄色い激煌亀と、立派な翼を持った……天使型のピースプレイヤーだった。
「キクタ隊長!!」
「サ、サリエル……」
サリエルはキクタ激煌亀の前に着陸すると、自分と良く似た天使型のマシンを睨み付け、構えを取った。
「お前がやったのか?」
「ワタシ以外の人が見えているんじゃないなら、そうなんじゃない……アイムちゃん……!」
「わたしの名前を……」
「知っているわよ!だってこんな下らないことにワタシがわざわざ参加したのは、あなたに会えるかもと思ったからだもの」
「……何?」
「ワタシはあなたと遊びたいの。この『イロウル』で、あなたと狂おしいほど激しくね……!!」
イロウルというマシンの仮面の下で、女は妖しく、そしておぞましい笑みを浮かべた……。




